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2009年1月29日 (木)

民事紛争提訴件数

本日(平成21年1月29日)付日本経済新聞の巻頭コラム「春秋」に,基本的な事実誤認がある。

コラムは,楳津かずおの「ぐわしっ」自宅の景観裁判を巡るものだが,その中に,「『私人間の生活関係に関して生じる紛争』(有斐閣法律学小辞典)である民事事件は,年に二百数十万件も裁判所に持ち込まれるのだ」とある。この数字は明らかに間違いだ。

最高裁判所の平成19年度司法統計中,第1審となる地方裁判所と簡易裁判所の民事事件の新受件数は,地方裁判所が80万4670件,簡易裁判所が140万4952件である。「春秋」氏は,これを単純合計したのだろう。しかし,この中には,上記「私人間の…紛争」に該当しない事件数が多量に含まれている。地裁新受件数のうち万を超えるものだけでも,「控訴」等下級審から継続しているもの(約1万8000件)や,強制執行や配当(約25万件)は重複として,倒産(約19万件),過料や雑事件(約13万件)は「紛争」ではないから,差し引く必要がある。簡裁新受事件数からも,最低雑事件(約21万件)は差し引かなければならない。また,「督促」(約36万件)も,大多数はサラ金など金融機関による申立と思われ,これを「紛争」に分類して良いかは大いに疑問だ。

同じ司法統計から,私人間の紛争に該当しうるものを抜き出すと,地裁では「通常事件」等合計約20万件,簡裁では「通常事件」と「調停」合計約73万件である。これを合計したうえ,多少水増しして,「私人間の紛争」に該当しうる事件の新受件数は年約100万件というところだ。

しかも,「紛争」というからには,新受件数から,争いがなかった事件数を差し引く必要がある。他方,家庭裁判所に対する家事新受件数(平成19年度で約75万件)のうち,紛争性のあるものは加算する必要がある。

結局のところ,「裁判所に持ち込まれる私人間の紛争」は,概数で年100万件は行くかもしれないが,150万件は行かないと思う。

しかし,反論しようと思って司法統計を見ても,明確な数字が出てこないのには,困ったものである。(小林)

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2009年1月26日 (月)

伊藤ハム事件を振り返る(7)

調査委員会報告書に戻ろう。調査委員会報告書は,報告遅れを指摘したが,より詳細には,検査担当部署から工場長への報告遅れ(9月24日から10月15日までの22日間)と,工場長から本社への報告遅れ(10月15日から22日までの8日間)に二分される。二分されるが,共通点もある。それは,自分の部署で問題を解決した後,上司に報告するという姿勢だ。これが報告遅れの背景にあることは,調査委員会報告書でも指摘されていない。

水質検査担当部署は,異常値に接し,何とか自分の部署で正常値に戻そうと努力したが,2号井戸の処理水のみならず,2号井戸の原水や3号井戸の処理水からも異常値が検出されて手に負えなくなり,工場長に報告したようである。これに対して工場長は,報告を受けた後2度の検査を実施し,異常値が検出されないことを確認してから本社に報告した。報告書によれば,工場長はあわせて保健所へ相談に赴くことを提案したようだが,保健所から公表と自主回収を要請されるとは想定しなかったのではないか。その証拠に,伊藤ハムが事件公表と自主回収を決断したのは,調査委員会報告書によっても,保健所に相談した後である。

一般論として言えば,自分の部署で問題を解決した後に上司に報告するという態度は,責任感の表れとも言えるし,日本人の美徳の一つとさえ言われる。しかし,この態度は同時に責任逃れの行動である。つまり,自分の部署に問題が起きたとき,自力で解決してから報告しないと,責任を問われ,マイナスの評価を受けるため,自力で問題を解決する方を優先するのだ。このままでは,問題解決を後回しにして報告を優先する風土など,生まれるはずもない。

