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2008年12月31日 (水)

THE KINGDOM (DVD鑑賞)

映画が言っていることが本当なら,イスラエルのガザ攻撃は,当分終わらない。興味があるけど忙しいという人は,最初の3分だけご覧下さい。

1932年に建国されたサウジアラビア王国(THE KINGDOM)は厳格なイスラム教国だったが,世界最大級の油田が発見されたことで,思想も体制も全く異なるアメリカ合衆国との結びつきを深めていく。現在,世界最大の産油国はサウジアラビアであり,世界最大の石油消費国はアメリカ合衆国だ。その結果,サウジアラビアの王族はイスラム教の教義を唱える一方で,異教徒から受け取ったオイルマネーで贅沢三昧。純粋な若者はこの矛盾を許すことができずにテロリストになる。映画はイスラム原理主義テロリストの犠牲になった友人の復讐を果たすFBI捜査官の物語として進行するが,その背景にある「本当の悪」を示唆して終わる。

もちろんこの関係は,サウジアラビアとアメリカ合衆国の関係にとどまらず,中東産油諸国と,(西側)先進国との関係に置き換えることができる。先進国は中東産油国から石油を買う。中東産油国が手にした莫大なオイルマネーは,世界中に投資される。投資されたカネの流れの中心にあったのがウォール街だ。投資を元手に先進国は金を儲け,より多くの石油を買う。一見,石油は安い方が先進国に有利と思われがちだが,そんなことはない。石油はある程度高止まりで推移することが,現代世界経済が健全であるために必要である。だから,昨今の原油価格の暴落は,世界経済を枯死させる危険がある。

イスラエルのガザ攻撃により,暴落一方だった原油価格が下げ止まり,上昇の兆しを見せている。原油価格の上昇は,中東産油国にとっても,先進国にとっても,共通の利益である。だから,先進国はもちろん,同胞を殺されている中東産油国にとっても,イスラエルのガザ攻撃は歓迎すべき事態である。そこで,ハマスに武器を供給して紛争を長引かせることにしよう,と彼らは考えている。もちろん,イスラエルがやりすぎない限り,まともに対決する気など無い。なにしろ,イスラエルとその後見人の軍事力は桁違いに強力で,貿易センタービル2棟を破壊しただけで,その報復として中東2国の政府を叩き潰されたのだ。イスラエルもそのへんの事情は百も承知で,ガザに限定した攻撃を行っている。ブッシュ現大統領は,残り僅かの任期中に責任を問われるおそれはないし,テキサスの原油が値上がりするのは歓迎だから,当然事態を放置する。オバマ次期大統領にとっても,最優先事項は国内の景気回復である。誰もがこの戦争が長引いてほしいと思っている。だからこの戦争は,オバマ大統領が就任した後,有効な(と思われる)景気対策が打ち出されるまでの間,終わらない。

日本各紙は,相次いで人権擁護の立場からイスラエルのガザ空爆を批判する社説を掲載した。しかし,イスラエルのガザ攻撃をどう評価するかは,立場によって違うということになる。これも政治というものの一面なのだろう。(小林)

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2008年12月29日 (月)

「できそこないの男たち」福岡伸一著 光文社新書

前著「生物と無生物のあいだ」があまりに面白かったので,空港で即購入。出張の往路で読んでしまった。文章力があれば,どんなマイナーな分野でも素晴らしい本が書けることの証明である。

イブはアダムの肋骨から生まれたとする聖書の記述は生物学的には間違いで,もともと生物の基本構造は女であり,男はその改造品である。このこと自体は,一般市民にも常識となっているが,本書はその常識を,分子生物学の立場から明快に説明する。前著と同様の,名誉と欲望を巡る学者達の人間くさい争いは,実に面白い。その中でも,「人は,知識がなければ,事実を見る(文字通り眼で見る)ことができない」という指摘は鋭いと思う。これは分子生物学に限らず,法律実務を含めた至言であろう。

過去から未来へ遺伝子を受け継いでいく生命の流れの中で,女は縦糸である。男は,縦糸と縦糸を斜めに結ぶ横糸であり,母の遺伝子を別の母の娘に引き継ぐための遺伝子の運び屋に過ぎない。運び屋となるために無理な改造を受けた男の体は,女より弱い。

