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2008年2月29日 (金)

2月29日生まれの彼女には,閏年でない年の何月何日にプレゼントを渡すべきか?

この問題についての法律解釈は,次のとおりとなる。

まず,年齢計算に関する法律,という明治35年に制定された法律があり,この1条には,「年齢ハ出生ノ日ヨリ之ヲ起算ス」とある。これにより,年齢は,何時何分生まれかを一切問わず,生まれた日を第1日目として数え始めることになる。

次に,この法律の2条が準用する民法143条によると,1年間という期間は,「起算日に応当する日の前日に満了する。ただし,応答する日がないときは,その月の末日に満了する」とある。

つまり,例えば4月1日から1年間を起算するときは,翌年の3月31日の満了をもって一年経ちますよ,というわけだ。まあ,当たり前ですね。

ここからが少しややこしい。4月1日生まれの人は,翌年の3月31日の深夜12時に一つ年を取る。これは同時に4月1日の午前0時だが,法律上は,あくまで3月31日に一つ年を取るのだ。

2月29日生まれの人は,この条文により,応当する日である2月29日がその翌年には無いので,その月の末日,つまり2月28日深夜12時をもって一つ年を取る,ということになる。

以上のとおり,法律上は生まれた日の前日に一つ年を取るのだが,普通,年を取った日の翌日(つまり,生まれた日)に誕生祝いをするのが一般的だ。すると,2月29日生まれの人が一つ年を取るのは,2月28日深夜12時だが,誕生祝いをするのは,3月1日ということになる。

従って問題についての答えは,プレゼントを渡すべき日は3月1日ということになる。

これが法律解釈としては正しいはずだが,感情的にはどうもしっくりこない。だって,2月29日と3月1日の両方が誕生日になる人は,2月生まれか3月生まれか分からなくなって,占いなどでも困るだろう。どちらかといえば,2月28日にプレゼントを渡した方がいいような気がする。3月1日説は,誕生日を忘れてしまって彼女に責められたときの言い訳に取っておこう。(小林)

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2008年2月28日 (木)

Yahoo!BB事件

平成18519日,大阪地方裁判所で,Yahoo!BBの個人情報流出による損害賠償請求事件の判決が出た。本稿では簡単に復習してみる。

本件は,メンテナンスのためリモートアクセス可能になっていた顧客情報を保管したサーバーが,メンテナンス業者従業員に不正アクセスを受けて情報が流出したものである。

第一の争点は,ソフトバンクに過失があったか否かであった。判決は,リモートアクセスを許していたこと自体の必要性は肯定したが,リモートアクセスを許す以上,不正アクセスを防止するための適切な措置を怠ったとして,過失を認めた。ユーザー名とパスワードが1年以上変更されていなかったというのだから,当然の判断といえよう。

第2の争点は,不正取得された個人情報は「住所,氏名,電話番号,メールアドレス,ヤフーID,ヤフーメールアドレス,申込日」の7種類であり,これらが個人情報に該当するとしても,プライバシー権の侵害として損害賠償の対象になるか,なるとしてその金額如何,であった。判決は,これらの情報が,秘匿されるべき必要性が高くないことを認めつつ,「本人が,自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり,そのことへの期待は保護されるべきであるから,これらの個人情報は,原告らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象になるというべきである。」として権利侵害を認め,一人当たり6000円(うち弁護士費用1000円)の損害賠償を認めた。

かつて「個人情報とプライバシー情報は同じか?」(1)(2)でも触れたが,個人情報とプライバシー情報は似て非なる概念である。個人情報が漏れてもプライバシー権の侵害はないと主張する学者もいるが,裁判例は基本的に,個人情報の流出について,プライバシー権の侵害を認めている。本判決が,端的に「プライバシー権」といわず,「プライバシーに係る情報として法的保護の対象になる」と,持って回った言い回しをしているのは,このような学問上の論争を踏まえ,今回漏洩した情報をプライバシー情報と断言はしませんよ,という断り書きの趣旨なのである。でも損害賠償は認めているのだから,学問上は有益な議論でも,現実問題としては決着しているともいえよう。(小林)

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2008年2月26日 (火)

慧眼

2000年前後の日弁連の意思決定過程をいろいろ調べていく過程で,現参議院議長である江田五月氏のホームページに行き当たった。以下に,20008月,司法試験合格者年3000人が事実上確定したことを受けて書かれた文章を紹介する。

    これは相当なことです。なにしろ、今現在、全国の弁護士の数は1万6000人余りですから。これが毎年約2500人ずつ(筆者推定)増えていくことになります。この大増員について、日弁連は、法曹一元制度(弁護士経験者が裁判官・検察官になる、というシステム)の採用、法律扶助制度の大巾な拡充、裁判官・検察官の大巾な増員、などと抱き合わせにしてOKサインを出していたのですが、このへんのところは(案の定)適当にすっぽかされて、「年間3000人」と「法科大学院」だけが一人歩きをする内容になりました。

     そもそも、審議会にここまでいいように「いいとこ取り」をされたのは、日弁連の偉い人たちが、「われわれの主張は正しいのだから審議会でそれが通るはずだ」とばかりに突っ込んでいったからです。大甘もいいところです。「貧弱な戦術手段しかもっていないのに、過大な戦略目標を追求した」のです。孫子は2500年も前に、こういう戦争はやっちゃならんと言っています。曰く、「小敵の堅は大敵の擒なり」と。

     つける薬もないような人たちを相手にするのはこれくらいにして、これが実現したら(たぶん実現しちゃうだろうと思うのですが)どうなるかを、勝手にかつ客観的に予想してみましょう。

1.     弁護士の世界は変貌します。いままで(良くも悪くも)ギルド的だった体質は吹っ飛びます。(同業者の数が、6年間で、新規参入のために2倍に増える、という状態を想像してみて下さい。)産業革命のときと同じ現象、つまりなんでもありの自由競争が起きるでしょう。

2.     新規参入の人たちは、当然のこと、普通では食っていけないでしょう。そこでおそらく価格競争や勧誘広告が発生します。「安くやります」とか、「皆さん、こういう裁判をやろうじゃないか」とかね。これは現在のところ、日弁連で(「倫理に反する」ということで)禁止されていることですが、歴史上、倫理が現実とケンカして勝ったためしはありませんから、禁止規定の方がふっとぶのは時間の問題でしょう。実際に、弁護士過剰気味のアメリカでは、こんな広告はフリーパスなのですから。

3.     当面の問題として、3000人の新人の就職口があるとは思えませんから、弁護士の資格を持って会社に就職して、そこの法務部で仕事をする、という人が多く出るでしょう。これも現在のところ(「弁護士」としてやるのは)違反なのですが、そこはそれ、なんといっても現実の方が強いでしょう。

4.     裁判そのものも、今まであまりなかったスタイルのものが増えるでしょう。まず間違いなく増えるだろうと思えるのが、市長さんやら町長さんやらを相手にした住民訴訟とか、大会社の社長さんを相手にした株主代表訴訟とかです。この種の事件が日本で今まで少なかったのは、そんな事件を持ち込んでくるお客さんがほとんどいなかったことと、弁護士にとって勝つまでがたいへんだからですが、実のところ、裁判やって勝ったら一山当てたようなもので、いい稼ぎになります。となれば、お客さんを掘り起こしてでも一発勝負してやろうという弁護士が出てきても何の不思議もありません。これも、アメリカで実際に起こっていることです。(それにしても、弁護士を増やせと言ってる経済界やお役所の人たちって、こういうことまで考えてるのかなあ?)

私は,政治家としての江田五月氏をよく知らないが,上記の文章の中で,8年後の今実現していないことは4番だけである。「慧眼」とはこういうことを言うのではないだろうか。そして日弁連の当時のお偉方の中に,ここまで未来を見通していた人はいたのだろうかと思う。見通していなければ,愚かであったことを自認しなければならないし,見通していたとすれば,それが弁護士と国民にとって良いことだと思っていたのかと聞きたいところである。(小林)

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2008年2月25日 (月)

日弁連はなぜ負けたのか? ~法曹一元とは何だったのか(3)~

日弁連にとって,法曹一元とはどれほど重要な理想であったのか。これを知る最適の手段は,日弁連の総会決議を紐解くことであろう。

日弁連のホームページ内で「法曹一元」を検索すると,85の文書がヒットする。「法曹一元」and「総会決議」で検索すると,25ヒットだ(もっとも,1966年以前の総会決議は検索対象になっていない)。そして,歴代総会決議のうち,「法曹一元」に最も強く言及しているのは,2000111日の臨時総会決議である。言うまでもなく,日弁連が司法試験合格者年3000人を受け容れた総会だ。この総会決議が,どれほど多く法曹一元に言及しているかについて,決議文及び提案理由に含まれる「法曹一元」という単語の数を比較してみよう。

 

