« 船場吉兆廃業 | トップページ | 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(14) »

2008年5月30日 (金)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(13の2)

ここで,日弁連内部において,法科大学院構想についてどのような意見表明がなされたのか,概観してみよう。

1999年(平成11年)1021日(12日の間違いとの指摘もある),第二東京弁護士会は,「法科大学院(ロースクール)問題に関する提言」を行った。詳細はジュリスト1172号をご参照頂きたいが,法科大学院制度の導入と司法研修所の廃止,及び,法科大学院の総定員数約2000名,司法試験合格率80%,等を特徴としている。この意見書は会長名で発表されているが,その内容から推して,法曹養成二弁センター(委員長飯田隆,副委員長遠藤直哉,野島正,小林哲也各弁護士)が中心になって作成したものと思われる。

この意見書に対しては,その直後,当時の司法研修所民事弁護教官,刑事弁護教官全員が連名で意見書ないし申入書を発表した。特に民事弁護教官による意見書は,「『二弁提言』における司法研修所廃止論とその論拠は,…余りに独善的で偏狭な議論である」という激烈な批判となっている。これに対しては山岸良太第二東京弁護士会副会長(当時)から,「法曹一元を真に目指す方向性…からも,弁護士側からの決意表明として,司法研修所廃止を提言せざるを得ない」とする再反論がなされた。

すでに指摘したとおり,偏差値により序列化された日本の大学制度を前提に法科大学院制度を導入した場合,総定員数2000名,合格率80%という第二東京弁護士会の構想は,現実問題として少数に過ぎ,ほとんど実施不可能である。そのくせ,同弁護士会は自分では大宮法科大学院大学平成19年度司法試験出願者数62名,最終合格者数6)の経営に提携している。弁護士会がこんなレベルの低い大学にまで法科大学院を設置しようとするから,法科大学院の「乱立」が発生し,法曹人口増に歯止めがかからなくなるのだ。

また,司法研修所を廃止するというのも,余りに乱暴な議論というほかはない。この点は,他の弁護士会(東京,第一東京,大阪など)も司法研修所の存続を前提とした法科大学院構想を発表しており,思慮深さにおいては二弁構想に勝る。司法研修所と二回試験の存在が,法曹の最低限の質を維持し,法曹人口激増の事実上の歯止めになりつつある現状を思うとき,これを廃止すると提言した二弁構想の無思慮さと見通しの無さは,大いに批判されるべきである。もしこれに反論したいなら,再度,今更どうやって「法曹一元を真に目指す」のか,説明して欲しいところである。

また,1998年から2000年にかけて行われた上記「二弁提言」は,上記のとおり余りに無思慮・拙速・乱暴なものでありながら,これを巡る日弁連内の議論を分裂させ,意思統一を行う機会を失わせた,という意味でも,大いに非難に値する。既に指摘したとおり,もし日弁連が法科大学院構想や司法試験合格者年3000人に反対することができたとすれば,それは1998年(平成10年)がタイムリミットであった。

大阪弁護士会の森下弘弁護士は,「市民弁護士から見た司法改革」(自由と正義19999月号で,文部科学省や大学を法曹養成制度に参画させることの危険性を指摘した。これは慧眼と言うべきであろう。もっとも,同弁護士が提唱した「大学とは別に,法曹三者の経営する法曹養成機関を設立する」という案が,この時点(1999年)において,どれほどの現実味を有していたかは疑問である。この時点では法科大学院制度の導入は事実上内定していたからである。

名古屋弁護士会の森山文昭弁護士は,「法科大学院(ロースクール)構想の隘路」(自由と正義20007月号)で,様々な観点から,法科大学院構想の問題点を指摘している。法科大学院構想は司法試験予備校の隆盛によって空洞化した大学法学教育を復興し,かつ,法曹養成予算不足に対応しようとするものであるが,そもそも,大学法学教育が空洞化したか,空洞化したとしてそれが司法試験予備校のせいなのか,未検証であるし,また,法科大学院によって従前通りの法曹の質が確保される保証もないばかりか,法曹養成の統一性・開放性・平等性を害する危険があると述べる。そして,一旦法科大学院制度を導入したら法曹人口大幅増に歯止めがかからなくなるのであるから,拙速を慎み,まず,適正な法曹人口について検証を行うべきであると主張する。

これらの主張は,法科大学院制度の問題点を的確に指摘したものと考える。惜しむらくは,20007月の指摘では(仮に脱稿を4月としても),約2年,遅きに失したといわざるを得ない。

ところで,森山文昭弁護士が現在,愛知大学法科大学院の専任教員を務めていることが,法科大学院の問題点を指摘した上記主張と矛盾しないのか,矛盾しないとすればどのような関係に立つのか,やや気になるところではある。もとより,森山文昭弁護士は法科大学院構想に正面から反対していたわけではないから,与えられた環境の中で,優秀な法曹を養成するため全力を尽くそうとなされたのかもしれない。しかし,それならば,その愛知大学法科大学院が,司法試験受験科目を過度に偏重している(平たく言えば受験予備校化している)として,財団法人日弁連法務研究財団から不適合の評価を受けたことは,皮肉なことというほかはない。このことについて,森山文昭弁護士はどのようなお考えをお持ちなのだろうか。同弁護士の今後の発言と去就が注目される。(小林)

|

« 船場吉兆廃業 | トップページ | 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(14) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/40847171

この記事へのトラックバック一覧です: 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(13の2):

« 船場吉兆廃業 | トップページ | 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(14) »