私邸に防犯カメラを設置する場合の法的問題点(3)
前回記載したとおり,新聞報道によれば,世田谷区成城署が主導して合計400台以上の防犯カメラを私邸に設置した結果,車上狙い-65%,侵入盗-45%など,明らかに犯罪認知件数が減少したそうである。もっとも,この報道をそのまま受け入れる前に,何点か注意するべき点があると思われる。
第一に注意するべき点は,上記表に列挙されている犯罪の種類は5種類であり,その合計は800件余りなのに,全刑法犯は4394件ある点だ。つまり,この表には全刑法犯の約5分の1しか掲載されていないことになる。そして,全体の減少割合は11%に過ぎない。もっとも,上記表にでていない刑法犯のうち,多くは交通事故(業務上過失致死傷罪)と思われる。これは防犯カメラの犯罪抑止効果とは無関係だから,11%という数字には余り意味がないと考えるべきかもしれない。
第二に,上記表に掲載されている5罪のうち,「防犯カメラの設置の効果として」減少した犯罪はどれか,についてである。というのは,一見して,「侵入盗」と「車上狙い」の減少率が高いのに,「ひったくり」と「性犯罪」の減少率は比較的低い点だ。一般には,防犯カメラの抑止効果は,ひったくりや性犯罪の方が高いと指摘されているからである。ちなみに「強盗」の減少率は50%と高いが,実数で比較すると5件少なくなっただけなので,これだけでは何とも判断できないというほか無いだろう。
実は,街頭防犯カメラシステムの設置によって「侵入盗」が減少するという現象は,新宿歌舞伎町に日本で初めて街頭防犯カメラシステムが設置されたときにも観察されている。この報道を聞いたときは,「なぜ,繁華街の街頭に防犯カメラを設置すると,侵入窃盗が減少するのだろう」と疑問に思った。唐草模様の風呂敷をしょって路上を歩くのでもないかぎり,街頭防犯カメラシステムと侵入盗は関係ないように思えたからだ。しかし,45%をこえる減少率は明らかに有意的であり,防犯カメラと何の関係もなく減少したとは思われない。
私は統計学の専門家でも犯罪学の専門家でもないが,このような仮説は可能ではないだろうか。すなわち,「性犯罪」が衝動的犯罪であるとするなら,「侵入盗」は,職業的犯罪といえる。成功には技能が必要であり,慎重かつ計画的に遂行しなければ,娑婆で生き残っていくことはできない。このような職業的犯罪者は,おそらく,「成城の住宅街に防犯カメラシステムが導入される」というニュースを聞いただけで,その周辺で「仕事」するのを断念したのではないだろうか。また,プロの泥棒は警察にある程度顔が割れているので,侵入するところが撮影されなくても,下見のためにうろついただけで,警察に目が付けられる可能性がある。このような事情から,防犯カメラ設置のニュースは,結果としてプロの泥棒を遠ざけたのではないだろうか。一方,侵入盗のような職業的犯罪に対して,「ひったくり」は,成功にある程度の技能が必要ではあるものの,侵入盗ほどではなく,むしろ,いつどこで被害者とめぐりあうかという「タイミング命」のところがある犯罪なので,防犯カメラがあるから犯行を断念する,というところまで行かないとは考えられないだろうか。侵入盗とひったくり犯との年齢差も興味のあるところである。おそらく侵入盗犯は40歳代以上,ひったくり犯は20歳前後と予想するが,どうだろう。
このような仮説が成立するとするなら,「侵入盗」は,防犯カメラの直接の効果として減少したのではなく,「防犯カメラがこの地域に設置される」というニュースの効果として減少したことになる。そうであるとしても,もちろん,結果として防犯カメラが設置されたからこそ減少効果があらわれたわけではある。しかし,いずれであるかによって,数年後の減少率が異なってくる可能性はあろう。その意味でも,この種の追跡調査は,数年をかけてじっくり行うことが必要と考える。(小林)
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント