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2007年9月11日 (火)

街頭防犯カメラシステムが相互不信のシステムであることについて

先日,「警視庁八王子署が街頭防犯カメラ1000台設置計画」のニュースに関し,「街頭防犯カメラシステムは相互不信のシステムなのだから,運用者が『私は悪用しません。信じて下さい』と言うだけでは駄目だと書いた。この点に関し,東海大学の高橋直哉准教授の「防犯カメラに関する一考察」(法学新報112号。2005730日)をご紹介したい。

この論文の結語として,高橋准教授は,次のように言う。

「現代社会において,見知らぬもの同士が「互いに相手を不当に攻撃しない」という信頼感を相互に持つための手段として,防犯カメラは一定の役割を果たしうるであろう。しかし,防犯カメラが作り出す信頼感とは,どういうものであろうか。この信頼感は,犯罪を行わない理由に関する規範的な了解に基づいた他者への信頼を創出するわけではなく,単純に,犯罪発生を事実として抑止することによって生まれる信頼感に過ぎない。

防犯カメラの普及した社会は,表面的には平穏が保たれているように見えても,その根底には常に相互不信の根が伏在していることになるであろう。それは,いわばホッブズ的自然状態(万人の万人に対する闘争)が潜在化しているような状況であるということもできる。防犯カメラだけでは,お互いを理解し,尊重しあえるような社会は生まれないということを私たちは忘れてはならないであろう。」

平易に言い換えればこういうことであろう。今ここに互いに面識のない二人の人間と防犯カメラがあったとする。この人間は,それぞれ,「防犯カメラがあるから,相手は私を不意に襲ったりしない」と信頼することができる。しかしその信頼は,「相手は私を不意に襲ったりするほど悪い人ではない(さらに進んで,善人にちがいない)」という信頼では決してない。防犯カメラによってもたらされる安心感は,防犯カメラそのものに対する信頼に基づくものであり,面識のない相手に対する信頼に基づくものではない。防犯カメラによって,他者と自分との間に見えない檻が存在するという信頼感に過ぎない。したがって,防犯カメラの作り出す安心感に依存してしまうと,他人を信頼することができなくなるのである。(小林)

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