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2007年2月19日 (月)

司法改革と共通一次

昭和20年代後半の大不況による就職難時代,「大学は出たけれど」が流行語となった。今年は,「司法試験に受かったけれど」が流行語になるかもしれない。

日本弁護士連合会の試算によれば,司法試験に合格して2007年中に法律事務所への就職を目指す2200人前後の司法修習生のうち,最悪の場合400500人の就職浪人が出る可能性があるそうだ。これは悲観的予測かもしれないが,間違いないことには,この予測はここ数年,悪くなることが確定している。つまり日弁連の予測は,今年はあたらないかもしれないが,数年後には間違いなくあたる,ということだ。そもそも司法試験合格者数の増員は,検察官の増員を企図して始められたはずだ(そうですよね,堀田力さん。)。ところが合格者3000人を迎えようとする今,裁判官や検察官は全く増員されず,余った者は弁護士を目指し,しかし,5分の1は就職できない時代が来ようとしている。

失われた10年以降,大学生の就職が最高の売り手市場になっているのに,である。

このような状況で,あえてリスクを負い,高い学費を支払って司法試験を受験しようとするのは,よほどの物好きか,理想に殉じる覚悟をお持ちの方であろう。その昔,「でもしか教師」という言葉が流行ったが,「でもしか弁護士」という言葉が登場する日も近い。これで弁護士の質の向上など望むべくもない。

法曹界では,今年を司法改革仕上げの年,と言うらしいが,一体司法改革で何を目指そうとしていたのか。

話は変わるが,私は昭和37年生まれで,ちょうど共通一次が導入されて2,3年目に大学を受験した世代である。そのため,受験時代は,共通一次の制度改革が右往左往するニュースに振り回された。私の記憶では,そもそも,共通一次は大学間の格差を解消し,受験戦争の弊害を減少させる目的で始まったはずだ。ところが共通一次導入の結果,東京大学を頂点とする大学の序列が固定され,偏差値による受験生の評価と振り分けが一般的となったことはご承知のとおりだ。

私は司法改革がうまくいくとは思わないし,教育改革も失敗すると確信している。この確信の原点は,おそらく,自分の受験時代の体験にある。

太平洋戦争終了直後,教科書を墨で塗りつぶし,教師や言論人が昨日と今日とで正反対のことを恥ずかし気もなく唱える様を目の当たりにした世代は,かなり強烈な懐疑主義を体得している。司法改革に対する私の疑念も,スケールはかなり違うが,似たような体験に基づいている。(小林)

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