« 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(13の2) | トップページ | 久保利英明弁護士は,誰の代理人か »

2008年6月 1日 (日)

日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(14)

法曹人口増問題は,1997年(平成9年)10月,将来の1500人を視野に入れたところで,一旦上限を打つ。これは,当時の司法修習制度と予算の物理的限界であった。翌11月に登場したロースクール構想は,1500人では全然足りないとする自由民主党司法制度特別調査会の意思に基づいて発想されたものであり,かつ,ロースクール構想は,本質的に,司法試験合格者年1500人では成立し得ないものだった。従って,従来法曹人口増に抵抗を続けていた日弁連の立場からすれば,ロースクール構想に反対して然るべきところだが,現実には,日弁連はロースクール構想に異議を唱えることはなかった。それは,ロースクール構想が,日弁連の悲願である「法曹一元」と「司法改革」の衣をまとって登場したからであった。

1999年(平成11年)62日,司法制度改革審議会設置法が成立する。同日,日弁連の小堀樹会長(当時)は,「司法制度改革実現のため長年にわたり着実な取り組みを進めてきた当連合会の活動の成果ともいうことができ、国民主権の下における司法の改革が広く国民各層の間における議論を踏まえて実現されようとすることに格別の意義を認める」との談話を発表し,これを歓迎した。

司法制度改革審議会設置法成立の9日後である1999611日,司法制度改革審議会委員13人が内定する。うち5人は学者であり,このうち北村敬子中央大学商学部長と鳥居泰彦日本私立大学連盟会長の2名を除く佐藤幸治座長(京都大学教授),井上正仁東京大学教授,竹下守夫駿河大学長の3名は,現在も法科大学院協会の役員を務めている(筆者注;佐藤幸治氏は平成203月をもって退任した)。このときをもって,法科大学院制度の発足は内定したとみてよい。

もっとも,この時点では,日弁連が法科大学院構想に対して公式にどのような態度を取るかは未定であった。すでに指摘したとおり,日本に法科大学院制度を設けるためには,司法試験合格者数は最低でも年3000人は必要と計算されたため,日弁連が反対する可能性があったからである。

しかし,19991119日,日弁連は法曹人口に関して,「市民が要望する良質な法的サービスの提供と法曹一元制度を実施するためには、弁護士の人口が相当数必要であり…法の支配を社会のすみずみまで貫徹させる観点から…日弁連は国民が必要とする弁護士の増加と質の確保を実現する」との基本的提言を行い,将来の司法試験合格者に1500人という「上限」を付した1997年の基本方針を事実上撤回した。

19991124日,司法制度改革審議会第7回審議において,東京大学の青山義充副学長(当時)が,将来の日本の法曹人口は,少なくともフランス並みの75600人を目指すべきであり,これを達成するために年3000人の司法試験合格者が必要と述べたが,日弁連の事実上の代表であった中坊公平委員はこのとき,全く発言していない。なお,同年出版された文藝春秋12月号において,中坊公平委員は,日本が必要とする法曹人口として6万人とする試算を行っていた。

このようにして,司法試験合格者数年3000人に向けたレールが着々と敷かれていく。

1999年末から2000年にかけて,日弁連会長選挙が行われた。

このとき初めて(後に5回連続して立候補する第1回目として)立候補した高山俊吉弁護士は,選挙公報において,「弁護士が幅広く人権活動を行うことができるのも,経済的基盤があってこそ」であり,その裏付けのない弁護士人口の極端な増加は,弁護士の質を低下させ,弁護士自治を害し,ひいては社会的弱者の立場にある民衆に被害を与える,と主張した。この主張は,日弁連が1995年以降封印したはずの「弁護士の経済的基盤確保」論である。また,法科大学院構想に対しては,「有為の人材を閉め出すとともに,統一・公正・平等の理念を確実に失わせる」として反対した。

これに対し,対立候補の久保井一匡弁護士は,「国民が必要とする弁護士の増加と質の確保を実現する」という方針で対応すると主張し,従前の日弁連執行部路線の承継を公約するとともに,法曹養成制度に関しては,「法曹一元の実現に向け,大学関係者とも協議しつつ,法曹養成制度も改革する」としており,間接的な表現ながら,法科大学院構想を支持した。

この選挙では,事実上,司法試験合格者数年3000人程度を想定した法曹人口増の可否と,法科大学院構想の是非が争点になっていたと見られる。

久保井一匡弁護士が日弁連会長に当選した直後である2000年(平成12年)2月822,司法制度改革審議会において,中坊公平委員が,日弁連として司法試験合格者年3000人を事実上容認することとなるプレゼンを行う。そして,200088日,司法試験合格者数年3000人が事実上内定する。(小林)

|

« 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(13の2) | トップページ | 久保利英明弁護士は,誰の代理人か »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/40838325

この記事へのトラックバック一覧です: 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(14):

« 日弁連はなぜ負けたのか? 法科大学院構想編(13の2) | トップページ | 久保利英明弁護士は,誰の代理人か »