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2008年3月13日 (木)

日弁連はなぜ負けたのか? ~法曹一元とは何だったのか(7)~

このように,弁護士や法学者の中でも法曹一元に関する理解には幅があるが,他方共通するのは,法曹一元は戦前に遡る弁護士会の「悲願」であり,1964年の臨司意見書で「たなざらし」になった挫折をふまえ,その後の弁護士会においては司法の「理想」として語られてきた,という点である。そして,「理想」であるだけに,その中身が吟味されないまま,様々な意味が付与され,「ご都合主義的な概念」として多用されてきた一面もあるのだろう。

さて,このような弁護士会の理想とする法曹一元論に対しては,次のような痛烈な批判があることにも言及しておかなければならない。

京都大学の棚瀬孝雄教授は,「法曹一元の構想と現代司法の構築」(ジュリスト1170号。20001月)の中で,次のように主張する。すなわち,在野法曹であれば必ず職業裁判官より市民感覚が優れ,世間の表裏に通暁しているとなぜ言えるのか。大企業の顧問弁護士が庶民感覚を有するのか。弁護士会が裁判官選任に関与すれば「民主的」で「市民感覚」に優れると言うが,全ての弁護士が市民の側に立っているとはいえず(企業側や体制側の弁護士もいれば,市民の中にも多様な利害対立がある),民主的で公平な裁判官選任が担保され得ない。「裁判官には社会常識がない」という一般論も,科学的な検証がなされていない。しかも,法曹一元制度は,我が国の大陸法系の実体法を英米法系のそれに変更することを伴い,さらに,裁判官が争点整理から審理・和解又は判決まで主体的に関わる職権主義的訴訟手続を,当事者主義的訴訟手続に大転換することにつながるのであり,それは,弁護士費用の高騰といった国民にとってのリスクをもたらす可能性があるから,法曹一元制度を採用するには,国民的合意と支持が不可欠である。教授は言う。「裁判所がかりの訴訟運営を漫然と続けながら法曹一元性を採用するということは,私には不可能なことを主張しているように見える。」

棚橋教授は,上記のような問題点のほかに,従前の法曹一元論は,東西対立というイデオロギー構造の中で,体制側の裁判所と市民側の弁護士という文脈で語られてきたが,東西対立構造が終焉を迎えた今日,弁護士会が語ってきた法曹一元論も構造的な修正が迫られるのではないか,と示唆している。

法曹一元をめぐる論考は多数に亘り,筆者にはこれを網羅し検討する能力も余裕もない。また,本稿の主旨は法曹一元論そのものを良いとか悪いとか評価することではないから,法曹一元論の内容の是非については立ち入らない。筆者が本稿で検討したいのは,2000年(平成12年)当時,日弁連にとって法曹一元論は,本気で実現を企図するほどの実体を備えていたのか否か,である。

このような見地から2000年当時の日弁連の公式見解を検討してみると,第一に,理論的裏付けが希薄であるといわざるを得ない。すでに指摘したとおり,法曹一元論は歴史的に変容しており,2000年ころの日弁連内部での理解にも幅があるのであって,日弁連執行部がこれらを批判的に検討したうえで,「日弁連が目指す法曹一元はこれだ!」と宣言したようには見受けられない。むしろ,会内合意の獲得を最優先にして,総花的抽象的な法曹一元論を呈示しているようにしか思えない。筆者から見て最大の理論的問題点は,かつて確かに裁判所に見られた所内人事の不適正さや,行政寄り・保守派寄りの判決が,裁判官のキャリアシステムを主たる原因とするものなのか,それとも,冷戦構造化の東西イデオロギー対立に基づくものなのか,という理論的検討が疎かであり,そのため,東西冷戦構造が終結した後の法曹一元論の理論的支柱が脆くなってしまったことにある。

理論的問題点もさることながら,第二に,明確な戦略が描かれていないことが致命的な問題点であると思う。日弁連の公式見解は到達点の青写真にすぎず,到達点にどうやって行くのか,という検討が全く見られない。法曹一元論は,百年以上続いてきた裁判所のキャリアシステムを根本から覆す大事業であって,裁判所が猛烈に抵抗することは必至であるのに,これを打ち破る戦略が全く示されていないのはどういうことなのだろうか。「戦略は軍事機密です」という反論があるならまだマシだが,日弁連執行部に機密にするほどの戦略があったのかは大いに疑問である。「矢口洪一と佐藤幸治が支持するのだから,総理大臣も動く」と安易に考えていたのではないかという疑問を筆者は払拭できないし,仮にそう考えていたなら(つまり,内閣府直轄の司法制度改革審議会で決まれば裁判所のキャリアシステムは廃止されると考えていたなら),三権分立に関する日弁連執行部の理解が疑われる。

そもそも,法曹一元が本当に実現したら,日弁連はどうするつもりだったのだろう。青写真の通り,2010年に判事補制度が廃止されたら,その後,全国規模で数十人から百人規模の弁護士任官者が継続的に確保されなければならない。しかも,その弁護士任官者は弁護士会内で能力を認められたエリートでなければならないのだ。もし定員割れが発生したら日弁連は世間の笑いものになる。少ない裁判官任官のポストを,弁護士同士が争うようでなければ,法曹一元にした意味はない。一体,青写真を書いた先生方は,弁護士登録後10年~30年の有能な弁護士が,こぞって任官を希望する有様を想定できたのだろうか。

第三に,戦略的目標(法曹一元の実現,判事補制度の廃止)がとても大きく,一朝一夕には達成できない以上,日弁連執行部としては,当面の戦術的目標を掲げ,どこに橋頭堡をつくるか明確にしなければならなかったのに,それがない。具体的には,法曹一元の本質が判事補制度の廃止にある以上,判事補制度を廃止するための第一目標が設定されなければいけなかったのに,それがない。その結果,その戦術的目標達成のためにはどんなリスクとコストが想定されるのかという事前検討ができなくなったばかりか,事後の検証もできなくなってしまった。後述するように法曹一元論が葬り去られたにもかかわらず,「法曹一元の理念は残った」などという,ふざけた評価がなされたのは,ひとえに,事前の戦術的目標の設定が無かったからにほかならない。(小林)

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