« 警視庁八王子署が街頭防犯カメラ1000台設置計画 | トップページ | 「司法試験合格者3千人、多すぎる」 法相が「私見」 »

2007年9月 1日 (土)

ロボラボトークセッション

平成19年8月28日,大阪市のロボットラボラトリーにて,大阪産業創造館とロボットラボラトリーが主催するトークセッションが開かれ,20分ほどお話しをさせて頂いた。以下はその時の原稿である。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

平成16年3月26日,東京都港区六本木の森タワーで,6歳の男の子が自動回転ドアに頭を挟まれて死亡するという痛ましい事故がありました。本日は,この事故を題材に,サービスロボットの安全を考えてみたいと思います。

そもそも,次世代ロボットのトークセッションでなぜ自動回転ドアなのかといいますと,自動回転ドアは,センサーとコンピューター,駆動系を備えた自動機械であり,コンピューターの程度はかなり低級ではありますが,経済産業省のいう次世代ロボットの定義に当てはまるからです。つまり,自動回転ドアは,ヒューマノイドではないものの,「ドアマンロボット」であるといえます。つまり,森タワーの事故は,ロボット殺人事件の第一号という見方もできるわけです。

本日は,森タワーの事故について,3つの視点を対比してお話しします。一つは,安全工学の視点,2つ目は,行政の視点,3つ目は司法の視点です。この視点を比べることで,ロボットの安全性について,立体的な理解をして頂ければと思います。

一つ目の安全工学からの視点について,ここでは,東京大学名誉教授の畑村洋太郎氏の分析をご紹介します。畑村氏は,森タワーの事故に関して,「ドアプロジェクトに学ぶ」という技術者向けの本と,「危険学の勧め」という一般向けの本を著していますが,「危険学の勧め」において,本件自動回転ドアを「恐怖の殺人機械」と評価しています。つまり,存在自体が悪,ということです。

畑村氏によれば,本件事故の最大の要因は,「本質安全設計と制御安全設計の順序を取り違えたこと」にあります。つまり,自動ドア設計者の世界には,人が挟まれても重大な傷害を発生しないための基本的な前提すなわち「暗黙知」として「10ジュール則」があり,これが本質安全設計の前提であった。ところが本件自動ドアは極めて重く,また素早く回転するため,「10ジュール」の数倍の圧力を発生する代物であった。本質安全設計の考え方からすれば,自動ドア本体の重さを3分の1にするか,回転速度を2分の1以下にしなければならないのに,設計者はそれをせず,各種センサーの設置という「制御安全」によって安全性を確保しようとした。しかしセンサーによる制御には所詮限界があり,起こるべくして起こったのがこの事故だ,ということです。

ここでは,畑村名誉教授が本質安全設計の重要性を口を酸っぱくして主張している,という点を頭にとどめておいてください。

二つ目の視点として,行政の取り組みをご紹介します。本件事故を受けて,経済産業省および国土交通省が「自動回転ドアの事故防止対策に関する検討会」を立ち上げ,ガイドラインを作成しました。この検討会のスケジュールを見てみると,事故が起きたほぼ2週間後の平成16年4月8日に第1回検討委員会が開催され,事故の3ヶ月後にはガイドラインが制定されています。これは,官庁の対応としては,不自然なほど迅速な取り組みといえます。事故の社会的影響がそれほど大きかったからとも言えますが,ここまで迅速な取り組みは,産業界の圧力があったから,という側面があったことも否めません。当時,官庁が何らかの対応策をとらなければ,自動回転ドアは全国のビルから撤去されかねない状態だったからです。

このガイドラインの詳細について,興味がある方はホームページをご参照下さい。その要点は,①他形式ドアの併設,②緩衝材やセンサーの配置,③安全確認,監視要員の配置や注意喚起,④定期点検の励行,といったものです。

つまりこのガイドラインの内容は,畑村名誉教授が口を酸っぱくして主張した本質安全設計には一切触れず,制御安全,および運用上の安全確保に重点をおいたものとなっていることが分かります。

もちろん,検討会の委員の念頭に本質安全設計の確保が無かったはずはありません。しかし,実際問題として,自動回転ドアの重量を3分の1にしたり,回転速度を2分の1にしたりすることは極めて困難であり,僅か3ヶ月という機関では,本質安全設計に踏み込んだガイドライン作成に至らなかったことは想像に難くありません。ちなみに,この検討会の委員であった明治大学の向殿政男教授は,次世代ロボット安全性確保ガイドライン検討委員会の座長であり,本質安全に踏み込んだガイドラインを作成しておられます。

