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2008年1月30日 (水)

日弁連はなぜ負けたのか?(8)

法曹人口問題で日弁連が敗北するに至った経緯をおさらいしてみよう。

法曹人口問題は、平成元年、裁判官・検察官希望者不足を解消するため最高裁・法務省が支持した「丙案」(若手受験者にゲタを履かせて優遇する案)に、日弁連が反対するという「コップの中の戦争」としてスタートした。しかし、法曹人口問題は国民に規制緩和問題として認知されたため、大幅な増員に反対する日弁連の態度は、世論の猛烈なバッシングにさらされた。これを受けて日弁連の方針は、平成6年の臨時総会決議を翌年に撤回するなど迷走し、日弁連が当事者として参加していた法曹養成制度等改革協議会を機能不全に陥らせた。ここに至って政府は法曹三者による法曹人口問題解決能力を見限り、司法制度改革審議会を設置して法曹人口問題の解決を図る。「コップの中の戦争」をコップごとひっくり返し、法曹三者はお飾りのように圧倒的少数派として審議会に参加させるにとどめた。この審議会では法曹人口大幅増大は既定路線であり、ただ、法曹の質の維持をどうやって図るかという点だけが問題であった。しかしこの点は法科大学院の設置により解決の目処が立つ。そこで司法制度改革審議会は、平成1288日、司法試験合格者年3000人を事実上決定するに至るのである。

歴史的評価は私の手に余るが、結果論としてみる限り、日弁連の第一の失策は、必要以上に「丙案反対・修習2年」に固執したことであろう。日弁連が丙案反対に固執した理由は、分離修習による法曹一元の危機、法曹資格機会均等の破壊などが挙げられ、修習2年への固執は法曹の質の維持が目的であった。しかし、丙案が廃止されたことと、3000人体制を比べて、3000人体制の方が良かったと言えるだろうか。

日弁連の第二の失策は、第一の点の裏返しであるが、法務省や最高裁だけを相手にした近視眼的な「兄弟喧嘩」に明け暮れ、その三兄弟が外部からどう見られているかに思いをいたさなかった点であろう。

そして第三の失策は、「これ以上法曹三者間の内部抗争に明け暮れるなら、司法改革問題の当事者から外す」という明確なサインが政府からあったにもかかわらず、これを見落とした点、あるいは気付いていたのに対処できなかった点である。

以上に付け加えるなら、日弁連、というより弁護士にありがちな欠点として、「正しいことであれば必ず認められる」という、法律の世界での理想を、政治の世界に持ち込みがちな点があげられる。言うまでもなく政治の世界は強いものが正しい、「勝てば官軍負ければ賊軍」の世界である。私はこの論考を纏めるに当たって、「正しかったか、間違っていたか」という判断を慎重に排除したつもりである。したがって、合格者3000人という決定が正しかったか、間違っていたかは、本論考の対象外である。本論考で私が対象としているのは、「日弁連はなぜ負けたか」という問題であって、「日弁連は正しかったか」あるいは「日弁連は間違っていたのか」ではない。

外から侵略されているのに、一致団結せず、内部抗争に明け暮れたため、結局外国に滅ぼされた国は、歴史上、枚挙に暇がない。法曹人口問題に関して日弁連は、実に幼稚な対応しかできなかったと評価されてもやむを得ないと思う。我々弁護士は、日弁連として余りに惨めな展開を辿った歴史を深く反省するとともに、これを繰り返さない努力をするべきであろう。

日弁連会長選挙の候補者である高山俊吉弁護士は、平成8年(1996年)の法律時報683号に「丙案廃止に向けた闘いのために」と題する論考を寄せ、その末尾に、誇らしげに次のように記している。「とまれ厳しい条件と情勢の中でも丙案を葬り去る一歩手前まで到達し得たことを考え、運動への確信をもってこれからの闘いを取り組みたいものである。『われらが到達した峰に主峰を目指す砲台を揺るぎなく据えよ。』」

高山弁護士は、このとき、目の前の「主峰」にばかり気を取られ、足下の「峰」が音を立てて崩れ始めていたことに気付かなかったようである。(小林)

「日弁連はなぜ負けたのか?(1)~(8)」は小林正啓の個人的見解であり、日弁連会長候補者宮崎誠・高山俊吉両氏及びその選挙事務所の意見とは一切関係ありません。

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日弁連はなぜ負けたのか?(7)

「司法試験合格者数は今後5年間800名程度を限度とする」という平成6年(1994年)1221日の日弁連臨時総会決議は、ものすごい世論のバッシングを浴びた。これを受けて、平成7年(1995年)112日、日弁連は昨年の決議をあっさり撤回して、司法試験合格者1000人を容認する(なぜかこの決議は新聞報道しか資料が無く、日弁連ホームページの決議集には掲載されていない)。しかし時すでに遅く、合格者数1500人を容認していた法曹養成制度等改革協議会との乖離は埋めることができなかった。そのため、平成71113日に発表された同協議会の意見書は、1500人と1000人の両論併記に終わる。

この時点での報道を見ると、日弁連の態度を批判しつつも、なお、法曹三者協議による事態の収拾を求めていることが分かる。「国民の司法実現へ(法曹三者の)歩み寄りを」【読売新聞】「(法曹)三者は、後ろ向きの議論に時間を費やさず、なお合意を目指して努力すべきだ。」【朝日新聞社説】「国民の立場に立った具体的な司法像を描くうえで、引き続き三者の協力が求められている。」【日経】

しかし政府の対応は、このころから急転回を始めた。行革委員会規制緩和小委員会は平成7127日、「司法試験合格者数を大幅に増加することが必要。『法曹養成制度等改革協議会』の意見書の、中期的には千五百人程度を目標との意見について評価する。」として、1500人支持を明確にする。「日弁連が自治団体であることを主張するなら、自らの体質改革が前提となる。そのためには、現在の意思形成の仕組みを改めないと、駄々っ子みたいなごね得狙いの反対者の巣窟(そうくつ)と言われよう。日弁連はいま自治能力を深く疑われているという事実を悟るべきだ。」【毎日新聞】「抜本的な改革論議がもう十数年間も続いている。やっと司法試験合格者を二百人増の七百人にこぎつけたぐらいだ。一向にまとまらないのなら、第三者に任せたらどうだろう。ひとえに司法試験の合格者の数の問題から始まっている。弁護士側は少なくない、多すぎるぐらいだと言い、いつまでも堂々巡りだ。」【読売新聞】