某国では,王室に過去40年間男子が産まれなかったため,皇位継承を巡る議論が盛んである。男系の伝統を固持すべきとする立場は,生物学的にはY染色体を守れという主張となるが,Y染色体それ自体には,遺伝子の運び屋としての機能しかない。大事なのはY染色体ではなく,Y染色体が運んだ遺伝子であるという主張には,とても説得力がある。もちろん,現代科学が解き明かした範囲では,という限定付きではあるが。

一点だけ気に入らないのは,「男はできそこない」という指摘だ。女を改造した結果,女より弱くなってしまったとしても,だからといってできそこないとは言えないのではないか。改造は一つの進化であり,ある種の機能については,女より優れることになったのではないか(と思いたい)。クロックアップしたパソコンが,熱暴走しやすくて寿命が短くても,ゲームだけはサクサク動くように。

妻が妊娠中,超音波検診で胎児や自分の胎内をつぶさに見てきた帰り,「人間って,本質的に動物だなあ,としみじみ感じた」と述懐したので,私はすかさずこう言い返した。「女は動物かもしれないが,男は違う。」

私がただちにひっぱたかれたのは言うまでもない。(小林)

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2008年12月26日 (金)

社会還元加速プロジェクト

12月24日,内閣府主催の社会還元加速プロジェクトタスクフォースが開催されたので,委員として出席してきた。この会議は,各省庁が応援している最先端の技術開発をとりまとめ,ニーズと実現性の高い技術に重点的に予算を配分し,早期の社会還元を目指そうとするものである。

この日厚生労働省からは,「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)による障害者自立支援機器の開発」と,アルツハイマー病や認知症の予防・発見・治療研究の現状が報告された。

BMIとは,考えただけで機械を操作する技術である。現時点でも,考えただけで機械のスイッチを入れたり,マウスを動かすようにポインタを移動させたりする技術が実用化されている。厚生労働省としては平成22年頃を目標に,BMIを老齢者や障害者の生活支援に使いたいとしている。現時点では正確性や反応速度などが未熟だが(考えただけで動くワープロもあるが,1文字表示するのに7秒かかる),すごい技術ができたものである。

経済産業省からは,生活支援ロボット実用化プロジェクトへの取り組みが報告された。ただ,資料に貼付された写真がHALとトヨタのモビリティロボットの2枚であったため,介護関係の委員が多いこの会議では,この2枚の写真がなぜ生活支援なのか?もっと介護の現場に特化したロボットはないのか?という,かなり厳しい指摘が飛び交った。このあたり,産業一般の振興を目的とする経済産業省とのスタンスの違いに起因することなのだろう。

また,経済産業省としては,安全技術や運用安全上の基準作りが課題と述べたのに対して,ある委員から,どのような法体系による規制を考えているのかという質問があった。しかし,ロボット産業の育成という見地からは,事前の法規制はなるべく抑制するべし,という視点も大切だと思う。まず規制ありきというお役人的な発想はそろそろやめた方がよい。

気になった点としては,前回まで出席していた総務省が今回出席しなかったこと。会議全体の印象としては,各省の予算要求上のお墨付きとして今回の会議が開催されたと見受けられるが,今年度は総務省として関連予算を要求しなかったことが,今回の欠席につながったように思われる。

弁護士は組織と無縁で仕事をしているため,このあたりの実際にはとても疎いのでよく分からないが,お役所仕事というのは,良くも悪くも,このようにして進んでいくのだろう。(小林)

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2008年12月25日 (木)

DISTURBIA(DVD鑑賞)

デートムービーとしては傑作。しかし、電子監視の実態を学ぶのが鑑賞の目的である。嫌みな高校教師をぶんなぐった主人公は、裁判所から3ヶ月の自宅謹慎を命じられる。この高校生が監視の目を盗んで自宅を出ないようにするのが、電子監視システムだ。裁判所の黒人女性職員は、主人公の右足首に発信器付きブレスレットを巻き付けると、機能を説明する。

Okay, you're all set to go nowhere.(さあ、あなたはこれでどこにも行けないわ。)Now, green means you're good, you're in the safe zone,(緑のランプがついている間は問題ありません。)which covers about a 100-foot radius from this guy.(その範囲はコイツ~と言って電話機横に設置された親機を指さし~から半径30メートル以内よ。)

