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2008年5月26日 (月)

若手弁護士の危機感は,司法試験合格者減によって解消するのか?

弁護士会のエライ先生方は,若手弁護士の危機感など,本当に何も分かっていない,と筆者はかつて書いた。これについては,それなりにご賛同をいただいたようで,ありがたいことである。

ただ,我々(一応筆者も入れてください…)若手は,危機感を言い募るだけではだめである。それだけでは,エライ先生方には,「何を甘ったれが。」と思われる(口には出さないけど)だけだ。若手としては,一度自分の心と向き合って,危機感の原因が何なのか,冷静に考えてみる必要がある。

若手の中には,急激な法曹人口増が原因という意見がある。しかしこれは明白な誤解である。なぜなら,まだ年3000人になっていないからだ。1500人の影響だって,ほとんどでていない筈である。なぜなら,1500人世代の弁護士は,多くがまだ修行中であり,自分ではもちろん,所属事務所の競争力を増大させるほどの戦力になっていないからだ。それでもまだ合格者増のせいで過当競争になったと言い張るなら,「自分だって合格者増の恩恵を受けた本人じゃないか」と言い返されるのがオチである。だから,若手弁護士の危機感・不安感を善意に解釈すれば,「今でさえ苦しいのに,3000人になったら一体どうなるのか」ということになる。ではなぜ,「今でさえ苦しい」のか。

弁護士業界が不況だから,若手弁護士は不安感と危機感を持っているのだ,という主張が考えられる。たしかに,弁護士業界は現在,不況のどん底なのだろう。翻って考えてみると,10年前までは,そうでもなかったように思う。バブル景気は15年以上前に崩壊したにもかかわらず,なぜ,弁護士業界は10年前までそこそこ好景気で,今は不況なのか。それは,弁護士業界の好況不況の波は,業務の性質上,一般経済の好況不況の波と数年ずれるからだと説明できる。一例を挙げれば,一般経済がバブル崩壊で四苦八苦しているとき,弁護士業界は「倒産事件バブル」に湧いていた。

しかし,弁護士業界が不況だから,という理由だけでは,エライ先生方に危機感を理解して貰うことはできない。なぜなら,エライ先生方も,若いときには,相当の不況をくぐり抜け,胃に穴を空けるような事務所経営上の苦労を重ねて来たからだ。だから,「不況で大変なんです」と言っても,「君の苦労は僕もしたよ。今は歯を食いしばって頑張りなさい」と励まされてしまって終わりである。

筆者は,今若手が抱えている危機感や不安感の原因はほかにあると推測している。結論から言うと,今の日本には未来がない,弁護士にはもっとない,という点こそが,若手弁護士の抱える不安感や危機感の原因であると思う。確かにエライ先生方も若いころは苦労をされただろうし,将来に危機感や不安感を持たれただろう。しかし,そのころ(昭和30年代~40年代)と現代を比べて決定的に違うのは,前者には未来があり,後者には未来がない,という点だと考える。

「失われた10年」が「失われた15年」になり,一向に回復の兆しが見えない経済,極端な高齢化と少子化傾向,かつて世界に誇った技術力の低下は,日本が長い黄昏の時代,老後の時代を迎えたこと,経済的には,長期の縮小局面に入ったことを示している。しかも,その老後は必ずしも豊かな老後ではない。欧州の某国のように,かつて世界中の富を集めたわけではなく,中途半端にしか豊かにならなかった日本は,国民全員,特に大量の老人全員を養う資産を持たない。年金問題や老人医療問題,道路特定財源の問題や地方と都会の財源分捕り合戦など,現在話題になっているほぼ全ての政治問題は,縮小し続けるパイの取り合いである。早くても団塊の世代がほぼ死に絶える20年後までは,日本に明るい未来はない。もちろん,数年歯を食いしばったところで,弁護士業界は好景気になどならない。また,1970年代以降に生まれた若手弁護士は,好景気だったころの日本を知らない。だから,明るい未来を具体的に想像することもできない。日本全体が長期縮小傾向にある中で,弁護士業界だけが,凄まじい早さで拡大していく。

