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2009年1月23日 (金)

伊藤ハム事件を振り返る(6)

食品製造企業,特に大規模食品製造企業には,品質管理部門に製造ラインの停止権限を持たせ,かつ,結果的に製造ライン停止の判断が誤りであった場合でも,安全側に間違ったものである以上は責任を問わないという考え方「フェイルセーフ」を導入するべきであると書いた。しかし,この思想が独り歩きすると今度は,何か問題が起きるとすぐに製造ラインを止める事態が頻発しかねない。それは確かに安全かもしれないが,企業利益追求の観点からは到底容認できない。

そこで,「フェイルセーフ」の思想を導入すると同時に,「デュープロセス」(適正手続)の思想をあわせて導入する必要がある。これは製造ラインの停止など重大な決断をするにあたっては,決断に至る手順を具体的かつ厳格に定めて守らせる一方,手順を履行した以上は結果について責任を問わないという考え方だ。

ハリウッドの軍隊ものの映画では,ときどき,副官が上司を解任するという場面がある。古典では「ケイン号の反乱」,近いところでは「K-19」(舞台はソビエトだけど)もそうだ。これらの場面では,副官は必ず証人を立て,時刻を記録させてから上司の解任を宣言する。映画では特に説明もない。特に説明がなされないということは,軍隊において副官が一定の要件のもとに上司を解任できることは,米国人の常識に属することを示している。

作戦行動中の軍隊では,部下が上司の命令を聞かなければ,まして上司を解任して拘束すれば,その場で銃殺されても文句は言えない。しかし,米軍では,一定の条件を満たせば上司の命令を聞かず,解任して拘束しても,その場で銃殺にはならないことが,常識として浸透している。もちろん,解任したことの是非は後に軍事法廷で裁かれるが,定められた適切な手順を踏むことによって,「その場で銃殺」のリスク回避は保障されている。これがデュープロセス(適正手続)ということの意味である。言い換えると,これは「手続責任」を負わせることによって,「結果責任」を問わないという考え方である。我々日本人は,どうしても,結果責任を,しかも個人に問うことに傾きがちであるように思う。(小林)

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