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2008年5月30日 (金)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(13の2)

ここで,日弁連内部において,法科大学院構想についてどのような意見表明がなされたのか,概観してみよう。

1999年(平成11年)1021日(12日の間違いとの指摘もある),第二東京弁護士会は,「法科大学院(ロースクール)問題に関する提言」を行った。詳細はジュリスト1172号をご参照頂きたいが,法科大学院制度の導入と司法研修所の廃止,及び,法科大学院の総定員数約2000名,司法試験合格率80%,等を特徴としている。この意見書は会長名で発表されているが,その内容から推して,法曹養成二弁センター(委員長飯田隆,副委員長遠藤直哉,野島正,小林哲也各弁護士)が中心になって作成したものと思われる。

この意見書に対しては,その直後,当時の司法研修所民事弁護教官,刑事弁護教官全員が連名で意見書ないし申入書を発表した。特に民事弁護教官による意見書は,「『二弁提言』における司法研修所廃止論とその論拠は,…余りに独善的で偏狭な議論である」という激烈な批判となっている。これに対しては山岸良太第二東京弁護士会副会長(当時)から,「法曹一元を真に目指す方向性…からも,弁護士側からの決意表明として,司法研修所廃止を提言せざるを得ない」とする再反論がなされた。

すでに指摘したとおり,偏差値により序列化された日本の大学制度を前提に法科大学院制度を導入した場合,総定員数2000名,合格率80%という第二東京弁護士会の構想は,現実問題として少数に過ぎ,ほとんど実施不可能である。そのくせ,同弁護士会は自分では大宮法科大学院大学平成19年度司法試験出願者数62名,最終合格者数6)の経営に提携している。弁護士会がこんなレベルの低い大学にまで法科大学院を設置しようとするから,法科大学院の「乱立」が発生し,法曹人口増に歯止めがかからなくなるのだ。

また,司法研修所を廃止するというのも,余りに乱暴な議論というほかはない。この点は,他の弁護士会(東京,第一東京,大阪など)も司法研修所の存続を前提とした法科大学院構想を発表しており,思慮深さにおいては二弁構想に勝る。司法研修所と二回試験の存在が,法曹の最低限の質を維持し,法曹人口激増の事実上の歯止めになりつつある現状を思うとき,これを廃止すると提言した二弁構想の無思慮さと見通しの無さは,大いに批判されるべきである。もしこれに反論したいなら,再度,今更どうやって「法曹一元を真に目指す」のか,説明して欲しいところである。

また,1998年から2000年にかけて行われた上記「二弁提言」は,上記のとおり余りに無思慮・拙速・乱暴なものでありながら,これを巡る日弁連内の議論を分裂させ,意思統一を行う機会を失わせた,という意味でも,大いに非難に値する。既に指摘したとおり,もし日弁連が法科大学院構想や司法試験合格者年3000人に反対することができたとすれば,それは1998年(平成10年)がタイムリミットであった。

大阪弁護士会の森下弘弁護士は,「市民弁護士から見た司法改革」(自由と正義19999月号で,文部科学省や大学を法曹養成制度に参画させることの危険性を指摘した。これは慧眼と言うべきであろう。もっとも,同弁護士が提唱した「大学とは別に,法曹三者の経営する法曹養成機関を設立する」という案が,この時点(1999年)において,どれほどの現実味を有していたかは疑問である。この時点では法科大学院制度の導入は事実上内定していたからである。

名古屋弁護士会の森山文昭弁護士は,「法科大学院(ロースクール)構想の隘路」(自由と正義20007月号)で,様々な観点から,法科大学院構想の問題点を指摘している。法科大学院構想は司法試験予備校の隆盛によって空洞化した大学法学教育を復興し,かつ,法曹養成予算不足に対応しようとするものであるが,そもそも,大学法学教育が空洞化したか,空洞化したとしてそれが司法試験予備校のせいなのか,未検証であるし,また,法科大学院によって従前通りの法曹の質が確保される保証もないばかりか,法曹養成の統一性・開放性・平等性を害する危険があると述べる。そして,一旦法科大学院制度を導入したら法曹人口大幅増に歯止めがかからなくなるのであるから,拙速を慎み,まず,適正な法曹人口について検証を行うべきであると主張する。

これらの主張は,法科大学院制度の問題点を的確に指摘したものと考える。惜しむらくは,20007月の指摘では(仮に脱稿を4月としても),約2年,遅きに失したといわざるを得ない。

ところで,森山文昭弁護士が現在,愛知大学法科大学院の専任教員を務めていることが,法科大学院の問題点を指摘した上記主張と矛盾しないのか,矛盾しないとすればどのような関係に立つのか,やや気になるところではある。もとより,森山文昭弁護士は法科大学院構想に正面から反対していたわけではないから,与えられた環境の中で,優秀な法曹を養成するため全力を尽くそうとなされたのかもしれない。しかし,それならば,その愛知大学法科大学院が,司法試験受験科目を過度に偏重している(平たく言えば受験予備校化している)として,財団法人日弁連法務研究財団から不適合の評価を受けたことは,皮肉なことというほかはない。このことについて,森山文昭弁護士はどのようなお考えをお持ちなのだろうか。同弁護士の今後の発言と去就が注目される。(小林)

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2008年5月29日 (木)

船場吉兆廃業

大阪地方裁判所から南へ,つまり大阪中之島から北浜へ,北浜から船場へ下ると,視覚的に,大阪の伝統的な産業構造を知ることができる。

大阪地方裁判所の敷地は,佐賀藩の領地だった。このあたり一帯は,江戸時代,各藩の蔵屋敷が集結していた。

大阪地方裁判所を出て橋を渡ると中之島である。中之島は商都大阪における物流の中心地であった。いまも,日本銀行大阪支店は中之島にあるし,中央公会堂は北浜の風雲児と呼ばれた相場師,岩本栄之助が建てた。

中之島から再び川を南に渡ると北浜である。北浜はもともと金融街だ。日本生命や住友グループ,大阪証券取引所をはじめ,銀行,証券,先物業者が北浜に集結している。

そこから一筋南に下ると,商社・流通業者の街となる。大中小の商社が軒を並べている。その中心にはかつて日商岩井があったが,いつのまにかオフィスビルになってしまった。

そしてその南は問屋街。いわゆる「船場の問屋街」である。「船場」の名が示すとおり,船場には船着き場があり,北浜とは運河で結ばれていた。

船場を発つ小舟に積み込まれた商品は,流通を司る商社と金融を司る銀行・証券街を抜けて運河を北上し,北浜から中之島に出て大型船に積み込まれ,全国に運搬された。これに逆流するように,金と注文は中之島を出て北浜を経て船場に向かう。途中の金融街と商社街がこれを仲介した。

そしてもちろん,大阪商人は商品と金の流れに寄り添うように北浜と船場の間を北上・南下し,料亭で商談を交わしたことだろう。

さて,船場吉兆は,船場の問屋街と商社街の間にある。運河が大阪の物流を支えたように,船場吉兆は,大阪の人脈を支えた。その船場吉兆が,昨日廃業した。

思い起こせば,かつて筆者が再生弁護団の一員を努めた流通準大手のマイカル本社も,商社街の一角にあった。筆者の法律事務所は北浜にあり,マイカルに向かう道すがら,毎日のように船場吉兆の前を通ったものである。そのマイカル本社も今はなく,コインパーキングになった。

船場吉兆が廃業したことについて,同情の余地はみじんもない。社長自ら偽装を指示していた点において,船場吉兆事件は企業コンプライアンス以前の問題であり,分類としては不二家の例よりミートホープ社に近い。

しかし,それでもなお,船場吉兆の廃業は,大阪にとって,象徴的な意味で,とても大きな打撃であると思う。(小林)

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2008年5月28日 (水)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(13)

1998年(平成10年)から2000年(平成12年)にかけて,ロースクール(法科大学院)構想に関する多くの論考が発表された。法科大学院設立を希望する大学としての発言も多いが,弁護士の論考も多い。公刊物の中で,いわゆる日本型ロースクールの導入について本格的に検討した最初のものは,筆者の知る限り,柳田幸男弁護士の「日本の新しい法曹養成システム(上)(下)」(ジュリスト199821日号,215日号)である。弁護士会の中では,第二東京弁護士会法曹養成二弁センター(委員長飯田隆,副委員長遠藤直哉,野島正,小林哲也各弁護士)が最も導入に積極的だった。これら積極論者の主張は大同小異である。従前の司法修習制度や司法試験制度の欠点を鋭く指摘する一方,ロースクール制度を導入すれば,従前の欠点が克服され,新しい司法制度や国家のあり方に適合した法曹が養成されるというものである。

日弁連内部における,ロースクール制度導入に対する反応はどうだったのだろうか。参考になるものとして,1999年(平成11年)920日,ロースクールをテーマに東京大学で開催された「法曹養成と法学教育のシンポジウム」における,宮川光治弁護士の発言をご紹介したい。同弁護士によると,日弁連内部の立場は大きく三分される。「最多数は,現行の司法修習を批判し,法曹一元をめざす立場から,日弁連はロースクール構想を積極的にリードすべきであるとする積極意見であり,半数近くを占めている。第二位は,統一修習の利点が失われ,法曹人口増に歯止めがかからなくなるとしてロースクール制度の導入に反対する消極意見であり,全体の三分の一を占める。現行司法修習における統一・公正・平等の理念が維持されるのであればロースクール制度導入に賛成するという条件付き賛成意見もあるが,少数である。」(ジュリスト1999121日号)