You unplug it, the police comes immediately.(もしコイツの線を抜いたら、警察が駆けつけるわ。)He's like a modem.(コイツは通信機のようなものね。)He gets a constant GPS signal from Mr. Bracelet(コイツは君の足首につけられたブレスレットからコンスタントに位置情報の送信を受ける仕組みなの。)that goes through your phone line to the monitoring systems downtown.(その信号は電話線を通って警察署のモニター室に送信されるわ。)So they know where you are, where you've been and what you're thinking,25/7.(だから警察は、君がどこにいるか、どこにいたか、なにを考えているか分かるの。24時間ね)What if he accidentally goes beyond... red light flashes.(もし境界を越えたら赤いランプが付くわ)You got 10 seconds to get your butt back to green, or else.(そうなったら10秒以内に戻ることね。そうでないと…)」

主人公「Or esle what? The execution squad shows up?(そうでないと?死刑執行隊がやってくるのかい?)」

職員「And they don't bring blindfolds.(そう、目隠しなしでね。)It's tamper proof and waterproof.(このブレスレットは耐熱防水よ。)So don't try to stick your foot in a bucket of water and hop across the line.(だからバケツに足をつっこんで境界を越えようなんてしないでね。)」このあと女性職員は、このシステムの使用料として一日12ドルが発生すること、クレジットカード払いも受け付けていること、2、3日すると気がおかしくなってくるから気をつけるように、と言い残し、取説を置いて去っていく。

 刑事罰の執行費用をクレジットカード払いで受け付けるアメリカ人の度量の広さには驚嘆するが、それはさておき、この説明から、電子監視システムの内容を知ることができる。

まず、衛星と位置情報を交換する機能は親機(ご丁寧にSENTINEL(歩哨)という商品名であった)にある。親機にはあらかじめ設置場所の緯度経度情報が入力されており、移動されると警報を発する。電源式だが、短時間の停電で警報を発しないように、電池を内蔵していると思われる。親機は電話線でモニターされており、電話線が切断されればモニター室側で警報が鳴る。一日12ドルの使用料には、電話料金も含まれているのだろう。DSLや光回線ではなく、電話回線を使用するのはなぜなのか。電話回線なら、さほど多量の情報は送れないことになる。

 親機と子機、すなわち主人公の右足首に装着されたブレスレットとの関係はやや不明だが、微弱な電波のやりとりによって、子機が親機から離れすぎていない、ということを常時確認し続けるのだろう。このやり方だと、親機の電波の届かないところが「圏外」すなわち危険ゾーンということになる。このやり方の長所は単純で安価で堅牢なことにあるが、他方、遮蔽物や、気候や、環境や電池のへたり具合などによって境界に差異や変動が発生しないのか、気になるところだ。そうだとすると,非装着者の具体的な位置(どの部屋にいたか,など)は分からないことになる。もちろん,非装着者が何を考えているのかは分かる訳がない。また、子機は電池式だが、電池を交換する際警報が発しないようにするにはどうするのだろうか。きっと取説に書いてあるのだろう。この映画では,電子監視システムは主人公が自宅を出られないという設定のための小道具に過ぎないので,これ以上の機能は分からない。

日本の法務省は、電子監視の導入を検討している。一つは仮釈放者の処遇に、もう一つは性犯罪等特殊な犯罪の前科前歴ある者への装着である。前者の場合は映画と同様のシステムが想定されるが、後者の場合は映画とは逆に、近づくことを禁止された場所(学校など)に近づくと警報が鳴る仕組みになる。電子監視に興味のある方には、是非この映画をごらんいただきたい。恋人と一緒に見ると、一石二鳥である。(小林)

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2008年12月19日 (金)

ズボン女性のお尻を撮影する行為は有罪か

やや旧聞に属するが,ズボン女性(27歳)の背後からカメラ付き携帯電話で撮影を行った自衛官の男性(31歳)が北海道迷惑防止条例違反に問われた刑事裁判で,11月10日付の最高裁判所第3小法廷は上告を棄却し,有罪と判断したが,田原睦夫判事のみ,無罪との反対意見を述べた。

反対意見の論理は,平たく言うと,次のとおりである。「①『臀部を視る』という行為それ自体に『卑わい』性は認められない。②視る行為に卑わい性が無いときに,撮影する行為が卑わい性を帯びることはない。③仮に本件の撮影行為が『卑わい』な行為にあたるとしても,この条例で罰するほどのものではない」

