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2007年7月 6日 (金)

ロボティクスと二つの「安全」

平成19年6月23日,関西学院大学で開催された情報通信学会大会のシンポジウムで10分ほどのプレゼンを担当しました。そのときの原稿です。

1.         本日は,「ロボティクスと二つの安全」というテーマで,法律学の見地からお話しをいたします。問題提起が主になってしまいますが,時間の許す限り,具体的な事例についてもお話ししたいと思います。

2.         アイザック・アシモフというSF作家の著名な小説「I, Robot」などに登場する「ロボット(工学)3原則」(Three Laws of Robotics)第1条の冒頭に,「ロボットは,人間に危害を加えてはならない」とあります。

3.         このロボット3原則は,次の二つの点で重要です。一つめは,ロボットがSF小説の題材でしかなかった時代から,人間に対する「安全」が最重要課題とされていた点であり,もう一つは,Lawsという原文が示すように,安全確保のためには,法律が必要とされた点です。

4.         では,ロボットの人間に対する安全を確保するための法制度は,現在,どのような状態にあるでしょうか。このことをお話しする前に,ロボットの人間に対する「安全」には二つの意味があることに注意して頂く必要があります。

5.         ひとつは,人間の身体や財産という「形あるもの」に対する安全です。もう一つは,人間の持つ情報やプライバシーという「形なきもの」に対する安全です。本日は,情報通信学会ですから,後者の安全を中心にお話ししますが,その前提として,人間の身体や財産という「形あるもの」に対する安全に関して整備されつつある法制度についてお話しします。

6.         平成19年4月,経済産業省から,「次世代ロボット安全性確保ガイドライン案」が公表されました。このガイドライン案は,次世代ロボットが社会や人間に対して多大な便益(benefit)を提供する一方,一定のリスクを有することを前提に,次世代ロボット製造者に対するリスクアセスメントの実施を定めています。このガイドライン案は,ISO12100の国際規格に依拠するものであり,いわゆるA規格に該当する抽象的な内容に留まっていますが,それでも,ロボットの安全に関するグローバルな法制度作りの第一歩と評価されます。

7.         次に,人間のもつ情報やプライバシーという「形なきもの」に対する安全に関する法律はどうなっているのでしょうか。そもそも,次世代ロボットは,プライバシー権と,どのような関係にあるのでしょうか。

8.         このスライドは,ATR(株式会社国際電気通信基礎技術研究所)知能ロボティクス研究所のホームページから引用したものであり,ネットワークロボットが人間にサービスを提供する未来予想図が描かれています。ネットワークロボットとは,文字通りネットワークにつながった次世代ロボットのことであり,その多くは,カメラや,電子タグリーダーなどのユビキタスセンサーネットワークと結合しています。そして,アンコンシャスロボットとして示された黒い箱が,監視カメラや防犯カメラと呼ばれるものと全く同じであることが示すとおり,次世代ロボットは,ユビキタスセンサーネットワークによるプライバシー権侵害のリスクを有しているのです。

9.         ユビキタスセンサーネットワークシステムがプライバシー権に対してリスクを有することは,広く国民にも認識されています。たとえば,先ほどの講演で紹介された「ひょうご情報交流戦略」の報告書には,情報通信技術の進展に伴う影の部分として国民が懸念する事項の筆頭として,「個人情報・プライバシーの保護」が指摘されています。また,総務省も,平成16年以降,プライバシー問題の重要性を度々指摘してきました。

10.     このように重要性が認識されているにもかかわらず,次世代ロボットが有するプライバシー権侵害に関するルール作りは,未だ着手されてさえいません。その原因はいくつかありますが,弁護士として指摘しておかなければならないのが,裁判例の動向です。

11.     この問題に関する裁判例は,非常に少ないのが実情であり,事案としては,公道において警察がフィルムカメラで市民を撮影したり,ビデオカメラでモニタリングしたり,ビデオ録画した事例に関する裁判例です。日本の裁判例は,公道において撮影することができるのは,「現に犯罪が起きているか,その直前または直後である」ことが必要であるとしています。この要件を現状の監視カメラ・防犯カメラに対して単純に適用すると,犯罪がおきそうもない場所にカメラを設置したり,そもそも,防犯目的でない目的でカメラを設置したりすることが許されないことになります。このような裁判例の現状というものも,ユビキタスセンサーネットワークシステムとプライバシーとの関係を規律するルール作りが進まないことの,一つの原因であると考えます。

12.     今日,ユビキタスセンサーネットワークとプライバシーや個人情報とのルール作りに関しては,日本は世界主要国の中では後進国に属すると言って過言でありません。平成19年3月に行われた国民生活審議会の会議でも,日本の制度の特異性や後進性について,厳しい発言がなされています。ユビキタスネットワークは,諸外国と情報のやりとりを行うユビキタスグローバルネットワークに直結するものであり,諸外国との法制度の違いから,ネットワークの接続を断られるということが,現実の懸念として浮上しているといえます。

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