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2007年6月16日 (土)

六本木ヒルズ回転ドア事故判決について

平成16年3月26日,6歳の男児が六本木ヒルズ森タワーの自動回転ドアに頭部を挟まれて死亡した事故は記憶に新しい。平成17年9月30日,その刑事事件の判決が東京地裁で言い渡された。

自動回転ドアは,センサと制御系と駆動系を備えた機械であり,次世代ロボットの要件を充たしうる。したがって,この事件において製造者がどのような刑事責任を問われたかは,ロボットメーカとしても関心が高いと思われるので,簡単に解説を行いたい。

さて,この事件で起訴されたのは,メーカー「三和タジマ株式会社」の取締役営業開発部長,森ビルの常務取締役森タワー設計部門責任者,同社六本木ヒルズ運営本部管理本部管理運営担当部長の3名である。直接の担当者や,実際の設計者は起訴されていない。また,株式会社の最高責任者は言うまでもなく代表取締役であるが,これも起訴されていない。担当部署の責任者を起訴するというのは,前例などに照らした一種の政治的判断であろうが,もとより,本件のような事故の原因は個人に集約されるものではなく,企業組織全体に関わるものである。この点,原則として企業組織ではなく人間を責任追及の対象とする刑事法制の制度的限界といえるかもしれない。

メーカーの取締役営業開発部長の過失について,裁判所の認定は次のとおりである。

本件のような業務上過失致死罪において,過失が認定される要件は,①本件事故の発生を予見できたこと,②本件事故の回避義務を怠ったこと,とされている。①について裁判所は,本件自動回転ドアを森タワーに設置する以前から,その戸先と固定方立に人が挟まれて負傷する事故が多発していたことと,設置後本件事故前である平成15年12月7日に森タワー2回に設置された別の回転ドアで6歳の女児が挟まれ頭部挫傷の傷害を負う事故が発生していることから,本件事故の発生が予見できた,と認定した。また,②について裁判所は,「挟まれ事故が発生しないように,戸先が固定方立に接近した状況で人がドア内へ侵入するのを防止する,あるいは,人が戸先と固定方立との間に挟まれても死傷の結果を生じさせない装置を備え付けるなどの安全対策を講ずべき業務上の注意義務があるのに,これを怠」った,と認定し,業務上過失致死罪が成立すると判断した。

次に,メーカーの取締役営業開発部長の量刑については,「回転ドアの業務に長年従事して回転ドアに関する知識,経験を蓄え,森タワー以外の事故情報についても早期に入手して,自動回転ドアの危険性やそれが現実化していることを十分に認識していたにもかかわらず,さしたる安全対策を講じないまま本件自動回転ドアを森タワーに設置し,しかも,本件自動回転ドアで(平成15年)12月7日の事故が発生したことを分かりながら,そのまま使用を続けさせたものであって,その過失の程度は極めて重いものである。また,本件自動回転ドアの設置に当たり,三和タジマ社から森ビル社に対して,本件シノレスの危険性について十分な説明がされていたとはいえない。製造物メーカーとしては,設置後の事故防止対策について,ユーザーの意向を尊重せざるを得ないという事情があるとはいえ,メーカーにとって営業上不利益となり得る危険性に関する情報であっても,発注者であるビル側に対して十分に開示すべきであったといえよう。」と指摘した。また,他の被告人との罪の軽重については,「前記のような危険性について十分な説明を受けていなかったこともあって,安全対策への配慮を欠くに至った森ビル社側の被告人らの過失に比べ,本件自動回転ドアを開発し,その危険性を容易に認識できた三和タジマ社の責任者であった被告人久保が十分な安全対策を講じないままに森タワーに設置して運転させ続けた過失の方が大きく,その刑事責任も重いと評価できる。」として,メーカー担当者の責任が最も重いと判断した。

メーカーの担当者に,挟まれ事故の発生を予見することが可能であったことは疑いがない。問題は,判決が指摘する結果回避義務の内容である。

元東京大学教授で機械工学の権威であり,「失敗学」の提唱者としても知られる畑村洋太郎氏は,著書「危険学のすすめ-ドアプロジェクトに学ぶ」で本件自動回転ドアを「恐怖の殺人機械」と評価した。同氏によれば本件自動回転ドアの最大の問題点は重量が極めて重いことにあり,そのため,非常停止をかけてもドアは20センチメートル以上動いてしまうという「致命的な欠点」があると指摘する。そして,メーカーが安全装置として各種センサを取り付けていることは「制御安全」に過ぎず,「殺人機械」としての潜在的危険を除去する「本質安全」設計を怠ったと批判している。

このような機械工学の専門家の知見を本件判決に当てはめてみるとどうなるであろうか。

明らかにいえることは,判決は,畑村氏のいう「本質安全」設計を怠ったという指摘は一切行っていない。判決の指摘する「ドア内侵入防止措置」は「本質安全」どころか「制御安全」でさえない,「運用安全」とでもいうべきものである。また,判決は「人が戸先と固定方立との間に挟まれても死傷の結果を生じさせない装置」というが,畑村氏の指摘を前提にする限り,「挟み込みがあった瞬間にその場で停止する装置」の設置は技術的に不可能であろう。この立場から見ると,判決が指摘する三和タジマ社取締役営業部長の「過失」は,事故原因の本質を見誤っており,これでは将来の事故防止に役立たないという批判を免れない。

もちろん司法の立場からは弁解が可能である。本件事故を回避する本質安全設計を実現するためには,おそらく,本件自動回転ドアの重量を軽くすることが不可欠である。ドア自体を小さくすることはもちろん,ステンレス枠をアルミまたはプラスチック枠に,ガラスをアクリル板に変更するなどの設計変更が必要であろう。しかし,そのような「安っぽい」ドアを森ビルが森タワーの正面玄関用として採用しただろうか。まして,メーカーの一取締役に,自らの職業生命をかけて,採用されないリスクを冒して,本質設計を変更することや,あるいは本件自動回転ドアの「殺人機械」としての潜在的危険性を森ビル側に告知することが可能であっただろうか。このように考えてくると,メーカーの取締役営業部長個人に本質安全設計義務違反を問うことは余りに酷であり,ひいては,無罪判決を招く可能性がある。検察としては,この辺りを考慮して,あくまで運用上の義務違反という形で起訴したのではないかと思われるし,そのような起訴を受けた裁判所は,刑事裁判のルール上,起訴されていない義務違反について判断することはできないのである。もっとも,「運用上の過失」を「メーカー」の担当者に問うことについて,問題が無いわけではない。その意味では,本件は無罪を争いうる事件であったといえる。

このように見てくると,機械工学ないし安全工学の立場と,司法の立場とでは,事故原因の究明に際して,かなり大きな乖離が存在することが分かる。それぞれの目的が違うから,という理解も可能であろうが,刑法の目的は,特に過失犯を処罰する目的は,将来の同種事件を防止する(これを一般予防という)ことにもあり,この点では機械工学ないし安全工学と立場を同じくするはずである。そうであるとすれば,司法としては,もう少し,機械工学ないし安全工学の立場からの批判に耐える制度設計や運用を行うべきであるとも考えられる。(小林)

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