 決議名

宣言中

提案理由中

1967

18回定期総会

司法制度の確立に関する宣言

1

0

1967

19回定期総会

自由の確率と人権の擁護に関する決議等

0

1

1968

19回定期総会

司法の民主化促進に関する決議

1

6

1969

臨時総会

司法修習生の追加採用に関する決議

0

5

1969

20回定期総会

司法権の独立に関する宣言

0

0

1970

21回定期総会

司法制度の改正に関する決議

0

0

1971

22回定期総会

司法の独立に関する宣言

0

0

1976

27回定期総会

司法研修所における法曹教育に関する決議

1

3

1990

41回定期総会

司法改革に関する宣言

1

2

1991

42回定期総会

司法改革に関する宣言その2

0

1

1992

43回定期総会

弁護士任官推進に関する決議

1

2

1994

45回定期総会

司法改革に関する宣言その3

1

1

1994

臨時総会

法曹養成制度の「統一・公正・平等」に関する決議

0

1

1994

臨時総会

司法基盤整備・法曹人口問題に関する関連決議

0

0

1997

48回定期総会

憲法50年・国民主権の確立を期する宣言

0

1

1999

50回定期総会

司法改革の実現を期する宣言

1

0

2000

51回定期総会

司法改革に関する宣言

1

0

2000

臨時総会

法曹人口,法曹養成制度並びに審議会への要望に関する決議

5

37

2001

52回定期総会

市民の理解と支持のもとに弁護士自治を維持・発展させる決議

0

0

2003

53回定期総会

司法改革に対し抜本的な予算措置を求め,市民のための大きな司法の実現をめざす宣言

0

2

2003

54回定期総会

司法改革宣言2003

0

0

2004

55回定期総会

弁護士任官を全会挙げて強力に進める決議

1

2

2004

55回定期総会

司法改革宣言2004

0

1

2005

56回定期総会

司法改革実行宣言

0

1

2006

57回定期総会

司法改革実行宣言

0

0

この表は,1967年以降の日弁連総会決議本文と提案理由中に,「法曹一元」という単語がいくつ含まれているかを数えてみたものである。但し,時間節約の観点より,決議名から推測しておよそ法曹一元に言及していないと思われるものは除外したから,漏れがあるかもしれない。しかし,2000年の臨時総会決議と提案理由に含まれる「法曹一元」という単語の数合計42個は,他の決議に比して,群を抜いて,ほとんど異常といえるほど多いことは一目瞭然である。これに対して,「決議文が長文だからだろう」と茶々が入るかもしれないので,同じ臨時総会決議中,他のキーワードと比較してみると,「司法改革」は12個,「人権」17個,「法曹人口」でさえ33個である。いかに2000年の臨時総会決議が,繰り返し「法曹一元」に言及したかは,もはや明白である。そして,ここまで熱心に言及された「法曹一元」というキーワードが,その後急速に廃れたこともまた,悲しいほど明白である。(小林)

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2008年2月24日 (日)

消費者契約法と不動産取引

消費者契約法という法律がある。この法律は,もともと,押し売りやキャッチセールスによる消費者被害を念頭に置いて成立した法律であることから,不動産の売買や建築請負契約にも適用されることは,あまり知られていない。

東京地方裁判所が平成18年8月30日に出した判決は,マンションの売買に消費者契約法の適用を認め,売主である東急不動産に対して,マンション売買代金全額の返還を命じた。

この事件は,マンションの3階部分を販売するにあたり,「風通しや日差しに配慮し,開放感のある角住戸」と宣伝し,現場での具体的な説明においても,担当者は「窓を開ければ遊歩道の緑が見える」と言ったという。そして,売買契約に先立って行われた重要事項の説明では,「将来,周辺の土地に建物が建築されることにより,本物件の眺望・通風・景観などに変更が生じうること」という説明がなされた。

しかし実はこの時点ですでに,隣の土地に3階建ての建物が建築されることが予定されており,売主は,このことを知っていたが,買主には告げなかったというものである。

東京地裁判決は,建物の眺望・採光・通風は消費者契約法の定める重要事項であることを認めたうえ,東急不動産が隣に3階建て建物の建築予定があることを知りながら,こういった具体的事情を買い主に告げず,重要事項説明程度の一般的な説明にとどめたのは,「本件建物の眺望・採光・通風といった重要事項について,買い主の利益になる旨を告げたものであり,また,将来隣に建物が建って本件建物の眺望等が害される事実を知りながら告げなかったのは,眺望や通風等が失われるといった住環境が悪化するという買い主に不利益となる事実ないし不利益を生じさせるおそれがある事実を故意に告げなかった」と認定し,原告によるマンション売買契約の取消を認めた。

この判決は東急不動産が控訴したようであり,確定していないが,不動産売買にも消費者契約法が適用されるとした点,眺望・景観・風通しといった事項が消費者契約法の規定する「重要事項」に該当するとした点,重要事項説明書で一般的な説明をしただけでは業者は免責されないとした点で,注目に値する判決である。(小林)

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2008年2月22日 (金)

日弁連はなぜ負けたのか? ~法曹一元とは何だったのか(2)~

閑話休題。700人という司法研修所のキャパシティを前提として,分離修習や修習期間の短縮,若年受験者の優遇を図る法務省と最高裁の提案に対して,日弁連は徹底的に反対した。その理由は,石井氏によれば,戦後司法試験制度の理念と,法曹一元の理想にあるという。

すなわち,戦後導入された司法試験制度は,戦前のそれと比較して,次の特徴を有する。

ア)        裁判官・検察官・弁護士の試験の統一(統一性)

イ)        行政官試験との峻別(分離独立性)

ウ)        一切の受験資格の制限撤廃(開放性・平等性)

エ)        採用試験ではなく資格試験であること(資格試験性)

修習期間短縮による修習の不徹底は,修習終了後の裁判所・検察庁における新人研修をもたらし,司法試験の統一性を害するうえ,弁護士任官を排除することにつながり,法曹一元を害する。また,若年受験者の人為的優遇は,様々な経歴を持つ者を不利にして,司法試験の開放性や平等性を害する。統一修習は,法曹一元の最後の砦である。日弁連はこのように主張して,反対の姿勢をとり続けたと思われる。

日弁連が戦後司法試験の理念と法曹一元の理想にこだわり続けたことの是非はさておき,このこだわりが,法曹三者の協議を機能不全に導き,のちの司法制度改革審議会の設立から合格者3000人増員に至る一連の経緯について,その一因になったことは,否定しがたい事実であると思う。

筆者は「日弁連はなぜ負けたのか(1)~(8)」で,法曹人口問題という視点で見ると,司法制度改革審議会が発足した時点で日弁連の敗北は既定事実として決まっていたと書いた。しかし,その司法制度改革審議会に,日弁連は,消極的に,嫌々ながら引きずり込まれたのではなく,法曹一元という視点から見ると,むしろ積極的に参加していった経緯が窺える。

それでは,日弁連がここまでこだわった法曹一元の理想とは,どういうものだったのか。「法曹一元」については,私自身,深くは理解していない概念である。期の若い弁護士の多くは,なおさらであろう。そこで,日弁連が理想に掲げた法曹一元とは何だったのかについて,検証してみることにする。(小林)

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日弁連はなぜ負けたのか?(リンク)

日弁連はなぜ負けたのか? (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)番外編(1)番外編(2)

法曹一元とは何だったのか (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(12)(13)

法科大学院構想編 (1)(2) (3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(12)(13)(13の2)(14)(15)(16)

中間まとめ (1)(2)(3)

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2008年2月20日 (水)

社会還元加速プロジェクト

2月19日,内閣府の社会還元加速プロジェクト「高齢者・有病者・障害者への先進的な在宅医療・介護の実現」第3回タスクフォース会合に出席してきた。

長ったらしい名称だが,ようするに,国が多額の税金を費やして開発を援助しているロボットやユビキタス技術を,高齢者等の介護や自立支援のために,なるべく早く実用化するにはどうしたらよいか,ということを考えましょう,という会合である。

会議では,自立歩行支援ロボットや介護者のためのパワードスーツ,見守りシステムなどいくつかのプロジェクトについて,5年後の実用化に向けたロードマップ作りが検討されている。

この会議は内閣府の主催で,厚生労働省,経産省及び総務省から,そして各省庁関係の有識者が出席して行われているが,このような省庁横断の会議体はロボットやユビキタスの分野では初めてらしい。確かに省庁間の温度差や認識の違いが浮き彫りになって,聞いていて興味深い。特に多いのは会議の性質上,厚生労働省関係の出席者であるが,彼らのニーズと,経産省や総務省が進めている技術開発の差も出てきている。厚生労働省側からすると,調査委先端の技術より,現場に即した汎用性のある技術が欲しいようであり,ごもっともなことである。技術者・研究者の方々も,このあたりを意識した技術開発が求められよう。

なぜ筆者のような法律家にお呼びがかかっているのか,まだあまり明確ではないが,もう少しフェーズが進めば,運用ガイドラインの問題や,安全性・プライバシー情報の管理といった法的枠組みの策定も必要になってくると思われる。(小林)

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2008年2月19日 (火)