①と③については,その通りと考えるが,②については,疑問である。肉眼で視ることと,カメラで撮影することの間には,質的な差があると思う。肉眼で視るときは,所詮,その人限りである。その情景を他人に伝えようとしても,言葉で記述するか,絵にするかしかない。いずれの場合でも,本人の主観と描写能力を経て表現された尻は,もとの尻ではない。

これに対して,カメラで(特にデジタルカメラで)撮影された画像は,撮影者限りのものではない。幾らでも複製でき,ネットを通じて無限に流通しうる。デジタル・ネットワークの時代において,この違いは重視するべきだと思う。言い換えると,女性の尻を肉眼で視る行為は,プライバシー情報の取得にはならないが,同じ映像をカメラで撮影する行為は,プライバシー情報の取得になり,正当性がない限り,違法なプライバシーの侵害となると思う(プライバシーの定義を論じると大変なので,ここでは触れない)。

田原裁判官は,「写真の撮影行為であっても,一眼レフカメラでもって,『臀部』に近接して撮影するような場合には,「卑わい」性が肯定されることもありうる」と述べているが,この記述は多少カメラを扱う者から見れば,不適切だし,矛盾している。なぜなら,「臀部に近接して撮影」する態様が問題なら,一眼レフカメラである必要はないし,臀部を大写しにするのがいけないという趣旨なら「望遠レンズ」という言葉を用いるべきだし(一眼レフカメラである必要はない),この場合「近接して撮影」する必要はない。現代なら,普通に写真を撮って,臀部だけ思いっきり拡大するという方法もある。

多数意見は,「5分間,40メートルあとを付けて,11回撮影した」という態様を問題にしていると思われるし,それは,本件女性のプライバシーの侵害という見地から見れば,間違いなく違法であると思う。ただ,この被告人が罪に問われた北海道迷惑防止条例違反に該当するのか,すなわち,最大懲役6ヶ月,罰金50万円に該当しうるほどの違法行為であるのか,については,田原裁判官と同じで,疑問である。(小林)

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2008年12月17日 (水)

二回試験不合格者発表

2008年12月16日の時事通信は,「新制度2期生,落第5%超=前年下回る-最高裁」との見出しで,「最高裁は16日,今年11月の司法研修所の卒業試験で,2回目となる2007年の新司法試験に合格した司法修習生(新61期)のうち,5.6%の101人が不合格になったと発表した。昨年の1期生の不合格率6.0%は下回った。」と報じた。

まるで二期生の方がやや優秀であるかのような報じ方だが,差の0.4%は二期生で受験生1811人中7人にしかならないから,誤差の範囲内と言うべきだろう。要するに,一期生と二期生の不合格率はほぼ同じということだ。

考えてみれば当たり前のことである。一期生の不合格率6%が報じられ,法科大学院関係者にショックを与え,新法曹養成制度の欠陥が論じられるきっかけとなったのは昨年1219日。この時点ですでに二期生は司法試験に合格して司法修習に入っているから,その後法科大学院が教育内容を改めたところで,二期生の能力には影響しない。むしろ,大幅に不合格率が増えれば司法研修所の教育内容が問われることになるし,逆に合格率が大幅に上がれば,最高裁がトンデモ答案集まで公開して修習生の質の低下をアピールしたのは何だったんだ,ということになる。

つまるところ,一期生と二期生の不合格率がほぼ同じ,ということは,一期生について指摘された問題点は一期生特有の一過性のものではない,ということを意味する。一期生の不合格率が発表されたときに指摘された法科大学院の問題点は,その後改善されていない限り,二期生にも見られる一般的なものである,ということだ。

これを受けて,今,ボールは法科大学院側にある。これから年度末にかけて,複数の法科大学院が統廃合や次年度以降の学生募集中止を発表すると予想する。しかし同時に,これらの発表によっても,総定員数はさほど減らず,司法試験の合格率に実質的には影響しないだろうとも予想する。

問題は,その次である。(小林)

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2008年12月16日 (火)

「生物と無生物のあいだ」福岡伸一著 講談社現代新書

こんなに面白い科学書は読んだことがない。

生命とは何か?それは自己複製を行うシステムである。これが20世紀の生命科学が到達した一つの答えであった。1953年の論文に,DNAの二重らせん構造が発表されたとき,世界はその正しさを確信した。なぜなら,そのモデルは完璧に美しかったから。