調査報告書を一読して,特に体制の問題について感じることは,「マニュアル整備」「コンプライアンス意識の徹底」といった表面的な言葉に終始し,問題の根本原因にまで踏み込んでいない,という点である。マニュアルは,どんなに整備しても,想定外の事態は発生する。また,マニュアルを詳細に規定するほど,全部を理解し覚えるのが困難になる。コンプライアンス意識の徹底というが,この報告書を読む限り,具体的な場面で何を優先すべきなのかという規準は不明確なままである。

今回の事件は,伊藤ハムにとって,不幸な偶然であった面を有することは否定できないと思う。しかし,大事なのは,個人に責任を取らせたり,表面的な対策を取ったりしてお茶を濁すことではないはずだ。我々は個人に責任を問いがちであるが,個人責任を問うても解決しない問題もある。次に想定外の問題が起こったとき,どのような体制を取っておけば最も適切に対応できるのかという視点が,最も重要である。この視点が,今回の調査報告書に最も欠けている点であったと思う。(小林)

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2009年1月23日 (金)

伊藤ハム事件を振り返る(6)

食品製造企業,特に大規模食品製造企業には,品質管理部門に製造ラインの停止権限を持たせ,かつ,結果的に製造ライン停止の判断が誤りであった場合でも,安全側に間違ったものである以上は責任を問わないという考え方「フェイルセーフ」を導入するべきであると書いた。しかし,この思想が独り歩きすると今度は,何か問題が起きるとすぐに製造ラインを止める事態が頻発しかねない。それは確かに安全かもしれないが,企業利益追求の観点からは到底容認できない。

そこで,「フェイルセーフ」の思想を導入すると同時に,「デュープロセス」(適正手続)の思想をあわせて導入する必要がある。これは製造ラインの停止など重大な決断をするにあたっては,決断に至る手順を具体的かつ厳格に定めて守らせる一方,手順を履行した以上は結果について責任を問わないという考え方だ。

ハリウッドの軍隊ものの映画では,ときどき,副官が上司を解任するという場面がある。古典では「ケイン号の反乱」,近いところでは「K-19」(舞台はソビエトだけど)もそうだ。これらの場面では,副官は必ず証人を立て,時刻を記録させてから上司の解任を宣言する。映画では特に説明もない。特に説明がなされないということは,軍隊において副官が一定の要件のもとに上司を解任できることは,米国人の常識に属することを示している。

作戦行動中の軍隊では,部下が上司の命令を聞かなければ,まして上司を解任して拘束すれば,その場で銃殺されても文句は言えない。しかし,米軍では,一定の条件を満たせば上司の命令を聞かず,解任して拘束しても,その場で銃殺にはならないことが,常識として浸透している。もちろん,解任したことの是非は後に軍事法廷で裁かれるが,定められた適切な手順を踏むことによって,「その場で銃殺」のリスク回避は保障されている。これがデュープロセス(適正手続)ということの意味である。言い換えると,これは「手続責任」を負わせることによって,「結果責任」を問わないという考え方である。我々日本人は,どうしても,結果責任を,しかも個人に問うことに傾きがちであるように思う。(小林)

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2009年1月22日 (木)

「資本主義はなぜ自壊したのか」 中谷巌 集英社

ソクラテス 「お前は馬鹿だ」

    男 「何だと?」

ソクラテス 「私はお前より賢い。」

    男 「何で?」

ソクラテス 「なぜなら,私は自分が馬鹿だということを知っているからだ」

    男 「じゃ,お前も馬鹿じゃねえか」

ソクラテス 「…」

という相原コージの4コママンガを思い出す。

小渕内閣までの構造改革,新自由主義,市場至上主義の急先鋒であり,担い手であった筆者が放つ懺悔の書。確かに,ソクラテスの論理からすれば,自分が馬鹿だということを知った筆者は,この人や,この人や,この人に比べれば,賢いと言いたいのだろう。