この発言が事実であるとすると,1999年秋までには,ロースクール構想は,法曹人口増員論との関係においても,日弁連内で議論されていたことが分かる。そして,日弁連内の多数派の弁護士は,司法試験合格者数が数千人となり,さらに,それ以上の人口増に歯止めがかからなくなるとのリスクを承知しつつ,ロースクール制度の導入に賛成していたことになる。その僅か2年前まで,法曹人口増に必死で抵抗してきた経緯からすれば,人格が分裂したと思うほどの変化である。そして,このような変化が日弁連内部にもたらされた理由は,主として,次の3点にあると思う。

第1点は,ロースクール構想が,「法曹一元」という衣をまとっていたことである。論理的には,ロースクール制度の導入と法曹一元とは無関係であり,宮澤節生神戸大学教授(当時)はこのことを明言している(自由と正義199912月号など)が,弁護士による多くの論考は,むしろ,ロースクール制度は法曹一元制度への足がかりであると主張する(遠藤直哉弁護士,斎藤浩弁護士など)。多くの弁護士にとって,ロースクール構想は,「法曹一元」という弁護士会の悲願を成就する導きの星として受け取られたと思われる。

第2点は,ロースクール制度導入が,法曹養成問題として検討されたことである。司法試験合格者数1000人時代を迎え,弁護士会も積極的に「法曹の質」を維持向上するべく取り組もうとしていた矢先,「法曹人口増員に歯止めがかからない」という理由でロースクール制度導入に反対したのでは,「業界エゴ」との大批判を浴びることは必至だった。

第3点は,当時の日弁連は,政府与党から,起訴前弁護や陪審制など,懸案だったいくつかの司法改革を実現するとのメッセージを受けていたため,これらの制度を遂行するに足る法曹大増員を本気で考え始めたことである。ただ,司法改革の問題は,別の機会に論じることにする。

すでに繰り返し述べているとおり,本稿の目的はロースクール構想の是非を論じることではない。新しい制度を導入するについて,賛成意見と反対意見があるのは当然のことだし,弁護士がロースクール構想に賛成し,法曹人口増員を容認する発言をしたからといって,そのことだけで「この裏切り者」と非難するつもりは全くない。

しかし,筆者の感覚としては,現行司法研修所の問題点を批判するのはまだ理解できるとしても,未だ実現してもいない日本型ロースクールの方が現行制度に勝ると主張し,司法研修所を廃止してしまえとする議論に対しては,議論の公平さに疑問を持つし,なにより話が乱暴だし,胡散臭さを感じずにはいられない。大学関係者の主張なら,当事者のセールストークと思って聞けば腹も立たないが,なぜ弁護士まで,大学のお先棒を担ぐような主張を当時行っていたのか,理解できない。大阪弁護士会の斎藤浩弁護士は,従前の司法修習制度は「官僚統制」の道具であり,教育内容もお粗末な「欠陥品」であって,これを支持するのはただの「ノスタルジー」であると断じ,日本型ロースクールこそ,「法曹一元への道を確実にする橋頭堡である」と主張する(自由と正義20007月号)。当時,未完成の設計図しか存在しない制度が,なぜ,現在施行されている制度より間違いなく優れており,しかも,法曹一元を確実にする,となぜ言えるのか。ホントにそうなったらその慧眼を讃えよう。しかし,法曹一元が完璧な敗北に終わったことはすでに述べたとおりである。

 当時も,筆者と同様の感覚を持つ人がいたと見えて,ジュリスト19991215日号には,前澤達朗東京地裁判事補が「米国のロー・スクールにおける法曹養成の現状と問題点」と題した論考を寄せている。この論考で前澤判事補は,米国ロースクールの長所を認めつつ,あえて問題点を指摘したと断った上で,アメリカの法曹には,日本の司法研修所教育をうらやむ声も多いと述べ,「(いま日本に)必要なのは,隣の芝が青いと見ることでなく,…米国の法学教育をめぐる環境全体を客観的に観察し,具体的に検証することではないだろうか。」と結んでいる。筆者は,このようなバランス感覚こそ,当時の日弁連が持つべきものではなかったかと思う。(小林)

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2008年5月27日 (火)

ヤクルト本社に対する高裁判決の勝者は?

ヤクルト本社が平成5年から平成10年間での間に,投機性の高いデリバティブ取引によって533億円以上の損失を被った事件に関し,株主らが担当取締役もと副社長及び他の取締役と監査役を相手に起こした株主代表訴訟の高裁判決が,平成20521日,東京高等裁判所においてなされた。

マスコミは主に,「高裁も元副社長に67億円賠償命令」(讀賣),「2審も元副社長に賠償命令」(MSN産経ニュース),「二審もヤクルト元副社長に67億円命令」(TBS)という見出しで報道しているが,これは司法記者の不勉強によるミスリーディングと言うべきだろう。巨額の賠償金額を正面に出して読者の耳目を引こうとする浅はかなテクニックである。二審判決では,元副社長が負けたのではない。原告だった株主が負けたのだ。見出しは,「高裁も取締役の監督責任を否定」などとするのが正しい。

この裁判の経緯を振り返ってみると,平成1086日,ヤクルト現・前役員計6人に対して株主代表訴訟が提起されたのが始まりのようである。その後,どういう経緯か分からないが,他の取締役・監査役も被告に加えられ,40人以上が被告になった。このうち,39人の取締役と監査役については,裁判が分離され,平成13118日,これら39人の責任を否定する判決が出される。原告の株主らは控訴したが,東京高等裁判所は平成14215日,控訴を棄却した。要するに,これら39人については全然責任のないグループ,と裁判所が判断して,早めに裁判を終わらせたわけだ。

残りの取締役8人について,東京地方裁判所は平成161216日,元副社長にのみ67億円の損害賠償責任を認め,他の取締役の責任を否定した。これを不服として,原告の株主らが控訴したのが,冒頭の東京高裁判決である。

元副社長側が控訴したかは報道上不明だが,結果として一審判決と同じ金額が認められたに過ぎないから,少なくとも,一審以上の敗訴ではない。他方,原告株主の主目的は,他の取締役の責任を認めて貰うことにあったのだから,これを否定した東京高裁の判決は,明らかに原告(控訴人)株主の敗訴なのである。

ところで,一審判決が元副社長以外の取締役の監督責任を否定した理由のポイントは次のとおりである。デリバティブ取引はリスクの高い有価証券取引であり,会社は本来必要なリスク管理体制を採るべきであるが,デリバティブ取引については,損失発生当時,金融機関でさえ完備されたリスク管理体制が構築されていなかった事情を踏まえ,事業会社でしかなかったヤクルトが当時構築していた,結果的に不十分なリスク管理体制でも,当時の水準に照らす限りは相当なものであり,これをかいくぐった元副社長の取引を探知できなかったとしても,他の取締役の監督責任は問われない,とした点にある。(小林)

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2008年5月26日 (月)

若手弁護士の危機感は,司法試験合格者減によって解消するのか?

弁護士会のエライ先生方は,若手弁護士の危機感など,本当に何も分かっていない,と筆者はかつて書いた。これについては,それなりにご賛同をいただいたようで,ありがたいことである。

ただ,我々(一応筆者も入れてください…)若手は,危機感を言い募るだけではだめである。それだけでは,エライ先生方には,「何を甘ったれが。」と思われる(口には出さないけど)だけだ。若手としては,一度自分の心と向き合って,危機感の原因が何なのか,冷静に考えてみる必要がある。

若手の中には,急激な法曹人口増が原因という意見がある。しかしこれは明白な誤解である。なぜなら,まだ年3000人になっていないからだ。1500人の影響だって,ほとんどでていない筈である。なぜなら,1500人世代の弁護士は,多くがまだ修行中であり,自分ではもちろん,所属事務所の競争力を増大させるほどの戦力になっていないからだ。それでもまだ合格者増のせいで過当競争になったと言い張るなら,「自分だって合格者増の恩恵を受けた本人じゃないか」と言い返されるのがオチである。だから,若手弁護士の危機感・不安感を善意に解釈すれば,「今でさえ苦しいのに,3000人になったら一体どうなるのか」ということになる。ではなぜ,「今でさえ苦しい」のか。

弁護士業界が不況だから,若手弁護士は不安感と危機感を持っているのだ,という主張が考えられる。たしかに,弁護士業界は現在,不況のどん底なのだろう。翻って考えてみると,10年前までは,そうでもなかったように思う。バブル景気は15年以上前に崩壊したにもかかわらず,なぜ,弁護士業界は10年前までそこそこ好景気で,今は不況なのか。それは,弁護士業界の好況不況の波は,業務の性質上,一般経済の好況不況の波と数年ずれるからだと説明できる。一例を挙げれば,一般経済がバブル崩壊で四苦八苦しているとき,弁護士業界は「倒産事件バブル」に湧いていた。

しかし,弁護士業界が不況だから,という理由だけでは,エライ先生方に危機感を理解して貰うことはできない。なぜなら,エライ先生方も,若いときには,相当の不況をくぐり抜け,胃に穴を空けるような事務所経営上の苦労を重ねて来たからだ。だから,「不況で大変なんです」と言っても,「君の苦労は僕もしたよ。今は歯を食いしばって頑張りなさい」と励まされてしまって終わりである。

筆者は,今若手が抱えている危機感や不安感の原因はほかにあると推測している。結論から言うと,今の日本には未来がない,弁護士にはもっとない,という点こそが,若手弁護士の抱える不安感や危機感の原因であると思う。確かにエライ先生方も若いころは苦労をされただろうし,将来に危機感や不安感を持たれただろう。しかし,そのころ(昭和30年代~40年代)と現代を比べて決定的に違うのは,前者には未来があり,後者には未来がない,という点だと考える。