だが,自己複製を行うシステムであるというだけなら,ウィルスも生命である。もし,ウィルスを生命と認めないなら,生命とは何か。筆者は「(自己複製を行いつつ)動的平衡にある流れである」と定義する。すなわち,生物の身体を構成する細胞は,分子レベルで絶えず入れ替わっている。1年前の自分と1年後の自分は,構成分子レベルでは100%別の物質である。それにもかかわらず同一性を保つのが,生命の本質である。たとえるなら,生命とは,川の淀みのようなものだ。

このような考え方が心にすとんと落ちるのは,筆者の文章力もさることながら,おそらく日本人の伝統的な生命観に符合するからだろう。本書を読んで,方丈記の冒頭を思い起こした人は少なくないと思う。そして,この考え方からすれば,自然も,地球も,宇宙も,一種の生命であるし,それは筆者も否定しないのではないか。

宇宙レベルで,さまざまな分子が,エントロピーの法則に従って流れていく中で,DNAに書き込まれた設計図に従い,分子の淀みとしての生命が発生する。人間も淀みの一つにすぎず,時間が経てばバラバラの分子の流れに戻る。ちっぽけな淀みにすぎない人間が,己の名誉と欲望をかけ,時には汚い手をつかって,生命の秘密を解き明かそうと奮闘する有様が,本書のもう一つの見所である。

驚いたことに,本書の筆者が小学校の先輩であったことを,エピローグを読んで知った。松戸市立相模台小学校である。筆者がアオスジアゲハを追いかけていた相模台の同じ野原に,3歳年下の私がいた。人生は思わぬところで交差し,分かれていく。ごく一時にせよ,同じ空気を吸って分子を共有したことは光栄である。(小林)

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2008年12月11日 (木)

裁判官・検察官の大幅増員抱き合わせ論について

弁護士だけ大幅に増員して,裁判官・検察官がほとんど増えないのはおかしい,という主張(リンク先のブログに限らないが)がある。

このような主張をする人は,平成14(2002)年に閣議決定された司法制度改革推進計画を知らないのだろうか。知っていて主張するなら一つの見識だが,知らないで主張するなら,愚かである。

確かに,平成13(2003)612日付の司法制度改革審議会意見書には,裁判官・検察官の大幅増員が明記されている。しかし,この審議会は,政府の諮問機関にすぎない。この意見書に基づき,平成14(2002)319日に閣議決定された司法制度改革推進計画が,今次司法改革の正統な設計図である。もとより,閣議決定事項の大半は,司法制度改革審議会意見書と同内容だ。しかし,裁判官と検察官の増員に関しては,微妙に文言が違っている。端的に言うと,裁判官と検察官の「大幅な増員」から「必要な増員」に修正が加えられているのだ。

すなわち,司法制度改革審議会意見書第3章「司法制度を支える法曹の在り方」には,「2 裁判所,検察庁等の人的体制の充実」として,「全体としての法曹人口の増加を図る中で,裁判官,検察官を大幅に増員することが不可欠である」と明記されている。ところが,司法制度改革推進計画の第3章「司法制度を支える体制の充実強化」では,総論こそ,「裁判官,検察官の大幅な増員」を謳っているものの,「2 裁判所,検察庁等の人的体制の充実」には,「(司法制度改革推進)本部の設置期間中においても,裁判官,検察官の必要な増員を行うこととし,所要の措置を講ずる。(法務省)」と定められているのだ。つまり,目標としての大幅増員は維持するものの,当面の増員数は必要な数に留めるとされており,しかも,何をもって必要な数と判断するかは,法務省に委ねられている。また,「(司法制度改革推進)本部の設置期間中において,裁判官,検察官の必要な増員を行うこととし,所要の措置を講ずる。(法務省)」の「も」というのが曲者である。司法制度改革推進本部は平成16(2004)年をもって解散したが,上記「も」は,解散後「も」,「必要な」増員を行うという解釈を可能にしている。

つまり,司法試験合格者数は,必要性も何も前提とされない,数値目標達成だけが定められているが,裁判官と検察官は,必要な範囲での増員となっている。その結果,自動的必然的に弁護士数だけが突出して増加することになる。泣こうが喚こうが,これが閣議決定なのだ。だから,弁護士だけ大幅に増員して,裁判官・検察官が大幅に増えないのはおかしい,という主張は,閣議決定を前提にする限り,成立しえない。

