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2008年9月24日 (水)

認知症グループホームの「見守り」カメラは誰のプライバシーを侵害するか

2008921日のasahi.comによると,認知症グループホームの中にカメラを設置して介護職員を援助するプロジェクトが,北陸先端科学技術大学院大学高塚亮三氏を中心に進められていたが,NPO法人全国認知症グループホーム協会が,「利用者からすれば監視以外の何ものでもない。徘徊による事故の防止には必要最低限のセンサーの設置で不十分か否かを議論する必要がある」と実用化に反対する立場を明確にしたところ,プロジェクト側は当面製品化を中止することにしたという。

ネットワークカメラやRFID等,ユビキタス技術実用化の研究が,プライバシー権侵害などの批判を受けることはよくあることだ。しかし大概の研究は,批判をものともせず続行される。これに対して,このニュースは,プロジェクト側が批判を受け入れて研究の製品化を中止してしまった点で,特異性がある。なぜこういう展開になったのだろう。

グループホームとは,知的障害者等の生活援助事業の一つで,5~9名の要介護者が市井の一般住宅で,介護者とともに共同生活を営むものである。1980年代のスウェーデンで発祥し,1991年に日本に導入された後,法制度が整備され,2000年で全国に270であったグループホームは2004年にほぼ20倍の2520と急増した(小学館日本大百科事典より)。要するに,郊外の老人ホームではなく,町中の一般住宅で老人を介護するわけである。グループホームは本来,年齢に関係なく知的障害者や精神障害者を援助するものであるが,日本では,認知症高齢者の介護施設を指すことが多い。

日本のグループホームは,慢性的な人手不足と資金不足に悩まされている。時折グループホーム職員による虐待が報道されるが,人手不足も間違いなく,その背景にある。ユビキタス技術を使って,人手不足を解消しようという試みは,しかし,当のグループホーム運営者によって拒絶されてしまった。ユビキタス技術の研究者は,この事件を他山の石とするべきだと思う。

NPO団体の反対声明文が公開されていないので,想像によるしかないが,そもそも,グループホームの人手不足をITによって補うという現代日本的な発想に問題があった可能性がある。

グループホームが4年間で約20倍と急増したのは,おそらく,スウェーデンで説かれた理想が素早く浸透したからではない。空き不動産を老人介護施設に転用できるという初期投資額の少なさに,行政が飛びついた結果だと思う。だから,予算不足と人手不足は,日本でのグループホームに運命づけられていたのではないか。そして,福祉大国スウェーデンにおけるグループホームの実態は,日本のそれとかけ離れていると想像する。そのため,日本におけるグループホームの創始者たちは,もっと予算をもっと人手をと訴え続けていると思う。そんな彼らに対する回答が,「ユビキタス技術で人手不足を解消します。1セット150万円で,維持費が年○○万円です」というものだったらどうなのだろう。この回答は,おそらく,グループホーム創設者たちの理想から遠ざかるものと受け取られたと思う。

NPO団体の指摘も重要である。監視カメラによるプライバシーの侵害は,原則として,被撮影者またはその保護者の同意があれば回避できる。その意味で,被介護者のプライバシー侵害の問題の解決は容易だ。他方,介護職員の立場からすれば,痴呆老人が相手である以上,暴力や虐待に至らないまでも,多少手荒なことをすることだってあるだろう。その中で,自分の行動が逐一撮影され記録されているというのは,多大なストレスとなりうる。これは一種の職場監視だ。グループホームにネットワークカメラを導入することが,介護職員の反発を招くことは,研究者自身,気付いていたようであるが,結局これを解決することができなかったようだ。

研究者たちの発想に対して注文したいことは,次の2点である。まず,「民家・少人数」を特徴とし,閉鎖的な組織であるグループホームに,そもそもユビキタス技術の導入は必要だったのだろうか。「行政の研究公募」に,ご自分たちの研究を,無理矢理当てはめようとしなかったのだろうか。老人介護の世界では,むしろ,大規模老人ホーム等への導入から考えるべきだったのではないだろうか。

もう1点は,「監視」を「見守り」と言い換えることによる思考停止である。この研究者らの論文の中には,このプロジェクトは「監視」ではない,「見守り」を通じて被介護者の「人となり」「その人らしさ」を理解するのだと力説しているものもあるが,監視されていると感じる人からみれば,どんな美辞麗句を使ったところで,監視は監視である。そして,本プロジェクトでは,第三者ではなく,ほかならぬシステムの購入者自身が,監視の目を不快に感じたようだ。今回の失敗原因の一つは,研究者自らが「見守り」という言葉で思考停止に陥ってしまい,研究成果を実用化する場合,誰がどのような反感を持つか,に対する配慮を怠ったところにあるのではないだろうか。(小林)

参考文献

グループホームのための”見守り”介護支援システム

アウェアホームのためのアウェア技術の開発研究

見守り支援システムと介護スキルの関係

認知症高齢者グループホームの介護現場における気付き法

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