田中森一元弁護士実刑確定

元弁護士の田中森一氏の実刑判決が確定した。同氏は従容として刑に服するとの声明を自身のホームページに発表している。

「反転」は,読み物としては大変面白かった。ただ,同じ法律関係者として,一般の読者に誤解されかねない点があったので,注意喚起のため指摘しておきたい。

第1点目は,田中氏は明らかに「特捜のエース」でも何でもないという点だ。良く言って,「特捜の突撃隊長」か「特捜の鬼軍曹」といった役回りだろう。田中氏自身認めているように,彼には生まれつき,社会の裏側で生きる人たちと波長の合う所があり,そこを特捜部に買われたのだろうが,所詮,それ以上の存在ではない。

第2点目は,「弁護士としての一線を越えたことはない」と田中氏が公言している点だ。これは弁護士の名誉のために言っておかなければならないが,彼は一線も2線も3線も越えている。筆者が弁護士になったごく初期のころ,弁護士の大先輩から,「君らはいつか必ず,客でも何でもない人から目の前に札束を積まれるときが来る。そのときは,絶対に札束に手を出してはいけない」と言われたことを,今でも覚えている。幸か不幸か,「その時」はまだ来ていないが,札束に手を出すことは,弁護士として踏み越えてはならない一線を踏み越えるときだと,筆者は肝に銘じている。

「反転」によれば,田中氏は事務所開きのご祝儀として,6000万円以上の現金をもらったそうである。正直うらやましい話であるが,弁護士になった第一日目から,彼は一線をはるかに踏み越えていたのだ。(小林)

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2008年2月18日 (月)

日弁連はなぜ負けたのか? ~法曹一元とは何だったのか(1)~

「法曹一元」という言葉は,若い弁護士でも,耳にしたことがあると思う。それはかつて,「弁護士自治」や「法の支配」と並んで,弁護士にとって究極の理想とされていた(本稿では,後述する理由から,あえて過去形を使う)。実は,この「法曹一元」という言葉は,法曹人口問題において,重要な位置を占めている。

それを一言で言えば,2000年11月1日の日弁臨時総会決議は,「法曹一元の実現を期するため」に,年3000人という法曹人口大幅増員を受け入れたのだ。

それほどの重要性のある「法曹一元」とは何だったのだろうか。本稿では,法曹一元という視点から,法曹人口問題を俯瞰してみる。

法曹一元問題と,法曹人口問題は,法曹養成問題を通じて結びつく。

石井美和氏の「法曹養成を巡る制度と政策 法曹三者の力学を中心として」によれば,法曹養成をめぐる法曹三者の関係は,昭和34年の臨時司法制度調査会(臨司)以降,平成7年の法曹養成制度等改革協議会意見書に至るまで,要するに,合格者の若年化を企図する法務省・最高裁VS日弁連,という構図で理解される。

合格者の若年化自体は特に争うべきことではないと思われるが,それが対立を生んだのは,法曹養成施設としての司法研修所の物理的キャパシティが原因である。昭和45年に東京都千代田区紀尾井町から文京区湯島に移転した司法研修所は,修習生を詰め込んでも700人程度が限度とされるため,これ以上の合格者の増員は,湯島の施設を前提にする限り,研修期間の短縮か,又は,法曹三者の分離修習を必然的にもたらす。合格者数を700人以内に維持しつつ,若年合格者を増やすためには,若年受験者を人為的に優遇する制度の導入が不可欠になる。まとめると,湯島の司法研修所を前提にする限り,若年合格者を増加させるためには,①修習期間の短縮,②分離修習,③若年受験者優遇制度,のいずれかの導入が不可欠になる。

余談になるが,44期の筆者が過ごした湯島研修所と馬橋寮での修習生としての生活が,上記のような法曹三者協議の舞台になっていたことについて,感慨を覚えずにはいられない。法曹三者による「コップの中の戦争」のコップが,実は司法研修所の物理的キャパシティだったというのは,一面,いかにも役人的であり,その予算第一の発想に苦笑するほかない。しかし他方,馬橋寮の実態は確かに,予算を第一に考えざるを得ない実情を反映していた。朝霞世代には伝説であろうが,馬橋寮はオンボロの建物で,8畳の4人部屋(!)の真ん中をベニヤ板で仕切って2人部屋にしており(但し2人部屋になったときは,一人が出て下宿するという不文律があり,その基金を皆で出し合った),ベニヤ板の薄さといったら「照明の紐を引く音が聞こえる」というものだった。筆者の部屋は諸般の理由で宴会部屋となり,「ベニヤの隣人」からの苦情は数知れず。共同浴場も一日おき。女性修習生の部屋とは廊下がカーテンで仕切ってあるだけで,女性修習生の部屋で酒盛りをしたり朝まで話し込んだりした。くっついたの別れたのという話も日常茶飯で,気恥ずかしい言い方だが,要するに受験で失った青春を,皆が必死で取り戻そうとしていた。ひどい生活だったが,そのせいで,寮で一緒に過ごした法曹とは,ある種の一体感が今でも続いている。朝霞の寮がどういうものか知らないが,このような一体感が喪失しているとすれば,筆者個人としても,法曹界にとっても,残念に思う。(小林)

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2008年2月17日 (日)

朝日新聞と東京新聞の社説について

2月13日の東京新聞と,2月16日の朝日新聞が,相次いで,「スローダウン」を公約に掲げた宮崎誠次期日弁連会長に釘を刺す社説を掲載した。

論調としてはほぼ共通している。弁護士過疎も解消しておらず,裁判員制度を来年に控え,法テラスや様々な司法改革を推進する中で,増員にストップをかけるのは,国民に対して司法改革を約束した日弁連の背信行為である,というものだ。言い方は東京新聞の方がやや厳しい。

正直ムカつく記述もあるが,基本的な視点としては,日弁連が様々な司法改革を国民に対して約束したことは事実である以上,これを阻害するようなことはできないというべきであろう。その約束が間違っていたのではないか,とか,若い弁護士に犠牲を強いてのうのうとしている年長の弁護士に対して求償権を行使すべきだ,とかいう話は内部的にはあってしかるべきだと思うが,この議論を外部に持ち出しても,冷笑されるだけであろう。

他方,「余裕があるからするのでは人権活動と呼ぶには値しない。司法試験は,生活保障試験なぞではない」(東京新聞)とまで言われると,「個々の弁護士は公務員ではないから,国民に奉仕する義務を負うわけではない。」と反論したい気持ちもわいてくる。こうなると売り言葉に買い言葉だ。

思えば,合格者年3000人は多すぎるのではないかという危惧感が国民に共有されたのは,就職問題が大きく報道されたからであった。弁護士会が百万言費やして理屈をこねても動かない世論が,就職問題という事実によって動いたことは,今後の日弁連の舵取りをする上で考慮されて良いと思う。(小林)

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監視カメラは沖縄米兵少女暴行を防げるか

沖縄で,米兵が中学校三年生の少女を強姦したとして(被疑者は否認と報道されている)逮捕された事件を受け,政府は214日,対策として繁華街への監視カメラの設置を表明した。

すでに本ブログで指摘しているとおり,公道である繁華街に監視カメラを設置することについては,憲法に違反する疑いが提起されている。少なくとも,従前の裁判例を単純に適用する限り,違憲違法と考えざるを得ない。この点について,筆者自身は,一定の要件のもとでなら,公道である繁華街に監視カメラを設置し運用してもよいと考えるものであるが,それでも,本件監視カメラの合法性には疑問が残る。端的に言って,本県の事情を踏まえて公道に設置された監視カメラは,専ら外国人の行動を監視する目的で運用されることになろう。これは,人種又は国籍による差別につながる。もちろん,在日米兵自身については,軍が承諾すれば,一応,違法性の問題は回避できる。しかし軍人でない外国人も多いだろうし,その外国人と私服の在日米軍人とは外見上区別がつかないから,結局,軍人でない外国人の人権の問題は残る。

それに,そもそも,今回の犯罪が繁華街に監視カメラを設置することで防げるのか,という問題もある。報道されている限りでは,被害少女は,沖縄市の繁華街で,午後8時半頃,被疑者に声をかけられてバイクに乗ったということである。ここまでだけなら,ただのナンパだ。繁華街に監視カメラをつけたとして,ナンパそのものを抑止することができるのだろうか。また,繁華街に監視カメラを設置して,ナンパを取り締まることは許されるのだろうか。ナンパが好ましいことかそうでないかには議論の余地があるにせよ,ナンパそれ自体が違法だという見解はない。監視カメラでナンパを取り締まるよりむしろ,少女が夜に繁華街をうろつかないよう措置を講じた方が有効ではないかと思う。(小林)

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2008年2月16日 (土)

日弁連はなぜ負けたのか?(番外編2)

「日弁連はなぜ負けたのか?」は,お陰様でたくさんのアクセスをいただいた。読んで頂いた方々に御礼を申し上げる。日弁連会長選挙は終わったが,この論考は,今後「ぼちぼち」続けていきたいと思う。

「日弁連はなぜ負けたのか」の(1)から(8)で,3000人増員を受け入れたのは日弁連の敗北であり,司法制度改革審議会に日弁連代表として出席していた中坊公平委員は敗戦投手であると書いた。