これらの新聞報道は、実は、司法試験合格者数の決定権限を法曹三者から取り上げ、政府に委譲することを指向している。ところが、この時点での日弁連はことの重大性に思い至らず、「行革委が司法制度の根幹にかかわる法曹人口や修習問題まで取り上げることは三権分立に反する」【柳瀬康治 日弁連事務次長 毎日新聞】とか、「法曹人口は長期計画で増やせ」(大原誠三郎弁護士)【毎日新聞】「法曹人口を増やすことは、弁護士の生活や業務のあり方にかかわる面もあり、弁護士会でも見解が分かれています。」【鬼追明夫日弁連新会長 毎日新聞】といった、原理主義的な議論や、相変わらずの引き延ばし策や、のんびりムードの見解を述べている程度だ。

日弁連のこのような態度や、法曹養成制度等改革協議会の分裂による機能不全を見て、おそらく平成10年ころ、政府は法曹養成制度の決定権限を法曹三者から取り上げることを決意する。そして平成11年(1999年)25日、司法改革審議会設置法案が決定される。それ以後の経緯は、すでに述べたとおりである。新聞報道からは、日弁連の文字が急速に減った。日弁連は、法曹人口問題の当事者から降ろされたのである。

平成12112日の日本経済新聞には、次の記載がある。「人口増に反対する代表的な意見は、『競争激化で弁護士の経済的基盤が危うくなり、本来の人権擁護活動が弱まる』との考え方。これに、『これまで法曹三者で慎重に扱われていた法曹人口枠が突然拡大された』との不満が加わった。 こうした反対派の主張に共感する弁護士は少なくない。しかし、弁護士過疎地域で人権活動もままならない賛成派弁護士が総会で訴えた切実な増員の声に、こたえるような具体策を示す反対派はいなかった。 また、大幅増の案は『突然』浮上したわけではない。(中略)司法審が司法試験合格者数『年間三千人』を打ち出したのは8月。この間、現場の弁護士が意見を表明する機会はいくらでもあった。」従前、法曹三者の仲直りを求めていた頃に比べて、突き放すような書き方だ。このように、この時点で反対派は、世論から冷笑され見放されていたのである。

歴史にIFは許されないが、おそらく、日弁連が引き返せないポイントを曲がったのは、平成8年と9年の間であろう。この間、日弁連が法務省や最高裁との「コップの中の戦争」を止め、大同団結して1500人を容認し、法曹養成制度等改革協議会の機能不全を予防していれば、その後の3000人への道筋は、回避できていたかもしれない。(小林)

「日弁連はなぜ負けたのか?(1)~(8)」は小林正啓の個人的見解であり、日弁連会長候補者宮崎誠・高山俊吉両氏及びその選挙事務所の意見とは一切関係ありません。

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日弁連はなぜ負けたのか?(6)

司法試験合格者数3000人は、平成128月、司法制度改革審議会において事実上決定された。しかし、司法制度改革審議会が発足する以前は、司法試験合格者数は、法曹三者(裁判所、検察庁・法務省、弁護士会)が決めていた。つまり、平成1125日に政府が司法改革審議会設置法案を決定し、司法試験の合格者数を決定する権限を司法から行政に移転した時点で、日弁連を含む法曹三者は、法曹人口問題に関するイニシアティブを失ったと言ってよい。ではなぜ、法曹三者から権限が剥奪されたのだろうか。

話は昭和62年ころまで遡る。司法試験合格者数は、昭和38年から平成2年まで、500人前後で推移してきた。しかし合格者平均年齢の高齢化とバブル経済は、裁判官と検事希望者の減少を生み、これを憂慮した法務省が合格者の低年齢化を意図して、平成元年、甲乙丙3案からなる「司法試験制度改革の基本構想」を提案する。法務省と最高裁は、要するに若年者にゲタを履かせる丙案を支持し、これを法曹一元、機会平等への攻撃ととらえる日弁連と対立することになる。そこで日弁連が提案したのは、若年者にゲタを履かせないかわりに、合格者を700名程度に単純増員する案であった。一方最高裁は、合格者の増員は、司法研修所の物的容量から受け入れがたいとして、「合格者を増やすなら修習期間を短縮せよ」と主張する。他方日弁連は修習期間の短縮には絶対応じられないとして対立し、話し合いの枠組みを、法曹三者協議会から、平成3年に設立された「法曹養成制度等改革協議会」に移し、4年間の協議を経て意見書をまとめることになった。

ここまでは、司法試験合格者数と養成方法、司法修習生の就職先をめぐる法曹三者の争いであり、いわばコップの中の戦争であった。ところが、法曹養成制度等改革協議会が発足した平成3年は、「第三次行革審」発足直後であり、「コップの中の戦争」であった法曹人口問題は、「コップの外」である政府から、規制緩和政策の一環として認知されることになる。そもそも丙案回避のために合格者増員を言い出した日弁連であったが、政財界から規制緩和の一環として合格者の大幅増員が要求されるに及び、法曹の質の低下等を理由に掲げる増員反対派が発生する。その一つの現れが平成6年(1994年)1221日の日弁連臨時総会における日弁連司法基盤整備・法曹人口問題に関する関連決議であった。これは司法試験合格者数を「今後5年間800人程度を限度とする」というものである。

日弁連のこの決議は、特権階級である弁護士が既得権益を守ろうとしているとして、政財界やマスコミ、そして法曹養成制度等改革協議会内部から極めて厳しい非難を浴びている。日経テレコン21から検索できる記事も多数あり、その一部を引用すると、「日弁連決議は改革つぶし。法曹改革の出発点は非常識に少ない法曹人口の正常化のはず」【朝日新聞論壇「法曹にも必要な規制緩和」】「司法改革の最大の担い手である弁護士が使命を忘れ、内向きの狭い発想に閉じこもるのでは、司法はますます国民から見放されるだろう。弁護士は、今自分たちが国民からどのように見られているかをよく考えて欲しい」【朝日新聞社説】「法曹養成制度等改革協議会中間報告には、弁護士会が嫌がるならば、司法書士らが法律業務を代行できるよう、弁護士法を改正すべきだという強硬な意見が盛り込まれた。」【朝日新聞】「日弁連とは何者だ。監督官庁を持たない一種のカルテル組織ではないか」【1995330日産経新聞】「日弁連は既得権益を守るため、外国人弁護士の活躍の場を広げることも、日本人の弁護士を増やすことにも消極的で、競争による内部改革を拒否している。日弁連の体質を改めなければ司法改革はいつまでも幻想のままだ」【1995330日産経新聞】「ギルド化する弁護士、正義を掲げ権益も守る?競争生む増員に逃げ腰」【日経産業新聞】「日弁連は大道を見失うな 質の低下などの問題を理由に妥協の道を閉ざすのでは、一部に根強い既得権を守ろうというだけの増員反対論に力を貸すことにならないか。」【朝日新聞】「法曹人口増員は必要だが、司法基盤整備と並行して進めるべきだとの主張は商売敵が増えることをおそれた改革つぶしとも見られ、旗色が悪い。」【朝日新聞】「弁護士人口増は競争激化を招き、弁護士の質の低下に繋がるとの主張が弁護士会内部では根強いが、これは「弁護士ギルド」の発想である。制度改善が進まない限り法曹人口を増やすべきではないという議論は本末転倒である。」【日経社説】

