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2008年7月25日 (金)

和歌山カレー事件で原因が特定されるまでを振り返る

食品に毒物が混入されていた場合,原因を特定することがどれほど困難であるかを実証する例として,和歌山カレー事件を振り返ってみる。和歌山カレー事件は,1998年(平成10年)725日,和歌山県園部市で,夏祭りの際住民に配られたカレーに混入されたヒ素により,60人以上が下痢や嘔吐の症状を訴え,4人が死亡した事件である。この事件は,発生当時,マスコミによってどのように報道されたのだろう。

事件の翌日である726日の東京新聞朝刊は,60人の患者を「食中毒症状」と報じ,和歌山市保健所は集団食中毒事件として調査を始めたとしている。カレー事件の第一報は,集団食中毒事件であった。

しかし事件の2日後である727日の日本経済新聞は,食べ残しのカレーと患者の吐瀉物から「青酸が検出された」と報じ,担当医師の「はじめから青酸化合物と分かっていれば,中和剤を投与するなどの手段もあったのだが」とのコメントを紹介した。この日から,事件名は各紙とも,「和歌山青酸カレー事件」となり,地下鉄サリン事件以来の大ニュースとして報じられる。青酸検出情報を受け,和歌山市の中谷病院では,青酸反応の報を受け,青酸中毒の解毒に用いられるチオ硫酸ナトリウムを患者全員に注射した。結果的には全く無駄な治療であり,不要な解毒剤による二次被害が出なかったことは幸いであった。

728日の中日新聞は,「今回の青酸カレー事件は当初『食中毒では』と診断されて青酸中毒の処置がなされず,4人が死亡した」と報じ,名指しは避けながらも,保健所の対応を非難している。

729日の日刊スポーツは,カレーを食べた後9時間後に死亡した人がいること,農工業で使用される青酸化合物特有の不純物が検出されなかったことから,「致死量ギリギリの高純度青酸カリ」が原因と報じた。しかし,この報道の根拠は,検出された青酸反応が極めて微少だったことにあった。結果論を言えば,このとき警察・報道機関・医療機関は,青酸以外の毒物の存在を疑ってしかるべきであったが,すでに関係者の頭は「青酸カレー事件」で一杯になっており,他の可能性を思いつかなかったようだ。82日の熊本日日新聞は,青酸中毒に気付かなかったと保健所所長を名指しして,その不手際を非難した。

ところが83日,事件は二転する。同日の日本経済新聞朝刊は,犠牲者の胃の中からヒ素が検出されたとし,「捜査本部は犯人がカレーに二種類の毒物を混入した可能性が高いと判断」と報じた。この時点ではまだ,青酸の可能性は排除されていなかったことが分かる。その後捜査機関とマスコミが,青酸の可能性を排除し,ヒ素中毒事件であることが公式に明らかになったのは,事件後3週間を過ぎた821日のことであった。

実は,和歌山カレー事件の原因がヒ素であったことは,事件当初から示唆されていた。青酸中毒特有のアーモンド臭がなかったこと,青酸中毒では見られず,ヒ素中毒の症状である下痢が報告されたこと,事件直後に毒物の混入を指摘する匿名電話があったこと,我が国の毒物混入事件でヒ素の使用は比較的多いこと,等の情報からすれば,ヒ素中毒の可能性は疑われてしかるべきだったとも言える。また,捜査本部がヒ素を検出する2日前には,患者の症状を聞いた外国の医師から,「ヒ素中毒を疑うべき」とのメールが寄せられていた。あとからみれば,これだけの情報が揃っていてもなお,当時の関係者は「食中毒」と「青酸中毒」との思いこみから抜けられなかったのである。

和歌山カレー事件に見られる原因特定を巡る混乱は,なぜ生じたのだろうか。警察,保健所,マスコミがそろいも揃って平均以下の知能しか持たなかったからなのか。筆者はそうとは思えない。後知恵で,結果論を振り回すことは誰にでもできる。しかし,その時現場に置かれた人間は,どんなに有能であっても,事実を見ることがとても難しいのだ。

和歌山カレー事件の3年前,地下鉄サリン事件で警察は,事件直後に毒物をサリンと特定した。しかしこれは,その前年の松本サリン事件があったからだ。松本サリン事件では,原因物質の特定に6日間を要し,その遅れが世間の非難を浴びていた。その警察も,和歌山カレー事件の報に接し,サリンと同種の有機リン酸系毒物の使用を(青酸とは別に)疑ったようだが,それ以前の毒物犯罪で多く用いられたヒ素の可能性には思い至らなかった。結局のところ,人間の応用力というものはこの程度のものだということなのだろう。

さて,筆者が今頃になって和歌山カレー事件を振り返るのは,この事件に,中国製毒入り餃子事件との共通点を感じるからである。毒入り餃子事件の場合,最初の被害発生から約1ヶ月間,販売業者が事件を公表して製品を回収しなかったことについて,マスコミの非難が集中した。しかし,最初の被害(餃子を食べた千葉県市川市の一家5人が有機リン系中毒とみられる症状を訴えた被害)をもって,メーカーが事件を公表して製品を回収することが可能だっただろうか。それは,和歌山カレー事件で,事件直後に,事件に使用されたカレールーのメーカーが,商品の自主回収を行うことに等しい。もし,事件の第一報を受けた直後に冷凍餃子を回収しなかったジェイティフーズが非難に値するならば,和歌山カレー事件の直後にカレールーを回収しなかったメーカーも同程度の非難に値しなければならない。ところが,和歌山カレー事件では,カレールーのメーカーは,非難どころか,話題にも上っていない。当時の客観的可能性としては,カレールーに毒物が混入されていたこともあり得たはずである。和歌山カレー事件で事件直後にカレールーを回収しなかったメーカーが非難に値しなければ,事件の第一報だけで冷凍餃子を回収しなかったジェイティフーズも,同様に非難に値しないはずである。「回収しておけば良かった」という識者の指摘は,後知恵にすぎない。

このように,著明な事件を引き合いに出して再発防止策を検討するに当たっては,後知恵を排除することは,とても難しいが,とても大切なことである。(小林)

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コメント

はじめまして
和歌山カレー事件できました
高校生がインターネットだけで推理した記憶が
検索してみたら
中学3年生三好万季さんが文藝春秋に
「毒カレー事件の四人は医療事故死である」
確か女性の保険所長が100%青酸中毒
青酸中毒はドラマなんかでも即効性ですから
やはり平均以下の知能しか持たなかったからかと
適切な治療がされていたらとしたら

投稿: けろよん | 2009年4月21日 (火) 22時09分

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