「失われた10年」が「失われた15年」になり,一向に回復の兆しが見えない経済,極端な高齢化と少子化傾向,かつて世界に誇った技術力の低下は,日本が長い黄昏の時代,老後の時代を迎えたこと,経済的には,長期の縮小局面に入ったことを示している。しかも,その老後は必ずしも豊かな老後ではない。欧州の某国のように,かつて世界中の富を集めたわけではなく,中途半端にしか豊かにならなかった日本は,国民全員,特に大量の老人全員を養う資産を持たない。年金問題や老人医療問題,道路特定財源の問題や地方と都会の財源分捕り合戦など,現在話題になっているほぼ全ての政治問題は,縮小し続けるパイの取り合いである。早くても団塊の世代がほぼ死に絶える20年後までは,日本に明るい未来はない。もちろん,数年歯を食いしばったところで,弁護士業界は好景気になどならない。また,1970年代以降に生まれた若手弁護士は,好景気だったころの日本を知らない。だから,明るい未来を具体的に想像することもできない。日本全体が長期縮小傾向にある中で,弁護士業界だけが,凄まじい早さで拡大していく。

このような考え方は飽食の世代のわがままかもしれないし,甘やかされてひ弱に育った報いかもしれない。この点は,よく考えてみる必要がある。でも,本当にそうなのだろうか。確かに昭和30年代の日本には,DVDもビデオもテレビゲームもなければジェット旅客機も新幹線もなく,水洗トイレさえなかった。逆に,30年前は社会不安や公害,核戦争による人類滅亡の危機があった。でも,現代と昭和30年,40年代を比べたとき,本当に,現代の我々の方が幸福なのだろうか。

「自分らには明るい未来がない。あるのは,3000人など暗い材料ばかり。」というのが,若手弁護士の不安感と危機感の根本ではないのだろうか。そして,もしそうだとすると,若手弁護士の危機感は,司法試験合格者減によって,多少和らぐことこそあれ,解消するのだろうか。

これは現時点での筆者の試論であり,自信はないが,備忘のため,本稿に記しておくことにする。(小林)

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2008年5月24日 (土)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(12)

1997年(平成9年)末から検討が開始された法科大学院構想は,司法試験合格者数年数千人時代を念頭に置いていた。すなわち,司法試験合格者数年1500人を前提にする限り,法科大学院構想が成立し得ないことは,少し考えれば分かるはずだった。しかし,1998年(平成10年)中,法科大学院構想は法曹人口の大幅増員をもたらすと指摘した弁護士は,筆者の知る限り,誰一人いない。1997年末から1998年にかけて,日弁連執行部は,「2003年ころ,1500人を巡る攻防が始まる」という,暢気な予想していた。

もっとも,1998年秋になると,「司法試験合格者数千人の時代が近い」という認識が生まれ始めてきた節がある。

199839日,大阪弁護士会で行われた講演会で,矢口洪一もと最高裁長官は,毎年4000人くらいの有資格者(但し,全員が弁護士にはならず,有資格者として企業法務に携わる者もいるとする)を輩出させる必要があると述べた。

19981119日,「自由と正義」掲載のため行われた座談会で,佐藤幸治教授は,ロースクール制度の導入とともに,「私は少なくとも毎年数千人の合格者を考えています」と明言した。同教授は,翌年7月,司法制度改革審議会委員長に就任する,司法制度改革のキーマンとなる人物である。「司法試験合格者数千人」という発言について,このときが最初であったのかは不明だが,このころ,「ロースクール制度を導入するなら,司法試験合格者は数千人規模になる」という認識が,日弁連内に生まれ始めたと思われる。

19981120日,日弁連理事会で承認された「司法改革ビジョン」は,同年6月に公表された自由民主党司法制度特別調査会の報告書の対案として策定されたものであるが,その中で,「司法試験合格者数の確保については,不断に検討を加えていくことが必要です。」と述べている。一見,「検討する」こと以外何も言っていないように見えるが,前年の決議は1000人あるいは1500人という「人数」を明記していた。その数字を撤廃したということは,当時の日弁連執行部において,それ以上の増員があり得ると想定していたことを窺わせる。

一方,この「司法改革ビジョン」には,ロースクール制度の検討を明言した自由民主党司法制度特別調査会に対する対案であるにもかかわらず,ロースクール制度導入への言及はない。これは,ロースクール制度導入に対する日弁連としての意思決定が,まだ白紙であったことを示している。

199811月ころの,法曹人口問題及びロースクール問題に関する日弁連執行部の認識は,この程度のものだった。

一方,日弁連外においては,19981223日,「経済戦略会議中間とりまとめ」が,「司法試験合格者を毎年2000人以上に速やかに引き上げる」ことを提言した。

政府が司法制度改革審議会設置法案を決定するのは翌1999年(平成9年)24日であり,同審議会のメンバー13人中5人を学者が占めることが内定するのは同年610日である。3000人への外堀は着実に埋まって行く。歴史にIFはないが,仮に,日弁連が「20103000人」に有効な異議を述べるチャンスがあったとすれば,それは1998年冬までのことだったと思う。それを知ってか知らずか,日弁連は何ら異議を述べないまま,1998年が暮れた。(小林)

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坂野真一先生へ

法科大学院志願者が4年連続して減少したのは,(旧制度に比べて)法曹の魅力が失われた証だとする坂野真一弁護士のブログについて,筆者から,「直感的には結論に賛成するけれども,論理的には飛躍がある」と指摘したところ,坂野弁護士から,丁寧なご意見をいただきました。

こういうことを書くと馴れ合いみたいだし,気持ち悪いから一回限りにしておきますが,坂野弁護士のブログでの文章は,優しいお人柄と誠実さがあふれていて,大変素晴らしく,大いに参考にしています。何より,実務家として現場の実感に基づく率直な見方をされている点に感銘を受けます。

その上での指摘だったつもりですが,理詰めで考えるくらいしか能がない人間なので,どうしても文章が冷たくなります。お気に障った点があればお許し下さい。

坂野弁護士にご理解頂いたとおり,新旧制度を比較するのはとても難しいから,法科大学院志望者が減少したことをもって,旧制度と比較して法曹の魅力が失われたとはいえない,というのが筆者の意見です。また,この点もご理解頂いているとおり,どうやって新旧制度を比較するのが正しいか,を追求することはおそらく無駄です(正直に告白すると,私自身,新旧制度を客観的に比較しようとエクセルで悪戦苦闘し,半日の徒労感に苛まれているとき,坂野弁護士のブログを読んだのでした)。

それならば,反対の意見を主張する人(例えば,法科大学院の定員一律削減を主張する某学者や,3000人に反対することは弁護士会のエゴだと主張するマスコミ)や,一般国民に対して,法曹人口増の問題点を,どうやって説得すればよいのでしょうか。

この点,坂野弁護士は筆者の考えをやや誤解されているように思います。私は,論理的主張であれば説得できるとは考えませんし,論理的主張をするべきであるとも考えません。むしろ,論理的主張は逆効果である可能性が高いとさえ考えます。なぜなら,法曹人口問題は政治問題であって,裁判ではないからです。裁判なら論理は多少の武器になりますが,政治問題では論理は時として有害でさえあります。何より,論理的説得で物事が解決するなら,弁護士会の諸先輩が法曹人口問題をもっとまともに処理していたはずです。

熱心にやればやるほど赤字になる公益活動の実態も見もせず,過疎遍在問題と法曹人口問題の関係を勉強もせず,ただエゴだエゴだとわめくマスコミに,坂野弁護士も時々反論されていますが,とても虚しく思っておられるはずです。なぜここまで,話が通じなくなってしまったのでしょうか。論理的に順序立てて説明すれば,彼らは分かってくれるのでしょうか。私はそうは思いません。別のやり方しかないのだろうと,漠然と感じています。

話は飛びますが,オバマ候補が政治家として優れているのは,複雑な問題を解決する糸口を把握する能力に秀でているからだ,という論評を読んだことがあります。ニューオリンズ洪水被害のポイントは,人種差別問題ではなく,経済格差問題であると端的に指摘したことが,その一例として挙げられていました。

法曹人口問題で,説得的な主張を行うために必要な能力は,おそらく,オバマ候補のそれなのだと思います。それは,論理的主張である必要はありませんが,論理的に飛躍した主張であってはいけません。論理的に飛躍した主張は,他論者の飛躍した主張との水掛け論しかもたらさないからです。格好をつけて,意味不明の言い方をするなら,「論理と非論理を超越したところにある何か」を指摘することが重要なのだと考えます。「弁護士である以上,論理的に飛躍した主張をするべきではないが,弁護士だからといって,論理に頼った主張をしてもいけない」と言い換えてもいいかもしれません。いよいよ訳が分かりませんが。

私は,法曹人口問題解決の糸口を見つけるためには,まず,この問題の歴史的経緯を学ぶことが必要だと考えますが,学んだからといって,直ちに解決の糸口が見つかるはずもありません。私のつたない文章が,坂野弁護士をはじめとする有能な方々にとって,問題解決の糸口を見つける助けになれば,望外の喜びです。(小林)

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2008年5月23日 (金)

三浦和義氏,防犯カメラ映像流用を提訴

平成20520日の毎日新聞によると,「ロス疑惑」で現在サイパンに勾留されている三浦和義氏が,「万引きの現場」を撮影したビデオ映像をマスコミに提供などしたコンビニと,この映像を販売促進に使用した監視カメラシステム会社である株式会社ジェイエヌシーに対して,1650万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に提起した。

