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2008年7月13日 (日)

ダスキン事件を振り返る(2)

まず,最初に事実を知ったとされる二人の取締役について,少なくともその後に販売された300万個の肉まんについては,販売を停止しなかった責任を免れることはできない。実害があろうが無かろうが,無認可添加物が使用された食品を販売することは,刑罰によって禁止された明白な食品衛生法違反であり,その販売を正当化することはできない。

ただ,現実問題として,当時の二人の取締役に,問題が指摘された肉まんの販売を中止するという選択が可能であったかはかなり疑問である。なぜなら,一時的にせよ各地の「ミスタードーナツ」の店頭から肉まんが消える事態は,無認可添加物の使用を公表するに等しいし,それは,ダスキンに重大な損失をもたらす可能性があった。他方,この添加物は日本では許可されていないとはいえ,実際には危険性は無いといって良いものだった。形式的には食品衛生法違反(3年以下の懲役または300万円以下の罰金)とはいえ,実際に下された処罰は20万円の罰金だったことも,実質的な違法性の低さを示している。

これに加え,当時のダスキン中枢部が深刻な派閥抗争の最中にあったという筆者のカンが正しければ,この二人の取締役が担当部署の失態を自ら明らかにすることは,その時点で,派閥抗争に敗北し,会社を放逐されることを意味する。実際のところ,この二人が翌年の派閥抗争で敗北しなければ,この件をヤミから闇へ葬ることは可能だったはずだ。このような状況で,この二人の取締役に,目前に迫った確実な危機と,将来起きるかもしれない危機の可能性の,どちらを回避するかと選択させたら,前者を選ぶのは当然といえよう。

この二人の取締役を被告とする株主代表訴訟において,1審の大阪地方裁判所(平成17210日)は,食品衛生法6条違反という具体的な法令違反が認められること,C社に支払った6300万円が,口止め料という,違法とは言えないまでも不当な隠蔽工作を行ったことを根拠に,ダスキン事件で同社が被った損害の全額である106億円余という膨大な損害賠償を命じた。続く大阪高等裁判所の判決は,事実認定はほぼ1審判決と同じであるが,取締役と損害との因果関係については,一審判決と違う判断をした。すなわち,仮に当時事実を公表しても,相当の損害がダスキンにもたらされることは避けられなかった,として,隠蔽による損害は全損害の半分と認定し,約53億円の賠償金の支払いを命じたのである。

京都大学の北村雅史教授は,53億円という「非情とも言える額の賠償責任」が妥当かを論じ,「(実際に多数の)健康被害を生じさせた雪印乳業の事件などに比べれば,(事件を公表しないことによるダスキンの)信用低下はそれほどひどいものにならないと予想していたのではないか」とし,そうであるとすれば,ダスキンが実際被った106億円余という巨額の損失を予見できなかったとして,この二人の取締役の賠償責任を,支払可能となる金額にとどめることができたのではないかと指摘する。これは示唆に富む指摘というべきであり,少なくともこの二人の代理人弁護士としては,実質的には危険性がなかった添加物の使用について,ヒステリックと言えるほどの世論の沸騰までは予見できなかった,という主張をするべきだったのではないかと思う(実際にそのような主張をしたか否かは未確認だが)。

この判決が53億円という巨額の賠償責任を二人の取締役に課したのは,「口止め料」の支払をはじめとする積極的な隠蔽工作を行ったと認定されたことが大きいと思われる。もっとも,これらの判決のうち,C社に支払った6300万円が口止め料であったか否かについては,実のところ,疑問が残る。この金が口止め料であることは,事件発覚の際,ダスキン自身が記者発表して認めたことであるが,その時点でのダスキン経営陣は,この二人の取締役を放逐した対立派閥によって構成されていたことには留意する必要がある。また,ダスキンはその後,C社社長を恐喝罪で告訴したが,結局C社社長は逮捕も書類送検もされていない。さらに,C社とダスキン間の訴訟の判決(大阪地裁平成17916日)では,この6300万円がダスキンとC社双方にとって口止め料と理解されていたとは言えない,と認定されている。確かに,製造委託契約の趣旨に反して無認可添加物入りの肉まんを製造したA社を切り,新たにC社と契約するとともに,設備投資資金として数千万円を交付することそれ自体は,経営判断としてあり得ることとも言える。

いずれにせよ,事実を知った二人の取締役に関して,コンプライアンスという観点からは一つの結論を得た。しかし,C社社長から無認可添加物の使用を聞いた後,300万個の肉まんの販売を中止することが実際には不可能だった,という点に照らせば,食の安全という観点からは,何ら結論が出ていないと言わざるを得ない。(小林)

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