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2008年11月 5日 (水)

馬肉偽装報道の顛末

2008年10月30日から31日にかけて,「熊本産」馬肉の偽装が報道された。

報道や農水省のプレスリリースによれば,熊本県の業者Aが,カナダ原産の馬肉を,原産地を表示せずに大阪の仲卸会社ショクリューに販売し,同社もやはり原産地を表示せずに佐賀県の小売業者ヤマフに販売したところ,ヤマフはこれを「熊本産」と表示し,約163キログラムを一般消費者に販売した。報道内容と処分を整理すると,次の表のとおりである。

御者名

問題となった行為

業者の分類

管轄

認定

業者名処分

処分内容

A社(後に(株)三協畜産と判明)

馬肉の原産地「カナダ」を表示・伝達せずショクリューに販売

県域業者

熊本県

原産地表示もれ

非公表

文書指導

(株)ショクリュー

馬肉の原産地「カナダ」を表示・伝達せずヤマフに販売

 

農水省

原産地表示義務違反

公表

指示

(株)ヤマフ

原産地を確認せず「熊本産」と表示して販売

ブロック域業者

九州農政局

不適正表示

公表

指示

熊本県域業者Aに関しては,農水省から熊本県に対して,「厳正な措置を取るよう要請した」が,熊本県は30日,業者名を公表せず,文書指導にとどめたと発表した。しかし各紙は,A社が三協畜産であることを31日に報道する。これを受けて三協畜産は31日,ホームページにお詫びと説明のコメントを発表した。翌11月1日以降,後追いの報道はない。

この事案の背景となる事情は,次のとおりである。

まず,熊本県は馬肉の本場だが,熊本県で生まれ育った馬の肉は,おそらく全体の1割に満たない。大半は海外か北海道生まれであり,海外の中ではカナダが多い。熊本県に来た馬は,牧草に代わって穀物で肥育され,適度に脂がのったところで食肉にされる。

2005年9月までは,これらの馬肉は出生地にかかわらず,「熊本産」として販売されてきた。JAS法上の原産地表示に関して,農水省内の「原産地表示の基本的考え方(一般ルール)」によれば,複数地域を経由して肥育された生鮮食品について,最も長く肥育された地域をもって原産地とされてきたが,畜産物については例外として,輸入した日から,牛については3ヶ月,豚については2ヶ月,その他の家畜については1ヶ月以上肥育すればその地域名を表示して良いという,いわゆる「三ヶ月ルール」(平成12年3月31日農林水産省告示514号生鮮食品品質表示基準)が定められていたので,馬肉については熊本に連れてきた日から1ヶ月以上肥育すれば「熊本産」と表示できたためである。

この「3ヶ月ルール」は,いうまでもなく国内の畜産業者を利するためのものであり,そしておそらく,それ以前の慣行を追認したものであるが,合理的根拠のない,あまりに露骨な業者保護の制度として批判の対象になり,平成16年9月14日農林水産省告示1706号により撤廃され,上記「原産地表示の基本的考え方(一般ルール)」が適用されることになった。これを受けて,熊本県の生産業者12社でつくる「熊本県馬さし流通協議会」は,純粋に熊本県で生まれ育った馬の場合「熊本産馬さし」,県外から来て熊本県で4ヶ月以上肥育した馬の場合「熊本馬さし」と表示わけした上「原産地○○(例えばカナダ)」「肥育地熊本県」と表示するという自主ルールを制定した。

今回問題となった馬肉が熊本県内で4ヶ月以上肥育されたものであるか否かは不明だが,いずれにしろ,三協畜産は原産地表示を何もせず販売したことが,問題の発端となった。

この一連の報道からうかがわれる問題点は,次のとおりである。

第1に,農水省と熊本県の足並みの乱れが指摘される。農水省は,熊本県に対し,三協畜産に対する厳正な措置を要請したにもかかわらず,熊本県は業者名公表を拒否した。その理由として熊本県は,外食産業に生鮮食品を販売する売主には原産地表示義務がないところ,三協畜産は外食産業と誤信して原産地を表示せず販売した「表示もれ」にすぎないからとしている。しかし,「外食産業に生鮮食品を販売する売主には原産地表示義務がない」とする条項はどこにもなく,解釈としても間違っている。三協畜産の行為は「明白なJAS法違反」とする農水省の主張が正しい。業者名はあっさり突き止められてしまったことからすると,熊本県の業者名公表拒否は,同県の評判を下げただけで終わったと言うべきだろう。

第2に,上記「原産地表示の基本的考え方(一般ルール)」という,法律でも省令でも告示でさえもない,単なる内部的解釈が一人歩きしていることも問題なら,その例外としての「3ヶ月ルール」もいい加減であり,これが撤廃された後の業界自主ルールも,相当問題である。なぜなら,一般消費者には「熊本産馬さし」と「熊本馬さし」の違いなど分からないからだ。この自主ルールは,それ自体が不正競争防止法に違反する可能性さえある。いずれにせよ,三協畜産がこの自主ルールを守っていれば,今回の騒動は起きなかった。とすれば,法令を含めた原産地表示ルールの不備不徹底が問題の根本にある。

第3に,そもそも純粋な熊本産馬肉などほとんど無いことは業界の常識であるという立場から,従来これを知って放置してきた農水省の豹変を批判する主張がある。例えば2ちゃんねるには,「輸入した馬を2・3か月肥育して適当にサシが入ったところが一番ウマいんだろうが,みんなやってるし,地元じゃみんな知ってるだろ 産地偽装が話題になったから,後出しで農水省が運用を変えたんじゃないか。これを産地偽装というなら国産の馬刺しはなくなるぞ この偽善者どもめが」という意見が投稿されている。

この意見は確かにポイントを突いているのだろう。しかし重要なことは,今後農水省の立場がもっと消費者寄りになりこそすれ,業界保護に軌道修正することはありえないという点だ。

最後に,この報道がすぐ沈静化した理由を考えておく必要がある。これは想像だが,真の原産地が「カナダ」であった点は,一つの大きな理由だろう。これが「中国」だったら,全然違った展開になっていたと思う。つまり,今回の問題は,消費者の「食の安全」のアンテナを刺激しなかったのだ。ちなみに,Wikipediaによれば,世界の馬肉生産第1位は中国とのことであるから,今後,中国産馬が輸入されてくる可能性がある。そうなったとき,未だに原産地表示ルールが不備不徹底のままなら,問題が再燃するだろう。

報道が沈静化して,業界関係者は胸をなで下ろしていることと思う。しかし,原産地が熊本でなかったことを知っても消費者が怒らなかったということは,それだけ熊本のブランド力が無いことをも意味するのだから,安心してばかりしてもいられないと思う。(小林)

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