「ギルド社会」「業界のエゴ」「既得権益」の大合唱である。

しかし、実は、この時点では日弁連はまだ見捨てられていない。日弁連が見捨てられるのは、この後のことである。(小林)

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日弁連はなぜ負けたのか?(5)

平成128月、日弁連は合格者3000人を事実上受け入れた。これは、司法制度改革審議会という枠内において、日弁連が取り得た唯一の選択肢であり、要するに敗戦処理であった。なぜ日弁連がこのような苦渋の選択をしなければならなかったかと言えば、それは、司法制度改革審議会が発足した時点において、すでに勝負はついており、後は日弁連にとって「どのように負けるか」「どうやったら損害を最小限度で食い止められるか」という選択肢しか残されていなかったからである。

余談になるが、戦争の指揮官にとって戦場の選定が非常に重要であるように、弁護士にとって、闘いの枠組みをどう決めるかは、具体的な戦い方より重要である。誰を相手に裁判を起こすか、どこの裁判所に訴訟を起こすか、どのような法律構成を取るか、という選択が、具体的な主張より重要である場合は極めて多い。弁護士が紛争解決のプロであるという言い方は、言い換えれば、紛争解決の枠組みを作るプロである、ということだ。

日弁連執行部に就任する弁護士は、言うまでもなくプロ中のプロである。そのプロが、なぜ、司法制度改革審議会という、非常に不利な戦場に追い込まれ、負け戦を余儀なくされた挙げ句,自ら敗北を認めるような体たらくに至ったのか。

今回いろいろ調査してみて、これを歴史的に遡ろうとすると、昭和30年代くらいまで行きそうなことが判明した。しかし、直接関係し出すのは昭和62年ころからのことである(これ以降の経緯は東北大学大学院教育学研究科研究年報「法曹養成をめぐる制度と政策 法曹三者の学を中心として」石井美和に詳しい)。そこで次に、司法制度改革審議会設置という歴史的ターニングポイントへの歩みを見てみる。(小林)

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日弁連はなぜ負けたのか?(4)

平成125月から8月にかけて、当時の日弁連執行部(久保井一匡会長)と元日弁連会長の中坊公平委員は、司法制度改革審議会において、合格者3000人の受け入れに動いた。当時日弁連の公式見解は1000人堅持であったにもかかわらず、なぜこのような動きになったのか。これは高山俊吉候補の言うとおり、弁護士への裏切り、権力へのすり寄りなのか。

私は、この日弁連執行部の一連の行動は、当時の情勢からはやむを得ない選択であったと考える。その根拠は、次のとおりだ。

1に、司法制度改革審議会の構成である。前述したとおり、前13人の委員のうち、弁護士は3名、うち日弁連の事実上の代表者はたった1名である。いかに中坊公平委員の声が大きくても、121となっては多勢に無勢、勝負にならない。もうひとつ見落とせないのは、委員の任命権が内閣にあり(司法制度改革審議会設置法4条1項)、これに基づいて任命された3名の弁護士委員がいずれも「元裁判官」「元検察官」「元日弁連会長」であって、現役でない点だ。これは非常に重要である。司法制度改革を標榜する委員会であるのに、裁判所・検察庁・日弁連の現役の代表者ではなく、「出身者」しか委員にならせてもらっていない、しかも法曹三者合わせても13分の3でしかない、という点は、法曹三者から見れば、屈辱的な扱いである。つまり、司法制度改革審議会は、当初から、「今後の司法制度の在り方について、国は法曹界の意見を聴きませんよ」というメッセージのもとに設置されていると言って過言でない。

2に、法科大学院(ロースクール)構想との関係である。先に指摘したとおり、13名の司法制度改革審議会の委員のうち、最大である5名を学者が占め、会長は佐藤幸治京都大学名誉教授である。また、政府が司法制度改革審議会設置法案を決定したと報じられたのが平成1125日であり、その翌月11日には、文科省に「法学教育の在り方に関する調査研究協力者会議」第1回会議が招集され、ロースクール構想についての検討に入っている。この会議はその後「法科大学院(仮称)構想に関する検討会議」となり、平成12530日に第1回会合を開催し、726日の日経では、「ロースクール構想の衝撃 法科大学院構想がにわかに現実味を帯びてきた」と報道された。そして、この検討会議は、司法制度改革審議会集中審議第1日目(つまり、3000人構想が初めて議事録に掲載された日)に、法曹教育として法科大学院制度を導入する場合の基本事項を発表している。その翌日には、3000人構想が「おおむね一致」と発表されているのだ。つまり、司法制度改革審議会は、その設置当初から、法科大学院構想と一体のものだったのである。大学側としても、法科大学院を設立する以上は、ある程度以上の人数を受け入れないと経営が成り立たないし、一定以上の合格率が保証されていないといけない。この点、自民党の「法曹養成に関する小委員会」の太田誠一委員長は、法曹人口をフランス並みにすること、ロースクールの開校を広く容認すること、を表明している(平成12516日日経新聞)。このように法科大学院開校を目論む大学側としては、合格者数3000人は、大学経営上最低ラインの数字だったと思われる。

3に、司法制度改革審議会外部の動きである。平成12421日は、経済人らで構成された「司法改革フォーラム」(会長・鈴木良男朝日リサーチセンター社長)は、2011年までに法曹人口を9万人に増やす提言を発表した。同年518日には、自由民主党司法制度調査会が、「21世紀の司法の確かな一歩」と題する意見書を発表し、フランス並みの法曹人口を求めている。さらに、平成1269日に発表された「司法制度改革審議会に対する米国政府の意見表明」は、法曹人口について、「法曹人口を劇的に増加させるためのあらゆる方策を積極的に検討されること、同時に、自由民主党司法制度調査会の意見書『出発点』として勧告されることを強く要望します。」と要請している。平成12513日の日経新聞は、「司法制度改革審議会の議論は、法曹や大学関係者よりで、利用者の方を向いていない。」という森稔森ビル社長の発言を紹介し、同審議会の議論に経済界が苛立っていると報じている。このように、平成125月以降、政府、財界及びアメリカは、法曹人口を最低でもフランス並みにせよ、という強いメッセージを司法制度改革審議会に発していたのである。

