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2008年7月19日 (土)

日弁連「法曹人口問題に関する緊急提言」に,町村官房長官「見識を疑う」

日弁連は,2008718日,理事会において「法曹人口問題に関する緊急提言」を採択し,資料とともに公表し,記者発表を行った。

記者発表によると,今回の緊急提言は,「司法改革を推進する立場を堅持しつつ」「法曹人口急増のスピードが一連の法曹養成課程において,様々なひずみをもたらしている事実を直視し,増員のペースをスピードダウン」することを要請するものである。

この緊急提言に対し,町村信孝官房長官は,同日午後の記者会見において,「日弁連の見識を疑う」とコメントした。会見の内容はこちらをご覧いただきたい(但し19日午前11時時点で未公表)。

官房長官のコメントを整理すると,次の通りである。すなわち,「日弁連は結局,業界の利益が第一である。確かに,法曹三者の質の維持は重要だが,司法改革の立場をかなぐり捨てて,業界利益を言い出す見識を疑う。ただ,自民党内にも議論があり,政府法務省内でも検討がなされているから,さらに議論を煮詰めていきたい。」

官房長官が日弁連を批判する根拠は,次の2点だ。第1点は,自ら司法改革を推進すると約束すると言っておきながら,これを反故にする約束違反,という指摘だ。しかし,日弁連緊急提言は,司法改革推進の立場を堅持するとしているので,官房長官の批判はあたらない。日弁連も,やすやすと司法改革放棄の批判を浴びるほど,馬鹿ではない。

官房長官が日弁連を批判する第2の点は,「業界利益」という点だ。この点は,多少解説が必要だろう。なぜなら,例えば漁師が燃料高を理由にストライキをしたところで,同様の批判は受けないからだ。では,弁護士は「業界利益」との批判を受け,漁師は受けないのはなぜか。それは,弁護士が基本的人権の擁護と社会正義の実現を旗印にしているからだ。つまり,官房長官の批判の要点は,弁護士の偽善性にある。「社会正義だ人権だとおっしゃるけど,自分の稼ぎが大事なんでしょ」というわけである。この点は筆者としても意見を述べたいところであるが,本稿の主旨ではないから,後日にする。

次に押さえておきたいのは,町村信孝官房長官の立場だ。これにも二つある。第一はいうまでもなく,官房長官としての立場だ。今般の日弁連緊急提言は,2002年3月19日の閣議決定に異を唱えるものであるから,内閣官房長官として不快感を表明することは,立場上当然といえる。

第二は,町村信孝官房長官は文教族議員の有力者という点だ。2002811日の日本経済新聞は,法科大学院構想を巡る法務族と文教族の縄張り争いが加熱してきたとして,奨学金などの財政支援は学生個人にではなく,大学に給付するべしと主張する町村信孝現官房長官(当時は前文部科学相)を紹介し,「法務族にはこれまでの文科省による法学部教育は失敗だったとの思いが強く、『文教行政の制約を払いのけて大学院を軌道に乗せたい』(保岡興治・党司法制度調査会長)との立場。文教族は『法科大学院で縄張りを侵されると他の職業大学院構想でも他省庁が口を出してくる。絶対譲れない』(幹部)との姿勢だ。」としている。つまり,町村信孝官房長官は,法科大学院の倒産を容認できない立場にある。

現時点でのマスコミの姿勢はどうか。まず,日弁連緊急提言の背景については,「日弁連は増員による競争激化を懸念する声を無視できなくなったという事情がある。2月の日弁連会長選挙では,法曹増員をはじめ司法改革に批判的な候補者に約43%の票が集まった」(日本経済新聞),「合格者増加に伴い,都市部で『仕事が減る』との危機感が広がり,今年の日弁連会長選で宮崎誠候補は急きょ『見直し』を訴えて辛勝した」(中日新聞),「合格者急増で法律家の質の低下や弁護士志望者の就職難が指摘されていることを受けたもの」(産経msn)などがある。

次に,日弁連緊急提言に対する批判的論調としては,「法曹増員を認めてきた日弁連が方針を事実上転換するもので,司法制度改革趣旨に逆行する(法曹関係者),法務省や最高裁が改革の趣旨を踏まえて法曹養成に取り組んでいる段階であり,日弁連は責任を果たし切れていない(法務省関係者),新司法試験の結果を2回しか発表していない段階で方針を後退させるのは,法曹希望学生に動揺を与える(法科大学院教授)」(毎日新聞),「法科大学院などからの批判も予想される」(中日新聞)とするものがある。また,2000111日,日弁連自らが法曹人口増員を決議したことを指摘したのは日本経済新聞,毎日新聞,中日新聞である。

総じて,マスコミは日弁連緊急提言に対して批判的論調ではあるが,半年前のような感情的なものではない。他方,日弁連に同情的な記事は見あたらない。なお,毎日新聞による「法務省関係者」のコメントはミスリードだと思う。

現時点では,朝日新聞は何も報道していない。緊急提言に関しては,7月10日に報道済みだからだ。町村官房長官のコメントを,朝日新聞がどう報道するかは注目される。

現時点で我々一般の弁護士がしておくべきことは何か。第一に,宮崎日弁連会長の綱渡りは始まったばかりである。日弁連緊急提言の内容も,これに対する政府のコメントも,マスコミの論調も,予想の範囲内である。町村官房長官も,法務省等の検討待ちと言っている。だから,感情的な対応をせず,冷静に事態を分析することが必要である。

第二に,いろいろなシミュレーションをしてみることである。今回の日弁連緊急提言が,例えば司法改革を否定するような,もっと「過激な」ものであったらどうか。高山俊吉弁護士が日弁連会長選挙に当選していたらどうなっていたか。大阪弁護士会が当初企図していた案ならどうか。逆に,日弁連執行部が,スローダウンを主張しつつ,将来(2010年以降のいつか)の3000人または法曹人口5万人堅持を打ち出していたらどうか。

もうひとつ,「3000人は中坊と久保井が勝手に決めた」という間違った歴史認識は,いい加減撤回すべきだ。こんなことを言っていると,弁護士は世間からもっと馬鹿にされるだけである。(小林)

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コメント

何をもって「いい加減なこと」を評価されるのか分かりません。
私の文章は、「3000人を実現するという日弁臨時総会決議は、政府や財界から押しつけられ、中坊・久保井が会員に無断で「公約」したものを追認したのが実相です。」というものです。
その意味するところは、3000人は、決して弁護士会内部から出たものではないこと、会内の合意を経ないで先行して対外的な意見表明をしたという点にあります。これが「間違った歴史認識」で、撤回しないと、「弁護士は世間からもっと馬鹿にされるだけである」と激烈な批判を浴びるほど的外れなんでしょうか。
それと何度か千葉弁護士会の決議のことを「世間から黙殺された」、「マスコミから黙殺された」とおっしゃっていますが、毎日のローカル面や千葉日報では取り上げられているのをご存じでないのか、それともしょせんはローカル記事だから黙殺されたも同然だということなのでしょうか。けれども、日弁連が方針転換したのは、こうしたローカル弁護士会の意見の積み上げによるものではないのですか。

投稿: 増田尚 | 2008年7月19日 (土) 22時59分

「毎日のローカル面や千葉日報」では、残念ながら「黙殺された」と言わざるを得ないでしょうね。

投稿: 横入りですいません | 2008年7月22日 (火) 21時29分

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