松本人志の防犯カメラ画像流出事件について
ダウンタウンの松本人志氏が,アダルトビデオを購入する防犯カメラ画像とこれを解説する記事を掲載した写真週刊誌「FLASH」を発行する出版社と編集者を相手に,プライバシー権侵害等を理由に損害賠償請求訴訟を提起し勝訴した事件(東京地方裁判所平成18年3月31日判決)がある。この事件には,プライバシー権や防犯カメラをめぐり,興味深い論点があるのでご紹介しておきたい。
争点の第1は,本件記事が松本氏のプライバシー権を侵害するか,というものである。本件裁判でなぜこの点が問題になるかというと,松本氏は自分の出演するトーク番組などで,ビデオショップでアダルトビデオを頻繁に購入しており,そのことを恥ずかしいとは思っていない,と公言していたからである。確かに,プライバシー権は,伝統的には,非公知性,すなわち一般に知られていないことを要件にしているので,すでに公になっている事実はプライバシー権の保護を受けないと考えられていた。しかし,近年は,非公知性の要件は不要であって,自分に関する情報をコントロールする権利がプライバシー権であるとする見解が有力になっている。例えば,個人情報保護法では,個人の氏名や住所などの公知情報も保護の対象としている。そこで,本人がテレビで公言していることを写真週刊誌が報道しても,プライバシー権の侵害とは言えないのではないか,が問題となったのである。
この点について判決は,プライバシー権として法的保護を受けるためには,非公知性が要求されるとして,松本氏の主張を退けた。その理由の一つは,公知の情報がプライバシー権として保護されるとなると,「(出版)差止までは認められないパブリシティ権との」区別が曖昧になるということである。つまり,公知情報もプライバシー権によって保護されると考えると,公知情報が掲載される雑誌の出版差止なども可能になる余地があるが,言論表現の自由との関係で行き過ぎになるという判断があるようだ。もう一つは,テレビで公言するということは,プライバシー権の放棄であるとの判断である。
私は,どちらの理由も説得力がないと思う。まず,公知情報がプライバシー権に含まれるか否かという問題と,言論表現の自由との関係で出版の差止まで認めて良いか否かという問題とは,分けて考えることが可能であろう。プライバシー権として保護される情報であっても,差止までは認めない,という判断があっても,全く問題ない。次に,テレビで公言したからプライバシー権の放棄だという論理は,乱暴だと感じる。確かに,テレビで公言した個々具体的な内容については,プライバシー権の放棄という見方もありえよう。しかし,テレビで「アダルトビデオショップにはしょっちゅう行っている」と話すことと,ビデオショップでアダルトビデオを物色したり購入したりする様子を報道されることとは,全然違うのではないだろうか。タレントの石原真理○がかつての恋人との情事を赤裸々に告白した本を出版したが,だからといって,このタレントとかつての恋人の情事の様子を録画したビデオを放送したら,やはり石原真理○のプライバシーの侵害になると思う(わいせつ物陳列罪になるとか,相手の男性のプライバシーとかの話は別です)。
よく,芸能人はプライバシーを切り売りしているのだから,プライバシーはない,と言われる。しかし,揚げ足を取るようだけれども,「切り売り」という言葉が示すように,どの部分を切り取り,どの部分を残すかは,芸能人といえども自由な筈である。また,切り取った部分をどのように加工するか,つまり,ウケを狙って,私生活に虚実取り混ぜたり話をふくらませたりすることも,第三者に迷惑をかけない限り,自由である。さらに,特定の事実について,メディアを選択すること,つまり,テレビで公言するか,活字で公表するか,写真付きで週刊誌に載せるかを選択することも,自己のプライバシー情報である以上,芸能人といえども自由ではないだろうか。
さて,松本人志裁判の判決に戻ろう。争点の第2点は,「FLASH」に掲載された写真が松本氏の肖像権を侵害するか,であった。なぜこの点が問題になるかというと,一つには,本件防犯カメラの画像だけでは,撮影された人物がダウンタウンの松本であるか否かは分かりにくかったからである。また,出版社側は,「松本氏は,ビデオショップの防犯カメラに撮影されることを承知で店に入ったのだから,その画像が公開されることを含めて予想していたはずである」と主張した。
判決は,画像だけからでは本人と特定できない場合であっても,その画像の説明文と一体となって,本人の画像と特定される場合には,肖像権に近接した人格的利益を侵害することになると判断した。また,防犯カメラは,犯罪抑止効果と,犯罪が行われた場合の証拠保全を目的に設置されるものであり,撮影された画像が写真週刊誌等に掲載されることは予定していないとして,出版社の主張を退けた。
私は,これらの点については全面的に賛成である。特に,防犯カメラやネットワークカメラ・ネットワークロボットを研究開発する方たちに注意して頂きたいのは,画像だけでは本人を特定できない場合であっても,肖像権を侵害する場合があり得る,という点である。また,防犯カメラの画像情報を,正当な理由無く第三者に提供することは違法行為になる,という点も非常に重要である。
裁判の判決を受けて,伝聞の伝聞であるが,当の松本氏本人は次のように述べたそうである。
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報道の多くが「プライベートでAVを借りているところを盗撮された」ことを怒っているように書いてありましたが,違うんですよ。
そうではなくて,写真を載せる時に「防犯カメラの記録ビデオから転載した」ことをボクは怒ったわけです。
もし,こんなことがこれからも許されるのなら,有名人は(防犯カメラのついている)エレベーターにも乗れないし,スーパーにも行けないし,ということになってしまいますよ…。新宿なんかふつうにあちこちに設置されているので,有名人でなくても女のコと気軽に歩けなくなるでしょう。
タレントや顔の知れた人のツーショット写真が(防犯カメラの録画映像から)流出しまくることになる。これはほっておけないというころで正式に手続きを踏んで出版社を訴えたわけです。
今回,こういう判決が出たことによって,他の出版社もさすがに「防犯カメラの映像は使えないナ,無理やろナ」と思ってもらえたらいいんです。そうでないと,コンビニで女性タレントさんが生理用品を買った映像まで写真誌が買う恐れがあります。
(中略)
ゴシックで太く書いておいてください。「防犯カメラのビデオ映像からの写真転用は訴えられるほどの悪事である」,と!
(以上,「いやしのつえ」(http://www5f.biglobe.ne.jp/~iyatsue)より)
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まさに正論である。ただ,あえて注文を付けておきたいことは,それならビデオショップも被告として訴訟を起こしてほしかった。その方が,防犯カメラ画像流出の責任が誰にあるか,明白になったと思われるからである。(小林)
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