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2007年5月31日 (木)

「個人情報」と「プライバシー情報」は同じか?(2)

「住所氏名などの公知情報は,単独ではプライバシー権の保護を受けない」とする青柳武彦教授の主張は,決して単独少数説ではない。同教授は厳密には法学者といえないのかもしれないが,法学者の中でも,同様の見解をとっている人はいる。たとえば,法政大学社会学部の白田秀彰助教授は,情報法学や著作権法の第一人者であるが,hotwired japanのコラムの中で,青柳教授と近いと思われる主張をしている。主張の全体は直接あたって頂くとして,要点を引用すると,次のとおりである。「私の考え方は、『個人情報保護は、個人情報を取り扱うシステムのセキュリティ維持を保護法益とするもので、究極的には人格の尊厳を保護法益とするプライバシーとは間接的な関係しかない』というものだ。ある主体(管理者)が管理する、ある人物の個人情報が漏れることは、その人のプライバシーに対して何らかの危険を増大させることだろう。このこと自体について管理者の法的責任を問うのはもっともなことだ。しかし、プライバシーの侵害については、まだ潜在的危険に留まる。つづく具体的なプライバシー侵害は、管理者とは別の人物(侵害者)によってなされると思われる。その場合、プライバシー侵害の主たる責任は侵害者が負うべきだろう。」。

つまり,白田助教授のいわんとするところは,具体的には次のようになると思う。例えば,私の氏名と自宅の電話番号が,これを保有する企業のミスにより,ネット上に流出したとする。これを見た誰かが,それ以来頻繁に,自宅に無言電話をかけたとする。白田助教授の主張は,この場合プライバシー権侵害の責任を負うのは,ミスをした企業ではなく,無言電話をかけている誰かだ,ということになる。

もっとも,青柳教授と白田助教授の主張が,その全部において同じか否かは,分からない。それはご本人に聞いてほしい。青柳教授がこのような主張をする目的は,情報を利用する企業の健全な経済活動の育成や,ひいてはユビキタスネットワーク社会の発展という,経済的目的に重心があるように思われる。これに対して,白田助教授の主張の目的は,「過剰なプライバシーの主張は,言論表現の自由によって維持される民主制度の基盤を危うくする」という点に重心があり,経済活動の自由というよりは表現の自由や民主主義の保護に重点をおいているようである。

さて本題に戻ろう。「住所氏名などの公知情報はプライバシー権の保護の対象外」とする主張の是非である。

後述するように,私は,青柳教授や白田教授がその主張の背景として考えておられることについては,大いに共感している。しかし,だからといって,「住所氏名などの公知情報はプライバシー権の保護の対象外」とすることには疑問を禁じ得ない。ここでは,二つだけ,その理由を述べてみたい。

一つ目は,「個人情報の流出者と,プライバシーの侵害者は別」とする理論の是非である。先の例でいうと,「ミスにより私の氏名と自宅電話番号をネット上に流出させた企業と,これを見て頻繁に自宅に無言電話をかけてくる者は別。プライバシーを侵害したのは後者であって前者ではない」という主張の是非である。これは確かに,一つの考え方として筋が通っている。しかし,この考え方によれば,私は無言電話の犯人を自力で突き止める以外(それは可能かもしれないが,不可能な場合も多い),プライバシー権侵害による救済を受けられない。すくなくとも現代の高度情報化社会においては,これではプライバシー権の保護としては不十分であると思う。

二つ目は,「住所氏名などの公知情報の単独漏洩」というカテゴリーを立て,これはプライバシー権の侵害にあたらない,と主張することの是非である。ここであらためて青柳教授の主張をおさらいしてみると,教授は,「(住所氏名などは)公知の事実ゆえ,単独ではプライバシー性なし。但し,不可侵私的領域の事柄とアンカリングされるとプライバシー情報の一部となる」と言って,問題を単独漏洩に限定している。また,白田助教授も,「機微な(個人)情報については、その漏洩が直ちにプライバシー侵害に直結しうることに気をつけなくてはならない。」と言っている。このように,ご両人とも,プライバシー権侵害にあたらないのは,「住所氏名など公知情報の単独での漏洩」に限定していることが分かる。

しかし,このような限定の仕方は適切であろうか。言い方を替えれば,意味があるのだろうか。さきほど,私は,「私の住所と自宅電話番号がネットに流出した」という例をあげたが,現実には,このような流出例は,あまり想定しがたい。多くの場合,住所や氏名,電話番号などは,それ以外の情報と紐づけ(青柳教授の言葉によれば,アンカリング)されているからだ。たとえば,「ヤフーとプロバイダ契約をしたAの住所氏名」「宮城県仙台市役所に勤めるBの住所氏名」「江沢民講演会に参加を申し込んだCの住所氏名」「87歳のDさんの住所氏名」といった具合に,住所氏名などの情報は,必ずといってよいほど,他の情報とつながっている。他の情報とつながっているからこそ,住所氏名などの公知情報には何らかの価値が発生するのであり,何らかの価値があるから,漏洩が生じうるのである。

ここでもう少し住所氏名などの公知情報の情報としての機能を考えてみよう。私は今,「住所氏名などの情報は,他の情報とつながって,初めて何らかの価値を生じる」と書いた。このことは,もう一歩考えを進めると,「住所氏名などの情報は,複数の他の情報を結びつける機能を持つ」ことにつながる。具体例で言うと,「A女子校の教諭」と「○月○日に百貨店でセーラー服を購入した客」と「子どもがいない人」という3つの情報があったとする。これらはそれだけでは何の価値もない。これらのそれぞれに,「A女子校の教諭であるB氏」「○月○日に百貨店でセーラー服を購入したB氏」「子どもがいないB氏」という「氏名」情報が結びついても,それらの情報がばらばらに存在するだけでは,あまり価値はない。しかし,これらの情報が「B氏」という共通項でくくられることにより,「女子校教諭のB氏は,子どもがいないのに,セーラー服を購入した」となれば,この情報は俄然,高い価値を持つ。B氏は,実際には姪の入学祝いにセーラー服を購入したかもしれないのに,ロリコン教諭の烙印を押され,職を失う可能性がある。

ここまで書いて,「うーむ,この例はあまり適切でないかも」と正直思うが,それはともかく,住所氏名などの公知情報は,他のプライバシー情報と結びつき,また,他のプライバシー情報同士を結びつける機能があり,それ故にこそ価値があることはご理解頂けると思う。

以上をまとめると,公知情報が単独で漏泄してもプライバシー権の侵害にならない,という主張は,プライバシー権の保護に不十分である上に,プライバシー情報同士を結びつけるという公知情報の機能を軽視しているから妥当でない,というのが,現時点での私の意見である。

もっとも,昨今個人情報の流出が報道されるたびに,プライバシー,プライバシーと過剰に反応するマスコミなどの態度を憂うる点では,私も,青柳教授や白田助教授と同じ立場である。情報が漏れたといっても,その中身によって実害の程度が異なることは間違いない。重大なミスには厳しいお咎めが必要だが,些細なミスには,別な対応があってよい。ただ,「公知情報はプライバシー情報ではないから」ということには無理があるのではないか,と思う。(小林)

白田秀彰助教授の「プライバシーに関する試論」はこちらhttp://hotwired.goo.ne.jp/original/shirata/041207/

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