この情況で、日弁連としてはどのような対応が可能であっただろうか。中坊公平委員が当時の日弁連の公式見解である1000人に固執しても、121で、結論として最低「フランス並み、年3000人」になったであろう。中坊委員が席を蹴れば、内閣は「これ幸い」と、日弁連とは無関係の委員にすげ替えた可能性さえある。それどころか、財界やアメリカの要求に応じて、さらなる法曹人口増大(例えば9万人)を決議していた可能性さえあった。つまり、「フランス並みの5万人、合格者3000人」は、日弁連にとって唯一の選択肢だったというほかはない。これは想像だが、おそらく中坊―久保井ラインは、「3000人に最も反対しそうと思われている日弁連委員が、率先して3000人を容認する発言を行うことで、それ以上の増員への流れを封じる」という、かなりアクロバティックな作戦を実行したと考える。

歴史的に見れば、司法制度改革審議会が発足した時点で、日弁連の敗北は決定しており、あとは「どのように敗北するか」という選択肢しか、日弁連に残っていなかったのだ。中坊公平委員は、高山俊吉候補の指弾する戦犯ではなく、敗戦処理投手だったとみるべきだろう。この時点で敗戦は決まっていたからだ。歴史にIFは無いが、もし日弁連が3000人未満の合格者数という「勝利」を得る可能性があったとすれば、それは、司法制度改革審議会発足前であったことになる。(小林)

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日弁連はなぜ負けたのか?(3)

司法制度改革審議会が、平成1288日に司法試験合格者数3000人を事実上決定するにあたり、大きなターニングポイントとなったのは、同年2月、中坊公平委員が発表した「フランス並みの法曹人口56万人を目指す」という私案であった。

今回の日弁連会長候補である高山俊吉弁護士は、この点をとらえ、「3000人は中坊が勝手にやったこと。当時の久保井一匡日弁連会長は、恥知らずにもこれを追認した」と主張している。果たしてそうだろうか。

元日弁連会長である中坊公平委員は、当時日弁連の事実上の代表として司法制度改革審議会に出席している。子どもじゃあるまいし、日弁連執行部に無断で勝手に「私案」を発表したとは考えられない。また、司法制度改革審議会が3000を事実上決定した直後に、久保井日弁連会長がその受入を表明していることからしても、中坊公平委員が当時の日弁連執行部に無断で行動したとは考えられない。中坊公平委員の私案→年間3000人の合格者→久保井日弁連会長の受入表明→日弁連総会で承認という一連の流れは、中坊公平委員と当時の日弁連執行部の連係プレーと見るべきであろう。

そこで問題は、なぜ、当時の日弁連執行部が、3000人受入に繋がる一連の行動を取ったのか、という点になる。何しろ当時、日弁連の公式見解は1000人堅持であった。したがって、この一連の行動は、これに反対する弁護士から「裏切り」と非難されかねない部分を含んでいる。(小林)

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日弁連はなぜ負けたのか?(2)

司法試験合格者数3000人が公式な数字として表明されたのが平成12年(2000年)88日の司法制度改革審議会集中討議二日目の記者会見の席上であり、それまで公式には1000人を主張してきた日弁連は、この日、事実上敗北した。では、敗北に至る経緯はどうなっているのだろうか。

合格者数3000人を決定した司法制度改革審議会は、「司法制度改革審議会設置法」(平成1169日公布)という法律に基づいて設置され、同年727日から平成13727日までの二年間に、3日間の集中討議日を入れると実に66回開催された。委員は13名であり、その構成済界から2名、学者5名、作家・労働組合・主婦連から各1名、弁護士3名である。弁護士3名といっても、一人は元裁判官、一人は元検察官であり、生え抜きの弁護士は中坊公平委員一人だ。つまり、3人の弁護士はそれぞれ、裁判所、検察庁、日弁連の事実上の代表である。会長は京都大学名誉教授佐藤幸治である。

佐藤幸治委員長は、平成11年(1999年)1022日の日本経済新聞のインタビューで抱負を聞かれ「まず司法の容量を拡大する必要がある。質の高い法曹人口を増やすためにしっかりとした法学教育を確立することが課題だ」と答えている。このように、法曹人口問題と法曹養成問題は、司法制度改革審議会における最大の論点であり、設置当初からの論点だった。

ところが、司法試験合格者数3000人という話は、議事録上、平成11727日の第一回会議から、平成1284日の第27回会議まで、全く出ていない。初めて出たのは、平成1287日の集中審議第1日目であり、翌8日には「年3000人の合格者でおおむね一致」と発表されている。合格者数問題は、司法制度改革審議会設置以前から何年にもわたって議論が重ねられてきた問題であるから、これがたった1日で決まったとは考えにくい。おそらく審議会設置当初より、オフレコで議論がなされてきたと見るべきだろう。(筆者注 その後,平成11年11月24日の第7回審議会で,東京大学の青山義充副学長が3000人にすべしと言及していることを知ったので,この旨訂正します。)

ところで、司法試験合格者数を何人にするかという問題は、法曹人口を総体で何人にするかという問題と密接な関係がある。なぜなら、「全部で何人にするのか、この人数に達成するまで何年かけるのか」の二つの要素で、毎年の司法試験合格者数が決まってくるからだ。この点の議論は審議会設置当初からなされていたが、ターニングポイントとなったのは、平成12222の第13回会議で中坊公平委員が「フランス並みの56万人を目指すのが適切」という私案を発表したこととされている。この点は翌日の日経新聞に「中坊氏が大幅増員案」との見出しで「大幅増員に反対の多い弁護士出身の中坊委員が示した増員案は波紋を広げそうだ」と報じられている。もっとも、このとき中坊委員は、法曹人口の総体の数を述べただけで、1年当たりの司法試験合格者数には言及していない。しかし、法曹人口56万人を達成するのに、10年かけるとすれば、1年当たりの合格者数3000人という数字が自動的に算出されることになる。中坊公平委員は、合格者年3000人になるのは織り込み済みで、「フランス並み」という私案を作成したことは間違いない。

この中坊委員の私案をとらえて、今回日弁連会長候補に立候補している高山俊吉弁護士は、「3000人は中坊が勝手にやったこと」と断罪している。果たしてそうだろうか。(小林)

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日弁連はなぜ負けたのか?(1)

今回の日弁連会長選挙に立候補しているのは大阪弁護士会所属の宮﨑誠弁護士と、東京弁護士会所属の高山俊吉弁護士である。そこで最大の争点となっている司法試験合格者3000人問題だが、実は、私自身、いつどのようにして3000人という数字が決まったのか、よく知らなかった。高山俊吉候補は、「中坊公平が勝手にやった」と主張するが、事実認定を仕事とする弁護士としては、裏付けを取らずに、高山弁護士の言葉を額面どおり受け取ることはできない。そこで、「日経テレコン21」や、「電子政府の総合窓口」などを駆使して、歴史をひもといてみた。

