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2008年4月 6日 (日)

日弁連はなぜ負けたのか? ~法曹一元とは何だったのか(13)~

以上,法曹一元論という視点から,法曹人口問題を概観してみた。まとめると,こういうことになる。

戦前から日弁連の理想であり悲願であった法曹一元論は,二度葬り去られた後,1997年(平成9年),突然の復活を遂げた。日弁連は熱意を持って法曹一元の実現に取り組み,司法制度改革審議会においてその実現を図る。しかし,法曹一元論はその理論的脆弱さや戦略・戦術の無さなどから,審議会内の合意を全く得られず,20001031日,みたび葬り去られる。それにもかかわらず,その翌日である111日の臨時総会において,日弁連は,「法曹一元」という単語を42回も用い,「法曹一元を期するために,法曹人口の大幅増員を受け入れる」との決議を行った。日弁連は公式には「法曹一元への手がかりは残った」と評価したが,その後,法曹一元への熱意は失われる。つまり,法曹一元論において,日弁連は完敗した。残ったのは,法曹人口大幅増員と,法科大学院制度の導入,そしていくつかの司法改革の施策だけであった。

 もちろん,一般論としては,日弁連が必要ないし重要と考えた制度について,時機を見てその実現にチャレンジすることは意義のあることだし,それが結果的に失敗することもあるだろうし,努力が無駄になったり,失ったりするものもあるだろう。それ自体はやむを得ないことであって,失敗した執行部の責任を必要以上に追求することはよくないと思う。

しかしそうはいっても,法曹一元論に関する日弁連の戦いぶりは,余りにも稚拙であり,その負けぶりは,恥ずかしいほどの惨敗である。日弁連は,「法曹一元」の実現によって何を目指そうとしたのか,どうやって「法曹一元」を目指そうとしたのか,そのためにどんなコストやリスクを覚悟したのか,よく分からない。加えて,最も腹立たしいのは,日弁連が公式には完敗したことを認めていないため,敗北の事実が,会内に共有されていないことだ。だから,未だに折に触れ「法曹一元を実現するためには…」といった定型句を用いる弁護士会のお偉いさんが後を絶たない。日弁連執行部にとって,恥ずかしすぎるほどの負け戦であったことは理解できる。しかし,このままでは,法曹一元論はいつの日か4度目の復活を遂げ,そして4度目の葬式を迎えることになる。動員される弁護士の努力は全て無駄になり,日弁連には「理想倒れの書生。付ける薬のない馬鹿」という評価が下される。

筆者としては,「法曹一元は,日弁連が理想とするほどの価値や内容があったのか?」という疑問を感じずにはいられない。法曹一元には,法曹人口大幅増による犠牲に見合うだけの価値があったのだろうか。少なくとも,その価値があるか否か,という真剣な検討がなされたことがあったのだろうか。日弁連は,法曹一元論復活の兆しに,余りに安直に飛びついたのではないか。むしろ,大幅増員を受け入れるなら,もっと真っ当な対価を求めるべきだったのではないだろうか。一つの決議に42回も繰り返された「法曹一元」という言葉は,人口問題で追いつめられた日弁連の見た幽霊であり,うわごとでははなかったのか,という批判に,日弁連は答えられるのだろうか。(小林)

以上で「日弁連はなぜ負けたのか?~法曹一元とは何だったのか~」を終わります。

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