この認識に変更はないが,誤解しないで頂きたいのは,このとき日弁連は全66回にわたる審議の最終回まで闘い,刀折れ矢尽きて3000人増員を呑まされたのではない,という点だ。実際には,審議の前半戦で積極的に3000人増員を受け入れている。ではなぜ,積極的に3000人増員を受け容れたのか。ここに,法曹人口問題と並ぶ重要な要素として,法曹一元及び司法改革という概念が登場する。おそらく,中坊公平氏と日弁連執行部は,最低3000人の受け入れは避けられないと見切ったうえで,これと引換に,いわば条件闘争として,法曹一元及び司法改革の実現を図ったのだ。

筆者の見解に対して,「敗戦処理として責任を軽く考えてよいのか?」というご批判をいただいた。これはやや誤解していると思う。確かに,平成12年の時点では,「最低でも3000人」という選択肢しか無かったのだから,その意味では,3000人を選択した日弁連執行部に責任はないと思う(「5000人を選択しなかった責任」があるというなら話は別だが)。あくまで3000人を受け入れた責任を誰かに問いたいのなら,平成11年以前にまで遡って頂くしかない。しかし,平成12年当時の日弁連執行部が3000人受け容れと引換に「法曹一元」「司法改革」という条件を提示したこと,これを(一部にせよ)国に呑ませたこと,あるいは,ほかの条件を提示しなかったこと,について,その是非を歴史的に検証する必要も無い,とは言っていない。むしろ,この意味においては,当時の日弁連執行部の責任の有無や程度は,おおいに検討に値すると考える。

今年は「司法改革実践の年」と言われる。筆者のような「一応若手」のノンポリ弁護士からすると,お題目のように繰り返されてきた「司法改革」であるが,それがどのような経緯で実現したのか,何を犠牲にして実現したのか,日弁連は3000人増員を受け容れる代わりに何を守ろうとしたのか,そして,司法改革はその犠牲に見合ったものだったのか。守ろうとしたものは守れたのか。そろそろ,これらの検証に着手するべき時期に来ているのではないか。なお,筆者とほぼ同じ見解に立つと思われるものとして,豊崎寿昌弁護士のブログをご紹介する。(小林)

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2008年2月15日 (金)

鳩山法務大臣の「冤罪」発言について

鳩山法務大臣が,前後の脈略は不明であるが,「富山の事件は冤罪だが,鹿児島県志布志の事件は冤罪ではない」と発言して,謝罪に追い込まれた。

まことに軽率な発言であり,不当な捜査によって甚大な損害を被った人びとに対して失礼極まりない態度である。

ただ,鳩山法務大臣がどういう趣旨でこのような発言をしたのかは,やや気になるところである。そこで二つの事件を比べてみると,富山の事件は,有罪判決が確定した後で無実が判明した事件であり,鹿児島の事件は,起訴されたが一審判決で無罪になった事件である。つまり,刑事手続きとしては,一度有罪判決が確定したか,していないか,という点で違いがある。しかし,だからといって法律的には,一度有罪が確定したのち無実になったら冤罪で,有罪が確定していないときは冤罪ではない,という定義は存在しない。辞書でも(鳩山法務大臣も広辞苑で調べたようだが),そのような違いはない。法律的にも国語的にも,鳩山法務大臣の発言は誤りである。

しかし,「盗人にも三分の理」という諺もある。筆者は,一点だけ,鳩山法務大臣の発言に酌むべき点があると思う。おそらく大臣は,法務大臣としての立場から,「起訴して無罪になった場合は,無実の人が最終的に有罪とされた場合に比べて,国(司法)はそんなに悪くない」と言いたかったのだと思う。この点は,刑事裁判の今後を考えるうえで,大事な部分を含むと思う。

ご承知のとおり,日本の刑事裁判は現在,99%以上の有罪率を「誇る」。これは,捜査機関が,ほとんどの場合,本当に罪を犯した人だけを起訴しているからだ,との見方も可能だが,その裏面として,99%以上の有罪率を確保するために,重罪で一度逮捕したら何が何でも有罪に持っていく,という影の部分もある。富山の事件や鹿児島の事件のような,自白を無理矢理取る違法捜査も,99%以上の有罪率が捜査官を追いつめている,という部分もある。

このような影の部分を無くすためにはどうすればよいか。それは,有罪率99%を諦めることである。言い換えれば,起訴したが無罪になった,という事件でも,捜査機関は悪くない,と国民が納得することが必要である。無罪判決が出るたびに,マスコミや国民に徹底的に叩かれるようでは,捜査機関は99%を諦めることができないのである。もちろん,有罪率が下がりすぎても問題であるが,80%前後の有罪率なら,国民として許容してあげなければならないと思う。正当な捜査をして,被疑者を逮捕し,正当な取調の結果起訴した場合には,裁判所が無罪判決を出しても捜査機関は悪くない,ご苦労様でした,と国民が思ってあげなくてはいけない,ということである。これは日本では大変難しいことだが,とても重要なことだ。

誤解の無いように付け加えておくと,無罪になったときでも捜査機関は悪くない,と言ってもらえるのは,正当な捜査を尽くした場合に限られる。捜査を尽くさなかったために無罪になった場合はもちろん,違法不当な捜査をした場合にも,捜査機関は許してもらえない。「冤罪は悪いが,無罪は悪くない」という鳩山大臣の意向をくんで,今後「冤罪」の定義をする必要が出てきたら,「違法又は不当な捜査により刑事手続上の不利益を被った場合が冤罪」と定義しても良いと思う。

そこで富山の事件と鹿児島の事件を見てみると,どちらも,不当な自白強要が問題となった事例である(富山の件については弁護人の不手際も問題になっているが,本稿では触れない)。先の定義からすると,どちらの事件も「冤罪」である。従って,鳩山法務大臣の発言は,やっぱりダメである。(小林)

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2008年2月14日 (木)

セキュリティタウンにおける防犯カメラの設置運用基準

セキュリティタウンとは、防犯等のセキュリティ施設を備えた住宅街のことである。アメリカには「ゲーテッド・コミュニティ」と呼ばれる、壁で囲って要塞化した街が存在するが(昨年旅行した中国杭州にも、高い塀で囲まれた高級住宅街があった)、日本のセキュリティタウンの多くは、ネットワーク防犯カメラ等のITインフラを使い、付加価値としてのセキュリティを高めている。

ところで、三井不動産レジデンシャルのプレスリリースによれば、2月8日から分譲を開始する「ファインコート武蔵野桜堤ブロッサムレジデンス」は「携帯電話との連動も可能な、街を監視する防犯カメラや玄関カメラを全戸標準装備」したセキュリティタウンであり、「歩行者や訪問者を録画可能なセンサーライト付防犯カメラや玄関カメラを全戸標準装備」していることを「主な特徴」に掲げている。

「おいおい、訪問者を撮影するのはともかく、歩行者を撮影して録画したうえ携帯電話に送信していいのか?」と思ってホームページを閲覧したところ、ホームページに掲載されているのは訪問者の撮影までで、「歩行者を撮影・録画して街を監視する」というコンセプトはどこにも掲載されていなかった。この差は、意図的なものなのか、そうでないのか。

タウン内とはいえ、街路の歩行者を洗いざらい撮影・録画して、住民の携帯電話に送信することは、歩行者のプライバシー権との間で重大な法律問題を生起する可能性がある。確かに、他の街路とは一応分離されたセキュリティタウンなら、マンションと同様、共用部分を監視するカメラの設置が認められる場合もあるだろう。しかしその場合でも、カメラの設置運用基準は、きちんと検討されなければならない。

また、このようなセキュリティシステムは、住民以外の第三者との関係だけではなく、住民間でも問題を生じさせる可能性があることに注意しないといけない。例えば、ある住民が街から出たことを他の住民が逐一把握し、泥棒に連絡するなら、たとえ照明やテレビをつけっぱなしにして外出したとしても、留守がばれてしまい、極めて危険である。この街には、そのあたりの歯止めはできているのだろうか。(小林)

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2008年2月12日 (火)

頼んではいけない弁護士

消費者金融(サラ金)から紹介された多重債務者の債務整理で報酬を得るなどして、大阪府警は大阪弁護士会所属の弁護士二人を逮捕した。報道によると、うち1名は容疑を否認しているという。以下、逮捕事実が存在することを前提とした記述であることをお断りしておく。

逮捕された弁護士は1人が48歳、1人が61歳で、いずれも働き盛りの年齢であるが、生活に困ってヤバイ仕事に手を出したのか、それとも脇が甘くてこうなったのか、そのあたりは分からない。

このような弁護士を提携弁護士という。提携弁護士とは、サラ金などから債務整理事件の紹介を受け、このサラ金から報酬や紹介料を受け取る弁護士のことであり、その数は決して少なくないと言われている。弁護士法の72条は、弁護士でない者が弁護士の業務を行うことや、弁護士紹介を業として行うことを禁止しており、27条は、このような弁護士周旋業者から弁護士が事件の紹介を受けたり、名義を貸したりすることを禁止している。このようなことが禁止される理由は、弁護士が事件周旋業者から仕事を受けるようになると、依頼者の利益のために仕事をしなくなる危険があるからだ。

もし、債務整理をする場合、提携弁護士に依頼してしまうと、業者に骨までしゃぶられることになりかねないから、注意しなければならない。各弁護士会も、提携弁護士を市民に紹介したりしないよう配慮しているはずであるが、漏れが無いとも限らない。