しかし,筆者が自分の馬鹿さ加減を論証すればするほど,その論証に説得力がありすぎて,こんな馬鹿が国家の舵取りを担っていたのかと暗澹たる気持ちになる。

平易に書こうとしたのかもしれないが,筆者の社会認識や歴史認識,人間の本質に関する洞察などは,控えめに言っても平凡なものだ。そのため,読んでいて,「こんなことも知らなかったの?」と突っ込みを入れたくなるところが多々ある。こういった平凡な認識や洞察は,この筆者が書いたのでなければ,見向きもされないだろう。

とはいえ,この本はよく売れている。私も先輩弁護士に勧められて購入したが,4軒目までの書店では売り切れていた。ページは多いが,内容は薄いのですぐ読める。この本を読む上で大事なことは,内容そのものではなく,「筆者ほどの知性の持主が,なぜこんな当たり前のことに気付かなかったのか?」言い換えれば,「高度な知性はなぜ思想やイデオロギーから逃れられないのか?」を考えながら読むことであろう。(小林)

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2009年1月21日 (水)

伊藤ハム事件を振り返る(5)

伊藤ハム事件で,対応が遅れた根本原因は,井戸水の水質検査を管理部ES課の権限とし,品質管理室の権限としなかったことにある。では,品質管理室の権限とすれば,品質管理室はどのように対応するべきだったのだろうか。

もちろん,直属の上司である工場長を通じ,本社に報告を入れるべきである。しかし大事なことは報告ではなく,製造ラインを直ちに停止することにある。食の安全という見地からすれば,製造ラインを直ちに停止さえすれば,報告など,後回しでよい。

本件では,最初の異常値に対して,再検査が指示されただけで,製造ラインは止まらなかった。これに対しては,再検査などせず製造ラインを止めるべきだったとの批判もあろう。しかし現代の精密な検査方法は,手順の軽微なミスやごく微量の検査対象外部室の混入でしばしば不正確な結果を出すから,再検査の指示は当然である。調査委員会報告書でも,原水について異常値が報告されたにもかかわらず,再検査が行われなかったことが批判されている。

そこで問題は,再検査結果が出るまでの間,製造ラインを止めるべきか,という点となる。

もちろん,食の安全を確保するためにはラインを止めるべきだ。だが,再検査の結果,最初の検査が誤りと判明したらどうか。一日数万食を製造する伊藤ハムのような大規模食品製造企業の製造ラインは,数日止めるだけで数億円の損失を生む。その責任を問われるリスクがある以上は,担当部署に製造ライン停止の決断を期待することは難しい。

したがって,担当部署に製造ライン停止を決断させるためには,結果的にその判断が間違っていても責任を問われないことを保障する必要がある。つまり,人間の判断には常に間違いが起きることを前提に,「安全側」に間違ったら責任を問わない,その代わり「危険側」に間違ったら重い責任を問う,という制度を整えておくことによって,判断を安全側に誘導するという考え方である。この考え方は,「フェイルセーフ」と呼ばれ,機械などに関する安全工学の分野では常識だが,食の安全の分野にも導入すべき時機が来ていると思う。

本件の場合,品質管理室に検査権限を与えるべきだと書いたが,その品質管理室か,または直属の上司である工場長に製造ライン停止権限がなければお話にならないし,製造ライン停止権限があっても,その後最初の検査結果が誤りであった場合に責任を問われるリスクがある限り,製造ライン停止という重大な決断を期待することはできない。(小林)

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2009年1月19日 (月)

今度こそ司法の出番だ?

毎日新聞が,年越派遣村を題材に,「今度こそ政治の出番だ」という社説を掲載した。しかし,この社説の述べる「政治」の中に行政府と立法府は出てくるが,司法府は全く出てこない。

つまり司法は忘れられているし,期待されてもいない。日弁連が司法府の一員と自負するなら,年越派遣村のあった日比谷公園に一番近い場所にいるのに忘れられ,期待されてもいないことを,恥と受け止めないといけない。

そしてもう一つ,金融問題についても。

「事前規制社会から事後救済社会へ」とは,司法改革において政府が掲げ,日弁連が掲げたスローガンである。このスローガンに基づいて,政府は規制緩和を推し進めた。日弁連の役割は,規制緩和社会における事後救済を充実させることにある。そのためにも弁護士も増やしたのだ。

