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2008年6月15日 (日)

弁護士人口を増加させたい財界の目的は?(1)

「弁護士を増やせば,弁護士費用の価格競争が発生して安くなる。弁護士人口を増加させる財界の目的は,弁護士費用を下げることにある。」という見解を述べる弁護士が少なからずいる。

筆者は,この見解は,たぶん,間違っていると思う。「間違っている」で語弊があるなら,「不正確」と言い換えてもよい。

弁護士が増えて,弁護士間の競争が激しくなった場合,弁護士費用は一般的に安くなるか。確かに,定型的な事件は,原則として,安くなるだろう。例えば,典型的な定型的事件である自己破産事件は,既に価格競争が始まっている。貸金返還請求事件や,交通事故事案も,その多くは,定型的な事件に属するから,これに関する弁護士費用も安くなるだろう。

しかし他方,複雑な事件や,専門的な事件に関する弁護士費用は,高くなる。なぜなら,これらに対応する能力のある弁護士の数が,相対的に少なくなるからだ。専門的な弁護士のブランド力が上がると言い換えてもよい。また,さほど複雑・専門的といえなくても,依頼者に資力の余裕がある場合は,わざわざ費用の高い弁護士を選ぶ。こういった依頼者は,弁護士費用の高低より,勝訴率の高低を重視するからだ。依頼者に資力の余裕が無くても,事件がさほど複雑・専門的でなくても,依頼者が,その事件で勝訴することに重大な価値をおいている場合には,高い弁護士を選ぶ。また,このような傾向に呼応して,あえて実力以上の料金設定をする弁護士も現れる(というか,もう現れている?)。

ほかにも考慮要素があるかもしれない。いずれにせよポイントは,弁護士が増えても,全部の事件の弁護士費用が安くなるわけではない,一部の事件の弁護士費用は,むしろ高くなるはずだ,ということである。

特に,財界の優良企業が依頼するような弁護士の弁護士費用は,弁護士が増えたときの方が,間違いなく高くなる。もし読者が優良企業の法務担当者であるとして,今までより弁護士の数が大幅に増えたとして,事件解決を安い弁護士に頼むか,高い弁護士に頼むかというとき,安い弁護士に頼むだろうか?筆者なら,万一負けたときに「安い弁護士に頼んだから負けたのだ。」と社内批判を浴びるリスクを避けたいから,安い弁護士に頼むことは絶対にしない。重要な選択基準は,高いか安いかではなく,その弁護士の能力である。費用が高くても能力の高い弁護士に依頼するというのが,優良企業やお金持ちの当然の選択となる。このように見てくると,財界の意図が弁護士費用を下げることにあるという見解は間違いであることが分かる。

「弁護士が増えれば,企業内弁護士を安く雇用することができるから,財界は弁護士を増やそうとしているのだ」という見解もあるが,同様に間違いである。確かに,弁護士を増やせば,企業内弁護士一人あたりの給与額は減るかもしれない。しかし,減るとしても,大学院卒業レベルの一般会社員以下には減らない。しかも,今まで企業内弁護士を雇ったことのない大半の企業からすれば,給与水準が下がったところで,企業内弁護士を新たに雇用することによって,その給与分の固定支出が新たに発生するのである。このような企業の立場から見れば,弁護士を増やしたいということは,「うちにも企業内弁護士が来てほしい」という期待のあらわれかもしれないが,「企業内弁護士に払う費用を減らしたい」という意欲のあらわれではない。

つまり,財界の立場から見れば,弁護士を増やすということは,間違いなく,弁護士に払う経費が増えることを意味する。仮に,弁護士1人あたりに払う金額が減るとしても,支払う企業の側からすれば,弁護士に支払う金額の合計は増えるのである。

弁護士を増やしても,弁護士に支払う金額の合計は減らない,むしろ増えるというのなら,なぜ財界は,弁護士を増やせと言うのか。それは,財界が,国内的にも国際的にも,企業が競争に生き残るコストとして,弁護士に金を払わないといけなくなる時代が来る,と予測したからである。好きで弁護士に金を払いたいわけでは勿論無い。払わなければいけない時代がもうすぐ来る,その時代が来てから弁護士を養成したのでは遅いから,今から増やしたい,というのが財界の判断だと思う。もちろんその判断の中に,「仮に弁護士が必要な時代が来なくても,依頼しなければいいじゃん。」という考えがあったことは否定できないが。

冒頭紹介したような弁護士の間違った見解は,司法制度改革を巡る財界人の発言の中で,「弁護士を増やせば競争が生まれる」という言葉の中の「競争」を価格競争とのみ理解することにより生じた誤解だと思う。財界が期待している「競争」は,価格競争ではない。

以上の見解は,たぶん正しい。筆者は経済学を知らないが,以上述べたようなことは,経済学の基本的な知識で説明できることではないかと思う。

ところで弁護士の中には,「財界が弁護士を増やそうとしているのは,事件単価を下げて,弁護士を飢えさせることが目的である。弁護士が飢えれば,目の前の事件処理が精一杯になって,政府や財界が中国やアジアに対する侵略戦争を起こそうとしても,止めることができなくなる。つまり,財界の目的は,弁護士を黙らせて,侵略戦争を起こすことにあるのだ」と主張する人がいる。先般日弁連会長候補になった高山俊吉弁護士もそう言っていた。私はこの見解も間違いだと思うが,理由を述べる必要があるだろうか。(小林)

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