それでは、どのような弁護士が頼んではいけない提携弁護士か。

まず、金融業者から債務の一本化などを勧められたとき、その業者から弁護士を紹介されたら、その弁護士は提携弁護士と見て間違いない。次に、提携弁護士は、業者から薄利で多数の債務整理事件をやらされているから、多くの事務員を(場合によっては業者から派遣された事務員を)使っているし、自分では事件をほとんど処理しない。大阪の普通の法律事務所は、弁護士1人あたりの事務員数は1~2名である。弁護士1人あたり5人以上の事務局がいる事務所は、債務整理を専門にしている可能性が高い。もちろん、債務整理を専門にしているからといって、提携弁護士であるとは限らないし、依頼者の利益を図ってくれないとも限らないが、提携弁護士でないにせよ、事件を全部事務員任せにする弁護士には依頼しない方がよい。最後に、生活に困っている提携弁護士は、事務員を雇う金もなく、多量の事件を全部自分で処理しようとするから、仕事が遅れがちになる。依頼してから2週間経っても債権者からの督促が全然止まらないときは、弁護士会の「市民相談窓口」という部署に相談されることをおすすめする。(小林)

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介護ベッド手すり事故頻発

平成1929日の毎日新聞夕刊によると、介護ベッドの手すりに首や腕などを挟まれて死亡したり傷害を負ったりする事故が多発しており、経済産業省が対応に乗り出したという。

介護ベッドは、次世代ロボット技術の応用が最も期待されている分野の一つであるが、手動のベッドでさえ事故が頻発するのであれば、自律作動する次世代介護ベッドロボットでより多くの事故が発生することは、容易に想定される。

もっとも、ネットで記事を検索すると、平成14すでに介護用ベッドの事故止対策要望なされていることが分かる。記事によると、介護ベッドは介護保険のレンタルで利用する人が多いため、事故が起きても、事業者に遠慮して苦情を言わない例が多いという。早急に事故事例を収集し、本質安全設計に役立てる取組が必要だと思う。(小林)

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2008年2月11日 (月)

裁判員制度や被疑者国選、国選付添人等は弁護士の権益拡大か?

平成1928日の日弁連会長選挙の翌日、日経が法曹人口減に釘を刺す社説を掲載したのにつづき、翌10日、今度は毎日新聞が弁護士会に対して「司法改革を後退させぬように」と題した社説を掲載した。

悪意と誤解に満ちた日経の社説に比べ、毎日の社説はやや穏和である。釘を刺す、というニュアンスの日経に対し、毎日は注文をつける、という雰囲気だ。人口問題に対する弁護士の感情にも配慮を示し、司法改革を後退させるのでなければ、増員問題について多少ブレーキをかけてもいいですよ、と言っているようにも読める。

そうはいっても、毎日の社説に気になる部分も多い。

まず、「裁判員制度、被疑者弁護、刑事裁判での被害者の代理人、少年審判の国選付添人など新しい制度の導入によって、弁護士の出番が増えているのに、増員を抑制するのでは筋が通らない。既得権のパイを小さくしたくないとの発想に根差しているのなら、世論の納得は得られまい。」との下りである。「弁護士会が弁護士の出番を増やしたのに、これを支える人数を増やさないのは筋が通らない」という第1文も、「既得権に基づく増員反対ならば、世論に支持されない」という第2文も、それぞれごもっとも、というほかはない内容だが、理解できないのは、第1文と第2文との関係だ。

もしかすると、毎日社説氏は、「裁判員制度、被疑者弁護、刑事裁判での被害者の代理人、少年審判の国選付添人など新しい制度」は、弁護士の権益拡大だと考えているだろうか?「弁護士会は、裁判員制度など新しい制度を増やし、これを弁護士が独占することにより、既得権益を増やす一方、弁護士増を抑制して、弁護士1人あたりの分け前を増やそうとしている。」こういう主張をしたいのだろうか?それなら文意としては理解可能だが、そうであるとすれば、社説氏はとんでもない誤解をしているというほかはない。司法改革は、弁護士にとって赤字ビジネスの拡大でこそあれ、権益拡大などでは決してないのだ。

「既得権益の擁護」や「業界エゴ」は、マスコミが弁護士を批判したときに必ず出てくるキーワードである。これらが誤解に基づくものなら、日弁連は早急かつ強力に、こういった誤解を解くキャンペーンを行う必要があると思う。

次に、「弁護士への潜在的な需要はまだまだ多い。新人の就職難も、割の良い仕事を目指して大都市での開業に集中するせいで、地方に活躍の場を求めれば就職口は少なくない」との主張である。本当にそうだろうか?ただの思いこみではないのか?この点については、弁護士の中にも、これを科学的客観的に検証しようとしている人たちが現れ始めている。日弁連が国民に対して約束した司法改革のスケジュールを止めてはならないが、他方、どんな改革も検証が必要である。日弁連としては、司法改革のよって立つ理念の正当性や、適正な人口規模について、内部的な検討に着手するべきであろう。

なお、もう一点、上記とは全く別の話であるが、本日(211日)現在、日弁連会長選挙の結果を踏まえた社説を掲載した全国紙は日経と毎日だけであり、朝日・読売・産経は社説を掲載していない、という点は記憶にとどめておきたい。(小林)

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企業内弁護士に関するミスマッチについて

平成1929日の日本経済新聞夕刊に、「主要企業の法務担当者と修習生がミスマッチ解消のため意見交換会を開く」という記事が掲載された。

企業内弁護士を求める企業は年々増えてきており、日弁連の調査でも、平成19年末の企業内弁護士数は全国で242人と、前年比1.5倍に増加したそうである(このニュースも日経で報じられた)。しかし、司法試験合格者3000人という大幅増員からすれば、焼け石に水である。企業に需要があるのか無いのか、あるとすれば何故ミスマッチが生じているのか。10年前から存在する議論であり、遅きに失した感はあるが、記事のような取組や調査は、やらないよりやった方がましだと思う。

筆者の知る限り、ミスマッチの原因は「経験値」と「給与体系」の2点である。

まず経験値について言うと、企業の求める企業内弁護士は、法律実務を知っていることが必要だから、少なくとも数年の実務経験者が好まれる。修習生が直ちに企業に就職することは、企業からはあまり求められていない、ということになる。法科大学院を出て司法試験に受かっただけで、企業から特別扱いはしてもらえない。企業側としては当然、司法試験に受かっただけで実務を知らない有資格者を採用するくらいなら、司法試験に受からなかった法科大学院卒業生を大学院卒と同レベルの給与で採用した方が得、と判断するだろう。

他方、数年実務に出た弁護士は、弁護士業のある種の自由さや面白さを覚えてしまうので、組織に入るのが億劫になってしまうところがある。

次に給与体系についていうと、企業側としては、従業員として雇用する以上、給与面であからさまに優遇しにくい、という事情がある。弁護士側にも、苦労して、あるいは借金して法科大学院に入り司法試験に受かったのに、同年齢の大卒と同等に扱われるのには不満がある。

筆者の知る企業内弁護士は、比較的女性が多いように思う。女性弁護士から見ると、企業内弁護士という職種は、対立当事者と闘争しなくてよい点や、家庭との両立の面、収入の安定性の面などに魅力があるのかもしれない。(小林)

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2008年2月10日 (日)

敵は日経と朝日だけではない? かも。

日弁連会長選挙翌日の日本経済新聞社説は、弁護士が示した増員反対の意思表示に対して、明確に異論を唱えた。「日本の司法は、国民の役に立たないと酷評されてきた。司法改革にはまず法曹の大増員が要る」との主張である。2月3日の朝日新聞にも同様の意見が掲載された。

こういう意見を聞くと心から虚しくなる。また、「法テラスや国選弁護登録状況の低さからすれば、弁護士は儲からない仕事をやりたくないだけだ」という主張には明らかな誤解がある。これらは儲からない仕事(すなわち少しは儲かる仕事)ではなく、やればやるほど赤字になる仕事なのだ。だから、生活に余裕が無くなった弁護士は、登録したくてもできない。こんな簡単な理屈を、なぜ日経は知らないのか。というより、日弁連執行部は、なぜこんな簡単な誤解を、今まで放置してきたのか。「朝日新聞の論説委員は頭が悪いのでしょう。少ないのは弁護士の数ではなく国選の報酬」と小倉弁護士は言うが、こんなことは小倉弁護士がいわずとも、本来、日弁連が直ちに指摘すべきことのように思える。

実は、このあたりに、とても深刻な問題が潜んでいるような気がしてきている。

まだ仮説なので詳論は避けるが、日弁連の内部には、国選事件や扶助事件は赤字事件であり、弁護士はボランティアでこの仕事に取り組んでいることを主張したくない空気があるのではないか。言い換えれば、国選や扶助事件がボランティアであると対外的に主張することは、いままでの司法改革路線を自己否定しかねないと危惧する勢力があるのではないか。もしそうであるとすると、倒すべき敵は日弁連の外部にではなく、内部にも存在することになる。(小林)

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2008年2月 9日 (土)