いま,規制緩和の二つの負の効果が問題になっている。一つは雇用問題であり,一つは金融問題である。日本の完全失業率を1%押し上げる人数は約60万人。仮にその僅か1%に違法不当な解雇があるとして,6000人が法的救済を必要としている。日比谷公園に集まった500人の比ではない。

また,報道によれば,金融混乱により家計が保有する株や投資信託で100兆円を超える評価損が発生している。このうち3040兆円が,銀行(ゆうちょ銀行を含む)の投資信託業務解禁により個人が購入した投資信託による損失と推定される。つまり規制緩和による被害である。もちろん,原則は投資家の自己責任だから,その全部が事後救済対象ではない。しかし,仮に僅か1%が事後救済を要する違法不当な損失であるとしても,30004000億円である。これらを事後的に救済するのは司法の役割だ。

また,雇用問題に関しては,行政や地方自治体によるセーフティネットが制度として存在し,不十分とはいえ機能しているが,金融問題について,「事後救済」を要する被害者は,制度がないため,その大半が見捨てられている。

雇用にせよ,金融にせよ,被害者を救済するのは個々の弁護士の仕事であって日弁連の仕事ではない,弁護士を増やしただけで,日弁連の責務を果たした,というのは悪質な責任逃れだ。冒頭述べたように,「事後救済社会」を実現することは,日弁連自身が掲げた公約なのだから。会長声明でお茶を濁している場合ではない。それとも,「事後救済社会へ」というスローガンは,空手形なのか。(小林)

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2009年1月16日 (金)

伊藤ハム事件を振り返る(4)

調査委員会報告書についての感想だが,原因究明については,不満は残るが,やむを得ないというべきなのだろう。実験室ではない現実世界で過去に起き,現在起きていない出来事を科学的に完全に説明することは,実際のところ,とても難しい。重要なのは,科学的に説明できないからといって,可能性を排除するのではなく,想定できない事故でも必ず起こる,という認識を前提とした危機管理体制を構築することであろう。

このような観点で本件を見るとき,まず指摘されるべきは,水質検査体制の不備である。担当課長は異常値を聞いたが,「塩化シアンについての正確な知識に乏しく,当該事実の重大性について認識を欠いた」ため,報告が遅れたという。しかし,シアンと聞けば,素人でも,青酸カリを連想するほどの毒物である。知識の不正確さ故に不必要な過剰対応をしたというのなら分かるが,事態の重大性に気付かなかったというのは,信じがたい常識欠如というほかはない。これが事実であるなら,問題は,このような能力の人物を水質検査担当課長に据えた人事か,あるいはこの部署に水質検査権限を配分したことにこそある。ちなみに,水質検査担当部署は東京工場の管理部の下にある「ES課」である。「ES課というのは何の略ですか?」と伊藤ハムに電話して聞いたところ,「さあ,私らもESESと言っていまして,何の略かは存じません。当社では機械の保守などを担当しています。」という牧歌的な答えが返ってきた。一般的にはESというのはEmployee Satisfaction(従業員満足)の略で,我が国では作業環境の整備を受け持つ部署のようだ。食の安全という観点からすれば,このような部署に水質検査権限を付与すること自体が間違っているし,仮に管理権限を付与するなら,水質に関する基本的な知識を与えなければいけない。報告書から推定されることは,ES課は,水質検査権限を受け持っていたが,異常な検査結果がでることは想定していなかったようだ。これは,危機管理体制構築以前の問題である。伊藤ハム東京工場には,別に品質管理室が存在するのだから,品質管理室こそ,水質検査を受け持つべきである。

つまり,調査委員会報告書が指摘した「報告遅れ」も確かに問題だが,大事なことは,長いルートを情報がスムースに流れるようにすることではない。ルートそのものをできるだけ短くすることなのだ。今回,水質管理部門がES課ではなく,品質管理室であったなら,事態の展開は変わっていたはずだし,変わっていなければいけない。(小林)

