「個人情報」と「プライバシー情報」は同じか?(1)
RSA Conference Japan 2007では,国際大学の青柳武彦客員教授が個人情報保護における問題点と今後のあり方について講演を行ったそうである。同カンファレンスのレポートで講演内容が紹介されているが,伝聞ゆえ不正確かもしれないので,同カンファレンスのホームページから講演内容を引用すると,次のとおりである。
「刀剣愛好家が刀を盗まれてしまった場合,保管に問題があれば銃刀法違反に問われるかもしれませんが,殺人罪に問われることはありません。ところが,個人データが盗難にあうとプライバシー侵害罪(殺人罪に相当)に問われてしまうことがあります。これは自己情報コントロール権説という間違ったプライバシーの定義の悪影響で,個人データ保護とプライバシー保護が混同されているためです。こうした事態は個人情報保護法という不必要に厳しい規制を不必要に広い範囲に適用している法律で,更に加速されています。企業は,正当な経済活動と同法の調和を図ることによって,活力を維持しなければなりません。」
ここで教授は刑法上の犯罪と民法上の不法行為を混同するという極めて初歩的な誤りを犯しているが,この点はご愛敬と目をつぶるとして,問題は,「自己情報コントロール権説という間違ったプライバシーの定義の悪影響で,個人データ保護とプライバシー保護が混同されている」という主張の是非である。
ここで,青柳教授が個人データとして具体的に指摘しているのは,「住所,氏名,性別,電話帳記載の電話番号,年齢,容姿,場合によっては職業も」である。そして,これらの情報のプライバシー性について,教授は,「公知の事実ゆえ,単独ではプライバシー性なし。但し,不可侵私的領域の事柄とアンカリングされるとプライバシー情報の一部となる」と主張している。
そもそも,なぜこのようなややこしい議論が発生するか,ご存じだろうか?それは,個人情報保護法の適用範囲と,民法上のプライバシー権の保護範囲との関係が不明確だからだ。
ここまで「民法上のプライバシー権」と書いてきたが,民法にも,その他の法律にも,「プライバシー権」という語句を含む法令はない(「権」を抜いたプライバシーという語句を含む法令はいくつかあるが,今回のお題とは直接には関係ないので,別の機会に論じることにする)。プライバシー権の範囲は,専ら,裁判例によって画されてきた。その代表となるのが三島由紀夫の小説「宴のあと」が問題となった訴訟であり,その判決は,プライバシー権侵害の要件として,非公知性を要求してきた。逆に言えば,公知の情報は,プライバシー権の保護範囲外とされたのである。その結果,住所氏名などは,公知情報であるからプライバシー権の保護範囲外とされてきた。
ところが,最近の裁判例は,住所氏名などをプライバシー権の保護対象に含めるようになってきている。たとえば,平成15年9月12日の最高裁判所判決は,早稲田大学が江沢民の講演会参加者名簿を警視庁に提出した事件に関し,「(参加申込学生の)学籍番号,氏名,住所及び電話番号は,早稲田大学が個人識別等を行うための単純な情報であって,その限りにおいては,秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。また,本件講演会に参加を申し込んだ学生であることも同断である。しかし,このような個人情報についても,本人が,自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり,そのことへの期待は保護されるべきものであるから,本件個人情報は,上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである」と判断した。この判決は,「江沢民講演会への出席申込情報との紐づけられた情報ではあるが,住所氏名学籍番号などの公知情報もプライバシー権の保護範囲内であるとしたものである。この最高裁判決後の下級審判決も,全体の傾向としては,住所氏名などもプライバシー権の保護範囲に属すると判断する傾向にあるとされている。
復習すると,①伝統的には,住所氏名は裁判例上,プライバシー権の保護範囲外とされてきた。②この伝統的理解に従えば,住所氏名などの公知情報は,個人情報保護法の保護は受けるが,プライバシー権の保護は受けない。③しかし,近年の裁判例はプライバシー権の保護範囲を拡張し,住所氏名などの公知情報もプライバシー権の保護範囲に含めつつある。④そこで,あらためて,住所氏名などの公知情報は,個人情報保護法のほか,プライバシー権の保護を受けるかが問題になる,というわけである。
「プライバシー権で保護されようがされまいが,個人情報保護法で保護されるのなら,要するに法律で保護されるのだから一緒じゃん」と思われるかもしれないが,それは間違いである。個人情報保護法に違反しただけでは,行政処分の対象になる(行政命令に違反すると刑罰の対象になることがある)だけだが,損害賠償義務は発生しない。しかし,プライバシー権の保護対象になるならば,損害賠償義務が発生する。昨今話題になる個人情報流出の場合,1件当たりの賠償金額は安くても,数万人規模の流出となれば,総額は馬鹿にならない。青柳教授は,「住所氏名などの公知情報が流出した場合,個人情報保護法違反に問われて行政処分を受けるのはやむを得ないとしても,プライバシー権侵害として損害賠償請求の対象になるのは間違いだ」と主張しているわけである。(続)(小林)
青柳武彦教授の講演に関する記事はこちら http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0705/01/news035.html
RSA Conference Japan 2007のホームページはこちら https://rsacon2007.smartseminar.jp/public/application/add/41?lang=ja
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント