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2008年12月 8日 (月)

長谷部恭男vs杉田敦「これが憲法だ!」(朝日新書)

気鋭の憲法学者長谷部恭男東大教授に,政治学者杉田敦東大教授が討論を挑み,長谷部憲法学の骨格を探り出す一冊。長谷部教授はいわゆる護憲派とも改憲派とも一線を画しつつ,「憲法は多元主義を容認する(=立憲主義)国家という一つの法人の定款にすぎず,押しつけられたかどうかとか(所詮どんな憲法でも押しつけられた一面を持つし),最高規範性や正統性の有無は,あんまり関係ない。統治機構の部分は必要に応じて改憲すればよいが,人権の部分は極端な話,無くても構わないし,まして,改憲は不要である。解釈という『芸』によって立憲主義の目的は達成できる。同様の理屈により,9条を改正する必要もない」などという,刺激的かつ斬新な言葉を連発し,読む者を飽きさせない。

しかも,長谷川憲法学に対して杉田教授は,「憲法が多元主義に立脚するなら,外国人は在留資格の範囲内でしか人権を保障されないという憲法解釈は間違っているのではないか」,とか,「学者や裁判官の憲法解釈という『芸』って,信頼できるの?」などという容赦ない突っ込みを入れ,長谷川教授の「逃げ」や「開き直り」をあぶり出している。

結論としては,長谷部教授の見解におおむね賛成するものの,たとえば,「憲法の理念である立憲主義は人権の部分が無くても達成できる」とする長谷部教授の立憲主義的な見解は,しかし,ご自分が憲法の人権の章を一生懸命勉強した結果として身につけたものではないのか,という疑問や,憲法はただの定款であるとして,正統性やイデオロギー性をことさら軽視する長谷川教授が,「立憲主義」や「国民国家」というイデオロギーに対しては,無批判に所与の前提としていることに矛盾はないのか,また,国民の大多数が立憲主義的とは言えないという認識に照らせば,教授の主張は結果的に危険な現状追認主義とならないか,などという点に,やや疑問を持ったことも事実である。しかしまあ,対談という形式にこれらの疑問の解答まで求めるのは贅沢かもしれない。時間を見つけて,長谷部教授の体系的な書物を読むこととしたい。(小林)

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