ロス疑惑時代も,マスコミを名誉毀損で訴えまくり,結構勝訴率の高かった三浦和義氏であるが,還暦を超えて,まだまだお元気である。それはともかく,この訴訟は法律的にどう考えるべきだろうか。

この訴訟は2社が被告になっており,それぞれ,考慮すべき点に異なるところがあるが,いずれも,個人の特定が可能な防犯カメラ画像をマスコミに提供したり,販売促進用に配ったりする行為であって,このような個人情報の第三者提供の適法性が問題となる。

まずコンビニについては,そもそも,マスコミに映像を提供したのはコンビニ自身なのか,警察なのか,という疑問がある。しかしこの点は,訴えどおり,コンビニが直接マスコミに映像を提供したものとして考える。

この事例と比較されるのは,番組改編期によくある「激撮!万引き犯を追う」といった類のテレビ番組だ。これらの番組では,かならず,現行犯人の顔にモザイクがかかっている。これと比較すると,三浦和義氏の顔にモザイクをかけないでマスコミに提供したコンビニの行為は違法となるようにも思われる。

しかし他方,この事例では,三浦和義氏逮捕の報道と一体となって,万引きの様子が上映された筈だ。そして,犯罪の軽重を問わず,逮捕された被疑者の氏名や被疑事実をマスコミが報道することは,現在の社会通念上,違法とはされていない(もっとも,本当に適法と言いきってよいかは異論がありうるが,本稿では措く)。そうだとすれば,三浦和義氏逮捕の報道と一体として当該映像が使用される限りにおいては,これを使用したマスコミにも,提供して使用させたコンビニにも,法的責任はないと考えられる。損害の発生という視点から考えてみても,三浦和義氏の名誉は,万引きにより逮捕されたという報道によって毀損されたのであり,当該映像によって毀損されたのではないと言えるし,肖像権という視点からも,映像が犯罪報道と一体として用いられる場合,犯罪行為の映像について肖像権が主張できるものなのか,かなり疑問である。この点は,アダルトビデオ店内での松本人志氏の防犯カメラ映像を公開するのとは,全く異なる。アダルトビデオ店内に入ることは,犯罪でも違法でもないからだ。

以上により,コンビニに対する三浦和義社長の訴えについては,筆者は三浦和義氏敗訴に一票を投じる。

但し,将来の同種事件に関しては,留保を付けておきたい。というのは,裁判員制度が実施された後には,別の考慮がありうるからだ。犯罪の場面や,被疑者被告人の映像を報道することは,裁判員裁判の公正に不当な影響を与えるから許されなくなる,という主張は,マスコミの立場からは受け入れがたいだろうが,十分考慮に値すると思う。

次に,監視カメラシステム会社についてはどうか。こちらは,自社製品の販売促進目的で,三浦和義氏の「犯行場面」の映像をDVDにして配布したり,自社ホームページに掲載したりしたとのことだ。

コンビニの例と比較した場合,コンビニがマスコミに映像を提供した行為は,公益目的と言えないことはないが,販促用に映像を配布する行為は,明らかに私的な営利目的であって公益目的ではない。いかに犯罪行為であっても,それを営利目的に使用してよい,ということにはならないと考える。販促のためなら,モザイクをかけた映像で十分だからだ。システム会社は,「正義の灯火は絶やすわけにはいかないので徹底的に争う」とコメントしたそうだが,これは論点のすり替えだろう。

このように考えることも可能だ。監視カメラシステム会社は,多数の万引き犯映像があるはずなのに,なぜ,三浦和義氏の「犯行現場」の映像をモザイク無しで犯則に使用したのか。それは明らかに,「あの有名人の万引き現場を撮影したのは当社のシステムです!」と宣伝するためだろう。つまり,この会社は,三浦和義氏の知名度を無断で自らの営利活動に利用したわけである。したがって三浦和義氏には,この販促活動によって監視カメラシステム会社の得た利益の分け前にあずかる権利がある。これはパブリシティ権の考え方だ。

以上により,監視システム会社に対する訴えについては,三浦和義氏勝訴に一票である。(小林)

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2008年5月22日 (木)

法科大学院志願者減少

文部科学省は,平成20519日,法科大学院入学者選抜実施状況の概要を発表した。報道によると,法科大学院の入学志願者・入学者とも,4年連続して,前年を下回った。また,定員割れ校は10校増えて,全74校中46校に達した。社会人入学者の減少も著しい。

このニュースにコメントする弁護士は多いだろう。一つの意見を紹介すると,坂野真一弁護士は,「法律家を目指す方が減少し、優秀な方を法曹界に導くことが難しくなってきた傾向が顕著に表れ始めた」として,法科大学院の認可が多すぎたことやその運用を厳しく批判している。

筆者も坂野弁護士の見解に結論として反対はしないが,今回のニュースから上記結論を導いてはいけないと思う。論理的に飛躍がある。

法科大学院の入学志願者が減少している,という事実から導けるのは,「法科大学院制度開始後の法曹志望者が減った」という結論でしかない。もちろん,その分法曹の魅力が減った,という見方もできるが,それも,新制度開始後の相対評価でしかない。

法科大学院制度の導入によって,一時的に法曹の魅力が増したが,年を経るにつれその熱気が薄れ,落ち着いてきた,という見方だってできる。法科大学院制度導入時に比べて,相対的に法曹の魅力は減ったが,それでも,旧制度よりは上だ,という見方だって可能だ。可能だけれども,これらの見方も,坂野弁護士の見解と同様の論理飛躍がある。つまり,このニュースだけからでは,さまざまな見方が可能であり,かつ,どの見方にも説得力がない。新旧制度の比較ができないのである。問題はここにある。

もし,このニュースに基づいて,新旧制度における「法曹の魅力」が比較できる客観的な資料を作成しようと思うなら,新旧司法試験制度(法科大学院入試制度を含む)を実数で比較しないと駄目である。ところが,この実数の算出がとても難しい。

このニュースによれば,法科大学院の志願者総数は4万人弱であり,法科大学院入学のための競争率は平均6.8倍だ。しかし調べてみると,司法試験合格率が5割を超える上位校の競争率は10倍以上ある。大雑把に計算すると,法科大学院上位校の競争率10倍,司法試験競争率2倍の積として,総合競争率は20倍,合格率5パーセントという数字を一応出すことが可能だ。

一方筆者が受験していたころの旧司法試験は,択一式試験の出願者数25000人,最終合格者数500人として合格率2パーセントとなる。1500人の時代に引き直せば合格率6パーセントとなり,法科大学院制度導入後の合格率と大差ない。

しかしこの計算は,実は,次の数点において,とてもいい加減な要素を含んでおり,一概に比較することができない。

まず,法科大学院の志願者総数は4万人弱と述べたが,これは延べ数であり,実数ではない。つまり,滑り止めに数校をかけもち受験している人が相当数いる。だから,法科大学院上位校の競争率を10倍と書いたが,上位校3校を掛け持ち受験している受験生から見れば,実競争率は3.3倍でしかない。3校のどれかに入れば,司法試験合格率(5割)は変わらないから,この計算で行くと,競争率は3.3×26.6倍(合格率にして15パーセント)となる。

他方,旧試験の場合,掛け持ち受験はありえないから,受験生総数25000人は実数である。しかし,新制度と比較するには,最低次の2点を考慮しないといけない。第1点は,この25000人には,ハナから受かる実力も考えもない人が相当数含まれているという点である。具体的には,法学部の卒業記念で受験する人と,何年受験しても択一にさえ受からない人である。筆者の実感として,このような人はとても沢山いた。東北大学法学部1学年270人のうち,4分の1は「卒業記念」で司法試験を受けていたように思う。もちろん,新制度上でも遊びで法科大学院を受験する人はいるのかもしれないが,受験料が高いので,その数は旧制度よりずっと少ないだろう。第2点は,旧試験の場合,滞留人数が新試験より相当多い,という点である。つまり,この25000人には,2年目,3年目はおろか,7年目,8年目もかなり含まれていた(しかも,これら「歴戦の強者」の中に,いつ受かってもおかしくない実力者が相当数いた)が,法科大学院生の7割以上を占める学生からの入学者の場合,2年目はいても3年目以上は事実上いない。新試験の場合,相応の実力者でも,最大2回受験に失敗すれば,競争から完全に脱落する仕組みになっている。その意味で,旧試験の受験者から3年目以上の滞留者を除かないと,新制度と比較することができないし,旧制度の受験者から滞留者を除外すると,旧試験上でも合格率は飛躍的に増加すると思われる。

以上を要するに,もし,旧試験の時代と新試験の時代とで,法曹の魅力が増えたのか減ったのかを,志願者数の推移から比較しようとするならば,旧試験では志願者数に「遊び受験」と「滞留」の要素を加味して修正を加えることと,新試験では法科大学院受験生の延べ数ではなく実数を調べることが必要となる。

正直言って,このような作業が実際に可能であるとは思われない。そうすると,新旧制度の優劣を,志願者数の推移から判断することは不可能となる。

しつこく繰り返すが,筆者は,結論としては,坂野弁護士の見解は間違っていない,と「直感的に」は思う。しかし,坂野弁護士の見解は「論理的」ではない。だから,これでは,同じ直感を持つ人の同意は得られても,立場の違う人を説得することができない。