この主張が愚かな点はもう一つある。1990年代の弁護士増員要求に対し,日弁連は,裁判官・検察官の増員と引き替えに弁護士増員を受け入れるという条件闘争を行ったが,この主張は全く支持を得られずに終わった。つまり,この主張は負けパターンである。かつて負けパターンであった作戦を,それを知らずに繰り返すことが,愚かでなくて何であろう。

私は,弁護士大幅増員に反対する立場の弁護士が,裁判官・検察官の増員を求めることは悪い,と言っているのではない。閣議決定事項とはいえ,不磨の大典ではないのだから,撤回を求めることそれ自体は,ありうる選択である。しかし,かつて何があり,なぜこのような閣議決定に至ったかを知らずに,失敗した主張を繰り返すことは,ただの愚行である。

それにしても,さりげなく意見書の文言を修正して閣議決定事項に盛り込んだ法務官僚のしたたかさには,脱帽するほかはない。当時の日弁連執行部にこの程度のしたたかさと見識があれば,と思うのは私だけではあるまい。(小林)

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2008年12月10日 (水)

食品業界の信頼性向上セミナーを終えて

東京海上日動リスクコンサルティング株式会社が主催した標記セミナーの講師として,全国15カ所の講演行脚が終了した。沖縄など,はじめて行けた地域もあり,優秀なスタッフと熱心な受講者に支えられて,よい経験をさせて頂いた。同時に講演があった食品会社のコンプライアンス体制も,大いに勉強になった。かつて同じような不祥事を起こした企業でも,企業カラーの違いが対応の違いに出ていたりして,大変興味深かった。

私が講演で雪印乳業集団食中毒事件を取り上げるとスタッフに申し上げたところ,同社のコンプライアンス担当者らと面会する機会に恵まれた。この事件は,患者数1万3000人を超える戦後最大級の集団食中毒事件であるが,その原因は,北海道大樹工場の停電にあったことが後に判明している。雪解けの始まる3月,工場の軒先にぶら下がったつららが落下し,その下にあった電線に穴を空けたのが,停電の直接の原因だったそうだ。

印象に残ったのは,この点に関する担当者の述懐である。「当日,大樹工場では,つららの落下を含め,7つのインシデント(出来事)がありました。その6つ目までは,事故とさえ言えない軽微なものでしたが,その一つが欠けても,停電は起きませんでした。しかし停電は起き,対応の過ちが集団食中毒の発生に結びついたのです。」

当時の担当者の対応の誤りは,後に有罪判決を受けているし,背後にある企業体質にも問題があった。しかし他方,事件のもともとの原因が,惑星直列のような偶然の一致にあったことも見落とされるべきではない。不可抗力とは何で,過失とは何であるのか。人は,あらゆる可能性を事前に想定できるのか。想定できないとすれば,最善の方策は何か。

色々と考えさせられた一件であった。(小林)

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2008年12月 9日 (火)

うなぎ蒲焼偽装事件続報

すでに当ブログでも触れたが,うなぎ蒲焼偽装事件について,11月中旬,関係者8名が逮捕された。容疑は不正競争防止法違反ということだったが,その後の報道によると,詐欺罪での立件に向けた詰めの捜査が行われているとのことである。詐欺罪ということになれば,当事者は実刑を覚悟しなければならないかもしれない。他方,詐欺罪で立件するためには,「騙す」「騙される」関係が必要であるが,偽装が横行していたこの業界において,「騙された」被害者を特定することは,案外難しいかもしれない。(小林)

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2008年12月 8日 (月)

長谷部恭男vs杉田敦「これが憲法だ!」(朝日新書)

気鋭の憲法学者長谷部恭男東大教授に,政治学者杉田敦東大教授が討論を挑み,長谷部憲法学の骨格を探り出す一冊。長谷部教授はいわゆる護憲派とも改憲派とも一線を画しつつ,「憲法は多元主義を容認する(=立憲主義)国家という一つの法人の定款にすぎず,押しつけられたかどうかとか(所詮どんな憲法でも押しつけられた一面を持つし),最高規範性や正統性の有無は,あんまり関係ない。統治機構の部分は必要に応じて改憲すればよいが,人権の部分は極端な話,無くても構わないし,まして,改憲は不要である。解釈という『芸』によって立憲主義の目的は達成できる。同様の理屈により,9条を改正する必要もない」などという,刺激的かつ斬新な言葉を連発し,読む者を飽きさせない。

