住基ネットは原発か?
平成19年5月26日,大阪弁護士会で開催されたシンポジウム「これでいいのか住基ネット」を聴講した。
報告者の上原公子氏は参院選出馬の噂がある前国立市長。「市長には住民基本台帳の管理責任があるのに,総務省は台帳のデータを国が管理すると言う。それなら漏洩の責任を取ってくれるのかと聞くと,取らないと言う。危険じゃないかというと,絶対に安全ですと答える。でも住基ネットは穴だらけで,市長として責任を取れないから国との接続を切った。」さすがに政治家は,話が明快である。
獨協大学の右崎正博教授は,プライバシー権の本質を自己情報コントロール権と理解する立場から,住基ネットはプライバシー権に対して重大なリスクがあると主張する。但し,自己情報コントロール権を根拠とすることの帰結として,「リスクを承知で住基ネットを使いたいという人は,使用する権利がある」と言う。従って国との接続を切った前国立市長の行動は,住民の「住基ネット利用権」を侵害したという結論になるのだが,出席者に理解できたかどうか。
他に自治体情報政策研究所代表の黒田充氏,水永誠二弁護士が報告者として出席していた。弁護士会が土曜日の午後に開催するシンポジウムであったが,100人を超える一般市民が聴講し,関心の高さを窺わせた。もっとも,住基ネット反対派が大多数と見受けられたが。
私自身は,報告を聞きながら,強い既視感にとらわれていた。住基ネット反対派は,「住基ネットにはリスクがあるから止めてしまえ」と言う。国側は,「住基ネットは安全だから止める必要はない」と言っている(とのことである)。この議論の立て方は,原子力発電所の是非をめぐる議論と同じだ。
原発反対派は危ないから止めろと言い,推進派は絶対安全だという。歴史的には,推進派が嘘をついていたことは明白である。推進派は多くの事故を(ほぼ)隠し通し,全国発電量の半分近くを原発でまかなうに至り,盤石の地位を確保してから事故を公開した。一方反対派の主張は,代替エネルギー政策等の問題で国民多数の賛同を得るに至らず,昨今の温暖化防止キャンペーンの影響もあってか,廃棄施設の問題を除き,下火になってしまっている。この問題,どちらに軍配が揚がったかといえば,推進派であろう。しかし,隠された事故の教訓が生かされていないことをはじめ,多くのものが失われたと思う。その責任は,「安全か,危険か」という二項対立的な議論を立てた推進派,反対派両者にある。住基ネット反対派は,この間違いと負け戦を繰り返すつもりなのか。
上原公子前国立市長が指摘するとおり,どのようなシステムにも絶対安全は無い。だから,住基ネット推進派が「絶対安全」を主張しているなら,これは改めてもらわないといけない。しかし他方,「リスクがあるから止めてしまえ」という反対派の主張は短絡的である。重要なことは,リスクが存在することを前提に,これを査定(アセスメント)し,受容可能か否か検討することであろう。
住基ネットや,その他のユビキタス・非ユビキタスネットワーク導入の是非について,リスクアセスメントの重要性を説く見解は,技術者や,ネットワークに詳しい法律家の間では,数年前から主張されている。推進派も,反対派も,そろそろ「白か黒か」的議論を止めるべきときではないのか。(小林)
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