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2008年5月10日 (土)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(8)

法曹人口増に反対する根拠として,「法律実務家の質の維持」を挙げ,修習には最低2年間が必要,弁護士会も自らの負担で修習に協力する,という日弁連の主張は,司法修習予算を増額できない法務省・最高裁の弱みを突き,実質的に,法曹人口増を抑制する効果を果たした。

読者はここで,司法修習予算が法曹人口増の抑制になるなら,予算を増やせばいいじゃないか,という素朴な疑問を持たれるかもしれない。そこで,この点についてすこし触れてみたい。

この答えは,鬼追明夫もと日弁連会長の次の発言に示されていると思う。曰く,「市民から見ますと,なぜ法律家が二年間国費で養成されて当然なのか,それが数が増えても全然ビタ一文まけられない,というような議論が本当に支持されるのだろうかということになると,私は必ずしも自信がないわけです。」(自由と正義19983月号「回顧と展望」)

筆者自身,当たり前と信じて疑わなかったことであるが,筆者の1期500人の時代でさえ,このうち400人以上が弁護士となる。1500人時代になればその9割以上が弁護士となるし,仮に法曹一元が導入されれば,とりあえず全員が弁護士となる。弁護士は言うまでもなく公務員でなく,民間の事業者だ。この民間人を養成するために,修習生,教官や事務局の給与を含む多額の国費が投入され,修習生は学費を払う必要がない。よくよく考えてみると,民間の事業者を,国が丸々二年間費用丸抱えで養成する制度は,我が国では,おそらく極めて特異である。

もちろん,民間人といえども,国民の生命や重大な利益に直結する職能を,国費で養成する制度はほかにもある。独立行政法人化される前の国立大学の医学部がそうであるし,パイロットを養成する航空大学校もそうだ。しかし,これらの職能養成制度においては,学生に学費支払義務がある。かつての司法研修所のように,2年間,学費を取らず,費用を全部国が負担するばかりか給与まで支給する職能養成制度は,ほかに無いのではないか。

なるほど,国民の人権を守るという見地から,法曹は国が養成する,という政策的選択肢は存在する。しかし,「生命を守る医師の養成でさえ学費を取るのに,なぜ弁護士の養成には学費を取ってはならないのか?なぜ弁護士の養成だけ特別扱いなのか?」と問われたら,答えは難しい。そうは言いつつ,我が国は戦後40年間,全額国費による法曹養成を行ってきたわけだが,従来に数倍する法曹養成を念頭に置いた場合,これに対応して数倍となる国費負担増を国民が納得するとは言い難い。しかも,国立大学法人化を含め,「官から民へ」の大合唱の中,弁護士の養成だけは完全に別扱いというためには,よほどの理由が必要である。

例えばこういう反論もあろう。「なるほど医学部学生は学費を払っているが,独立法人化したとはいえ,医学部には莫大な国庫補助がある。医師一人の養成に投入される税金の金額は,弁護士一人の養成に投入される税金に数倍するのではないか。」それはその通りだと思う。しかしこの反論では,弁護士の養成だけを完全に国庫で賄ってもよい,との結論になっても,賄わなくてはならない,との結論にはならない。限りある国の予算を,医師の養成に幾ら投入するべきか,弁護士の養成に幾ら投入するべきかは,国家政策の問題だからである。たとえるなら,産業振興助成金をどの産業にいくら投入するかが国家政策の問題であるのと同じことだ。

「弁護士は平和と人権を守る最後の砦」であるから,法曹養成は国家が行うべきだという主張もあるが,やめた方がよいと思う。弁護士の中に,平和と人権を守る能力と識見を有する人が一部いることは否定しないが,だからといって,弁護士全部がそうではない,というより大部分の弁護士はそうではない,ということは,国民はとっくにお見通しだからである。この手の主張は,「弁護士は職業裁判官より人権感覚が優れている」という,法曹一元論の根拠となった主張と同じくらい,国民に対する訴求力がない,薄っぺらな,思い上がった主張なのだ。

2010年から司法修習生の給与の貸与制が開始される。これも,上記と同じ文脈で理解される。日弁連をはじめ各弁護士会は反対したが,押し切られてしまった。国側からすれば,授業料を取らないだけでもありがたく思え,ということなのだろう。

法科大学院,あるいはその構想に対しては,構想誕生当初から現在に至るまで,弁護士によるさまざまな批判が行われている。的を射た批判も多いが,大きな視点として,「国費丸抱えの法曹養成は国家政策として必然ではない」という認識を忘れるべきではないと思う。この認識を忘れて,「弁護士は税金で養成してもらって当然」と受け取られかねない物言いをすると,「思い上がるな」という怒りにさらされることになる。日弁連は,司法修習生の給与貸与制に反対する理由の一つとして,「弁護士の公共的使命感は給費制によって醸成されたもの」という点を挙げているが,上記の意味で,リスキーな主張だったと思う。

筆者はもちろん,司法修習生の養成を全額国費で行ってきた従前の制度が悪い,というつもりはない。良い点もある。様々な職歴や経歴,様々な階層の人たちが,このような司法修習制度が一因となって弁護士となり大成し,多大な社会的貢献を果たしているのは事実である。しかし,本稿の目的は制度の善し悪しを論じることではないので,これ以上立ち入らない。(小林)

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