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2007年8月23日 (木)

仕事で得た顧客の名刺は誰のもの?

平成19年7月9日の日本経済新聞朝刊「リーガル3分間ゼミ」に,「会社の営業職が汗水たらして手に入れた顧客の名刺は従業員の財産ではないのか?」という設問に対し,裁判例を引用した上で,「秘密指定外なら(従業員)個人のもの」との回答が掲載された。

これに対して,オプティマ・ソリューションズ代表取締役中康二氏のブログは疑問を呈し,「個人情報保護法上,(従業員が)退職時に名刺を持ちだしてはいけない」と主張している。

また,牧野二郎弁護士のホームページにも,「名刺は会社が管理するものであり,従業員が個人で管理するものというのは間違い」と記載してある。

しかし,裁判例を調べてみると,平成17年7月24日東京高裁判決に,ペットサロンが元従業員に対して,持ち出した顧客名簿等による営業活動の差止や損害賠償などを請求した事件に関し,その顧客名簿の秘密管理性を否定してペットサロン側を敗訴させたものがある。この裁判例によれば,日経新聞の記事と同様,顧客名簿の持ち出しも違法でない場合があるということになりそうである。

これらの意見や裁判例はどのように理解したらよいのだろうか。

ポイントは,会社の法令遵守という問題と,会社と従業員との関係を分けて考える,という点にある。平たく言えば,会社の立場と,従業員の立場を分けて考える,ということだ。

会社は大概,個人情報保護法上の個人情報取扱事業者に該当する。従業員が職務上顧客からもらった名刺上の情報は,顧客名簿などの形で検索可能なように体系的に整理されたものであれば,それぞれ,個人データに当たる。従って,会社は,その個人データを目的外に利用することはできないし,従業員が退職に際して名刺を持ち去ることを見過ごせば,個人情報保護法に違反する情報の第三者提供に当たることになる。その意味では,仕事で得た顧客の名刺は会社のものという理解が正しい。

しかし,個人情報保護法は,あくまで会社の義務を規定したものにすぎない。だから,個人情報保護法上,会社に名刺(情報)管理の義務があるからといって,直ちに,従業員に対して,名刺(情報)を引き渡せと要求できるわけではない。ややこしいが,会社と国との関係を定めた法律(個人情報保護法)と,会社と従業員との関係を定めた法律(不正競争防止法や民法,労働法など)はその適用範囲が違う,ということなのだ。

だから,会社は,個人情報保護法を遵守するためには,従業員との関係で,「従業員が職務上もらった名刺の情報と名刺の所有権は会社のものになる。退職した後に顧客情報を利用してはならない」ということを契約しておかなければならないし,このような契約がない場合には,従業員が名刺や顧客情報を持ち出して利用しても,これを禁止できない,ということになる。なお,顧客情報は必ず営業上の秘密に該当する,とまでは言い切れないから,会社と従業員との間で営業上の秘密保持契約が締結されていたとしても,直ちに,名刺(情報)の管理権が会社に帰属する,ということにはならない。

もっとも,秘密指定外なら名刺持ち出しも利用も自由,とする日本経済新聞の記述は行き過ぎだろう。従業員は,退職に際しても,労働契約の相手方である会社を不当に違法状態に陥れないという雇用契約上の善管注意義務を有するというべきであるから,退職の際名刺を持ち出すことが会社の個人情報保護法違反状態を直ちに作り出すことを知って持ち出せば,かかる善管注意義務違反による責任を負う,と考えることは十分可能である。(小林)

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