うなぎ蒲焼きの産地偽装問題について(1)
農林水産省は2008年6月25日,株式会社魚秀及び神港魚類株式会社に対し,「中国産うなぎ蒲焼きに,製造や販売の実体のない架空会社を表示し,愛知県三河一色産として販売していたことを確認」したとして,JAS法に基づく指示を行ったと報道発表した。
筆者は,東京海上日動リスクコンサルティング株式会社主催の「食品業界の信頼性向上セミナー」に講師として参加する関係上,ネタ集めのため,新聞報道を中心にこの事件を勉強してみたが,恐ろしく奥が深くて,泥縄では手に負えない。しかし,食の安全とコンプライアンスの問題を考えるとき,すなわち,食品偽装はなぜ無くならないのかを考えるとき,この事件を避けて通ることができない。
そこで,恥ずかしながら,現時点での到達点を示すため,この事件について筆者が理解したことを記しておくことにする。
Ⅰ 偽装の背景1(内外価格差と内外同品質)
日本人は,世界の食用うなぎの7割を消費している。このうなぎは,ほぼ99%が養殖だ。ところが,うなぎの卵を人工ふ化させる技術は実用化されていない。そのため,毎春,「シラスうなぎ」と呼ばれる稚魚を沿岸で採捕している。このことは,シラスうなぎの漁獲高が,うなぎの養殖量と市場供給量,ひいては,零細な鰻養殖業者の生活に直接影響することを意味する。しかも,シラスうなぎの漁獲高は近年減少しており,しばしば,漁獲量を巡る国際紛争に発展する。国際紛争の主たる当事者は,養殖を営む日本,中国,台湾3国のほか,シラスうなぎを中国に輸出するEUだ。
国際紛争の概要は,こうである。2007年6月,EUは資源保護の見地から,シラスうなぎの漁獲・輸出規制を2009年から2013年までに6割減少させるという大幅規制策を決定した。シラスうなぎの輸入量減少に困った台湾政府は,日本政府に対して輸出を要請したが,日本政府は,輸出貿易管理令上,シラスうなぎは輸出禁止とされているとして断った。これに対抗して台湾は,2007年10月,日本に対するシラスうなぎの輸出を禁止した。この一連の国際紛争は,国内産うなぎの価格高騰をもたらした。
国内産うなぎの価格が高騰する原因はもう一つある。2000年ころから,中国産うなぎから,しばしば,許容量を超える残留農薬が検出された。台湾産うなぎから残留農薬が検出されたこともあるが,報道数は中国産うなぎの方が多い。これは,台湾に比べ北方でうなぎを養殖する中国では,温室を使うため,うなぎの養殖密度が高いこと,漁獲量が安定しているが,病気に弱いヨーロッパうなぎを多く養殖するため,薬品への依存度が高いこと,が原因とされている。詳しくは,「ウナギをめぐる情勢変化とわが国への影響」(農中総研 調査と情報)を参照されたい。
一方,食品安全に対する意識の高まりを受け,2002年2月にJAS法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)の新基準が適用され,うなぎの蒲焼きについて,原産地名を最終加工地ではなく原料生産地とすることが義務づけられた。つまり,それ以前は,中国産のうなぎを静岡で焼いてタレをつければ「静岡産」と表示してもJAS法違反にならなかったのである。
JAS法新基準が適用され,国内産と輸入物の表示が峻別されると,消費者は「多少高くても国内産を買う」という購買行動を見せた。その結果,うなぎ蒲焼きの内外価格差は広がっていった。禁止薬剤使用発覚を受け,2003年と2005年の二回にわたり,中国政府がうなぎの禁輸を行ったことも,消費者の国産への信頼と,うなぎの内外価格差を助長することとなった。
うなぎの内外価格差は,輸入物を国内産と表示すれば儲かる,という偽装の動機となる。しかし,うなぎ蒲焼き産地偽装問題の背景にあるのは,内外価格差だけではない。これと同等に重要なのは,「味が変わらないから偽装してもばれない」ということだった。
JAS法新基準が適用された当時から,「台湾産うなぎの方が安くて旨い」という評判はあった。日本に比べ温暖な台湾では,露地池養殖がなされており,ハウス養殖を行う日本よりコストが安く,しかもうなぎは広い池でのびのび育つので,味も良い。蒲焼き工場の機械も日本と同等になったため,消費者には,味の上での区別がつかなくなっていたのである(蒲焼きってタレの味で食べているようなものだし)。一連の事件報道が中休みとなった2008年7月,台湾政府は日本で台湾産ウナギの安さと安全性のキャンペーンを始めた。うなぎ偽装事件は,高いだけの国産うなぎに壊滅的な打撃を与えるかもしれない。
まとめると,うなぎには「内外価格差」が大きいことと,「味の差」がほとんど無いこと,という二つの特質があり,これが,うなぎ蒲焼き産地偽装事件の背景となったのである。
話は変わるが,筆者はこの問題を勉強するまで,「中国産うなぎの蒲焼き」は「中国産うなぎ・の蒲焼き」であって,日本で焼いていると思いこんでいた。「中国産うなぎの蒲焼き」が,実は「中国産・うなぎの蒲焼き」であり,中国で焼いたあとに冷凍していると知ったことは少なからずショックであった。なんでショックなんだ,という気もするが,スーパーで「中国産うなぎの蒲焼き」を買う気がかなり薄れたのは間違いない。(小林)
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