« ヤクルト本社に対する高裁判決の勝者は? | トップページ | 船場吉兆廃業 »

2008年5月28日 (水)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(13)

1998年(平成10年)から2000年(平成12年)にかけて,ロースクール(法科大学院)構想に関する多くの論考が発表された。法科大学院設立を希望する大学としての発言も多いが,弁護士の論考も多い。公刊物の中で,いわゆる日本型ロースクールの導入について本格的に検討した最初のものは,筆者の知る限り,柳田幸男弁護士の「日本の新しい法曹養成システム(上)(下)」(ジュリスト199821日号,215日号)である。弁護士会の中では,第二東京弁護士会法曹養成二弁センター(委員長飯田隆,副委員長遠藤直哉,野島正,小林哲也各弁護士)が最も導入に積極的だった。これら積極論者の主張は大同小異である。従前の司法修習制度や司法試験制度の欠点を鋭く指摘する一方,ロースクール制度を導入すれば,従前の欠点が克服され,新しい司法制度や国家のあり方に適合した法曹が養成されるというものである。

日弁連内部における,ロースクール制度導入に対する反応はどうだったのだろうか。参考になるものとして,1999年(平成11年)920日,ロースクールをテーマに東京大学で開催された「法曹養成と法学教育のシンポジウム」における,宮川光治弁護士の発言をご紹介したい。同弁護士によると,日弁連内部の立場は大きく三分される。「最多数は,現行の司法修習を批判し,法曹一元をめざす立場から,日弁連はロースクール構想を積極的にリードすべきであるとする積極意見であり,半数近くを占めている。第二位は,統一修習の利点が失われ,法曹人口増に歯止めがかからなくなるとしてロースクール制度の導入に反対する消極意見であり,全体の三分の一を占める。現行司法修習における統一・公正・平等の理念が維持されるのであればロースクール制度導入に賛成するという条件付き賛成意見もあるが,少数である。」(ジュリスト1999121日号)

この発言が事実であるとすると,1999年秋までには,ロースクール構想は,法曹人口増員論との関係においても,日弁連内で議論されていたことが分かる。そして,日弁連内の多数派の弁護士は,司法試験合格者数が数千人となり,さらに,それ以上の人口増に歯止めがかからなくなるとのリスクを承知しつつ,ロースクール制度の導入に賛成していたことになる。その僅か2年前まで,法曹人口増に必死で抵抗してきた経緯からすれば,人格が分裂したと思うほどの変化である。そして,このような変化が日弁連内部にもたらされた理由は,主として,次の3点にあると思う。

第1点は,ロースクール構想が,「法曹一元」という衣をまとっていたことである。論理的には,ロースクール制度の導入と法曹一元とは無関係であり,宮澤節生神戸大学教授(当時)はこのことを明言している(自由と正義199912月号など)が,弁護士による多くの論考は,むしろ,ロースクール制度は法曹一元制度への足がかりであると主張する(遠藤直哉弁護士,斎藤浩弁護士など)。多くの弁護士にとって,ロースクール構想は,「法曹一元」という弁護士会の悲願を成就する導きの星として受け取られたと思われる。

第2点は,ロースクール制度導入が,法曹養成問題として検討されたことである。司法試験合格者数1000人時代を迎え,弁護士会も積極的に「法曹の質」を維持向上するべく取り組もうとしていた矢先,「法曹人口増員に歯止めがかからない」という理由でロースクール制度導入に反対したのでは,「業界エゴ」との大批判を浴びることは必至だった。

第3点は,当時の日弁連は,政府与党から,起訴前弁護や陪審制など,懸案だったいくつかの司法改革を実現するとのメッセージを受けていたため,これらの制度を遂行するに足る法曹大増員を本気で考え始めたことである。ただ,司法改革の問題は,別の機会に論じることにする。

すでに繰り返し述べているとおり,本稿の目的はロースクール構想の是非を論じることではない。新しい制度を導入するについて,賛成意見と反対意見があるのは当然のことだし,弁護士がロースクール構想に賛成し,法曹人口増員を容認する発言をしたからといって,そのことだけで「この裏切り者」と非難するつもりは全くない。

しかし,筆者の感覚としては,現行司法研修所の問題点を批判するのはまだ理解できるとしても,未だ実現してもいない日本型ロースクールの方が現行制度に勝ると主張し,司法研修所を廃止してしまえとする議論に対しては,議論の公平さに疑問を持つし,なにより話が乱暴だし,胡散臭さを感じずにはいられない。大学関係者の主張なら,当事者のセールストークと思って聞けば腹も立たないが,なぜ弁護士まで,大学のお先棒を担ぐような主張を当時行っていたのか,理解できない。大阪弁護士会の斎藤浩弁護士は,従前の司法修習制度は「官僚統制」の道具であり,教育内容もお粗末な「欠陥品」であって,これを支持するのはただの「ノスタルジー」であると断じ,日本型ロースクールこそ,「法曹一元への道を確実にする橋頭堡である」と主張する(自由と正義20007月号)。当時,未完成の設計図しか存在しない制度が,なぜ,現在施行されている制度より間違いなく優れており,しかも,法曹一元を確実にする,となぜ言えるのか。ホントにそうなったらその慧眼を讃えよう。しかし,法曹一元が完璧な敗北に終わったことはすでに述べたとおりである。

 当時も,筆者と同様の感覚を持つ人がいたと見えて,ジュリスト19991215日号には,前澤達朗東京地裁判事補が「米国のロー・スクールにおける法曹養成の現状と問題点」と題した論考を寄せている。この論考で前澤判事補は,米国ロースクールの長所を認めつつ,あえて問題点を指摘したと断った上で,アメリカの法曹には,日本の司法研修所教育をうらやむ声も多いと述べ,「(いま日本に)必要なのは,隣の芝が青いと見ることでなく,…米国の法学教育をめぐる環境全体を客観的に観察し,具体的に検証することではないだろうか。」と結んでいる。筆者は,このようなバランス感覚こそ,当時の日弁連が持つべきものではなかったかと思う。(小林)

|

« ヤクルト本社に対する高裁判決の勝者は? | トップページ | 船場吉兆廃業 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/40838318

この記事へのトラックバック一覧です: 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(13):

« ヤクルト本社に対する高裁判決の勝者は? | トップページ | 船場吉兆廃業 »