« au携帯の電池パックで新たに事故2件 | トップページ | 公道のビデオ撮影「必要な範囲ならば適法」 »

2008年4月18日 (金)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(2)

1997年(平成9年)1111日,自由民主党司法制度特別調査会(会長 保岡興治衆議院議員)が策定した「司法制度改革の基本方針」中,「法曹養成のあり方」の中に,「ロースクール方式の導入など,法曹人口の大幅増加に対応する法曹養成のあり方について検討する」と記載され,法科大学院構想の正式な検討が開始された。

1998616日,半年の検討を経た自由民主党司法制度特別調査会は,「21紀の司法の確かな指針」と題する報告書を公表し,この中で,米国ロースクール方式の導入を検討対象としている。

19981026日,文部科学省の大学審議会は,自由民主党の提言を受け,「今後,法曹養成のための専門教育の課程を修了した者に法曹への道が円滑に開ける仕組み(例えばロースクール構想など)について広く関係者の間で検討していく必要がある。」と述べた。ちなみに,同年6月の中間答申にロースクールという文字はないが,同月6日の熊本日日新聞は,大学審議会大学院部会がロースクールの設置を検討したと報じている。このことから,文科省大学審議会の内部では,自由民主党内部での検討と平行して,19985月ころまでに,ロースクールの設置が検討されはじめたことが分かる。

1999年(平成11年)311日,大学審議会の答申を受け,文科省「法学教育の在り方に関する調査研究協力者会議」が発足した。この会議は,2000年(平成12年)317日まで,10回の会議を重ね,法曹養成に関する国内外の情報や議論を集約する作業を行った。

1999年(平成11年)727日,司法制度改革審議会が発足する。この審議会は13人の委員中5人を学者が占め,後に法科大学院協会理事長となる佐藤幸治教授を委員長とするものであり,発足当初から,法科大学院構想の実現を意図するものだった。

1999920日,東京大学が日本型ロースクールの創設を提案したのを皮切りに,116日に一橋大学,2000123日に早稲田大学,311日に中央大学,以下多数の大学が,独自のロースクール構想を発表する。

2000年(平成12年)530日,文科省の「法学教育の在り方に関する調査研究協力者会議」は,「法科大学院(仮称)構想に関する会議」へと発展して発足した。そして,200087日,同会議は司法制度改革審議会において,「法科大学院(仮称)構想に関する検討会議における議論の整理」と題したプレゼンテーションを行う。翌8日,司法試験合格者数年3000人が,事実上決定されるのである。

一つの制度が発想されてから実現される過程として,法科大学院構想の誕生から現実化までの道のりは,実に見事というほかはない。199711月の与党内での検討開始から,文科省,各大学での検討を経て,司法制度改革審議会で事実上のGOサインが出るまで,とてもスムースで,全く滞留がない。

このとき,日弁連は何をしていたのだろうか。(小林)

|

« au携帯の電池パックで新たに事故2件 | トップページ | 公道のビデオ撮影「必要な範囲ならば適法」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/40829248

この記事へのトラックバック一覧です: 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(2):

« au携帯の電池パックで新たに事故2件 | トップページ | 公道のビデオ撮影「必要な範囲ならば適法」 »