ユビキタスセンサーネットワークシンポジウム2008in北海道

200828日,札幌市でユビキタスセンサーネットワークシンポジウムが開催された。なぜ札幌市かというと,同市の隣にある岩見沢市でRFIDタグと監視カメラを使用した「街角見守りセンサーシステム」の実証実験が行われており,その結果を踏まえ,このようなユビキタスセンサーネットワークシステムを実用化するための様々な課題について話し合うためである。

出席者は森川博之東京大学教授,田倉和男北海道総合通信局情報通新部長,梅田和昇中央大学理工学部教授,黄瀬信行岩見沢市主査,三輪真松下電器産業株式会社理事,そして筆者である。このほか岩見沢市の小学校PTA会長が基調講演を行った。

岩見沢市は,例に漏れず過疎化と高齢化に悩む町である。また,北海道にありがちなことであるが,人口の割に面積がだだっ広い。これに対応するため,市は他の自治体に先駆けて市内に公設インターネット網を張り巡らし,「距離をITで埋める」施策に取り組んでいる。箱モノばかり作って破綻した隣の夕張市とは姿勢が違う。施策の一環として,総務省の補助と松下電器産業の協力を得て,子どもにICタグを持たせ,登下校時の情報を保護者に通信するサービスの実証実験を行ったわけである。

市の主査は町おこしの立場から,小学校のPTA会長は親の立場から,この実証実験を高く評価し,本格実施を待ち望むと発言していた。法律的にはやや疑問に思う点もあったが,これらユーザーの実感というものは,理屈では抗しきれない重みがある。また,ベンダーが想定していなかった問題点や利用目的なども出てくるものである。

パネルディスカッションは大いに盛り上がり,出席者にも喜んで頂けたようであり,はるばる札幌まで来た甲斐があった。懇親会の後,我々はすすき野に繰り出し,私は個人的に日弁連会長選挙の祝杯をあげた。(小林)

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イギリスの情報開示と保護

本稿は,財団法人自治体国際化協会が2006年(平成18年)6月に公表した「英国の情報開示と保護―情報自由法とデータ保護法を中心として―」が40ページにわたるため,このうち「データ保護法」に関する記述に限定して,単純に要約したものであり,私見を含まない。

1. データ保護法の制定経緯

イギリスでは,個人情報保護に関する法律として,1984年データ保護法が制定されていたが,1980年のOECDプライバシー・ガイドラインや欧州評議会の個人データ保護関連条約を背景に,1995年個人データの処理及び当該データの自由移動における個人の保護に関するEU指令が採択され,この指令に国内法を適合させる必要が発生したことから,1998年データ保護法が制定されて2000年3月から施行された。

2. データ保護8原則

データ保護法の根幹をなすデータ保護8原則は,個人データについて,次のとおり定める。

       公正かつ合法的に処理されなければならない

       明確かつ合法的な目的に沿って処理されなければならない

       目的に関連したものでなければならない

       正確かつ最新のものでなければならない

       必要以上に長く保持してはならない

       個人の権利に従って処理されなければならない

       セキュリティを確保しなければならない

       欧州経済地域外への移転は,当該国が個人情報について適切な措置を講じている場合に限る

上記8原則のうち,①の「公正かつ合法的」であるための要件として,いくつかの要件が定められており,この要件は,機微情報について,加重されている。

また,⑧の国外移転要件についても,いくつかの例外要件が定められている。日本が「情報保護について適切な保護水準」を保障しているか否かは,現在審査中である。

3. 情報コミッショナーの役割

情報コミッショナーは,政府から独立した監督機関であり,データ保護法に関しては,次の権限を有する。

       情報通知(データ管理者に対しデータ保護法が遵守されているかどうかを判断するために必要な情報を要求する)権限

       強制通知(違法行為を行ったデータ管理者に対して同法遵守のため特別措置を講ずることや処理を停止することを要求する)権限

       データ保護法違反者を情報審判所に告訴する権限

       データ管理者の同意に基づき,データ保護法を遵守し適正に実務を行っているかどうかを評価し,その評価結果をデータ管理者に通知する権限

4. データ主体となる個人に保障されている権利

       個人(データ主体)のアクセス権(本人についてどのような情報が記録保存されているかを知る権利。犯罪防止・摘発,保険,教育及び社会事業・課税の場合等の例外あり)

       個人(データ主体)の処理を防止する権利(本人又はその他の者に不当な損害・苦痛を与える処理または開示の中止請求権)

       ダイレクト・マーケティングのための情報処理停止権

       自動的機械的決定に対して人的関与を求める権利

       損害補償を求める権利

       データの修正,阻止(保護),消去,破棄を要求する権利

       情報コミッショナーに対し法律違反かどうかの審査を要求する権利

5. 情報自由法との関係

       データ主体による本人についての個人情報の開示の可否は,すべてデータ保護法に従い,上記4の①の例外以外は全部開示の対象となる。

       第三者による固持温情法の開示請求については,情報自由法で規定する以下の要件のうちいずれに該当しない限り,公開を要する。

ア)      データ保護8原則のいずれかに抵触する場合

イ)      データ保護法に基づき本人さえアクセスできない場合

ウ)      データ主体に損害を与える可能性があり,データ主体がその処理を阻止する権利が妨げられる場合

6. 違法行為

       情報コミッショナーに対する届出義務違反

       調達販売違反(データ管理者の同意無く意図的又は不当に個人情報を入手・公開・漏泄する場合)

7. データ使用通知システム(情報保護のための南京錠Information Padlock)

データ管理者が,保有データの使用をデータ主体である個人に通知するシステム。本人は,Webを通じて,事故情報の使用状況を把握できる。

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2008年日弁連会長選挙を終えて

2008年日弁連会長候補は,従前の執行部路線を基本的には承継する宮崎誠候補が,これに反対する高山俊吉候補を押さえて当選した。まずは両候補と選挙スタッフに,本当にお疲れ様でしたと申し上げたい。

9400対7000という数字について,僅差かどうかは微妙だが,大差でないことは間違いない。最大の争点となった法曹人口問題に関する中堅・若手弁護士の不満がほとんど臨界点に達していることは,今回の選挙において,宮崎陣営や,日弁連内の主流派に,ものすごい危機感を与えた。今回の高山候補の行動は,この不満を日弁連中枢に突きつけたという点において,高く評価されるべきだと思う。

他方,高山候補がこの不満を当選に結びつけられなかったのは,法曹人口問題を戦争に結びつけたサヨク的言動が,若い弁護士に受け入れられなかった点にあると思う。法曹人口問題をもって,世代間分断を企図しなかったことが,戦略上最大の失策である。高山陣営は,ようやく終盤になって「ボスには見せるな」というビラを配布したが時機に遅れていたし,当の高山候補本人は相変わらずのサヨク系言動に終始した。結局,反戦活動家の両親に育てられ,安保闘争をたたかった高山俊吉という人間の,良かれ悪しかれこれが本質であり限界なのだと思う。

ブログの世界を見渡してみても,サヨク的立場とは一線を画しつつ,法曹人口問題や司法改革問題について,健全な批判を展開している中堅・若手弁護士の多いことに気づく。一例として、大阪弁護士会坂野弁護士ブログ紹介させて頂く一方,宮崎選挙事務所のお手伝いをして痛感したことは,20期代の大先生方は,40期以下の弁護士の気持ちなど,本当に何も分かっていない,ということだった。これは大先生方も悪いが,きちんと声を挙げない40期以下の我々にも責任がある。

この選挙を終えて,次回までに希望したいことは,40期以下の声を日弁連執行部に反映させる仕組みを作ってほしいということだ。そして,健全な野党勢力が組織され,かみ合った議論が日弁連内に醸成されることを望む。そうすれば,今後の日弁連は,衰退の道を脱することができるかもしれない。

私自身は,近いうちにもう一度,人口問題の歴史的経緯を勉強して発表したいと思う。その上で,皆様のご感想ご批判を仰ぎたい。(小林)

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2008年2月 6日 (水)

日弁連はなぜ負けたのか?(番外編1)

平成19年2月5日の読売新聞が、日弁連会長選挙公聴会で宮崎・高山両候補が表明した弁護士増阻止の動きを「業界利益の追求」と牽制した。これを増田尚弁護士が「永遠のワンパターン」と批判したのに対して、筆者が「確かにワンパターンだが,『敵』は10年前にも同じ戦術で勝ったのだから,当然,勝ちパターンで攻めてくるわけである。むしろ,『弁護士の生活不安』を全面に出して,負けパターンを繰り返す愚こそ責められるべきであろう。」と書いた。これに対して増田弁護士から、「しかし、2000年当時、3000人問題に関していえば、日弁連は、そのように主張することすらせず、最初から戦いを放棄していた」との反論をいただいた。

こうなっては当事者以外どうでもいいような話であるが、増田弁護士のブログ経由で当ブログをご覧になる読者も多いようだし、弁護士としては、主張の違いはともかく、事実に反する指摘を看過できない。