私のおぼろげな記憶では、日弁連は最初800人、その後1000人で頑張っていたはずである。その立場からすれば、3000人は明らかな敗北だ。では、日弁連はいつ敗北したのだろうか。

調査の結果判明したことは、司法試験合格者数3000人という言葉が公式見解として初めて登場するのは、平成12年(2000年)87日の司法制度改革審議会集中討議第1日目の席上「フランス並みの法曹人口56万人)を目指すとすれば、年3000人としても実現は2018年になる。ミニマムの数字として年3000人合格を提言するべきだ。」という発言のときである(議事録上発言者は不明)。同日は結論が出ず、翌日に持ち越しとなる。ところが、翌88日、集中討議第2日目終了後の記者会見で、佐藤幸治会長は、「年3000人の合格者でおおむね一致」と公表する。その僅か3週間後の829日、当時の久保井一匡日弁連会長が司法制度改革審議会に呼ばれ、「日弁連とし年3000人を受け入れることは可能」との見通しを表明し、111日、9時間近くに及び紛糾した異例のロングラン臨時総会において、賛成7437票、反対3425票で、3000人を事実上受け入れる決議を採択した。

つまり、3000人が事実上決定したのは平成1288日であり、日弁連会長の受諾は同月29日、日弁連が組織としてこれを受け入れたのが同年111日ということになる。このとき、法曹人口問題で日弁連は敗北したのだ。

では、なぜ、日弁連は敗北したのか。また、敗北といっても完敗から惜敗まで程度がある。そこで日弁連はどの程度敗北したのか。そこが次の問題である。(小林)

「日弁連はなぜ負けたのか?(1)~(8)」は小林正啓の個人的見解であり、日弁連会長候補者宮崎誠・高山俊吉両氏及びその選挙事務所の意見とは一切関係ありません。

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2008年1月25日 (金)

日弁連会長選挙

2月8日に投票が行われるの日弁連会長選挙は,宮崎誠候補と高山俊吉候補の一騎打ちである。大阪弁護士会に所属する宮崎候補は,従来の日弁連執行部の路線を基本的に継承するスタンスであり,東京弁護士会に所属する高山候補は,従来路線の批判者だ。

のっけからバイアスがかかった記述で恐縮だが,会長の資質という観点から見る限り,高山候補にその資格が欠けていることは明白だ。高山候補は,優秀なアジテーターであるが,リーダーではない。彼は今や絶滅危惧種と化している新左翼思想の急先鋒であり,「問題の指摘→現政権の批判→このままでは戦争になる」という,お定まりのフレーズを繰り返しているだけで,具体的な政策も,これを実行する能力も,一切アピールしない。もちろん,アジテーターの中にもリーダーとしての資質に優れた人間はいる。最近の例では小泉元首相がこれに当たるだろう。ただし,アジテーターがリーダーとして優秀であるためには,本人が優秀な実務家であるか,そのスタッフに優秀な実務家がいることが必須条件である。高山候補にはその両方がない。将来,日本は再び戦争を起こすかもしれないが,すでに70歳近い高山候補の生きているうちにはそうはならないだろう。死の床にある高山候補に去来するのは,戦争を防ぎきった満足感なのか,予想が当たらなかった後悔なのか分からないが。

このような次第で会長としての資質の差は歴然としており,全国2万5000人の弁護士の多くも,このあたりは承知している。何しろ高山候補はこの10年間,5回の選挙に立候補し,その無内容な新左翼思想を全国に吹聴してまわったからだ。しかし,宮崎選挙事務所が選挙を楽観視しているかというと,まるで逆であり,ものすごい危機感が充満している。それは,3000人問題をはじめとする,従来の日弁連執行部路線に対する会員の不満が臨界点に達しつつあり,これが批判票となって高山候補に行くことを懸念しているからだ。つまり,投票したそれぞれの会員は,高山候補を支持しているわけでも,高山候補が当選すると思っているわけでもなく,単に従来政権に対する批判票を投じたつもりなのに,結果として高山候補が当選してしまう可能性が極めて高いのだ。

それほど従来の日弁連執行部路線は,少なくとも法曹人口問題に関する限り,批判の的であり,実は,私自身も同感である。ここで従来の日弁連執行部批判を書き連ねたいのは山々であるが,それではどちらの味方か分からなくなるのでやめておく。そして,宮崎候補支持者の中にも,特に中堅と若手は,司法試験合格者の減少を求めている人はとても多い。このような人たちが宮崎候補の政策立案にあたって大いに発言したため,法曹人口問題について,宮崎候補の主張は,「少なくとも2010年3000人は見直す。そのうえで,最終的な法曹人口を改めて検討する」という地点まで「前進」している。

このように,2010年という時間軸で見る限り,3000人に反対するという立場は,宮崎候補と高山候補で変わりはない。すると問題は,どちらの候補が,現実に,3000人見直しを実現できる実力があるか,という点に帰する。私は,この点において宮崎候補を支持しているわけだが,正直言って,この宮崎候補の立場が,全国の中堅・若手弁護士に理解されているとはいえない状況である。(小林)

この文章は小林正啓の個人的見解であり、日弁連会長候補者宮崎誠・高山俊吉両氏及びその選挙事務所の意見とは一切関係ありません。

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2008年1月19日 (土)

住基カードの偽造横行

住基カードの偽造が横行しているらしい。新聞報道によれば、住基カードが偽造され、携帯電話の契約や銀行口座の開設に悪用されるケースが2007年度、総務省の調査により全国で計50件確認されたとのことである。もちろん、この50件は氷山の一角であろう。

ご承知かもしれないが、住基カードはいくつかの情報が印刷されたカード部分と、内蔵されたICチップ部分とがあり、今回偽造の横行が明らかとなったのは、カード部分の偽造である。このカード部分には「氏名、有効期限、交付地市町村名」のみが記載されたAバージョンと、これ以外に「住所、生年月日、性別、写真」が記載されたBバージョンとがあり、今回偽造の対象になったのはBバージョンであろう。

この件で、総務相は遅まきながら偽造防止対策に乗り出したそうである。住基ネット反対派から見れば、「そら見たことか。住基ネットなどもうやめてしまえ」ということになるだろう。これに対して、住基ネット推進派としては、「今回偽造されたのは印刷部分だけであって、ICチップの情報ではない。」と反論することが考えられるが、この件に関しては推進派の分が悪いとの印象をぬぐえない。

その理由は第1に、ICチップ内情報の偽造が判明していないのは、セキュリティ技術の成果などではなく、単に、ICチップ内情報を偽造する経済的需要が存在しないから、と見るべきだからである。今回明らかになった偽造の目的は、架空名義や他人名義による携帯電話の契約や銀行口座の開設であって、店舗側にICチップ内情報の読取機がなければ、ICチップ内情報を偽造する必要はない。つまり、ICチップが使われていないから、ICチップ内情報を偽造する理由がないだけなのだ。