法曹人口の問題は,とても急を要する問題である。でも,急ぐからこそ慎重に検討するべき問題でもある。急いで,慎重に。これは,とても難しい。(小林)

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2008年5月21日 (水)

ガシャポン誤飲 製造物責任

2008521日の毎日新聞によると,ガシャポンと呼ばれる玩具入りカプセルを誤飲して死亡した210ヶ月男児の両親が製造元のバンダイナムコゲームスに約18000万円の損害賠償を請求した事件で,鹿児島地裁は,構造上の欠陥などを認定し,約2626万円の支払を命じた。

まだ新聞報道レベルなので詳細は不明だが,注目点は次の2点である。

1点目は,業界団体作成の安全基準を遵守していたから欠陥はない,との被告製造者の主張が退けられた点だ。裁判所は,3歳未満の幼児でも開口部の直径が4センチを超えることがある以上,31.8ミリメートル以上とする業界の安全基準は不適当と判断した。

判決が3歳未満を規準にしたのは,3歳を超えれば,誤飲を避けるある程度の能力は通常備わっているだろう,という判断があったのかもしれない。また,業界の自主安全基準を守ったからと言って直ちに法律的に免責されない,というのは,法律家から見ると当然の理屈であるが,製造業者の立場からすると,じゃあ何を守ったらよいのか?ということになる。このあたりは製造業者にとって一種のコンプライアンスの問題として議論されることになろう。また,この判決の理屈からすると,ガシャポンに限らず,直径4センチメートル以下の玩具(たとえばスーパーボール)は全て構造上の欠陥を有しうることになるが,これでは製造業者側に酷に過ぎるように思われる。

2点目は,18000万円の請求に対して,2626万円の賠償を認めた点だ。請求金額の18000万円をどのように算出したかは分からないが,逸失利益だけなら,高めに計算しても,1億円を超えない。仮にご両親の慰謝料と男児の逸失利益を裁判所が1億円と認定したとすれば,約75パーセントの過失相殺を認めたことになる。この過失相殺割合が高いか低いかも,議論になりうる点だろう。(小林)

注;筆者の勘違いで,幼児は死亡したのではなく,重い脳障害が残ったとのことです。お詫びして訂正いたします。死亡ではなく,脳障害ということであれば,1億8000万円の賠償請求金額も考えられるところです。いずれにせよ,かなりの過失相殺を認めた点では同じになります。

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野村證券はなぜ危機管理に失敗したのか

もと特捜検事である郷原信郎弁護士が,3つのインサイダー取引事件における新日本監査法人,野村證券,そしてNHKの3社の対応について,興味深いコラムを書いておられたのでご紹介したい。いずれも企業の信用失墜をもたらす危機的事件だったが,対応の良し悪しが明暗を分けた。

新日本監査法人の場合,事件が報道される1ヶ月前には社内で事件を把握し,弁護士に相談するほか,自主公表の記者会見を予定していた。たまたま記者会見予定日に日経が事件をスクープしたが,その前日には理事長自身が日経記者と接触しており,記者会見では第三者委員会設置などの迅速な対応をアピールし,組織的関与の有無の調査と検証を公約したため,その後の報道は沈静化し,信用失墜は最小限にとどまった。

これに対して野村證券の場合は,社長個人が事件を知ったのが報道当日であった(もちろん,担当部署は事前に知らなかったはずはないのに,情報が社長に届いていなかった)という対応のまずさや,記者会見で社長が組織的関与を否定して報道機関によるバッシングを浴びたことなどが,甚だしい信用失墜を招いた。

対応が後手に回ったとはいえ記者会見を事件当日に行った野村證券に比べ,NHKの場合は報道翌日に記者会見が開かれるという最悪の展開だった。

郷原弁護士によると,企業の危機管理の明暗を分けたポイントは,事前に事件を把握し,報道される以前(少なくとも報道と同時)に公表できるか否かにある。もちろんそのためには,事前に事件を把握できる社内体制が有効に機能していることが必須条件となる。

ところで,郷原弁護士は,野村證券の事例に関し,そもそも,選りすぐりのエリートを配属するはずの部署に,入社したばかりの中国人を配属したことが,コンプライアンス上誤りであったと指摘する。文章の背後に「中国人は信用できない」という,差別的と言われかねない価値判断が見え隠れするが,コンプライアンスを保持する立場からは当然の指摘なのかもしれない。

もっとも,中国人を配属したのがまずかったという指摘は結果論であり,企業側としては,「じゃあどうすればよかったの?」と対応に苦慮するところであろう。毒入り餃子の件を持ち出すまでもなく,現在の日本の企業は,中国人の力を借りなければ,実際問題として立ち行かないからだ。(小林)

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2008年5月20日 (火)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(11)

日弁連が1998年(平成10年)からの司法試験合格者1000人と,その後1500人へ向けての検討を受け入れた199711月,自由民主党司法制度改革特別調査会において,ロースクール制度導入の検討が開始された。これは一見,1000人~1500人時代を前提にした法曹養成の問題のように見える。しかし,少し計算すれば分かることであるが,1500人を前提にする限り,ロースクール制度を日本に導入することは不可能である。

ロースクール構想は,合格者の高齢化や司法試験予備校の跋扈を弊害と考え,ロースクールで真面目に勉強すれば司法試験に合格する合格率,具体的には7~8割を想定していた。そこで,試験1回あたりの合格率7割,受験回数制限3回で,司法試験合格者数を年1500人と想定すると,ロースクール生の総定員数は1学年約1550人となる。これを各ロースクールに割り振るわけだが,平均100人とすれば16校,平均80人とすれば20校のロースクールが誕生する計算である。

しかし,各校平等80人~100人定員制は,現実問題としては成り立ち得ない。その理由は簡単で,東大,早稲田,中央,京大,慶應といった司法試験有力校が,そんな少数の定員には応じないからだ。これを証明するために,これら5校の1990年から1995年までの司法試験合格者数実績を,合格者数1500人に引き直してみると,次のとおりとなる。

東大   324人(304人)【300人】

早稲田  217人(223人)【300人】

京大   180人(211人)【200人】

慶應   145人(271人)【260人】

中央   139人(292人)【290人】

上記のうち,()内は平成19年度(合格者数合計1851人)の各大学法科大学院生(既習・未習合計)の出願者数であり,【】内は平成18年度の各大学法科大学院の定員数である。

東大の立場で言えば,「1997年(総合格者数746人)の東大の合格者が188人だから,総合格者数が倍になるなら,東大の合格者数も倍になる理屈である。だから,東大法科大学院の定員は最低でも300人は欲しい。」ということになる。司法試験合格者数は,法学部の格付の問題だから,東大の立場としては当然の要求だ。現に,総合格者数1851人の平成19年度における法科大学院生受験者数は304人,平成18年度の定員数は300人となっており,筆者の推論を裏付けている。

もちろん,これはとても単純な計算であり,少なくとも,次の2点を増減要素として考慮しなければならない。増加要素としては,総合格者数を750人から1500人に倍増した場合,東大出身の合格者数は倍増以上になるはずだ,という点がある。なぜなら,東大生の偏差値が高いからである。他方,減少要素としては,いかに東大が格付にこだわったとしても,法学部の定員数が415人であり,その全員が司法試験を受けるわけでは無かろうから(東大である以上国家公務員上級試験や外交官試験もある),余りに大人数の定員は欲しないだろう,という点が指摘できる。但しこの点は,法学部生の多い私立大学では,増加要素として作用する。いずれにしろ,東大としては法科大学院定員数300人を要求するであろうことは,容易に計算できることである。

同じ計算を上記の司法試験合格者数上位5校に当てはめてみると,この5校だけで,法科大学院生数の定員は1100名に達する。従って,下位校に配分できる法科大学院生数は合計450名しかない。しかも,一橋,大阪,東北,九州,名古屋,大阪市立,明治,関西,上智といった,「上位十校の常連」レベルの大学は,合格者総数1500人に引き直した場合,国立に50人,私立に100人を割り付けると,ロースクール生総定員数は2200人を超えるのだ。まして,これに北海道,金沢,横浜,首都大学東京,学習院,青山,日本,東海,立教,同志社,関西学院,などといった比較的有力な大学に30人ずつ定員を認めると,総定員数は2500人に達する。もちろんこれはとても控えめな試算である。これらのうち,500名以上の法学部学生を抱える私立大学が,定員30名で納得する筈はないのだが。

このように,ごく簡単で,しかも,とても控えめな計算をしただけで,東大,早稲田,中央,京都,慶應といった有力校が各200300人の定員を要求すること,その結果,合格者総数1500人を維持できなくなることは明白になる。逆に言うと,合格者総数1500人を前提にする限り,ロースクールは10校程度しか開校できない。

筆者にとってとても不思議なのは,なぜ日弁連が,当時,このような計算を試みなかったのか,ということだ。東大出身の弁護士だったら,母校がロースクールの定員80名で納得するはずがなく,最低300人を要求することは,容易に想像できたはずである。そうなれば,下位校にしわ寄せが行き,20校に1550人を配分するという制度設計が行き詰まることは簡単に分かったはずなのだ。

それでは,1500人では全然足りないとして,何人ならば,ロースクール制度の導入が可能になるのか。一つの参考として,早稲田大学のロースクール構想を見てみると,「短期的に見て10002000名の司法試験合格者を想定した議論と長期的に見て20003000名の合格者を想定した議論が必要であろう。」としている。この構想は2000年(平成12年)123日に公表されたものであるが,ロースクールの経営と国庫補助を第一に考える大学側からみれば,総定員数と自分の大学の定員数が最大関心事であったことは想像に難くない。法科大学院を運営する大学側から見れば,司法試験合格者数年3000人というのが,当面の目標であったことが窺える。