まず2000112日、3000人を事実上容認し紛糾した日弁連総会の翌日の日本経済新聞は、「日弁連の臨時総会が紛糾したのは、弁護士の間に自らの生活を直撃しかねない増員への反発が根強かったためだ。」と解説している。これは、高山候補ら反対派が、弁護士の生活問題を主張していたことを示している。また、1996311日の毎日新聞に掲載された日弁連会長インタビューには、「法曹人口を増やすことは、弁護士の生活(中略)にかかわる面もあり、弁護士会でも見解が分かれています。」という日弁連会長の発言が記載されている。このように、当時の反主流派に限らず、会長も、弁護士の生活不安を法曹人口増に反対する理由の一つに挙げている。だから、「日弁連は法曹人口増が弁護士の生活不安につながるという主張をしなかった」という増田弁護士の指摘は事実ではない。ちなみに、この会長とは鬼追明夫弁護士であり、宮崎候補の推薦人の1人であるが、この話題とは無関係である。大事なのは、当時の日弁連会長が、法曹人口増に反対する理由に弁護士の生活を掲げた、という点だ。

すでに「日弁連はなぜ負けたのか?(6)」に記載したことであるが、日弁連による「弁護士の生活不安」の主張は、マスコミにどう評価されたか。

「日弁連とは何者だ。監督官庁を持たない一種のカルテル組織ではないか」(1995330日産経新聞)

「ギルド化する弁護士,正義を掲げ権益も守る?競争生む増員に逃げ腰」(199558日 日経産業新聞)

「質の低下などの問題を理由に妥協の道を閉ざすのでは,一部に根強い既得権を守ろうというだけの増員反対論に力を貸すことにならないか。」(19951019日朝日新聞)

「法曹人口増員は(中略)司法基盤整備と並行して進めるべきだとの主張は商売敵が増えることをおそれた改革つぶしとも見られ,旗色が悪い。」(1995年10月31日 朝日新聞)

「駄々っ子みたいなごね得狙いの反対者の巣窟」(19951227日 毎日新聞)

「弁護士一人ひとりが(司法改革の最大の担い手であるという)使命を忘れ、内向きの狭い発想に閉じこもるのでは、司法はますます国民から見放されるだろう。」(19961219日朝日新聞社説)

筆者は当時の日弁連(あるいは日弁連反主流派)とマスコミとの、どちらの主張が正しかったかを論じるつもりはない。重要なのは、10年前、日弁連の執行部も反主流派も、弁護士の生活問題を法曹人口増反対の理由に掲げたが、それらはマスコミから、「弁護士ギルド」「既得権益擁護」「ごね得」と、さんざんな批判を浴び、人口問題における日弁連の敗北につながったという点だ。

もちろん、マスコミによる不当な批判に対しては、日弁連は反論するべきである。10年前と今とで、事情が変更した部分もあろう。かつて批判されたからといって萎縮したのでは、「羮に懲りて膾を吹いている」との誹りを免れまい。しかしだからといって、10年前の事実を知りもせず、あるいは忘れ、かつて失敗したのと同じ戦法で敵に立ち向かうのはただの愚者である。法曹人口問題において、日弁連が弁護士の生活問題を主張すること自体は結構だ。しかしそれには細心の注意が必要であり、少なくとも、全面に出すのは愚の骨頂である。(小林)

このブログの記事は、小林正啓個人の見解であり、日弁連会長候補者やその選挙事務所とは全く関係ありません。

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「増員阻止は業界エゴ」キャンペーンが始まった?

平成19年2月5日の読売新聞に,「弁護士急増で揺れる法曹界」と「法曹人口比率 米は日本の18倍」という二つの記事が掲載された。記事の中には,記者(または新聞)の意見として,「過疎問題や弁護士不足の問題が解決していないのに,自ら増員を受け入れた弁護士会が弁護士の生活不安を理由に反対するのは,業界利益だけを考えているとしか国民の目には映らない。」と手厳しい見解が記載されている。

これに先立つ2月3日,保岡興治衆議院議員が,自民党司法制度調査会として,法務省に対し,急激な政策変更をするべきではないとの意見書を提出したとの情報が入った。同議員は自民党の司法制度改革政策の重要人物であり,3000人増員政策の推進者である。

読売新聞の記事と,保岡議員の動きとは,2月2日の日弁連会長選挙東京公聴会で,「法曹三千人 日弁連も見直し確実 会長候補2人とも明言」と報道されたことに触発されたものとみてよい。そして読売新聞の記事と,保岡議員の動きは連動していると見るべきである。つまり,増員推進陣営からの巻き返しが始まったのだ。

増田尚弁護士のブログは,「で、二言目には、業界エゴ、フランス並みですか。10年前と同じ光景、永遠のワンパターン。」とマスコミを批判している。確かにワンパターンだが,「敵」は10年前にも同じ戦術で勝ったのだから,当然,勝ちパターンで攻めてくるわけである。むしろ,「弁護士の生活不安」を全面に出して,負けパターンを繰り返す愚こそ責められるべきであろう。

増員推進陣営には,今のところ,法科大学院(文科省)と財界(の規制改革推進派),アメリカ,及びこれらの後押しを受けた議員(保岡興治など)がいる。一方,増員見直し陣営にいるのは,法務省(鳩山邦夫)と日弁連だ。最高裁は現時点で旗色不明である。

日弁連がこれらの巻き返しに対抗して,増員見直しを推進するためには,法務省や最高裁との大同団結(宮崎候補)がいいのか,法務省や最高裁とも対決し,巻き返し陣営とも対決する二正面作戦(高山候補)がいいのか。今度の日弁連会長選挙では,この点が問われている。(小林)

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2008年2月 5日 (火)

「通りすがりの1人」さんへの返事

「通りすがりの1人」さん、真摯なコメントをありがとうございます。当ブログもおかげさまで色々コメント等をいただくようになりましたが、中にはただの誤解や、「法曹の質」が疑われるものがあり、投票日も近いし、何より仕事が押しているし、特に返答をしないでおこうと思っていました。しかし、ここまで真面目なコメントをいただくと、掲載するだけで無視するのも礼儀に反すると思い、ご返事します。

まずお断りしておきたいのは、すでに述べた見解を含め、このブログの記事は小林の私見であって、宮崎誠候補や選挙事務所の意見でもその代弁でもないことです。嘘つけ、と思われるかもしれませんが、信じていただかないと話が進みません。だからもちろん、宮崎候補やその支持者と意見を異にする部分がありえます。なお、私の文章を候補者に対する攻撃材料に使われると迷惑なので、投票日翌日までの引用は一切禁止します。リンク張りはご自由に。

さて、「通りすがりの1人」さんのコメントの要点は、「宮崎候補に3000人増員見直しを主張する意思があるのか」という点です。私の見方はYesです。もう少し正確に言うと、任期中である2008年と2009年の合格者については、最大でも、現状(2007年の合格者数)維持を主張することは間違いないと見ています。2010年以降の合格者数については、後述するとおりですが、合格者減を主張する可能性は高いと考えます。私が見る限り、遅くとも去年の秋から、宮崎候補の立場は増員阻止で一貫しています。

合格者減で立場が一貫しているのなら、なぜ高山候補のようにはっきり言わないのでしょうか。最近はかなりはっきり言っていますが、最初からそうならなかったのは、私の見る限り、宮崎候補の支持グループにも色々あり、宮崎色を出そうにも、表現が玉虫色にならざるを得なかったからです。この点は、私自身歯がゆく思っている点です。支持グループの中には、私のように合格者減を主張する人も多いですが、3000人維持や、さらなる増員を主張する人もいます。増員論者はロースクールの利益代表者ばかりではありません。「法の支配を実現するためには3000人では足りない」と本気で考える弁護士もいます。

「相矛盾するグループの支持を受けるなんて不潔!」なんて言わないで下さいね。政策集団というのは、本来、そういうものです。自民党だって、民主党だって、ふたを開ければ同床異夢。でもそれは、悪いことではありません。色々な方向から叩き合うからこそ、実現可能な政策ができあがるのです。高山候補が具体的政策を打ち出せないことの一因は、スタッフが皆同じ方を向いていることにあると思います。異分子や異論を排除しているから、言うことは明快になります。でも、異論を排除した仲良しグループが、「弁護士会が一丸となって団結しよう」などと言うのは、自己矛盾でしかありません。高山候補のスタッフの手法は、弁護団なら正解ですが、政策集団としては明らかに誤っています。

むしろ問題は、「宮崎候補が当選したら、3000人維持派や増員派が息を吹き返し、維持や増員に動くのではないか」という点です。確かに、再び3000人維持派が主導権を握る可能性はゼロではないでしょう。しかし、だからこそ、当選後の宮崎候補に合格者減を実現させるよう後押しし、監視するのは、若手の責任です。合格者減は、誰かが当選するだけで実現することではないのです。当選した後の方が大事なのです。公的決定が 10001500人から3000人になるまで、短く見ても4年かかっています。これを減らすには、もっと長い時間と手間がかかると見ないといけません。若手が声を上げ、行動し続ければ、宮崎「会長」の支持勢力や、「次期」「次々期」会長候補者の支持勢力は、増員阻止に動くと私は見ています。

