« ニュースを読む視点3~中教審が法科大学院の統廃合に言及 | トップページ | 次世代ロボットと知的財産戦略 »

2008年10月 3日 (金)

旧司法試験は,岩山の禅寺?

先日,ある法科大学院の教授とお話しする機会があり,その中で,法科大学院教育の現状に関する教授のお言葉に,とても感銘を受けたのでご紹介をしたい(たぶん教授は立場上,この話を公にできないだろうし)。以下で「君」とあるのは,筆者のことである。

「君らの時代の司法試験は,たとえて言うと,険しい岩山のてっぺんに禅寺が建っているようなものです。若い修行僧(つまり受験生ですね)は禅寺にたどり着こうと,必死に岩山をよじ登るわけですが,その間に,脱落したり,死んだりする者も相当数います。そして,すさまじい修行を経て禅寺の山門をくぐる頃には,ほとんど悟りがひらけているので,あとはお経をちょこちょこっと教えてあげれば,一人前のお坊さんとして通用するわけです。これが君らの時代の司法試験。

このやり方で試験に受かってきた君らは,みなそれなりの人材です。しかし,このやり方には無駄も多い。悟りを開くまで時間がかかりすぎるし,脱落して努力を無駄にする人も多い。本当に死ぬ人だっている。そこで,君らがどうやって悟りを開いたかを科学的に分析して体系化し,これを組織的に教育すれば,もっと効率的に人材を育成できるのではないか。これが法科大学院の発想だったわけです。

しかし残念ながら,この発想が実現できているとはとても思えない。悟りをどうやってひらいたかを分析して体系化することもできていない(だって君ら自身だって,自分がどうやって悟りを開いたか,分からないでしょう?)し,ましてや,学生に教えてあげることもできていない。勢い,教育は受験指導と知識偏重になってしまっているし,学生にも,悟りを開こうとする意志など全くない。

もちろん,法科大学院制度も軌道に乗れば,ある程度の人材を養成できるでしょう。しかし,法科大学院の教育制度で育った法律家は,おそらくその精神構造において,君らと決定的に違う人間になると思う。君らは法科大学院制度に反対したり,法律家の質がどうこうと言っているが,君らの懸念するところの本質は,質の問題ではないと思う。むしろ,共に命がけで岩山をよじ登ってきたという経験を共有する中で,君らが培い,継承してきた,とても本質的な何かが,法科大学院生に受け継がれていないということに,君らは危機感を持っているのだと思います。」

ちなみに,ここで「悟り」というのはたとえ話であり,筆者ら旧司法試験合格組が本当に悟りをひらいたわけではないから念のため。(小林)

|

« ニュースを読む視点3~中教審が法科大学院の統廃合に言及 | トップページ | 次世代ロボットと知的財産戦略 »

コメント

旧司法試験においても、末期?は、予備校が流行り、受験指導を受けて司法試験に合格する人がとても多くなっていたかと存じます。
その頃には、合格人数が増えたこともあり、旧司法試験はすでに岩山の禅寺での修行というのとは少々趣が異なっていたように感じるのです。
小職は予備校のみならず数多くのとても親切な先輩に導かれて何回もの失敗の上にやっと旧試験に合格しましたが、「悟りを開いた」(あくまで比喩ですが)とはとても思えません。上の世代、特に10年以上上(40期代前半より上)の弁護士とは、何か違うものを感じます。
旧司法試験の頃から、すでに、「君らが培い,継承してきた,とても本質的な何か」は少しずつ失われていたのではないでしょうか。いまから法科大学院を廃止しても、それを取り戻すのは無理で、あきらめて新たな法曹像を構築する、またはそれについて改めて先輩方が探求した上で別な形で涵養する方が生産的だと考えるのは、間違いなのでしょうか。

投稿: 若手弁護士の一人 | 2008年10月 8日 (水) 23時06分

コメントありがとうございます。このエントリは,ご紹介しただけで,私の意見ではありません。また,私自身は,法科大学院を廃止すべきだとも,廃止できるとも考えていませんし,それは件の法科大学院教授も同じだと思います。だから私は,若手弁護士さんのご意見が間違いだとは思いません。ご指摘のように,大事なのは,これからどうするかであり,今までどうだったかではありません。ただ,これからどうするかを考えるには,今までどうだったかを知ることが必要だというのが,私の考えです。回りくどくてすいません。今後ともご批判などお願いします。

投稿: 小林正啓 | 2008年10月 8日 (水) 23時20分

初めまして。いつも大変興味深く読ませていただいております。
私は旧試験で成功しなかった者ですが、「岩山の禅寺」の喩えは絶妙だなぁと思いました。
ちなみに、私がお話を伺った某上位ローの教授は、旧試験を短距離走、新試験を長距離走と例えていました。曰く、このように方向性が違うのだから旧試験合格者でも新試験では思考が息切れしてしまう、と。その場ではさすがに返答に困ってしまったのですが...

投稿: かしわ | 2008年10月14日 (火) 11時51分

はじめまして、岡口裁判官のHPから訪問させていただきました。
法科大学院の教授は実際旧司法試験組と新司法試験組の実務法曹に直接接することはないため、哲学的な考察になっていると思います。
そこで、旧と新との実務法曹に実際お二人が接しての比較考察をぜひとも語っていただきたいです。

投稿: まるまる | 2008年10月21日 (火) 10時40分

要するに、君らは悟っているつもりかもしれないけど、そうではないのだから、質とかいう資格はない。だから、法科大学院という商売の邪魔をするな。と。

投稿: ぼのぼの | 2010年12月 5日 (日) 22時45分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/42541973

この記事へのトラックバック一覧です: 旧司法試験は,岩山の禅寺?:

« ニュースを読む視点3~中教審が法科大学院の統廃合に言及 | トップページ | 次世代ロボットと知的財産戦略 »