このような考え方は飽食の世代のわがままかもしれないし,甘やかされてひ弱に育った報いかもしれない。この点は,よく考えてみる必要がある。でも,本当にそうなのだろうか。確かに昭和30年代の日本には,DVDもビデオもテレビゲームもなければジェット旅客機も新幹線もなく,水洗トイレさえなかった。逆に,30年前は社会不安や公害,核戦争による人類滅亡の危機があった。でも,現代と昭和30年,40年代を比べたとき,本当に,現代の我々の方が幸福なのだろうか。

「自分らには明るい未来がない。あるのは,3000人など暗い材料ばかり。」というのが,若手弁護士の不安感と危機感の根本ではないのだろうか。そして,もしそうだとすると,若手弁護士の危機感は,司法試験合格者減によって,多少和らぐことこそあれ,解消するのだろうか。

これは現時点での筆者の試論であり,自信はないが,備忘のため,本稿に記しておくことにする。(小林)

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コメント

小林先生よりはるかに若手の立場から、僭越ながらコメントいたします。
小職は経験少なくまだ独立するには早い世代ではございますが、様々なご縁に恵まれ、なんとか一人で仕事をしている立場でございます。
若手弁護士の不安は、大きく分けて、①仕事上の危機感②根源的な弁護士業界に対する危機感があるのではないかと考えます。
①の危機感は、当然今回の急増(旧60期と新60期の参入)により、就職状況が危機的になったことにより発生した「自分は雇ってもらえないかもしれない、すると生活の糧を失うばかりかOJTの機会を失うかもしれない」という危機感です。
これは、59期、新旧60期にとっては、現実の危機感でした。
就職先をうまく見つけられなかった方、ノキ弁、タク弁にとっては、当然現在も持っている危機感であるといえるでしょう。
しかし、先輩弁護士でも即独の先生方は地方によってはいて同じように苦労してこられたはずです。
昔と何が違うのかといいますと、昔は即独しても周りの先輩弁護士やひいては相手方の弁護士に教えられるということもあったと聞くところ、現在は後輩を教え導くおおらかさが先輩弁護士にもあまりないように感じます。
そして、この危機感がもう少し上の世代にどのような影響を及ぼしているかというと、「先輩弁護士は、たくさん人を雇う余裕がないぐらい、経営的にきついのではないか。このような状況で独立しても、やっていけるかどうか不安だし、このままいそ弁でいたくても、ボスに追い出されるかもしれない。しかも、精神的にも余裕を失っている先輩弁護士をみて、自分がうまくやっていける自信がない」という現実的な危機感を抱くようになるという影響を及ぼしているといえます。
つまり2つをあわせますと、先輩弁護士たちの、雇うことも教えることもできなくなっているという余裕のなさが、若手弁護士の仕事上の危機感の根底にあるように思うのです。
②の危機感は、日弁連、そして弁護士という職業そのものに対する絶望ではないでしょうか。
小林先生が詳しく紹介されているように、日弁連が他の勢力に押し切られてばかりで、全く頼りにならない、弁護士はもてはやされてはいるけども、タレントになった一部の他は本当はバッシングされるばかりでもはや尊敬される職業ではないし、弁護士の仕事も実際のところは人々にわかってもらえなくなっている(特に刑事弁護の分野において、光市母子殺人事件の反応でみたように)という絶望感が、若手弁護士の根源的な危機感になっているのではないでしょうか。
どちらにしろ、単に司法試験合格者減で解消するようなものではないという点では、先生に賛同いたします。
先生のようにしっかりと根拠を示して論証できなくて申し訳ありませんが、ご参考になれば幸いです。

投稿: 若手弁護士の一人 | 2008年5月26日 (月) 20時56分

コメントありがとうございます。
確かに,59期,60期にとって危機感は心理的な不安感ではなく,現実の,「今そこにある危機」ですね。

投稿: 小林正啓 | 2008年5月27日 (火) 14時53分

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