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2009年3月22日 (日)

日弁連はなぜ負けたのか(総会編 15)

平成91015日日弁連臨時総会(1

対外的には日弁連の迷走と分裂と頑迷さと勘違い,そして意思決定能力の欠如を明らかにしただけの土屋公献日弁連会長が任期満了で退任し,平成89年の日弁連会長選挙では司法改革路線の継承を謳う鬼追明夫弁護士(大阪)と,同じ大阪弁護士会の小野良一弁護士の一騎打ちとなった。鬼追明夫弁護士は,法曹養成制度等改革協議会の日弁連側中核メンバーであり,法曹人口大幅増員推進論者であって,これに反対する立場から見れば,悪の親玉のような存在である。しかし増員反対派は,選挙の3ヶ月前の日弁連総会では3500票以上を集約したにもかかわらず,日弁連会長選挙では活動しなかった。鬼追明夫候補8731票,小野良一候補1672票と,大差で鬼追明夫日弁連会長が誕生した。

鬼追執行部1年目の平成8年(1996年)7月から法曹三者協議が始まる。この三者協議は、「今後、法曹三者は、本意見書の趣旨を尊重して、真に国民的見地にたった司法試験制度及び法曹養成制度の抜本的改革を実現させるため、直ちに協議を行い、速やかに具体的な方策を採らなければならない。」とした前年の法曹養成制度等改革協議会の付帯条項に基づくものだ。この三者協議では,司法試験合格者「当面の1000人」と「中期目標の1500人」の司法修習生をどのような体制で養成するかが協議された。最高裁判所と法務省は,修習期間を短縮しなければ対応できないと主張し,それは本末転倒と日弁連は抵抗する。結局,修習期間は1年半で妥結する。しかし,日弁連は平成7112日の臨時総会で,司法試験合格者年1000人と修習期間2年堅持を決議していたので,この決議を変更しなければならない。そこで,平成91997年)年1015日の臨時総会が招集された。

執行部案は長文だが,要点は次の3点である。

1.         法曹一元制度の実現

2.         1000人体制下での検証を経た1500人体制の協議

3.         修習期間1年半の受け入れ

これに対して,修習期間2年堅持を主旨とする反執行部案が提案された。

執行部案は,冒頭に法曹一元の実現を掲げている点が注目される。司法試験合格者年3000名を受け入れる平成12年(2000年)の日弁連総会は僅か3年後であるが,この総会決議文に42回も用いられた「法曹一元」という文言は,この総会で公式に復活した。(小林)

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