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2007年3月 8日 (木)

ゆりかご型ブランコ事件とロボットの安全

そういえば最近全く見なくなったゆりかご型ブランコであるが,この事件が起きたのは昔ではない。平成9年10月のことである。

藤沢市が設置した公園で遊んでいた9歳の女児が,ゆりかご型ブランコで右大腿骨骨折の怪我をした。そこで女児が藤沢市とブランコ製造メーカーを相手に約410万円の損害賠償を請求した。

この裁判の争点は,①事故に至った使用形態はどのようなものか,②本件ブランコの製造に過失があったか,③藤沢市に本件ブランコの設置管理の瑕疵があったか,④損害額,である。

一審の横浜地裁(平成13年12月5日判決)は,①について,女児がブランコの外側から背もたれを持って押していたところ,揺れが大きくなったので危険を感じて退避しようとした際に転び,ブランコの底部と地面に挟まれて怪我をした,と認定した上で,②について,ブランコの底部と地面との空間が22センチメートルしかないブランコを製造したメーカーの過失を認め,③藤沢市の瑕疵も認めて,④約124万円の損害賠償を命じた。

これに対して藤沢市とメーカーが控訴したところ,二審の東京高裁(平成14年8月7日判決)は,①について,一審が認定したような使用形態があったとの証明がない,そうである以上,②のメーカーの過失も③の藤沢市の過失も認められないとして,原告の逆転敗訴の判決を言い渡した。

これだけなら,高裁判決は,本事件を「本件ブランコの安全性」という問題点から証明責任の問題にすり替えて判断したとも言いうる。子どもが事故で怪我をして,大人の目撃証言がないとき,被害者は泣き寝入りせざるを得ないとも取れる論法である。高裁もさすがにこれだけでは言葉足らずと考えたのであろう,次のような理由を追加している。

すなわち,事故が客観的に見て予測可能な範囲で発生した場合,メーカー側に予測が可能であるが児童側に予測が不可能な原因(例えば支柱が突然折れるなど)については,メーカー側にこれを防止し回避する責任がある。他方,児童側が把握できる危険については,児童側に防止・回避の責任がある。本件事故の直接の原因は分からないが,仮に児童が主張するとおりであったとしても,9歳の児童において防止・回避が可能であった。従って,本件ブランコ下の空間が22センチメートルしかなかったとしても,通常有するべき安全性が欠けていたとはいえない。

要するに,本件事故がメーカー側に予測可能なものであったとしても,この事故を避けることができたのにしなかった女児の側が悪い,というのが東京高裁の論理である。

一般の方は,このような裁判所の論理をどう捉えるであろうか。法律実務家としてみた場合には,地裁の論理も,高裁の論理も,両方あり得るなあ,というのが正直な感想である。

メーカー側から見れば,予測の不可能な事故についてまで法的責任を問われないのは当然として,予測が可能な事故について全部責任を問われる,というのもかなわない。このように言われたのでは,抽象論としては,いかなる遊具も製造不可能である。具体的な使用形態がどうであれ,女児がブランコに「轢かれて」怪我をしたのに違いはないのだから,底面の空間を空けてさえおけば本件事故は回避できた,という論理で女児を勝たせることも可能であろうが,他方,底面を上げると,その下に潜り込んで遊ぶ子どもが出てくるだろう,落ちて怪我をする確率も上がるだろう,という問題が発生する。

私の法律実務家としての感想は上記のとおりだが,本件について非常に割り切れない思いが残るのは,この問題にはご存じのとおり後日談があるからだ。

この事件のほか,当時はゆりかご型ブランコで遊んでいた子どもが死亡したり怪我をしたりする事故が相次いただため,世論の高まりを受け,公園を管理する国土交通省が「都市公園の遊戯施設の安全性に関する調査検討委員会」を設置し,全国の公演の遊戯施設について調査を行ったほか,厚生労働省も児童福祉施設などが設置する箱形ブランコの事故状況を調査した。これらを踏まえ,「都市公園における遊具の安全確保に関する指針について」が国土交通省から発表された。この指針には,ゆりかご型ブランコは設置してはならないという具体的な指摘はないが,その後,全国ではゆりかご型ブランコの撤去が推進されていることはご存じのとおりであるし,現在,公園用のゆりかご型ブランコは製造されていないそうである。

前衆議院議員瀬古由起子氏のホームページによれば,ゆりかご型ブランコの事故で25人の子どもが死亡したということである。重傷者も含めればその数は数百人にのぼるであろう。被害者の中には,メーカーや地方公共団体を相手に訴訟を起こした人もいるであろうし,その中には勝訴した人も敗訴した人もいるであろう。しかし結局,司法手続はゆりかご型ブランコの撤去という結果をもたらさなかった。

それは司法の仕事ではない,政治の仕事だ,と言われればそのとおりである。でも本当にそう割り切って良いのか,というところに,法律実務家としては,何とも割り切れない思いが残る。次世代ロボットについてはせめて,何十人も死者が出る前に,法律実務家としてなすべきことをしておきたい。(小林)

国土交通省 「都市公園における遊技施設の安全管理に関する調査について」集計概要はこちら http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha01/04/041023_.html

国土交通省 「都市公園における遊具の安全確保に関する指針について」はこちら http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha02/04/040311_.html

厚生労働省の調査結果はこちら

http://www.mhlw.go.jp/houdou/0110/h1029-3.html

前衆議院議員瀬古由起子氏のホームページはこちら

http://www.seko-yukiko.gr.jp/himawari/data1/040408-221736.html

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