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2009年1月14日 (水)

不動産譲渡所得税について

筆者が破産管財人として不動産を売却した場合,不動産の譲渡所得税を払ったことがない。バブル崩壊で不動産価格が下がり,譲渡益が無いからかと漠然と思っていたが,先祖伝来の土地で,売却すれば本来莫大な譲渡所得税が課せられる場合でも,譲渡所得税を払ったことがない。また,抵当権を実行されて不動産を失う場合には,譲渡所得税を払う必要はないとよく聞く。だが,これらの認識は正しいのか,根拠は何かとなると,知らない弁護士も多い。少なくとも筆者は知らなかった。調べてみると,こういうことである。

まず,所得税法9条10号は,所得税を課さない場合として,「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における国税通則法第二条第十号(定義)に規定する強制換価手続による資産の譲渡による所得その他これに類するものとして政令で定める所得(第三十三条第二項第一号(譲渡所得に含まれない所得)の規定に該当するものを除く。)」と規定している。ここに「強制換価手続」とは,「強制換価手続 滞納処分(その例による処分を含む。),強制執行,担保権の実行としての競売,企業担保権の実行手続及び破産手続」をいう(国税通則法第2条第10号)。

これによると,一見,抵当権の実行や破産の場合には,所得税が課せられないように見える。しかし条文をよく読むと,所得税が課されないのは,「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」であることが前提だ。すなわち,抵当権を実行されて担保不動産を失った場合であっても,債務者に資力があって,残りの債務を弁済できるときは,原則どおり,譲渡所得税が課せられる。だから,「抵当権実行の場合には譲渡所得税はかからない」という認識は間違いだ。ただ,実際の大多数の例は,債務者に余力が無い場合なので,現実には,譲渡所得税が課せられなかっただけのことである。

同様に,破産の場合であっても,破産財団が増えすぎて100パーセント配当を超えてしまった場合には,譲渡所得税の支払義務が発生する。ただ,これも,現実には100パーセント配当を超えることがほとんど無かっただけである。

ちなみに,所得税法9条10号は,「政令に定める場合」には譲渡所得税が課されないと認めている。この政令とは,所得税法施行令26条である。これによると,実際競売や破産手続を行わなくても,競売等が避けられない状況で任意売却し,かつ,売却代金を全額返済に充てた場合には,譲渡所得税がかからない場合がある。もっとも,税理士に聞いたところ,税務署がこの条項の適用を認めることは余り無いそうだ。(小林)

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2009年1月12日 (月)

伊藤ハム事件を振り返る(3)

その後舞台は調査対策委員会に移る。調査委員会は12月5日までに5回の会議を行い,同日中間報告書を公表すると共に,25日に調査委員会報告書を公表した。

同委員会の関心は主として原因の解明と,危機管理体制の再構築であった。3本の井戸水は毎日検査されたが,委員会発足以降,規準を超えるシアン化物又は塩化シアンが検出されることは一度としてなかった。水源そのものが汚染されたのなら,異常値が継続的に観察されないのは不可解である。同様の理由で,産経新聞が報じた「戦前の毒ガス工場原因説」も否定された。また,人為的混入の可能性も検討され,排斥されている。

委員会は当初の検査結果も疑ったが,なぜか検体が残存していないため,追試のしようがないし,1度ならず2度までも異常値が検出された以上,この検査結果が正確なものであることを前提に,井戸水の処理過程に原因を求めていく。そして,学術文献をもとに,消毒用の塩素量が不適切である場合には,本件井戸水の処理過程においてシアン化合物が生成されることや,現場では4月以降,塩素酸の基準値オーバーが続いており(これは水道法違反だが食品衛生法違反ではない),担当者が独断で次亜塩素酸ナトリウムの投入量を減らし,シアン化合物が生成されやすい濃度になったという状況証拠もあることから,これが原因ではないかと推定した。もっとも,この推定は実験室レベルで再現できただけであり,実際の処理過程で再現できたものではない。つまりこれは,「実際に起きたことを化学的に説明することは可能」ということが証明されたに過ぎない。また,処理水については,処理過程の不備で説明が可能であるとしても,処理前の原水について異常値が検出されたことは説明できない。この点は調査委員会報告書ではかなり明確に,検査手順の誤りと推論しているが,これは積極的な根拠があるというより,消去法による推論である。