しかも,長谷川憲法学に対して杉田教授は,「憲法が多元主義に立脚するなら,外国人は在留資格の範囲内でしか人権を保障されないという憲法解釈は間違っているのではないか」,とか,「学者や裁判官の憲法解釈という『芸』って,信頼できるの?」などという容赦ない突っ込みを入れ,長谷川教授の「逃げ」や「開き直り」をあぶり出している。

結論としては,長谷部教授の見解におおむね賛成するものの,たとえば,「憲法の理念である立憲主義は人権の部分が無くても達成できる」とする長谷部教授の立憲主義的な見解は,しかし,ご自分が憲法の人権の章を一生懸命勉強した結果として身につけたものではないのか,という疑問や,憲法はただの定款であるとして,正統性やイデオロギー性をことさら軽視する長谷川教授が,「立憲主義」や「国民国家」というイデオロギーに対しては,無批判に所与の前提としていることに矛盾はないのか,また,国民の大多数が立憲主義的とは言えないという認識に照らせば,教授の主張は結果的に危険な現状追認主義とならないか,などという点に,やや疑問を持ったことも事実である。しかしまあ,対談という形式にこれらの疑問の解答まで求めるのは贅沢かもしれない。時間を見つけて,長谷部教授の体系的な書物を読むこととしたい。(小林)

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2008年12月 4日 (木)

住基ネット最高裁判決と自己情報コントロール権

平成2036日の住基ネット最高裁判決から半年経過して,ほぼ評釈が出そろったようである。

大阪高裁判決は,住基ネットは憲法13条が保障する自己情報コントロール権を侵害すると判断したが,最高裁は,自己情報コントロール権が憲法上の権利であるか否かについて,一切言及しなかった。本稿では,この点に限定して,最高裁判決の評釈をご紹介したい。

まず,法務省大臣官房民事訟務課の工藤敏隆氏は,「自己情報コントロール権については,法文上の根拠が存在せず,その内容,範囲,法的性格に関して様々な見解があり,権利としての成熟性が認められないから,未だ実態法上の権利とは認められない。そもそも,プライバシーの法的保護の内容は,…消極的自由権として把握されてきたものである。自己情報コントロール権を認める見解が主張する個人情報の開示請求権・訂正請求権は,憲法13条の文言解釈を逸脱するものではないかとの疑問があるし,民事法上も極めて困難である。本判決が,自己情報コントロール権に基づく削除請求を認容した原判決を破棄した上で,「個人の私生活上の自由」に対する制約の許否として改めて検討し直したのは,右の諸点を考慮したことによるものと思われる。」として,最高裁の判断を積極的に評価した。

判例時報2004号は,最高裁が自己情報コントロール権に言及しなかったのは,「いわゆる『自己情報コントロール権』が一定の範囲で司法上の人格権ないし人格的利益として認められる余地があるとしても,…住基ネットはそのような権利ないし利益を違法委に侵害するものではないから,本件では原告の主張する『自己情報コントロール権』が憲法上の人権であるか否かについて判断を示すまでもないと介したものと考えられる」としている。

田島泰彦上智大学教授は,法律時報801号で,「本判決には,自己情報コントロール権はもとより,プライバシーの言葉すら登場しないだけでなく,保障の範囲も第三者提供の規制という場面に限られており,何よりも京都府学連事件判決はもとより,早稲田大学名簿提供事件判決でも明示されていた『本人の同意』という要件が外されていることである。本人の同意は,自己情報コントロール権をはじめとする現代におけるプライバシー権の保障にとって本質的とも言える要素であり,…これが取り除かれたことにより,個人が同意していなくても,また住民らによる自己情報コントロール権の主張によっても違憲・違法とならないというこの度の最高裁の結論をより容易にし,拍車をかけることにならなかったか」として,最高裁判決を批判している。

筆者としては,最高裁判決が,自己情報コントロール権に言及しなかったのは,この概念が高度情報化社会に適合的でないという懸念をぬぐい去れなかったからと考えたい。情報は,大きく分けて「モノの情報」と「ヒトの情報」に分けられるが,「モノの情報」も,そのモノに対する権利を通じて,多くは「ヒトの情報」に収斂していく。純粋にヒトと無関係な情報は気象や地理の情報くらいだろう。情報の大半が「ヒト」すなわち「誰か」の情報であるとして,それだけで,その「誰か」がこれを「コントロールする」権利を持つと考えてよいのか。おそらく,この考え方は,高度情報化社会・ハイパーネット社会になじまないと思う。(小林)

