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2009年1月21日 (水)

伊藤ハム事件を振り返る(5)

伊藤ハム事件で,対応が遅れた根本原因は,井戸水の水質検査を管理部ES課の権限とし,品質管理室の権限としなかったことにある。では,品質管理室の権限とすれば,品質管理室はどのように対応するべきだったのだろうか。

もちろん,直属の上司である工場長を通じ,本社に報告を入れるべきである。しかし大事なことは報告ではなく,製造ラインを直ちに停止することにある。食の安全という見地からすれば,製造ラインを直ちに停止さえすれば,報告など,後回しでよい。

本件では,最初の異常値に対して,再検査が指示されただけで,製造ラインは止まらなかった。これに対しては,再検査などせず製造ラインを止めるべきだったとの批判もあろう。しかし現代の精密な検査方法は,手順の軽微なミスやごく微量の検査対象外部室の混入でしばしば不正確な結果を出すから,再検査の指示は当然である。調査委員会報告書でも,原水について異常値が報告されたにもかかわらず,再検査が行われなかったことが批判されている。

そこで問題は,再検査結果が出るまでの間,製造ラインを止めるべきか,という点となる。

もちろん,食の安全を確保するためにはラインを止めるべきだ。だが,再検査の結果,最初の検査が誤りと判明したらどうか。一日数万食を製造する伊藤ハムのような大規模食品製造企業の製造ラインは,数日止めるだけで数億円の損失を生む。その責任を問われるリスクがある以上は,担当部署に製造ライン停止の決断を期待することは難しい。

したがって,担当部署に製造ライン停止を決断させるためには,結果的にその判断が間違っていても責任を問われないことを保障する必要がある。つまり,人間の判断には常に間違いが起きることを前提に,「安全側」に間違ったら責任を問わない,その代わり「危険側」に間違ったら重い責任を問う,という制度を整えておくことによって,判断を安全側に誘導するという考え方である。この考え方は,「フェイルセーフ」と呼ばれ,機械などに関する安全工学の分野では常識だが,食の安全の分野にも導入すべき時機が来ていると思う。

本件の場合,品質管理室に検査権限を与えるべきだと書いたが,その品質管理室か,または直属の上司である工場長に製造ライン停止権限がなければお話にならないし,製造ライン停止権限があっても,その後最初の検査結果が誤りであった場合に責任を問われるリスクがある限り,製造ライン停止という重大な決断を期待することはできない。(小林)

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