« 日弁連はなぜ負けたのか? ~法曹一元とは何だったのか(13)~ | トップページ | 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(1) »

2008年4月12日 (土)

矢口洪一の陰謀?

1997年(平成9年)まで,日弁連は,司法試験合格者数が年1000人になるのにも必死の抵抗を続けてきた。ところが,同年末,法曹一元を実現しよう,と言われると,掌を返すようにそれまでの抵抗を止め,200011月には司法試験合格者数年3000人を受け入れる。法曹人口の歴史をごく簡単にまとめるとこうなる。「法曹一元」とは,日弁連にとってそれほど魅力のある「人参」だった。このとき,日弁連の鼻先に人参をぶら下げた一人に,矢口洪一氏がいる。

19983月,矢口洪一氏は大阪弁護士会で法曹一元に関する講演を行った。社会の仕組みが事前規制から事後救済へと変わっていき,事後救済機関としての司法の役割が増す中で,裁判所が国民と弁護士から尊敬されるためには,優秀な弁護士が裁判官に就任する法曹一元制度の採用が必要であり,かつ,それは容易であると主張している。これを聞いた弁護士たちは,もと最高裁長官が,戦前から弁護士会の悲願だった法曹一元論を支持する有様を見て,希望に胸を熱くしたことだろう。まさしく「人参馬」状態である。

そして,日弁連は一生懸命法曹一元実現を目指し,「法曹一元を期するため」司法試験合格者数年3000人という弁護士人口の大幅増を受け入れるが,これとほぼ同時に,法曹一元論はあっさりと葬り去られた。

この経緯から,法曹一元論は弁護士会を罠にかける陰謀だったという説が生まれる。筆者はこれには賛同できない。功成り名を遂げた矢口洪一氏が,当時数年しかない余命をかけて日弁連を罠にかける理由が全然ない。

しかし他方,矢口洪一氏が本音を全て語っていたかと言えば,そうとも思われない。なぜなら,上記講演でも,当時の他の文献をみても,矢口洪一氏は,法曹一元実現を阻む最も大きな障害に言及していないからだ。

法曹一元実現を阻む最も大きな障害とは何か。それは,「弁護士に,裁判官になる動機がない」という点である。法曹一元が機能するためには,すなわち,法曹一元制度下での裁判官の判決が説得力を持つためには,その裁判官が衆目の認める優秀な弁護士であったことが必要だ。「でも・しか」で裁判官になられては,法曹一元は実現しない。そして,任官する弁護士の優秀さを制度的に保障するためには,競争の存在が不可欠である。つまり,法曹一元が実現するためには,優秀な弁護士が裁判官就任を「競って志望する」という環境が必要なのである。ではそのような環境が存在するかというと,当時も今もまったく存在しない。筆者は,人格識見の優秀さを衆目の認める弁護士を何人か知っているが,これらの弁護士が,裁判官を志望しているかと言えば,それは全くない。このように,我が国の現在の弁護士業界には,法曹一元を導入するための素地が全く存在しないのである。

したがって,法曹一元を導入するというのであれば,優秀な弁護士に,事務所経営をなげうってでも裁判官に任官したい,と思わせるだけの強力な動機付けを行う必要がある。その動機とは,名誉と収入の両方しかない。すなわち,裁判官の待遇と社会的地位を飛躍的に改善させることが,どうしても必要である。矢口耕一氏にとって法曹一元とは,裁判官が,弁護士にとって,あこがれの職業になることなのだ。これこそ,矢口洪一氏が最も言いたかったことであり,かつ,自らの口から言えなかったことではないのだろうか。

法曹一元論不採用で決着がついた後である2003年(平成15年)920日の読売新聞掲載インタビュー記事で,矢口洪一氏は,次のように述べている。「(1960年ころ)最高裁では弁護士からの裁判官任官を呼びかけたことがあるんです。しかし,残念ながらほとんど来なかったのです。弁護士会には明治のころから『一元だ,一元だ』という声がありましたが,全く来る気もない。問題は,あげて裁判官の報酬に集約されます。これはもう戦後ずっと激しい攻防があったテーマなんです。財政当局も含めましてね。」と。これが「ミスター司法行政」であった矢口洪一氏の本音だったのであろう。三権分立の考え方からすれば,裁判官には国会議員並みの収入と社会的地位,そして老後の生活保障がなされてもおかしくない。もっともこれを矢口洪一氏自らの口から言うとお手盛りになってしまうので,法曹一元論で日弁連を焚きつけて,日弁連が裁判官の待遇改善を主張してくれることに期待した可能性は,十分にあると思う。矢口洪一氏にとって,法曹一元とは,裁判官を法曹三者という「三角形」の頂点に立たせることを意味した,ということになる。意地悪な見方をすれば,法曹一元論実施が結果として頓挫しても,その前提となる裁判官の待遇の飛躍的改善だけ実現すればそれでよい,と考えたかもしれない。

しかし,事態は矢口洪一氏が想定していたとおりには運ばなかった。日弁連は,法曹一元を阻む最大の障害は裁判官に転勤があることであると主張し,他方,裁判官の給与面での待遇改善は要求しなかったからである。これは矢口洪一氏からは,とてもトンチンカンな主張に見えたと思う。弁護士である筆者から見ても,馬鹿げた主張である。弁護士会が本当に,転勤さえなければ弁護士は裁判官を志望する,と考えていたのなら,各単位会の会長は,退任後裁判官になるとでも定めればよい。しかし実際には,そのようなことを定めた弁護士会は一つもなかった。

弁護士会側にも言い分はある。弁護士会から見た「法曹三者」は,横一列の「だんご三兄弟」であって,矢口洪一氏が想定するような,裁判官を頂点とする「三角形」ではなかった。だから,弁護士の待遇をさておいて裁判官の待遇を飛躍的に改善せよ,と日弁連が主張するという発想を持てなかったのだ。しかし,それはさておき,「大人の判断」として,日弁連が裁判官の待遇改善を強硬に要求する,という戦術はあったはずなのだ。つまるところ,日弁連は,矢口洪一氏が想定したほどは,おつむが良くなかった,ということなのだろう。(小林)

|

« 日弁連はなぜ負けたのか? ~法曹一元とは何だったのか(13)~ | トップページ | 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(1) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/40857517

この記事へのトラックバック一覧です: 矢口洪一の陰謀?:

« 日弁連はなぜ負けたのか? ~法曹一元とは何だったのか(13)~ | トップページ | 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(1) »