第2の理由は、こちらの方が重要であるが、ICチップ内情報の偽造がなくても、カード印刷部分の偽造が横行すれば、住基カード、ひいては住基ネットシステムそのものに対する信頼が失われるという点では同一だからである。したがって総務省は、住基ネット実施当初より、ICチップ内情報の偽造防止のみならず、印刷部分の偽造防止に十分留意するべきであった。現在、総務省は偽造防止技術の適用を検討しているとのことだが、あまりにも遅きに失したというべきであろう。

過ぎたことは仕方がないとして、この件から総務省が学ぶべきことは何か。今回明らかになったことは、住基カードの偽造を求める裏社会の経済需要があれば、偽造を試みる輩が必ず発生するということである。そうであるならば、ICチップ内情報の偽造を求める裏社会の経済需要が発生すれば、必ずやICチップ内情報の偽造を試みる技術者が現れる。したがって、総務省は今のうちに、偽造された、あるいは偽造が試みられたICチップを判別する技術と機械を開発し、一定範囲で全国に備置するべきである。住基ネットはどうせ普及しないからそんな技術はいらない、というのであれば別だが。(小林)

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2008年1月15日 (火)

さらし粉運送業者事件

昭和48年、22トンのさらし粉を積んだ貨物船が火災・爆発を起こし、1億7000万円以上の損害が発生した。さらし粉というのは次亜塩素酸カルシウムとよばれ、漂白などに使われるが、衝撃や引火により爆発的に燃える性質がある。そこで、損害を被った海上物品運送業者は、さらし粉の製造業者に対し、さらし粉の危険性や運搬・保管上の注意義務を説明しなかったとして、損害賠償の支払いを求め、裁判を起こした。

第1審の判決は昭和49年に出たが、控訴審判決は約15年後の平成元年であった。控訴審の東京高裁は、事故が起きた昭和48年当時、さらし粉の爆発炎上しやすい性質はほとんど知られていなかったから、さらし粉製造業者には運送業者に対してさらし粉の危険性や運搬・保管上の注意を説明する必要があったとして、製造業者の責任を認めた。但し5割の過失相殺により、賠償額を8705万円と認定した。

これに対して平成5年になされた最高裁判所判決は、業者の責任を全面否定した。理由のポイントは、海上物品運送業者といういわばプロが、荷物がさらし粉であることを知っていた以上、船に備え付けられていたイムココード(危険物海上輸送に関し国際的に権威のある国際危険物海上運送規則。国際機関である政府間海事諮問機構が作成した危険物海上輸送のモデル法規)やブルーブック(危険物船舶運送の手引として国際的に権威のある英国の危険物船舶運送取扱要領青本)などを参照して調査することにより、その危険性の内容、程度及び取扱上の注意事項を容易に知り得たから、製造業者にはわざわざさらし粉の危険性や運搬・保管上の注意義務を説明する義務はないと判断した点にある。

この高裁判決と最高裁判決が、事実認定の部分で両立するとすれば、昭和48年当時、さらし粉の危険性は海上運送業者の間ではほとんど知られていなかったが、他方、危険物海上輸送のマニュアルにはさらし粉の危険性が記載されていた、ということになり、プロである以上、マニュアルを読んでいませんでした、では済まないというのが、最高裁判所の理屈ということになる。これは英米の裁判例の考え方に従っているようであり、内容的にも至極常識的なような気もするが、他方、製造業者にとっては、マニュアルに書いてあればOK、という誤解を招きかねず、注意を要する裁判例である。この事件は、被害者がプロであることが重要であり、プロでない一般消費者にマニュアルの熟読を要求する趣旨ではないことに留意するべきであろう。

それにしても、事件から20年で最終解決というのは、司法のあり方としてはいかがなものかという気もする。このような、事故から長い年月のたった事件の場合、我々弁護士が一番気にするのは、賠償金の利息である。この利息は、民法で年5%と決まっており、20年たてば元本と同額になる。つまり払う方にしてみれば支払額が倍になるということであり、金利が10%を超えていたバブルの時代ならともかく、現代では年5%という「高利」を負担させられることになる。東京高裁は、事故後15年で過失相殺5割の判決を出したが、この判決に従った場合、利息が元本の75%にも達しているから、負けた方は5割の過失相殺にもかかわらず、ほぼ請求金額満額の賠償金を支払うことになる。(小林)

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2008年1月13日 (日)

東京都、ハイテク3D防犯カメラを首都全域に設置へ

平成19年1月11日のAFP通信によると、東京都は「指名手配犯などの顔データを立体的に認識できる初の3D防犯カメラを都内全域に設置する計画を明らかにした。」とのことである。

記事は、「同システムは、防犯カメラがとらえた人の顔を瞬時に3次元画像データとして送信し、指名手配犯やテロ容疑者の顔データと照合することができるもの。画像データと容疑者データが一致した場合には、即時に各警察署に通報される。関係者の話によると、従来の2次元画像式防犯カメラでは人間の顔を多方向から同時に認識することは不可能だという。最新3D防犯システムの所要経費は約11000万円。東京都では、カメラの設置場所として鉄道各駅や繁華街などを想定しており、警視庁や産学機関と合同で調査を進め、2010年には防犯カメラを試験的に導入したいとしている。」と続ける。

いよいよ「マイノリティ・リポート」並みのハイテク防犯カメラ社会の到来か、と受け止める向きも多いであろう。「監視社会を拒否する会」あたりは、敏感に反応して反対声明を出しそうなものだが、正月休み中なのか、現時点では何の動きもない。

私の法律的な見解としては、このようなシステムは、少なくとも記事が言うように指名手配犯の探索に用いられる限りは、違法性は無い。もっとも、記事が「指名手配犯やテロ容疑者」という書き方をしていて、まるで「指名手配犯ではないテロ容疑者」がいることを前提としている点にはややひっかかるが、この点については別稿でふれたい。

むしろ、この記事が不正確なのか、東京都の発表が変なのか分からないが、この記事を読んでいて疑問に思う点が別にある。

すなわち、記事の見出しには、今にも3D防犯カメラなるものが都内全域に設置されるかのようだが、記事をよく読んでみると、その技術自体が実験段階にあることが分かる。ところが、実験段階の割にはすでに「必要経費」が発表されていて、それが1億1000万円。妙に中途半端だし、異常に安い。この経費は、2007年度の実験に要する経費と見るべきだろう。このシステムを都内全域に展開するのなら、少なくとも数十億円が必要になると思う。

