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2008年5月 8日 (木)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(7)

1994年(平成6年)以降,司法試験合格者数年700人→800人→1000人→1500人と,ずるずると後退していた日弁連であったが,この後退も,1500人で一応の上限を打った形となった。それは,日弁連の抵抗の成果であるともいえるが,なにより,司法研修所という従前の法曹養成機関では,容量的予算的に年1500人を超える法曹を養成できないことが判明したからであった。そこで,司法試験合格者数数千人時代を見据えて,司法研修所に代わる法曹養成機関が模索され,その一つとして,ロースクール制度の導入が検討課題となっていく。この過程を1人の人間の発言として辿るなら,矢口洪一もと最高裁長官がふさわしい。

若い弁護士には矢口洪一を知らない人もいるだろうが,同氏は,裁判官人生の3分の2以上もの間法廷に出ず,司法行政を司り,最高裁長官にまで上り詰めたエリート中のエリート中のエリート,という「エリートの3乗」を体現し,「ミスター司法行政」と言われた人物である。在任中から諸外国の司法制度を研究し,1990年に定年退官したころ以降,司法改革を提言していたが,その発言は1996年末から具体性を帯びていく。

たとえば,1996年(平成8年)1223日付毎日新聞で,早急に,司法試験合格者数を最低でも年4000人にすべきであり,これに伴い,法曹養成機関の抜本改革が必要と発言した。ただし,ロースクール構想は触れられていない。

1998年(平成10年)28日,日本経済新聞朝刊で,矢口洪一氏は次のように述べる。「規制緩和の時代,司法の容量が小さすぎる。社会のあらゆるところに,法律家が浸透する必要がある。それには,法曹人口は最低でも,今の倍の4万人は必要である。そのためには,判事補制度を廃止し,法曹一元を導入するべきである。法曹一元を導入すれば,優れた弁護士が裁判官になることになるので,裁判所が裁判官を養成する必要が無くなるから,司法研修所は要らない。弁護士としてスタートするのに基礎的な訓練が必要というなら,大学で事前の教育を行うべき。」ここでは,法曹養成機関として,ロースクール構想が登場している。

矢口洪一氏はまた,司法改革を進める方法論として,「政府直轄の委員会を作り,法曹関係者は1人も委員に入れないようにすべきです。法曹三者中心となると,時間ばかりかかりすぎます。司法制度をどうするかは国民が決めることで,法曹三者の仲間内だけの問題ではありません。」と言っている。この制度論が,そのまま,その1年後にスタートする司法制度改革審議会の青写真になっていることは注目される。

このとき矢口洪一氏は78歳。もと最高裁長官で「ミスター司法行政」とはいえ,退官して8年経ち,「過去の人」となっていて不思議でない時期である。しかし,その政策論が全国紙に掲載されたこと,そして,この発言がそのまま,自由民主党司法制度特別調査会の意見書として反映され,後の司法制度改革審議会の青写真になっていることからすると,矢口洪一氏は当時,司法制度改革の分野において,政府与党に対して大きな発言力を持っていたと見て間違いない。つまり,このインタビュー記事は,高度に政治的な意味がある。

「ミスター司法行政」による「高度に政治的な発言」という視点から,再度このインタビュー記事を読んでみると,矢口洪一氏の意図を推量することができる。

まず注目すべき点は,矢口洪一氏は法曹一元の導入を,裁判官は増員しなくて良い,という文脈で提唱していることだ。つまり,法曹人口の大幅増員は,弁護士の増加によって賄われるべきだ,ということである。そして,大幅に増えた弁護士の養成機関として,第1に大学教育を考えるべきだとしている。

次に,「司法改革を推進する政府委員会から法曹三者を排除する」との提案が注目される。これは一見,自らの出身母体である裁判所を含めた法曹三者全部を排除する公平な見解とも見える。しかし,その理由として同氏が掲げる「法曹三者協議は決定が遅すぎる」ことの原因が専ら日弁連にあることは,周知の事実である。他方,政府委員会から裁判所を排除しても,裁判官の大幅増員が回避できるのなら,裁判所としては特に異議はない。すなわち,発言のポイントは,「日弁連を外した政府委員会で弁護士の大幅増員を決定すべし」という点にある。

この推測には異論もあろう。最大の問題点は,法曹一元が,矢口洪一氏の出身母体である裁判所にとっても脅威である,という点だ。しかし,1960年代の臨時司法制度調査会において,日弁連が「法曹一元」を悲願と崇め,こだわり続けてきた有様をつぶさに見てきた矢口洪一氏は,このような判断をしたと思う。「第1に,法曹一元を看板に掲げれば,日弁連は抵抗しない。第2に,一旦日弁連を懐柔すれば,その後は臨司のときと同様,法曹一元を葬り去ること十分可能。第3に,仮に判事補制度が廃止されても,裁判官の大幅増員に比べて,裁判所の痛みは少ない」と。もっとも,矢口洪一氏は裁判所行政官時代,英米の法曹一元制度を研究していた経緯があり,退官直後から,陪審制や法曹一元の導入に積極的な発言を行っている(1990124日朝日新聞)から,個人的には,法曹一元になってよい,と考えていた節もある。いずれにしろ,矢口洪一氏の意図は,早急に政府直轄で日弁連を排除した司法制度改革の委員会を創設することと,その看板に法曹一元を掲げることにより,日弁連を懐柔することにあったと思う。(小林)

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