このように,大学にとっては,ロースクール構想と法曹人口問題は,当然のように結びつけて考えられていた。

しかし,翻って弁護士を見てみると,筆者の知る限り,1998年当時,ロースクール制度導入の是非を検討するに当たって,これが合格者数年1500人をはるかに超える法曹人口大幅増をもたらすかもしれない,という事実を指摘した弁護士は,主流派,反主流派を問わず,誰一人いない。とても不思議である。

1998年中に,そのような指摘をした弁護士がいたら教えてください。(小林)

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2008年5月16日 (金)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(10)

日本において法科大学院構想の検討が公式に開始されたのは,1997年(平成9年)1111日,自由民主党の司法制度改革特別調査会がロースクール制度導入の是非を検討すると発表したのが最初である。

一方日弁連においては,1998年(平成10年)10月に開催された第17回司法シンポジウムの第三分科会において,ロースクール制度導入の是非が検討対象になった。当日配布された冊子中,第2東京弁護士会作成の冊子には,同年2月脱稿の論文が掲載されている。この冊子編集の会議が開始され,論文掲載依頼があったのが脱稿の約2,3ヶ月前であるとすると,ロースクール構想が弁護士会内で検討対象とされ始めたのは,1997年末か1998年初とみてよいだろう。このように,検討が開始された時期としては,国政レベルと弁護士会とで,大差はない。

日弁連第17回司法シンポジウムが開催されたのと同じころである1998年(平成10年)1026日,自由民主党の提言を受けた文部科学省の大学審議会は,「今後,法曹養成のための専門教育の課程を修了した者に法曹への道が円滑に開ける仕組み(例えばロースクール構想など)について広く関係者の間で検討していく必要がある。」と提言した。

1998年秋,日弁連内部でロースクール制度導入に最も積極的だったのは第二東京弁護士会法曹養成二弁センター(委員長飯田隆,副委員長遠藤直哉,野島正,小林哲也各弁護士)であり,国内外の資料と論考を収集したうえ,我が国にロースクール制度を導入するメリットと必要性を論じている。

この議論の是非善悪を論じることは本稿の目的ではないから立ち入らないが,資料に接するとき,とても不思議なことは,法曹人口との関係に全く触れられていない点である。これはどういうことなのだろう。

すでに指摘したとおり,1994年(平成6年)以降1997年(平成9年)まで,日弁連は,法曹人口問題で必死に抵抗しつつ,司法試験合格者年700人→800人→1000人→1500人と,ずるずると後退を重ねてきた。この数年間,法曹増員論は,日弁連執行部にとって繰り返す悪夢のようなものであったはずだ。日弁連執行部は,まるで狼に追われる手負いの野ウサギのように,法曹増員のニオイにとても敏感だったはずである。しかも,ロースクール構想が発生した背景には,年1500人では全然足りない,数千人規模の司法試験合格者数が必要と考える勢力があった。ところが,当時の日弁連内部には,法科大学院構想の中に,法曹人口大増員のニオイをかぎ取った形跡が見られない。

1998年始めころから弁護士会内部で検討が始まった法科大学院構想は,法曹人口問題と完全に別なものと認識されていたのだろうか。言い換えれば,法科大学院構想は,あくまで1000人~1500人時代を前提に検討されたのであって,法科大学院構想自体が,さらなる人口増員を招来するものとは認知されなかったのだろうか。

3000人を容認してしまった現在から振り返る限り,1998年秋当時の日弁連執行部が,法科大学院構想にさらなる法曹増員の危惧を感じなかったというのは,とても不思議なことに見える。それは,「あと知恵」だけの問題ではない。1500人を念頭おいていた1998年の時点においても,当然,さらなる法曹増員への危惧が発生して然るべきだったからだ。なぜなら,少し計算すれば分かることであるが,1500人を前提にする限り,法科大学院構想は成立し得ないからだ。(小林)

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2008年5月14日 (水)

株主代表訴訟の提訴件数は多いのか

日本では,どれくらいの数の株主代表訴訟が起こされているのだろう,と考える機会があって,少し調べてみた。

株主代表訴訟とは,株式会社の株主が,会社に代わって,会社の取締役や監査役等に対して損害賠償を請求する訴訟のことである。本来,取締役等は,会社に対して法律上の責任を負うから,故意又は過失によって会社に損害を与えた場合には,会社に対して損害賠償義務を負う。しかし現実問題として,会社が社長や重役を訴えることは,いろいろと遠慮があってできない場合が多い。そこで会社法は,一定の要件のもとに,株主が会社に代わって取締役等を訴える制度を設けたのだ。

原典ではないので正確でないかもしれないが,例えばこのサイトによると,株主代表訴訟の提訴件数は1993年(平成5年)の76件から漸増し,1999年(平成11年)の202件をピークに漸減に転じ,2005年(平成17年)には103件となっている。

昭和25年からあるこの制度であるが,1994年以降増加したのは,訴えの手数料が一律8200円になったからだ(現在は13000円)。訴えの増加については,経済界の反発が強く,取締役の責任を軽減ないし免除するさまざまな制度が創設された。2000年以降の提訴件数が漸減したのは,そのせいかもしれない。

しかしいずれにせよ,年間100件ないし200件である。我が国の株式会社の数がいくつあるかは知らないが,上場会社だけで3600社以上あるらしい。一方,株主が何人いるのか(外国人投資家もいるから,日本人に限らない)も不明だが,機関投資家はもちろん,個人投資家も,複数の会社の株を持つのが普通だ。仮に1000万人が平均10株所持するとして延べ株主数は1億人となる。社員株主など含めると,延べ株主数は数億人に達するとみてよいのではないか。

仮に株主が延べ10億人いるとして,株主代表訴訟の提訴件数が年間100件とすると,提訴率は0.001%である。これは多いか少ないか。とても少ないと言うべきだろう。

「社会のすみずみまで法の支配が行き渡る社会」とは,ここ20年間,日弁連の謳い文句であった。今般法曹人口が大幅に増員されたのも,この「法化社会」を期してのことであった。そして誰より産業界が,法曹人口の大幅増員を企図したのだ。それにもかかわらず,株主代表訴訟の提訴数は低いままである。そうだとすれば,法曹界は,産業界ひいては社会全体の期待に応えるため,株主代表訴訟の提訴数をせめて百倍に増やすべく,努力するべきであろう。(小林)

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2008年5月12日 (月)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(9)

法科大学院構想は,従前の司法研修所のみによる実務法曹教育に代わるものとして,あるいはその欠点を補うものとして構想された。つまり,構想した者から見ると,従前の司法研修所の法曹教育には,根本的な(対症療法では治癒できない)欠陥があったと認識されたことになる。かような欠陥に満ちた従前の司法研修所における実務法曹教育とは,どのようなものだったのだろうか。

司法研修所における法曹教育は,民事裁判,刑事裁判,検察,民事弁護,刑事弁護の5教科に分かれ,それぞれ裁判官,検察官,弁護士がクラスに計5人つき,教官として教育を行う。その内容は,簡単にまとめれば,裁判実務における事実認定の手法と,訴状,起訴状,判決書を含む裁判実務文書の起案が中心である。また,5科目の中では,民事裁判に最もウェートが置かれ,司法修習生は,特に入所後3ヶ月間の前期修習中,要件事実論という民事裁判における精緻な論理構造の習得に多くの時間を割く。それまで受験勉強に明け暮れてきた修習生にとって新鮮な体験であり,筆者を含め多くの修習生は要件事実論に夢中になった。

女性修習生が数人,通勤電車の中で要件事実を論じ,「ヒニンよ,ヒニンしなければだめよ。なんでヒニンしなかったの?」と大声で議論して周囲のひんしゅくを買ったという本当の話もある。ヒニンとは否認のことであり,相手の主張を認めないことを意味する要件事実論上の用語である。

司法研修所における法曹教育の主眼が,裁判実務の習得に置かれていたことは間違いない。前述のとおり,司法研修所卒業生の8割以上が弁護士になるのに,なぜ裁判実務を中心に教育がなされるのか。これを「最高裁による思想統制」と批判する見解もあるが,筆者はそう思わない。これは,裁判実務の習得を通じて,裁判官・検察官・弁護士は同じ言語を話せるようになるためのプロセスと見るべきであると思う。平たく言えば,お互いに話が分かるようになるのである。これは裁判官から見ると,訴訟進行を円滑に行うために大変便宜であるし,弁護士から見ると,裁判官や検察官が何を考えているか分かるようになる。事件の筋が見えるようになるのである。その意味で,裁判実務を統一して修習することに利点があることは間違いない。しかし他方,市民から見れば,「ヒニン」の実話のように,法曹三者が一般市民に分からない言語で話をする有様に「ギルド的」な疎外感を感じる面もあろう。

要件事実論が前期修習の要になる理由はもう一つある。それは,我が国の民法体系がドイツ民法に主として由来する成文法主義を取っている点だ。成文法主義においては,国が制定し,法典に記載された法律(成文法)が良くも悪くもルールであり,法律実務家には法典の精緻な論理解釈や事実への当てはめの技術が高度に要求される。これに対して不文法主義は,法典はもちろん存在するものの,これに優位する高度なルールが存在すると観念され(例えると,人間が作った法律の上に,神様が作った法律がある,ということです。神様が作った法律は紙に書いてありません。だから不文法と呼ばれます),法律実務家には,紙に書かれていないルールを探求する技術を求められる。アメリカの弁護士が,日本の法律実務家から見ると目を剥くような突拍子もない理屈を言い出すことがあるのは,彼の国が不文法国であることと無縁ではない。これに対して,成文法主義をとる日本では,明治以来100年以上にわたり,法文の論理解釈技術が積み上げられ,職人の技として伝承され,これが近年の裁判官によって要件事実論として体系化されたのだ。

