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2007年10月27日 (土)

「反社会性を司法判断の中心に」について

平成19年10月26日日本経済新聞25面「経済事件と司法(下)」に掲載された清水剛東京大学准教授の論説「反社会性を判断の中心に」は,法律家として考えさせられる文章であった。

論説は,日興コーディアルグループとライブドアの「粉飾決算」事件を比較し,反社会性の程度は,日興コーディアルグループ事件の方が大きいにもかかわらず,法律違反の程度は,形式的に見る限りライブドアの方が大きかったため,日興コーディアルグループは証券取引等監視委員会の課徴金という制裁が科されただけであるのに対し,ライブドアは代表者の実刑という重い司法判断が下されたと分析して,「反社会的であっても形式的に法令違反とされる可能性の低い,この意味で『巧妙な』やり方については制裁が機能しない」という問題点を指摘している。

論説の指摘はまことに正論であると思う。但し,准教授も指摘しているように,法律の世界,特に刑事司法の世界では,「罪刑法定主義」をはじめとするさまざまな縛りがある。そのため,ずるがしこい巨悪ほど,法の網をかいくぐって「世にはばかる」ことは,指摘された事件に限らず,古今東西の一面の真実であることもまた事実である。だから,法の手が及ばない悪人を「違法に」退治する「必殺仕事人」とかが世間の支持を受けるわけだ。もちろん,脱法行為に対しては,法改正によってその後の同様の行為を禁止することが可能であるが,特に金融の分野では,おそらく,刑事法改正が全く追いつけないほど,さまざまな脱法行為が日々開発されているのだろう。これに対して「事後的に」どう対応していくか,あるいは,企業の意思決定にかかわる弁護士であれば,「違法ではないが反社会的」な行為に対してどのような判断をするかが問われることになると思う。(小林)

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