次に対応における問題点としては,中間報告書では余り触れられていないが,最終報告書に詳しい。調査委員会報告書では,①担当者から工場長へ,工場長から本社幹部への報告遅れと,②井戸の使用停止・出荷停止・製品回収の検討の不十分さの2点が主たる問題点であるとされ,その主要な原因として,①社内規定・マニュアルの不備,②コンプライアンス意識の不十分さ,③法令に対する理解の不十分さ,④安易な自己判断の4点が指摘されている。(小林)

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2009年1月 9日 (金)

伊藤ハム事件を振り返る(2)

以上は,事件発生時の報道を整理したものである。12月25日に公表された調査委員会報告書に記載された経緯は,当時報道された事実と微妙に異なる。

報告書で判明したことには,伊藤ハム東京工場の3本の井戸水は,それぞれの原水と殺菌処理後の水(処理水)について,1本ずつ,外部業者による定期検査が行われていた(つまり6回の定期検査が入れ替わり行われていた)。そして9月24日,2号井戸の処理水について,基準値を超えるシアン化物と塩化シアンが検出されたと,担当者と担当課長に報告されるが,担当課長は「シアン化物イオン及び塩化シアンについての正確な知識に乏しく,当該事実の重大性についての認識を欠いたため,上司に報告することもなく,特に何らの対応もしなかった」。担当者は独断で2号井戸を再検査させるが,10月2日,やはり異常値が出たとの報告を受けたにもかかわらず,採水後の10月1日に行った「次亜塩素酸ナトリウム入れ替えにより,今後はその数値が基準値以下に安定すると思い,この報告結果を課長に報告しなかった」。しかし,10月9日には3号井戸の処理水が基準値を超えたと報告があり,14日には2号井戸の原水で異常値が報告される。しかし同日この報告を聞いた課長は,「事実の重大性についての認識を欠いたまま」,工場長への報告を怠った。

工場長が担当課長から報告を受けたのが10月15日であり,このときは異常値が検出された2号井戸と3号井戸の処理水を直接製品に混入する用途に使用しないよう指示したが,翌16日,異常値が高かった2号井戸の使用中止を決定した。そして,14日及び17日の再検査では異常値が検出されなかったとの報告を受け,22日,初めて本社生産事業本部長,生産管理部長,品質管理部長に事実関係を報告した。そして,23日に柏市保健所への報告が行われ,25日の記者発表に至る。

調査委員会報告書の記載と事件当時の報道とを比較して,疑問が残る点は,調査報告書によれば,10月24日に柏市保健所が行った東京工場井戸水の水質検査において法令の基準値を超えるシアン化物イオン及び塩化シアンは検出されなかったと発表したとあるが,10月28日の毎日新聞朝刊には,「柏市保健所は27日,地下水から基準値(1リットル当たり0・6ミリグラム)の約2倍に当たる1・1ミリグラムの塩素酸を検出したと発表した。」とある。いずれも事実とすれば,調査委員会報告書は塩素酸検出の記載を故意に落としたことになり,その公正性がやや揺らぐことになろう。(小林)

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2009年1月 6日 (火)

フラガール(DVD鑑賞)

福島県常磐市の弁護士会を舞台にした実話,感動の映画化。

豊川悦司演じる主人公は,かつて「12人の優しい日本人」の陪審員になったこともある優秀な弁護士だが,弁護士を手厚く保護してきた国の政策が180度転換し,いまや弁護士業は斜陽産業である。彼は福島県弁護士会常磐支部に在籍して,国選弁護事件で細々と食いつなぐ貧乏弁護士となっていた。弁護士会は,時代に応じ変化して生き延びようとする勢力と,旧来の弁護士像を守り抜こうとする勢力とに分裂し,内部抗争のあげく疲弊していく。

