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2007年12月 8日 (土)

ユビキタスネットワークシンポジウム2007

 11月29日に秋葉原ダイビルで開催されたユビキタスネットワークシンポジウムのパネルディスカッションに参加させて頂いた。300名を収容するホールは250人以上の出席を得てほぼ満席の盛況であり,ユビキタスネットワークの技術がいよいよ社会的実施の段階に入っていることを実感した。このパネルディスカッションの際,各パネラーが10分程度プレゼンを行うということだったので,用意した原稿を下記に掲載する。

                  記

UNS2007パネルディスカッション

ユビキタスネットワーク社会実現のためのこれまで今後

~法律の見地から何が必要か~

私からは,ユビキタスネットワーク社会実現のために,法律の見地から日本に何が必要か,ということを簡単にお話し致します。

まず,ユビキタスネットワーク社会とは,高度に発達したネットワーク社会であると同時に,ヒトとネットワークとが,シームレスに繋がった社会であるということができます。

ここに「シームレス」ということの意味は,キーボードなどの入力デバイスをヒトが操作することなしに,ヒトに関する情報をネットワークが取得することを意味します。そのために必要なデバイスとして,RFIDシステムや,カメラ,マイク,指紋や虹彩等のスキャナが開発されています。

ヒトとネットワークがシームレスに繋がることは,大変な利便性をもたらすと予想されます。

しかし反面,ヒトの保持するプライバシー情報が,そのヒトの意思に反してネットワークに取得されることもあります。また,一旦ネットワークが取得した情報は,高度化したネットワークを駆けめぐり,ほかの情報と合体して,そのヒトに思わぬ不利益をもたらすかもしれません。このように,ユビキタスネットワーク社会を実現するためには,プライバシー権との調整を図ることが,避けて通ることのできない法律的課題です。

ところで,このような法律的課題とは裏腹に,現在の日本では,ユビキタスネットワークデバイスが,驚異的な速度で普及しつつあります。例えばネットワークカメラは,店舗やマンションはもちろん,全国各地の繁華街や商店街に,凄まじい勢いで設置されています。世界に目を転じますと,イギリスは全国に約400万台とも言われる監視カメラを設置しており,監視カメラ先進国とも呼ばれますが,日本にイギリス並みの監視カメラが設置される日もそう遠くないと思われます。

このような傾向に対しては,監視社会化を招くとして警鐘を鳴らす人たちもいます。しかし,このような意見は圧倒的少数派であるのが現状です。このことは,ユビキタスネットワークを推進する見地からは,大変好都合のように見えます。しかし,本当にそうでしょうか。

「京都府学連デモ事件判決」という,最高裁判所大法廷が昭和44年に行った有名な判決があります。この判決や,これに続く一連の判決によると,警察が公道など公の場所において,罪なき一般市民を撮影することが許されるのは,現に犯罪が行われているときか,その前後に限られ,しかも,犯人を撮影するうえで必要不可欠な範囲に限られるとされています。この裁判例によれば,商店街などが設置して通行人を撮影し録画する行為は,違法になってしまいます。

もちろん,この最高裁判所の判決は,昭和44年という,ビデオカメラもデジタルカメラもない,市民1人ひとりがカメラ付き携帯電話を持ち歩く時代が来るとは想像もできない時代に出された判決ですから,これがそのまま現代に妥当するとは限りません。しかし,明確なルールが存在しない以上,この判決は現代においても生きています。つまり,現在普及しつつあるユビキタスネットワークデバイスは,常に,裁判所によって違法と判断され,撤去や損害賠償が命じられるリスクにさらされていると言って過言ではありません。

現在の日本では,監視カメラに関してはいくつかの地方自治体で条例が制定されています。また,RFIDに関しては,2004年に総務省と経済産業省がガイドラインを策定しています。しかし,プライバシー権とネットワークとの調整の問題は,本来,条例やガイドラインによる規制になじむものではありません。全国に等しく適用される法律によるルール作りが急務であると考えます。

現在,ユビキタスネットワークシステムとプライバシー権を調整するための法律が存在しないことは,第一に,ユビキタスネットワーク社会を推進する研究者や技術者に対して,不必要なブレーキになるという弊害を発生させています。私はユビキタスネットワークに関するいくつかの研究会に参加していますが,研究者や技術者の方々が,裁判を起こされ違法とされることをおそれるあまり,研究開発を躊躇する事例に接しています。法規制とかルールなどというと,一見,ユビキタスネットワーク社会の推進を縛り妨げるかのように聞こえます。しかし,適切な法規制やルールは,むしろ,ユビキタスネットワーク社会を推進するものです。自動車は道路の左側を通行しなければならないという道路交通法上のルールは,自動車産業の発展を阻害したでしょうか。むしろ,車と車,あるいは車と人との関係を適切に規律するルールこそが,自動車産業を発展させたと言えるのではないでしょうか。

ユビキタスネットワークシステムとプライバシー権を調整するための法律が存在しないことは,第2に,日本や日本の企業が情報技術を世界標準とするに際して,大きな妨げとなる危険があります。例えば先ほど触れたイギリスは,監視カメラ先進国である一方,情報コミッショナーという第三者機関を設けるとともに,個人データ保護法をはじめとする法制度が,日本より遙かに整備されています。また,世界では,情報コミッショナー制度を有する国の国際会議である「データ保護・プライバシー・コミッショナー国際会議」が開催されており,今年で29回を数えますが,情報コミッショナー制度を持たない日本は,各国コミッショナーによる非公開会議に参加することさえできません。このままでは,日本は,情報プライバシー保護制度後進国の烙印を押され,ユビキタスネットワークシステムの輸出や他国のネットワークとの接続を断られることにもなりかねません。

以上,日本においてユビキタスネットワーク社会を実現するためには,適切な法的ルールを定める必要があること,国民に拒否反応がない今こそが,法的ルールを定める好機であること,そして,そのためにはまず,イギリスやヨーロッパをはじめとする先進国の制度を研究する必要があることを申し上げて,ご説明とさせて頂きます。(小林)

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