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2009年2月13日 (金)

日弁連はなぜ負けたのか(総会編 6)

平成61221日日弁連臨時総会(6

平成61221日の日弁連臨時総会は,ヤジと怒号が渦巻く中,6時間という長時間の討論の末であるにもかかわらず,とても奇妙な結果となった。

執行部案は約5276票対3675票で可決され,この問題に関する内部対立の深刻さを浮き彫りにする一方,議事も半ばを過ぎてから提案された二つの関連決議は,賛否の議論も無いまま,いずれも圧倒的多数で可決された。日弁連の総意は長時間の議論の末可決された執行部案にではなく,ほとんど議論されなかった関連決議,特に「司法基盤整・法曹人口問題に関する関連決議」にあることになる。

この「司法基盤整備・法曹人口問題に関する関連決議」のポイントは2点である。第1点は,「今後5年間の司法試験合格者数は800名を限度」としている点であり,第2点は,「将来の法曹人口のあり方については総会の承認を条件とする」としている点だ。これが圧倒的多数で議決された結果,日弁連として許容する司法試験合格者数には「5年間は800人」という天井がかけられ,かつ,総会の承認事項とすることにより,執行部のフリーハンドを縛ったことになる。

これが,法曹養成制度等改革協議会に日弁連が提出する「抜本的改革案」足りうるだろうか。700人までは決定済みのところに「800人まではよい。但し今後5年間は800人より増やさないこと」という案を持っていって,話が通ると思っていたのだろうか。結果論という批判を承知で言えば,通ると思っていた人たちは,とても馬鹿である。

これらの臨時総会決議は,どのように評価されたか。総会直後の1225日,平成2年(1990年)度日弁連会長の中坊公平もと弁護士が,日弁連を擁護する立場から,読売新聞朝刊に,「裁判長期化の根本原因は裁判官不足にある」と寄稿した。その前後には,これを支持するマスコミの論調も散見される。しかし,翌平成7年(1995年)214日の報道によれば,法曹養成制度等改革協議会の大勢は,司法試験合格者数年1500人であり,日弁連の決議した800人は完全に無視されていた。

その後の展開は,執行部案を支持した福原弘弁護士が予言したとおりとなった。つまり,国民の支持を全く得られなくなった日弁連は,当事者の椅子から引きずりおろされ,その後の爆発的な増員を受け入れざるを得なくなっていく。結局のところ,ほとんど議論されなかった関連決議が,その後の日弁連の運命を決定づけたのだ。

日弁連の土屋執行部自身が,この関連決議は失敗だったと受け止めた何よりの証拠には,翌平成7年(1995年)112日の臨時総会では,土屋執行部自ら,この関連決議を否定している。

この決議については,追ってご紹介することとしたい。(小林)

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