ところで法科大学院構想の基礎となったロースクールは,英米のものが典型であるが,いずれも不文法国である。したがって,我が国にロースクール制度を導入することは,成文法国に不文法国の制度を導入することであり,この点で「木に竹を接ぐようなもの」(園部逸雄もと最高裁判事)という批判は的を射ていると言えよう。

明治時代,日本はフランスに倣った民法典を作ろうとしたが,日本伝統の儒教的価値観にそぐわないと批判され(「民法出デテ忠孝亡ブ」と言われた。),ドイツ民法典に乗り換えたことがある。このように,法体系をどうするかという問題は,国の在り方の根本に関わる問題である。その意味で,ロースクール制度の導入が,日本の法体系や国の在り方にどのような影響を与えるかという問題は,深く検討されるべきである。

いずれにせよ,制度の善し悪しを論じることは本稿の目的ではない。木に竹を接ぐにせよ,その是非が十分に検討され,相応の理由に基づいて導入されるのであれば,結構なことであり,結果として失敗しても,チャレンジとしては意味がある。しかし,我が国における法科大学院構想は,その是非が十分に検討され,相応の理由に基づいて導入されたのであろうか。まして,本稿の主題である日弁連は,特に法曹人口問題との関係において,どの程度真剣に法科大学院構想を検討したのだろうか。(小林)

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2008年5月10日 (土)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(8)

法曹人口増に反対する根拠として,「法律実務家の質の維持」を挙げ,修習には最低2年間が必要,弁護士会も自らの負担で修習に協力する,という日弁連の主張は,司法修習予算を増額できない法務省・最高裁の弱みを突き,実質的に,法曹人口増を抑制する効果を果たした。

読者はここで,司法修習予算が法曹人口増の抑制になるなら,予算を増やせばいいじゃないか,という素朴な疑問を持たれるかもしれない。そこで,この点についてすこし触れてみたい。

この答えは,鬼追明夫もと日弁連会長の次の発言に示されていると思う。曰く,「市民から見ますと,なぜ法律家が二年間国費で養成されて当然なのか,それが数が増えても全然ビタ一文まけられない,というような議論が本当に支持されるのだろうかということになると,私は必ずしも自信がないわけです。」(自由と正義19983月号「回顧と展望」)

筆者自身,当たり前と信じて疑わなかったことであるが,筆者の1期500人の時代でさえ,このうち400人以上が弁護士となる。1500人時代になればその9割以上が弁護士となるし,仮に法曹一元が導入されれば,とりあえず全員が弁護士となる。弁護士は言うまでもなく公務員でなく,民間の事業者だ。この民間人を養成するために,修習生,教官や事務局の給与を含む多額の国費が投入され,修習生は学費を払う必要がない。よくよく考えてみると,民間の事業者を,国が丸々二年間費用丸抱えで養成する制度は,我が国では,おそらく極めて特異である。

もちろん,民間人といえども,国民の生命や重大な利益に直結する職能を,国費で養成する制度はほかにもある。独立行政法人化される前の国立大学の医学部がそうであるし,パイロットを養成する航空大学校もそうだ。しかし,これらの職能養成制度においては,学生に学費支払義務がある。かつての司法研修所のように,2年間,学費を取らず,費用を全部国が負担するばかりか給与まで支給する職能養成制度は,ほかに無いのではないか。

なるほど,国民の人権を守るという見地から,法曹は国が養成する,という政策的選択肢は存在する。しかし,「生命を守る医師の養成でさえ学費を取るのに,なぜ弁護士の養成には学費を取ってはならないのか?なぜ弁護士の養成だけ特別扱いなのか?」と問われたら,答えは難しい。そうは言いつつ,我が国は戦後40年間,全額国費による法曹養成を行ってきたわけだが,従来に数倍する法曹養成を念頭に置いた場合,これに対応して数倍となる国費負担増を国民が納得するとは言い難い。しかも,国立大学法人化を含め,「官から民へ」の大合唱の中,弁護士の養成だけは完全に別扱いというためには,よほどの理由が必要である。

例えばこういう反論もあろう。「なるほど医学部学生は学費を払っているが,独立法人化したとはいえ,医学部には莫大な国庫補助がある。医師一人の養成に投入される税金の金額は,弁護士一人の養成に投入される税金に数倍するのではないか。」それはその通りだと思う。しかしこの反論では,弁護士の養成だけを完全に国庫で賄ってもよい,との結論になっても,賄わなくてはならない,との結論にはならない。限りある国の予算を,医師の養成に幾ら投入するべきか,弁護士の養成に幾ら投入するべきかは,国家政策の問題だからである。たとえるなら,産業振興助成金をどの産業にいくら投入するかが国家政策の問題であるのと同じことだ。

「弁護士は平和と人権を守る最後の砦」であるから,法曹養成は国家が行うべきだという主張もあるが,やめた方がよいと思う。弁護士の中に,平和と人権を守る能力と識見を有する人が一部いることは否定しないが,だからといって,弁護士全部がそうではない,というより大部分の弁護士はそうではない,ということは,国民はとっくにお見通しだからである。この手の主張は,「弁護士は職業裁判官より人権感覚が優れている」という,法曹一元論の根拠となった主張と同じくらい,国民に対する訴求力がない,薄っぺらな,思い上がった主張なのだ。

2010年から司法修習生の給与の貸与制が開始される。これも,上記と同じ文脈で理解される。日弁連をはじめ各弁護士会は反対したが,押し切られてしまった。国側からすれば,授業料を取らないだけでもありがたく思え,ということなのだろう。

法科大学院,あるいはその構想に対しては,構想誕生当初から現在に至るまで,弁護士によるさまざまな批判が行われている。的を射た批判も多いが,大きな視点として,「国費丸抱えの法曹養成は国家政策として必然ではない」という認識を忘れるべきではないと思う。この認識を忘れて,「弁護士は税金で養成してもらって当然」と受け取られかねない物言いをすると,「思い上がるな」という怒りにさらされることになる。日弁連は,司法修習生の給与貸与制に反対する理由の一つとして,「弁護士の公共的使命感は給費制によって醸成されたもの」という点を挙げているが,上記の意味で,リスキーな主張だったと思う。

筆者はもちろん,司法修習生の養成を全額国費で行ってきた従前の制度が悪い,というつもりはない。良い点もある。様々な職歴や経歴,様々な階層の人たちが,このような司法修習制度が一因となって弁護士となり大成し,多大な社会的貢献を果たしているのは事実である。しかし,本稿の目的は制度の善し悪しを論じることではないので,これ以上立ち入らない。(小林)

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2008年5月 8日 (木)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(7)

1994年(平成6年)以降,司法試験合格者数年700人→800人→1000人→1500人と,ずるずると後退していた日弁連であったが,この後退も,1500人で一応の上限を打った形となった。それは,日弁連の抵抗の成果であるともいえるが,なにより,司法研修所という従前の法曹養成機関では,容量的予算的に年1500人を超える法曹を養成できないことが判明したからであった。そこで,司法試験合格者数数千人時代を見据えて,司法研修所に代わる法曹養成機関が模索され,その一つとして,ロースクール制度の導入が検討課題となっていく。この過程を1人の人間の発言として辿るなら,矢口洪一もと最高裁長官がふさわしい。

若い弁護士には矢口洪一を知らない人もいるだろうが,同氏は,裁判官人生の3分の2以上もの間法廷に出ず,司法行政を司り,最高裁長官にまで上り詰めたエリート中のエリート中のエリート,という「エリートの3乗」を体現し,「ミスター司法行政」と言われた人物である。在任中から諸外国の司法制度を研究し,1990年に定年退官したころ以降,司法改革を提言していたが,その発言は1996年末から具体性を帯びていく。

たとえば,1996年(平成8年)1223日付毎日新聞で,早急に,司法試験合格者数を最低でも年4000人にすべきであり,これに伴い,法曹養成機関の抜本改革が必要と発言した。ただし,ロースクール構想は触れられていない。

1998年(平成10年)28日,日本経済新聞朝刊で,矢口洪一氏は次のように述べる。「規制緩和の時代,司法の容量が小さすぎる。社会のあらゆるところに,法律家が浸透する必要がある。それには,法曹人口は最低でも,今の倍の4万人は必要である。そのためには,判事補制度を廃止し,法曹一元を導入するべきである。法曹一元を導入すれば,優れた弁護士が裁判官になることになるので,裁判所が裁判官を養成する必要が無くなるから,司法研修所は要らない。弁護士としてスタートするのに基礎的な訓練が必要というなら,大学で事前の教育を行うべき。」ここでは,法曹養成機関として,ロースクール構想が登場している。

矢口洪一氏はまた,司法改革を進める方法論として,「政府直轄の委員会を作り,法曹関係者は1人も委員に入れないようにすべきです。法曹三者中心となると,時間ばかりかかりすぎます。司法制度をどうするかは国民が決めることで,法曹三者の仲間内だけの問題ではありません。」と言っている。この制度論が,そのまま,その1年後にスタートする司法制度改革審議会の青写真になっていることは注目される。

