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2007年8月 7日 (火)

「プライバシーに配慮したネットワークカメラ」ComeCamについて

 

 筑波大学第三学群情報学類知能情報メディア主専攻の樋口潤氏の卒業研究論文「見られていることを気づかせるネットワークカメラシステムの提案と試作」をネットで見つけて拝読した。ネットワークカメラのプライバシー問題に配慮した技術的提案ということであったが,期待はずれの感を否めない。

論文は,ユビキタスコンピューティングの一環をなすネットワークカメラの設置を考える際,プライバシーに関する弊害を考慮しなければならないと問題提起した上で,「見られていること」を被撮影者に通知するとともに,被撮影者が手振りなどで簡便に撮影を拒否したり,撮影者を特定の対象に誘導したりできるシステムを提案する。

たしかに,この問題提起は正しい。しかし,論文は,ネットワークカメラが「なぜ」プライバシー問題をもたらすかについて理解が足りず,その結果,解決または緩和策としての提案が的はずれになっていると感じる。

ネットワークカメラは「なぜ」プライバシー問題をもたらすのか。この問題はよく,フランスの哲学者ミシェル・フーコーの考案した監獄施設「パノプティコン」によって説明される。これは,囚人がどこにいても,看守から囚人を見ることは可能であるが,囚人から看守を見ることができない仕組みである。このような仕組みの監獄に収容された囚人は,実際に監視されていると否とにかかわらず,「看守に見られている」ことを前提として,自由な行動を控えるようになるとされる。自由行動が万一見られていれば規律違反として処罰されるかもしれないという囚人の心理からすれば当然であろう。つまり,「見られているか,見られていないか,分からない」という状態は,囚人にとって,「いつも見られている」という状態と同一になるのである。これを「囚人が看守の視線を内在化した」という。監獄の運営者からすれば,規律を守らせるため看守を増員するという方法もある。しかしそれは不経済なので,看守の視線を囚人に内在化させることにより,効率的に規律を維持することができる。このように,「パノプティコン」においては,「看守に見られているか,見られていないか,分からない」ような監獄の構造がポイントである。

これをネットワークカメラに当てはめてみると,こういうことになる。つまり,撮影されている市民は,実際に自分が見られているのか,見られていないのか,分からない。この場合,市民は,見られていることを前提として,自由な行動を控えるようになる。「見られているか,見られていないか」を「録画されているか,録画されていないか」と言い換えても同じである。つまり,市民にとって,ネットワークカメラに撮影されているということは,「いつも見られている」または「いつも録画されている」ことと同義なのだ。これこそが,ネットワークカメラを防犯カメラとして利用する場合における最大のポイントであり,本質である。そして,論文が指摘するネットワークカメラのプライバシー問題は,ネットワークカメラが防犯カメラとして使用される場合,最も問題になる。

論文が提案するシステムは,誰が見ているかを被撮影者に知らせるシステムである。裏を返せば,誰も見ていないことも,被撮影者に知らされる。誰も見ていないことを知らせるのは,ネットワーク防犯カメラにとって,「自分は案山子です」と宣言することに等しい。これは,ネットワーク防犯カメラの本質を否定するものであり,自殺行為である。だから,ネットワーク防犯カメラの運用者は,このシステムを採用することができない。ということは,論文が提案するシステムは,ネットワーク防犯カメラのプライバシー問題を全く解決しないし,改善もしないということになる。論文が提案するシステムは,同論文が指摘するように,ネットワークカメラをコミュニケーションツールとして使用する場合にのみ有益でしかない。

実は,私自身は,ネットワーク防犯カメラのプライバシー問題と,パノプティコンを同列に考えることに多少違和感をもっており,そのことはいずれこのブログに書きたいと思っている。しかし,いずれにせよ,パノプティコンの概念はネットワーク防犯カメラのプライバシー問題における基本概念だから,これを無視しては駄目である。論文執筆者の樋口氏をはじめ,この分野の技術者,研究者の方々には,是非,ご自分の研究分野だけではなく,「パノプティコン」のような心理学的・哲学的概念をも研究され,それを技術開発に反映させて頂きたいものである。(小林)

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