記事には「従来の2次元画像式防犯カメラでは人間の顔を多方向から同時に認識することは不可能だという。」とある。小難しい言い回しだが、1台のカメラでは人を多方向から認識することができないことは当然だし、1方向から認識した画像が立体画像になり得ないこともまた当然だ。そこで、このシステムは多方向(少なくとも2方向)から撮影した画像を合成し、3次元画像を復元しようというものだが、口で言うのは簡単でも、技術的には恐ろしく困難だと思う。というのは、複数のカメラが同じ場所を同時に撮影するとして、Aカメラが撮影した甲という人物と、Bカメラが撮影した乙という人物が、実は同じ人物であるということをシステムに把握させることが非常に難しいからだ。人間なら、人相からある程度判断がつくことだが、コンピューターには、そもそも人相という概念がないのだ。そこで、あらかじめ撮影する場所の座標をカメラに覚えさせておくという方法を取ることになろうが、人間は升目どおりに動いてくれないし、駅の雑踏等で、一人一人を正確に識別するためには数センチ単位の座標を0.1秒単位で複数カメラに同期させる技術が必要になろう。

ところで、一方向から人を撮影して骨格など立体的情報を割り出し、認証に用いる技術はすでに存在するし、精度もかなり上がってきている。となると、今回東京都が発表した技術をわざわざ開発する必要性が分からなくなる。どうにも疑問が残る記事である。(小林)

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2008年1月11日 (金)

リベラルでリアルな監視社会

見落としていたが、哲学者・評論家の東浩紀氏が、CNET Japanに「リベラルでリアルな監視社会」というコラムを書いていた。

東浩紀氏は、近い将来、「あらゆる教室、あらゆる研究室、あらゆる会議室に監視カメラが設置され、教員や社員の会話を逐一記録している社会」が到来するのではないかと予言する。これはもちろん、「ひとむかし前の想像力であれば、最悪の監視社会と見なされたはずのもの」であるが、東氏の予言する未来の超監視社会は、国家権力がどうとかいう問題ではなく、いじめやパワハラ・アカハラなどで責任を問われないための自衛策として、自主的に設置されるのではないかということだ。

同氏はまた、「少想像力を飛躍させると、2045年の世界においては、各家庭のなかにさえ、児童虐待やDVを自動的に関知し、行政か民間の福祉サービスに通報するシステムが導入されている可能性があると思います。むろん、そのような『暴力防止セキュリティサービス』は、国家が強制的に各家庭に設置するのではなく、ひとびとが、幸せな家庭を作るために、あるいは社会的な信頼を得るために、自発的にお金を払って購入する」ようになっているのではないかと言う。つまり、「私たちの世界は、私たち自身がリベラルで、非暴力的で、良識的で、弱者に優しいがゆえに、一種の監視社会に急速に向かっているように思われます」というのが、東氏の主張だ。

本当にそのような時代が来ることになるかはやや疑問に思われる点もあるが、現在の監視社会化が国家権力がどうのという問題ではない、という認識では、筆者は全面的に賛成である。

該当監視カメラの増加に反対している、いわゆる人権派の弁護士は少なくないが、彼らの基本的スタンスは一様に反国家権力であり、その意味において、現在の監視社会化の本質を見落としている。繁華街に監視カメラを設置したら日本はまた戦争になる、などと言っているうちは、彼ら人権派弁護士は、監視社会化を阻止する何の働きもできないだろう。(小林)

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2008年1月 8日 (火)

自販機内蔵カメラで防犯

という記事が,平成20年1月7日の日本経済新聞に掲載されていた。群馬大学工学部(e自警ネットワーク研究会 会長・藤井雄作教授)と三国コカ・コーラボトリング群馬支社の共同開発で,市販の無線カメラを自販機に組み込み,前方の幅5メートルの範囲を24時間撮影し,人や車が通ったときだけパソコンに保存するとのことである。その目的は,「自販機荒らしを防ぐだけでなく,街頭での犯罪捜査にも役立つと見て」おり,「県警と協力して…2008年中の実用化を目指す」そうだ。

プライバシー保護に関しては,「映像は暗号化して保存し,事件などが起こった場合のみ警察など捜査機関が再生できるようにしてプライバシー保護機能を持たせた」とのことである。

これは囲み記事だから,藤井教授らの意に反する省略があるかもしれない。それ故の誤解であればご容赦頂きたいが,この人達は本当にプライバシーやセキュリティのことを考えているのかと思う。

このシステムは例えるなら,道のほうぼうにカメラを持った人が立っていて,その前を横切ると写真を撮られる,ということと同じである。「何で写真を撮るんだ」と問いかけると,「ご心配なく。ただ撮影しているだけで,事件などが起こったときに現像するだけですから。ついでといっては何ですが,私はジュースやお茶の販売もしています。買って行きませんか?」との答えが返ってくる。そう答えられたら読者は「ご苦労様です。犯罪捜査に役立つならどうぞ撮影してください。」と納得するだろうか。筆者なら不愉快に思う。「今撮影したこのとき犯罪は起こりましたか?起こっていないなら,撮影した画像は今削除してください」と答えたい。まして,その人からお茶を買う気など起きない。9.11同時多発テロの後,世界中の感覚が安心安全に触れていて,防犯や犯罪捜査のためといえば何でも許されるかのような風潮があるが,そういうときこそ,このような不愉快に思う気持ちは大事にしなければいけないと思う。

筆者のこの感覚は,おそらく筆者個人のものではない。大阪市で通学自動見守りのために自動販売機にビデオカメラを設置した実証実験が行われたが,カメラが設置された自動販売機は売上が下がったという噂がある。もしこの噂が本当なら,自動販売機に撮影されることを不愉快に思う気持ちは,決して極少数派ではない。確かに大阪での実証実験のときは,自動販売機にやたらごつい機材やアンテナが設置されていて,いかにも「撮影しています!」という感じだったが,だからといって,カメラを小型化すればよいというのはまやかしである。むしろ,街頭犯罪を抑止するなら,カメラはごつくて目立つほどよい。

セキュリティの面からも,無線小型カメラを使用するという点に疑問が残る。この無線の傍受や,ダミー画像の送信などについて,十分なセキュリティが施されているのだろうか。また,記事には「事件などが起こったときのみ」再生できるようにするとあるが,「事件など」の「など」とは何を指すのか。県警と共同実験をしているというが,それなら暗号を解読するパスワードは県警も持つことになるのか。少なくとも,復号の規準や手順について,事後検証の可能なルールは作成されるのか。

もちろん,自販機荒しという犯罪が相当程度発生している以上,これを防止するという目的は正当である。次に,カメラで自販機荒らしが防止できるかについては,やや疑問もあるが,あるとしておこう。しかし,自販機荒し防止を目的とする撮影は,その目的に必要な限度に限定されなければならない。その自販機に何の用もない,ただの通行人を全員撮影するのは行き過ぎだし,ただの通行人を全員撮影するなら,「後で使う可能性があるから」という理由だけでは全然足りないと思う。(小林)

