Google Street Viewとプライバシー権
2008年9月18日に掲載された佐々木俊尚氏の「Google Street Viewの『日本の風景』が投じた波紋」は,Google Street View(以下GSV)に関する,これまでの議論を要領よくまとめている。
記事によれば,GSVに対する意識調査の結果,懸念として,「プライバシー侵害の不安」を掲げた回答がトップの67.6%に,「犯罪に使われないか不安」と指摘した回答が第2位の58%に上ったという。IT企業役員の樋口理氏は,ご自身のブログで,「僕らのプライバシー感覚と防犯意識」の観点から,日本の生活道路をGSVの対象から外してほしいと訴え,海外も含め賛否両論を呼んだとのことだ。そして記事は,米国の著名なブロガーの反論として,「日本人のツアー客がアメリカに来ると,(生活道路を含め)ストリートを撮影するのはオーケーだった。Googleが同じことを自動的に行うと全然違う話になってしまう。どうしてそういう理屈になるのか興味があるね」という意見を掲載している。
「どうしてそういう理屈になる」のだろう。これが第1のポイントである。そしてこの点については,「撮影すること」と「公開すること」を分けて考える必要がある。樋口氏は明確に認識しておられないようだが,GSVの問題性にとって本質的に重要なのは,「公開すること」であって「撮影すること」ではない。
確かに,撮影行為それ自体がプライバシー権侵害になる場合はある。判読可能な形で表札を撮影することや,人間より高い視点で私邸をのぞき見するように撮影することは,それ自体プライバシー権の侵害になる(厳密に言うと,個人情報とプライバシー情報の異同という問題はあるが,本稿では触れない)。しかし,家の外観や,路上に駐車された自動車を撮影することは,原則としてプライバシー侵害にはならない。
しかし,撮影することがプライバシー侵害にならなくても,その画像をネットで公開することがプライバシー侵害になるか否かは別問題だ。そして,GSVの問題は,「いつでも,検索可能な状態で」撮影画像が全世界に公開されている点にある。これが,例えば自宅を撮影された人の反感を呼び,「撮影はともかく,公開はいやだ」という「理屈」になるのだと思う。
同じような理屈は,例えば観光地で記念撮影をする際,赤の他人が写り込んでも違法にならないのに,その写真を自分のブログで公開すれば違法になりうるのはなぜか,という問題にも見られる。
実は,法理論としては,公開の程度によってプライバシー侵害になったりならなかったりする,という考え方は一般的ではない。筆者の知る限り,筆者以外の法律家で,このようなことを言っている人はいない。一般的には,ど田舎の商店会のミニコミ誌に掲載されても,朝日新聞の1面トップで報道されても,おなじ「公開」としか理解されていない。しかし,プライバシー情報の「公開」には程度があるはずだし,ある程度を越えたところでプライバシー権の侵害が違法になるという理屈は成立してよい。
そして特に,GSVは,検索可能であるという点,すなわち視聴者は一方的に情報を受領するだけ,というのではなく,視聴者が積極的に画像情報を検索しうるという点において,例えばテレビ放送に比べて,プライバシー権侵害の程度は高いのである。とても懸念されるのは,技術の進歩に対して,法理論が全く追いついていないことだ。(小林)
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