ここでたぶん、「通りすがりの1人」さんの疑問は、最初に戻ってしまうと思います。「ややこしく、条件付きで、リスクのある宮崎候補に投票しなくても、主張の明快な高山候補に投票すればよいのではないか?」。ごもっともな疑問ですが、私にとって今回の選挙の選択肢は、「リスクはあるが、合格者減を実現する可能性のある候補者に投票するのか?」「明快だが、合格者減を実現できない候補者に投票するのか?」です。高山候補の政策は戦術として極めて稚拙であり、「バンザイ突撃」程度のインパクトしかないことはすでに述べたとおりです。高山候補が当選した場合、同候補が敵とみなす勢力は、表面上、「えらいことになった、司法改革が全部白紙に戻る」と大騒ぎをしながら、内心では「これで日弁連の息の根を止められる」と、ほくそ笑むでしょう。

ついでに指摘するなら、高山候補は、3000人という「日弁連の敗北」の戦犯の1人、と私は考えています(宮崎候補が戦犯ではない、という意味ではありません)。当時の日弁連の頑迷さ、狭量さ、イデオロギー論争に明け暮れ世間の空気を読めない無神経さが、敗北の根本原因であり、高山候補は間違いなくその一角を担っていたはずです。もちろん宮崎候補の推薦人の中にも、高山候補の推薦人の中にも戦犯がいます。「戦犯は責任を取れ」というあなたのご指摘は感情的に理解できますが、それなら高山候補にも退場して頂かないといけません。あなたは「総括」を従来の執行部に要求しますが、それなら、高山候補にも総括してもらわないといけません。高山候補は元々700人を主張していたはずです。それがいつから、どういう理由で1500人になったのでしょうか?ただの若手向け人気取りではないのでしょうか?この変遷について、高山候補は全く総括も説明もしていません。

話を戻しますが、「3000人は中坊と久保井が勝手に決めた」などいうデマゴーグに騙されないで下さい。中坊氏や久保井氏が戦犯であるとの意見は否定しませんし、「3000人に増員しても大丈夫だろう」という見通しの誤りは十分非難に値しますが、アニメやドラマじゃあるまいし、彼らに勝手にできることではありません。もっと大きな流れがあるはずです。もっとも、この経緯については、私自身勉強不足を感じており、調査のうえ意見を述べたいと思っています。回り道のようですが、本当に大事なのは、歴史をきちんと勉強することだと考えます。この点、「通りすがりの1人」さんの真摯な態度は高く評価するものの、少年マンガのような善悪二分論や親分子分論に支配されている点に危うさを感じます。歴史をきちんと勉強すれば、人間や組織や社会というものはそんな単純で皮相なものではないと理解できるはずだ、と私は信じています。

旧態依然たる弁護士会の体質や、人口増による弁護士自治崩壊の危機感などについては、私も全面的に「通りすがりの1人」さんに賛同します。正直言って、もはや弁護士会は後戻りのできない崩壊への道を歩んでいるのではないかと思うときもあります。でもここでやけっぱちになったら、弁護士は本当に全てを失うと思うのです。(小林)

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2008年2月 2日 (土)

法務大臣が司法試験合格者数「3000人」の見直しを表明

平成19124日、法務省が司法試験合格者数年三千人の現象をも視野に置いた作業に着手することが、各新聞で報道された。同日鳩山法務大臣が記者会見を行い、同様の説明をしたようだが、先日、記者との問答内容が法務省のホームページで公表された。

法務大臣の発言の要点は、次の通りである。

1.       法曹人口の増大は必要だが、需要と供給、法曹の質、訴訟を好まない日本文化との整合性に照らし、3000人は多いのではないか。

2.       法科大学院制度は肯定するが、法曹人口に自由競争・規制緩和という概念を持ち込むのは間違い。2回試験不合格者が増えて質に懸念が発生している。高い質を維持することが重要。

3.       検討組織の具体案は未定だが、法務省内で検討することは必要。

この報道について、日弁連会長候補の高山俊吉陣営は、「日弁連執行部と法務省の合作偽装劇であり、激増路線の変更はない」と批判し、宮﨑誠陣営は、これを追い風として、公約である「スピードダウン」の実現可能性が高まったと言っている。

今回の法務省の意思表示は、どのように理解すべきだろうか。

すでに「日弁連はなぜ負けたのか?」に記したとおり、法曹人口問題は、平成2年頃、法曹三者(最高裁・法務省・日弁連)の「コップの中の戦争」として始まったが、最高裁・法務省 vs 日弁連の対決構図が昂じて機能不全に陥り、政府にコップをひっくり返されて、法曹人口問題の主導権を失った。その後の法曹人口問題には、文科省・法科大学院や、財界、アメリカが参入し、法曹三者の発言力はとても低くなって、現在に至っている。

この経緯は日弁連にとって極めて屈辱的な敗戦であることはすでに述べたが、政府に調整能力なしと判定され権限を取り上げられた法務省からみても、屈辱的な体験であることに違いはない。3000人という数字は、財界が言い出し文科省が支持した数字であって、法務省はもともと1000人~1500人で考えていたのだ。今回の二回試験不合格者増や、修習生の就職問題、法曹へのニーズが期待ほど増えていない問題などについて、法務省は「そらみたことか。」「だから言わんこっちゃない」と考えているに違いない。

このような経緯に照らしてみると、この度法務省が発表した「合格者数の見直し検討」は、文科省や財界に取り上げられた法曹人口問題の決定権限を、法務省側に取り戻す動きとして理解される。なにしろ大臣が鳩山邦夫なので、今回の発表についても、当初、大臣の暴走ではとの見方もあったが、そうではない。大臣就任直後からの「3000人見直しとの私見」から始まる一連の動きは、法務省の役人が主導していると見て間違いない。

ただ、すでに文科省や財界がステークホルダーとして存在する以上、法務省としても、これらの実力者と無用な喧嘩をするのは得策ではない。また、日弁連を刺激するのも良くない。法務大臣の記者会見には、このあたりに対する周到な配慮が見て取れる。

まず、「法曹人口の増大は必要だが、需要と供給、法曹の質、訴訟を好まない日本文化との整合性に照らし、3000人は多い」との発言は、業務不安を抱え、表向き質の問題を主張する日弁連と、財界のうち、訴訟社会化を懸念する勢力とに配慮したものだ。次に、法科大学院に対しては、全否定するつもりはないですよ、というメッセージを送りつつ、質の確保ができていないと苦言を呈している。また、自由競争・規制緩和概念は不当、との発言は、オリックスの宮内義彦らに代表される規制緩和至上主義者の主張は取らない、との立場を明確にするとともに、この点については日弁連に同感です、というメッセージを送ってきている。そして、このように各方面に配慮しつつ、ちゃっかり、「検討組織は省内に作るべき」として、法曹人口問題は法務省が主導権を取ることに前向きである。但し,他省に検討組織を作ることも否定していない。素晴らしい心配り。

それでは、このような法務省の意向に対し、日弁連はどのように対応するべきであるか。日弁連会長選挙の論点に即して言えば、法務省と全面対決するべき(高山)なのか、協調路線を取るべき(宮﨑)なのか。

私の考えは、法務省との協調路線であり、全面対決は論外である。その理由は簡単であり、ただでさえ不利な状況なのに10年前より敵を増やしてどうするの?ということだ。前述したとおり、10年前、日弁連は「法曹三者」というコップの中で、法務省・最高裁と兄弟げんかを繰り広げたあげく、コップをひっくり返されてしまった。今は文科省や財界という新たな敵もいる。マスコミや国民だって、誰を支持するか分からない。このような戦場で、誰とも組まず、法務省・最高裁・文科省・財界全部を相手に喧嘩をするのは愚の骨頂である。せっかく潮目が変わってきているのだから、当面法務省・最高裁とは休戦して、共同歩調を取らないといけない。

高山候補は日弁連として3000人反対の声を上げるという。この一点だけなら、今の情勢に照らして、法曹人口減に向けたそれなりの影響力が期待できるかもしれない。しかし、高山候補は同時に、法務省と全面対決、裁判員廃止、被疑者国選弁護廃止、法テラス廃止、ロースクール廃止を公約に掲げている。つまり高山候補が日弁連会長になれば、文科省や財界はもちろん、法務省や最高裁とも全面戦争になることは必至である。そんな戦争で勝てるとは、私には思われない。日弁連会長選挙に関するブログを見ると、「高山候補当選のインパクトによる現状打破を期待する」という見解もあるが、当選だけで劇的に何かが変わると思うなら大間違いである。政治というのは、そんな単純なものではない。今回の法務省の発表だって、鳩山大臣就任直後の「3000人は多すぎる」という「私見」という名の潜望鏡をそっと上げ、周囲の状況を見極めた上での行動である。もしかしたら、文科省に影響力のある鳩山邦夫を大臣に据えたことさえ、法曹人口問題の主導権取り戻しを見据えた法務省の戦略だったかもしれないのだ。これが政治というものの進め方である。

「日本は戦争に突き進んだ70年前の過ちを繰り返すな」とは、高山候補がよく口にする言葉である。しかし私には、高山候補が10年前の過ちを繰り返そうとしているとしか思えない。(小林)

この文章は、小林正啓の個人的な見解であり、日弁連会長候補やその選挙事務所の見解とは一切関係ありません。

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