このとき矢口洪一氏は78歳。もと最高裁長官で「ミスター司法行政」とはいえ,退官して8年経ち,「過去の人」となっていて不思議でない時期である。しかし,その政策論が全国紙に掲載されたこと,そして,この発言がそのまま,自由民主党司法制度特別調査会の意見書として反映され,後の司法制度改革審議会の青写真になっていることからすると,矢口洪一氏は当時,司法制度改革の分野において,政府与党に対して大きな発言力を持っていたと見て間違いない。つまり,このインタビュー記事は,高度に政治的な意味がある。

「ミスター司法行政」による「高度に政治的な発言」という視点から,再度このインタビュー記事を読んでみると,矢口洪一氏の意図を推量することができる。

まず注目すべき点は,矢口洪一氏は法曹一元の導入を,裁判官は増員しなくて良い,という文脈で提唱していることだ。つまり,法曹人口の大幅増員は,弁護士の増加によって賄われるべきだ,ということである。そして,大幅に増えた弁護士の養成機関として,第1に大学教育を考えるべきだとしている。

次に,「司法改革を推進する政府委員会から法曹三者を排除する」との提案が注目される。これは一見,自らの出身母体である裁判所を含めた法曹三者全部を排除する公平な見解とも見える。しかし,その理由として同氏が掲げる「法曹三者協議は決定が遅すぎる」ことの原因が専ら日弁連にあることは,周知の事実である。他方,政府委員会から裁判所を排除しても,裁判官の大幅増員が回避できるのなら,裁判所としては特に異議はない。すなわち,発言のポイントは,「日弁連を外した政府委員会で弁護士の大幅増員を決定すべし」という点にある。

この推測には異論もあろう。最大の問題点は,法曹一元が,矢口洪一氏の出身母体である裁判所にとっても脅威である,という点だ。しかし,1960年代の臨時司法制度調査会において,日弁連が「法曹一元」を悲願と崇め,こだわり続けてきた有様をつぶさに見てきた矢口洪一氏は,このような判断をしたと思う。「第1に,法曹一元を看板に掲げれば,日弁連は抵抗しない。第2に,一旦日弁連を懐柔すれば,その後は臨司のときと同様,法曹一元を葬り去ること十分可能。第3に,仮に判事補制度が廃止されても,裁判官の大幅増員に比べて,裁判所の痛みは少ない」と。もっとも,矢口洪一氏は裁判所行政官時代,英米の法曹一元制度を研究していた経緯があり,退官直後から,陪審制や法曹一元の導入に積極的な発言を行っている(1990124日朝日新聞)から,個人的には,法曹一元になってよい,と考えていた節もある。いずれにしろ,矢口洪一氏の意図は,早急に政府直轄で日弁連を排除した司法制度改革の委員会を創設することと,その看板に法曹一元を掲げることにより,日弁連を懐柔することにあったと思う。(小林)

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2008年5月 4日 (日)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(6)

法曹人口増員の要求に対して,弁護士の過当競争は人権活動を阻害するという日弁連の主張は,「思い上がり」と批判され,代わって正面に出てきたのが,法曹養成の「法曹としての質の維持」論であった。

「法曹としての質」は,法曹養成「機関」及び法曹養成「期間」の問題である。法科大学院が登場する以前,法曹養成「機関」は専ら司法研修所であり,法曹養成「期間」は裁判所法に基づき2年とされていた。この2年間,司法修習生には給与が支給される。筆者の頃(平成2年)は手取りで月額20万円前後であった。

しかし,従来一学年500人であった司法修習生が1000人,1500人へと増加すれば,従前の予算では賄えなくなる。予算の総額が決まっている以上,司法修習生の給費制を維持するなら,2年間の修習は不可能だ。そのため,司法試験合格者増は,必然的に法曹養成「期間」の短縮を要請する。1996年以降の法曹三者協議で,最高裁が司法修習期間の1年短縮を主張したのは,当然の成り行きであった。

これに対して日弁連は,最高裁の主張は法律実務家の粗製濫造につながるとして,修習期間2年間の維持を強硬に主張する。予算に限界があるとの反論に対しては,弁護士会が人的経済的な負担も行うとまで主張した。具体的には,研修弁護士制度の提案である。これには最高裁も理解を示し,法務省の取りなしもあって,間を取った形で,19971028日,1年半の修習期間が合意された。(以上,岩井重一「司法試験・法曹養成制度改革の経緯と概要」(自由と正義491号))

日弁連が修習期間2年を主張した理由は,法律実務家としてふさわしい質の養成であった。しかし,法曹人口増の抑制も目的の一つにあったことは間違いないと思う。修習期間が2年から1年に短縮されれば,同じ予算で修習生の倍増が可能になる理屈である。日弁連は修習期間短縮に反対することを通じて,間接的に,修習生の増加を食い止めようとしたのである。

余談になるが,自由と正義19993月号「法曹養成制度改革」座談会は,その内容の生々しさにおいて,必読の文献である。なにより,表題が「法曹養成制度改革座談会」でありながら,内容の大半は法曹人口問題である点こそ,当時の日弁連にとって,法曹養成問題イコール法曹人口問題と認識されていたことを示している。

修習期間2年堅持という日弁連の主張は,結局1年半の修習として妥協した。批判もあったようだが,この妥協は老獪な交渉の結果と評価できる。なぜなら修習期間1年半なら,4月入所9月修了と10月入所3月修了を交互に繰り返すという極めて変則的な運用を行わない限り,修習生の増員に結びつかないからだ。しかし,このような変則的な運用は,予算編成・執行のあり方としても,教官の異動のあり方としても非現実的である。つまり,修習期間1年半の妥協は,日弁連にとって,法曹人口増を食い止めるという「実」を取ったものといえる。

修習期間の短縮を主張する最高裁に対して,自ら負担を背負ってでも法曹養成を充実させる,という日弁連の主張は,マスコミにも好意的に受け止められた。

19971027日の朝日新聞社説は,このようにいう。「日弁連のなかには,増員すれば競争が激しくなり,弁護士の基盤が脅かされかねないという慎重論が根強くあった。それを抑え,改革に取り組んできた歴代執行部の苦労は想像できる。ここで後ろ向きの姿勢をとっていれば,業界エゴとの批判を浴びるだけでなく,日弁連の自治能力にも疑問符がつくところだった。(修習への弁護士の積極的関与は)これまで,対応が後手後手に回ってきた感のある日弁連が,初めて自分から投げたボールである。内容の詰めはこれからだが,最高裁,法務省は提案を真剣に受け止めて実現をめざすべきではないか。」

いずれにせよ,1997年の法曹三者合意は,次の3つの効果をもたらした。

第一は,法曹人口が大幅に増加しないのは,法曹養成予算が限られているからだ,という認識を広めたことである。司法研修所に法曹養成をさせている限り法曹人口は年1500以上は増えない,ということを政府・自民党・財界がはっきりと認識した,ということである。自民党司法制度改革特別調査会がロースクール構想の検討を提案したのは,法曹養成予算の問題を解決し,1500人を大幅に上回る法曹人口養成の基盤とするためであった。

第二は,日弁連内に,法曹養成は弁護士会が率先して行うべきだという思想を発生させたことである(塚原英治弁護士「法律家の養成と弁護士会の役割」(自由と正義19981月号)など)。そして,この思想は,ロースクール構想になじみやすいものであった。

第三は,「法曹の質を維持する」という日弁連の主張は,その背後に法曹人口増抑制の目的があったにせよ,世論に受け入れられた,ということである。司法試験合格者年3000人を事実上受け入れた日弁連臨時総会決議にもある「国民が必要とする(法曹人口)数を,質を維持しながら確保する」との文言は,このような歴史的背景に基づいている。(小林)

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2008年5月 2日 (金)

セキュリティポッドは監視社会の夢を見るか? ~伊坂幸太郎著「ゴールデンスランバー」を読んで~

伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」を読んだ。作者は大学の後輩で,舞台は郷里の仙台,ハイテク監視社会がテーマとあれば,立場上,読まないわけにいかない。

首相暗殺の濡れ衣を着せられた平凡なもと宅配ドライバーが,ハイテク監視社会となった仙台市を逃げ回るお話である。

第5回本屋大賞を受賞しただけあって,ハイテク監視社会の描き方にも,とてもリアリティがある。舞台では,R2-D2みたいな形をしたセキュリティポッドと呼ばれる監視装置が街中に設置され,通行人を24時間撮影するほか,肉声や携帯電話の電波も傍受する。セキュリティポッドが設置されたきっかけは,通り魔事件の頻発だが,それは口実に過ぎなかったという設定にも,実社会に通じる現実味がある。しかし,ハイテク監視装置といえども,機械的な限界があるし,運用したりメンテナンスするのは人間だ。組織としては恐ろしい公安警察も,一人一人は勤勉で実直な普通のおじさんである。運用するのが人間である以上,人間の力で立ち向かうこともできる。

ゴールデンスランバーとは,ビートルズ晩年の曲。すでにバラバラになったメンバーが別々に作った曲を,ポール・マッカートニーがメドレーにして,最後に「昔は故郷に帰る道があった」と歌う。主人公はポールと重ね合わせて,今の自分はひとりぼっちだと考えている。しかし,馬鹿げた大学生活を一緒に過ごした友人や,主人公の平凡な優しさに飽きて別れた恋人が,命をかけて監視装置を出し抜き,主人公を救おうとする。つまるところこの小説は,監視社会を支える人間のネットワークに,青春の記憶で結ばれた人間のネットワークが立ち向かうお話である。

読後感はとても爽やか。是非ご一読をおすすめしたい。(小林)

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