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2008年1月 7日 (月)

電動リクライニングベッドに挟まれて幼児が窒息死

平成19年12月、日本の会社が輸入した中国製電動リクライニングベッドのマットとヘッドガードの間に4歳の幼児が首を挟まれて窒息死したとして、国民生活センターのホームページに掲載された。事故原因は調査中とのことであるが、親御さんは、事故を起こしたベッドは以前から、リモコンに少し振動が加わっただけで動いたことがあったとして、「リモコンの不具合がなければ事故は起きなかったはずだ」と主張している。

国民生活センターの現地調査によると、このベッドは「リモコン操作により頭部・脚部が電動で上昇・下降する機能を有する低価格(約4万円)の製品」であり、このリモコンには「上昇・下降のボタンがあるのみで、ベッド本体を含め入・切のスイッチはない。そのため、ベッド本体のコンセントを入れリモコンを操作するとすぐに作動してしまう」とのことであるが、親御さんの主張するような「不具合」があったか否かについては言及していない。

製造物責任法によれば、ベッドの欠陥により幼児が死亡したとなれば、このベッドの輸入業者は損害賠償責任を負う(製造者だけでなく、輸入者も法的責任を免れないのだ)。そこで、本件の場合、何が欠陥になりうるのかを検討してみる。

まず、親御さんの言うとおり、「少し振動が加わっただけで動く」ようなリモコンであった場合、これが欠陥に当たることに異論は無かろう。もっとも、弁護士として訴訟を念頭に置いて考えた場合、やや気になるのは、再現性があるか、という点だ。少し振動を加えただけで必ず動くというほどの再現性があればよいが、「動いたり、動かなかったり」ということも多い。リモコンの不具合に再現性がない場合、裁判所でリモコンの欠陥を証明することに一抹の不安が発生する。

次に、国民生活センターの現地調査報告にある、「(リモコンに)上昇・下降のボタンがあるのみで、ベッド本体を含め入・切のスイッチはない。そのため、ベッド本体のコンセントを入れリモコンを操作するとすぐに作動してしまう」点は欠陥となりうるか。この点は、欠陥ということはできないと思う。「入・切」のスイッチがあったとしても、本件事故を防げたとは思われないからだ。

最後に、国民生活センターの記事には一切触れられていないが、製品の本質安全を重視するリスクアセスメントの考え方を適用してみたらどうなるだろうか。危険源そのものの除去を第一義に考える本質安全の考え方からすれば、「マットとヘッドガードの間に首が挟まれる空隙が出現する」という危険源こそが重要となる。そして、この危険源を除去するためには、ヘッドガードを垂直方向に延ばして、マットを最大限上昇させても、マットヘッドガードとの間に空隙が出現しないようにすることが適切である。もちろん多少のコスト増は避けられないが、生命の危険に比べれば、取るに足らない。したがって、本件ベッドは、マットの上昇位置に比べ、ヘッドガードが低すぎたことが「欠陥」であることになる。

リスクアセスメントの考え方からこのとおりであると思うが、果たしてこの理屈が訴訟で通用するかとなると、直感的には、疑問である。現在強く提唱されているリスクアセスメントの考え方が、広く社会に受け入れられるためには、この考え方を裁判所も採用することが必要と思われるが、現時点では、乖離が存在することは否定できない。(小林)

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2008年1月 3日 (木)

ルート225

中村義洋監督の「ルート225」をDVDで鑑賞した。映画「ヒノキオ」やCM「南アルプス天然水」等で注目の若手女優,多部未華子狙いのスケベ心で借りたDVDで,映画の内容には期待していなかったのだが,意外にも後味の良い佳作であった。

主人公は中学2年生の普通の女の子。早朝出勤・深夜帰宅で「いるんだかいないんだか分からない」父親と,「ありえねー」手抜きシチューを作る母親,ヘタレの弟との4人家族で,郊外の一戸建てに住んでいる。かといってグレているわけでもなく,帰宅の遅い弟を迎えに行く優しさもある,要するに普通の14歳である。そんな主人公と弟が,ある日突然,パラレルワールドに迷い込んでしまう。そこは一見,今までと同じ世界なのだが,友人関係が微妙に違っていたり,死んだはずの幼なじみが生きていて普通に登校したりしている。何より自宅に両親がいないのだ。主人公と弟は元の世界に帰ろうと奮闘するが,切ない結末を迎える。

この映画は「世にも不思議な物語」系の語り口をとりつつ,実際に描いているのは思春期特有の疎外感だ。人は大人になる過程で,社会や他人との疎外感,言い換えれば他人との付き合い方に悩みつつ,自分に合った距離感を体得して,社会の中での「居場所」を見つけていく。流行言葉で言うと,「自分さがし」だ。そして,自分と他人の間に一定の距離を取るということは,自分の世界と他人の世界とは異なるパラレルワールドである,ということを認めることに等しい。大人になるということは,友人はもちろん肉親とも,別の世界に住むということなのだ。

映画の中で,「この世界」と「元の世界」をつなぐ唯一のアイテムは,なぜか,読売巨人軍の高橋由伸のテレホンカード(ただし残り度数1)だ。ヘタレの弟はこれを使って元の世界に戻る手がかりを得ようとするが,主人公は「このテレカが元の世界と私たちを結ぶ唯一の物だから,使わない」と言う。これは男と女の発想の違いという見方もできるが,正しい解釈はおそらく,未だ子どもの世界にいる弟と,大人になりかけている姉の発想の違いということであり,そのことは,主人公の最後の選択によくあらわれている。

自分と他人は異なるパラレルワールドに属する住人であるとして,それなら,赤の他人と,友人や肉親を区別するものは何か。それは,「お互いが常にお互いを思いやっているという確信」があるか否かであろう。この確信を絆と言い換えてもよい。この絆さえあれば,別な世界に住んでいても,自分がこの世に存在する理由を実感することができる。主人公は,テレホンカードを別のアイテムに交換することによって,家族との絆を実感することができた。家族はいつか必ず別の世界,この世とあの世にばらばらになる。永遠に会えなくても,お互いを思いやっている確信があれば,ひとりぼっちにはならないのだ。ラストで主人公が見せる笑顔は,この実感を抜きにしては理解できないと思う。

多部未華子は,特別美人というわけでもないのに,時折見せるオーラが強烈で,それを見逃すまいと映画に引き込む不思議な魅力がある。少なくとも,初期の田中麗奈に匹敵する,将来性が大いに期待できる女優である。(小林)

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