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2008年12月 3日 (水)

福岡県弁護士会「グーグルストリートビュー」中止を求める会長声明

 2008121日,福岡県弁護士会が,会長名で,グーグルストリートビューの中止を求める声明を出した。公的団体の声明としては,先日の杉並区議会決議に続くものと思われるが,弁護士会が声明を出すのはおそらく初めてだからなのだろう,報道もされている。

弁護士会長声明というと,その弁護士会の総意のように受け取られがちであるが,実態はそうでもない。弁護士会にはいくつかの委員会(例えば,人権委員会,消費者保護委員会など)があり,それぞれの委員会はその分野に熱心な弁護士を中心に運営されている。その委員会が,弁護士会として対外的に何かをアピールすべきだ,と考えたとき,会長に対して,声明の発表を具申する。そして,会長以下執行部が承認すれば,それが会長声明として発表されるという段取りである。もちろん,だからといって,声がデカければ横車が押せるというわけではない。会として他の声明との整合性を図らないといけないし,相当数の会員が反対するような内容なら,会長声明にはならない。

この会長声明を具申した委員会の正式名称は知らないが,日弁連で言うと情報問題対策委員会に該当する委員会であり,その中心になっているのは,福岡県弁護士会に所属する武藤糾明(ただあき)弁護士と思われる。武藤糾明弁護士は日弁連情報問題対策委員会の副委員長であり,ストリートビュー問題以外にも,Nシステム裁判や,福岡市繁華街に設置された街頭監視カメラの問題,福岡市住基ネット訴訟などについて,熱心な活動をしておられる。

Matimulog氏は,「でもなんで福岡なんだ?まだグーグルストリートビューが来ていないのに」と,至極ごもっともな疑問を呈しておられるが,武藤糾明弁護士が活動の中心にいると考えれば,謎は解ける。

私自身は,グーグルストリートビューが現行法上,本質的に違法であるとは考えていないが,だからといって,今回の声明が間違っているとまで言うつもりはない。一つの立派な見識であると思う。ただ,やや疑問に思うのは,グーグルストリートビューが違法なら,商店街の監視カメラはもっと違法なはずだし,そうであると考えるなら,弁護士である以上,カメラの撤去や損害賠償を求める訴訟を起こせばよいのに,なぜ起こさないのだろうか,という点だ。原告適格を得るのは簡単である。自分で,その商店街を歩けばよいのだから。

あるいは,まず世論を見方に付けてから裁判を起こすという作戦なのかもしれない。世論を味方に付けるという意味でなら,グーグルストリートビューは,格好の素材を提供したと言えよう。(小林)

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2008年12月 1日 (月)

飯尾潤著「日本の統治構造」

国会のねじれ現象などによって,リーダーシップ不在が問題になるとき,首相公選制や大統領制への移行が議論されるが,それは誤解であると,この本は説く。日本国憲法の採用する議院内閣制は,本来,権力集中と迅速かつ強力なリーダーシップを可能にする制度であった。これを阻害していた最大の要因は中選挙区制であり,ついで官僚内閣制であり,本来一体であるはずの政府・与党二元体制と,政権奪取意欲のない野党による55年体制であった。

特に中選挙区制は,同一政党の候補が同一選挙区に複数立候補するため,選挙は必然的に「候補者」の選択になり,「政党=政策」の選択ではなくなる。そのため国民は政策の選択に参加し得ず,その欲求不満を紛らわすものとして同一政党内での首相交代劇が演じられてきた。

しかし細川内閣で中途半端ながら小選挙区制が導入され,マニフェスト選挙が定着してきた今,これを推し進めるならば,議院内閣制は本来のあり方を実現し,健全な民主主義体制が実現される可能性があるというのが本書の主旨である(たぶん)。この立場によれば,小泉郵政選挙は,一見反則であるが,議院内閣制の本来のあり方に即したものだったことになる。司法についてはごく簡単に触れられているだけだが,政治における権力集中が制度的に実現する以上,チェック機関としての司法の役割も増すと指摘されている。

総じて,そうだったのかと「目から鱗」の指摘と,そうそうと「ハタと膝を打つ」(古い!)指摘が満載の,刺激に満ちた書物であった。著者は私と同い年。大したものである。(小林)

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