そんな中,弁護士会館の地下から湧いた温泉を利用する保養施設を建設し,仕事にあぶれた女性弁護士がフラダンスを踊るという仰天の構想が浮上する。蒼井優演じる妹の弁護士は,兄のような弁護士業に未来はないと考え,家族に隠れてフラダンスの練習に励むが,親バレしてしまう。「おらはお前に腰を振ったり愛想笑いをさせるために高い金出して法科大学院に行かせたんでねえ!」と激高する母親に,蒼井優は言い返す。「腰振ったって,馬鹿みたいに愛想笑いしたって,それでお客さんが喜んでくれるなら,そういう弁護士もあっていいんでねえのけ?」

娘の熱意に母親も折れ,フラダンスショーの成功に協力する。蒼井優がソロで踊るラストは圧巻だ。そして豊川悦司は,新たな弁護士像を切り開く妹を温かく見守りつつ,国選弁護事件を探しに弁護士会館に向かうのだった。(小林)

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2009年1月 5日 (月)

伊藤ハム事件を振り返る(1)

伊藤ハム東京工場の地下水からシアン化合物が検出された事件に関し,同社は12月22社長,東京工場長など9名に減給,降格,出勤停止などの処分を行い,25日に調査委員会報告書を公表した。事実上の終結宣言と思われるが,我々はこの事件から何を学ぶべきか。報道等と伊藤ハムの公開資料をもとに,おさらいしてみる。

第1報は10月25日,NHKニュースである。日経テレコン21によれば4放送。まとめると,9月18日に実施された3ヶ月毎の定期検査で,3本のうち2本の井戸から基準値の2~3倍の「シアン化物及び塩化シアン」を検出したため,同日から水源切替前の10月14日にかけて製造した食品(13品目194万個)の自主回収を公表した。

初めて異常値が確認されたのは9月24日,再検査結果判明は10月2日,担当者から工場長に報告されたのは15日,担当保健所に相談したのは23日,直ちに公表を指示されたにも関わらず,生産事業本部長が記者会見を行い,自主回収を公表したのが25日午後8時。もちろんこの報道は伊藤ハムの記者発表に依存しているから,真実かどうかは確信できない。この報道発表に基づき,初めて異常値が確認されてから1ヶ月以上放置されたことに非難が集中し,生産本部長は「不適切な対応だった」と謝罪した。

この時点では報道にもやや混乱がある。25日のNHKニュースでは,2本の井戸のうち1本は使用を再開しているとあり,また,26日の報道では保健所の検査で異常は発見されなかったと報じられているが,28日の報道には,保健所の再検査で27日に基準値の約2倍の塩素酸が検出されたとある。これを受け,伊藤ハムは28日,東京工場の稼働停止と,外部有識者を交えた調査対策委員会を立ち上げると発表した。すでに15日に水源を切り替えている以上,今さら工場の稼働停止が必要なのかという気もするが,このとき同時に同じ工場で生産されたウィンナーから異臭がするとの苦情があり,微量のトルエンが検出されたことを受けての稼働停止であろう。この二つの事件が偶然であるなら,「最悪の危機は必ず最悪のタイミングで起きる」というマーフィーの法則(?)を地で行く展開である。

調査委員会のメンバーは11月1日に公表され,4日に第1回会議が開催された。委員の中には西村あさひ法律事務所の川合弘造弁護士もいるが,その代理として主に出席したのは同法律事務所の尾崎恒康弁護士だ。議事録によれば,原因特定の方法と,管理体制に関する問題が協議され,その中には,「異常データを把握しながら,組織の報告ルートを通して情報があがらなかったことが重要な問題の一つである」との指摘もある。翌5日の記者会見には,河西力社長が事件発生後初めて出席し,「危機管理マニュアルはあったが,それが実現していなかった」と謝罪した。(小林)

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