« 日弁連はなぜ負けたのか(総会編 18) | トップページ | BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)は二種類あるらしい »

2009年3月31日 (火)

日弁連はなぜ負けたのか(総会編 19)

平成91015日日弁連臨時総会(5

執行部案支持の意見として,藤本齊弁護士(二弁)を紹介する。

「私はこの問題について,ある意味で静かに再出発をするというときを迎えているんではないかというふうに思います。そのために,やはり事実に基づいてリアルに見ていくというふうにしたいと思っています。この問題が運動になるかという問題を私は提起しました。日弁連としては現行の統一・平等・公正の制度を高く評価するという点では一致しておりますが,修習期間の問題では,必ずしも一致していないことが明らかになってきました。これで何を訴えていくかというときに,期間の問題を前面に掲げて訴えていくということが人々の理解を得られるとは思えないし,得られてこなかったというのが実際ではないかというふうに思っています。

それからも一つ,日弁連は,サークルのような任意団体でなく,公法人であり,行政権を行使しているにもかかわらず,政府から独立した自治団体であるということによって,その使命を国民から付託されている,責任ある組織であります。我々は法曹養成制度等改革協議会のなかで孤立してきたという事実があります。多数意見に対して批判的な見地を持ち続けるということは当然でありますけれども,事実は事実として,あそこで孤立したのだということは見なければならないだろうというふうに思います。そして多数意見と少数意見を並べて書かれて,これを尊重して具体的な方策を速やかにとれと言われて,とりましょうということでやっている三者協議の中で,少数意見でいけばええねんというふうには,やはり開き直るわけにはいかない。ここが実に苦しいところだということを,やはり冷静に見る必要があるだろうというふうに思います。

『決裂辞さず,国民運動で』と言うのは楽でございますが,多数意見の方も全く国民の声でないとは,ちょっと言えないでしょう。そのときに決裂辞さずということでいった場合には,やっぱり弁護士どもというのは,見てみろ,国民の声が気に入らないと,自分の気に入る国民を,国民運動で,とかいって探しに出かけていくような,そういうやつなんだというふうに言われかねない。国法上の組織である日弁連が,この問題について鈍感であっていいというふうには,私は到底思えません。

運動論を語るときに,やる気の問題などというのは,それは全くの主観主義です。運動を考えるときも一つ一つ事実に基づいてリアルに考えていく必要があると思います。」

反執行部派の矛盾を的確に突き,日弁連の苦しい立場を明確に弁護する名演説である。高山俊吉弁護士が動の名演説とするなら,藤本齊弁護士は静の名演説。炎の高山俊吉に対して氷の藤本齊。両者とも見事だと思う。(小林)

|

« 日弁連はなぜ負けたのか(総会編 18) | トップページ | BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)は二種類あるらしい »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/44428674

この記事へのトラックバック一覧です: 日弁連はなぜ負けたのか(総会編 19):

« 日弁連はなぜ負けたのか(総会編 18) | トップページ | BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)は二種類あるらしい »