3つ目の視点として,司法の対応をご紹介します。司法手続には民事裁判と刑事裁判がありますが,本件では民事裁判は提起されず,関係者を処罰する刑事裁判だけが行われました。とはいえ関係者は逮捕されず,メーカーと森ビルの担当者6名が書類送検され,このうち3名は不起訴,残りの3名が業務上過失致死罪で起訴され,いずれも執行猶予付の有罪判決がなされて確定しています。

有罪の理由として判決が述べているのは,森ビル内外の他の自動回転ドアでも,同種事故が頻発していたのに,これに対応するための安全対策が極めて不十分であった,ということです。そして,ユーザーである森ビルの担当者に比べ,メーカーの担当者は,事故情報を詳しく知っていたという意味でも,安全対策をとりえたという意味でも,責任が重いとされています。

先に紹介した安全工学の視点や行政の取り組みと比べると,刑事裁判の特徴は,次の点で際だっています。第1に,会社そのものや,会社のトップが責任を問われていないという点です。第2に,畑村名誉教授が主張する本質安全や,自動回転ドアガイドラインが励行する制御安全にはほとんど触れられておらず,運用上の安全対策に重点がおかれているという点です。これらの特徴は,刑事裁判という制度や,起訴した以上は有罪判決をとらなければならないという検察官の立場からするとやむを得ないとも言えるのですが,畑村名誉教授に言わせれば,責任追及だけで,安全確保には何の役にも立たない,ということになるでしょう。

ちなみに民事では,森ビルから被害者の遺族に7000万円が支払われて示談が成立したため,遺族による民事訴訟は提起されませんでした。本件の場合,死亡したのが6歳児であったため,将来年収の予測が困難であったという特徴がありますが,もし裁判が提起されていた場合,交通事故の相場観からは,ご両親の慰謝料として2000万円から2500万円,将来年収から得た利益として3000万円前後,合計して6000万円前後と推測されます。もっとも,本件の場合,回転ドアに飛び込んだ被害者に過失がなかったとは言えず,森ビルやメーカー側がこの点を争えば,過失相殺割合5割もありえた事案だったかもしれません。皆さんは7000万円で示談,という解決をどのように受け取るでしょうか。

また,森ビルとメーカーとの関係もあります。森ビルは,示談金7000万円のほか,森ビルからの自動回転ドア撤去差し替え費用をメーカーに請求するとの報道がなされています。もし裁判になった場合,森ビルの請求はどの程度認められるか分かりませんが,メーカーにしてみれば,数億円規模の損失が生じる危険があります。さらに,会社内部での責任追及や,株主との関係での経営トップの責任問題なども残ります。

さて,以上,森タワーの事故に関して,安全工学,行政,司法の3つの視点から概観しました。これをまとめると,同じ事故を評価するにしても,立場や制度が違えば,評価の中身が違ってくる,ということが分かります。このことは,メーカーの側から見れば,安全対策といっても,事故発生を防止するための安全対策と,万一事故が発生した場合に責任を軽減するための安全対策は,微妙に違う,ということになります。もっとも,このような「安全感覚」のズレは,立場や制度が違うから違ってよい,というものでもありません。安全工学も,行政も,司法も,それぞれの立場から出発して,等しく同じ目標を目指していくべきであると思いますし,現にその方向性は発生してきています。

特に法律の見地から申し上げますと,機械事故に関して法律家がとるべき方向性は,事故が起こってしまってから,その責任の押し付け合いをするのではなく,事故が起こる前に,可能な限り事故発生のリスクを排除するとともに,万一事故が起きたとしても,その責任を可能な限り軽減するための方策を事前に打っておく,ということになると考えています。これは「予防法学」という考え方であり,現に,会社法の世界では広まっている考え方ですが,機械工学の分野では,その取り組みは緒についたばかりです。しかし,皆様におかれましては,是非,予防法学を取り入れ,事故が発生する前から法律家のアドバイスを受けておくことをお勧めいたします。(小林)

|

« 警視庁八王子署が街頭防犯カメラ1000台設置計画 | トップページ | 「司法試験合格者3千人、多すぎる」 法相が「私見」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/16265017

この記事へのトラックバック一覧です: ロボラボトークセッション:

« 警視庁八王子署が街頭防犯カメラ1000台設置計画 | トップページ | 「司法試験合格者3千人、多すぎる」 法相が「私見」 »