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2009年3月20日 (金)

事故米事件を反省するなら(6)

三笠フーズによる事故米穀の不正転売は,平成20年(2008年)8月に発覚した。しかし,その前年1月になされた投書を的確に処理していれば,早期摘発が可能だった。

この投書の意味するところは,こうである。

平成18年(2006年)11月,農水省東京農政事務所が,事故米穀の売却をインターネットで公告した。それは平成15年中国産もち米で,残留農薬メタミドホスが基準値(0.01ppm)を超える0.05ppm検出されたので,工業用糊に用途限定して売却するというものだった。そして,このもち米は平成18年(2006年)1117日,三笠フーズに売却された。

三笠フーズは平成19年(2007年)1月,この事故米穀を焼酎や米菓の原料として売り込みをかけた。売り込みの際,三笠フーズが配付した資料には,同年112日付で,厚生労働省が作成した検査成績書が添付されており,基準値以上のメタミドホスは検出されないと記載されていた。

しかし,この売り込みに疑問を持った業者が2社あった。1社は,インターネットで同じ品番のもち米を検索したところ,残留メタミドホスが0.05ppmと表示されているのに,三笠フーズが配布した資料にはメタミドホス不検出と記載されているのは矛盾している,三笠フーズが検査させた米はすり替えられたのではないか?と考え,売却元の農水省東京農政事務所に投書した。もう1社は,そもそも事故米穀でないのなら,なぜ農薬の検査成績書が添付されているのか?その成績書に問題がないのに,なぜ相場の半値で売られているのか?という疑問を持って投書した。いずれも,文章はやや拙いものの,核心をついた指摘である。

ところが,この投書を受け取った農水省の対応は,全くピントがずれていた。

投書が告発する三笠フーズの不正行為は2点ある。1点は,「事故米穀を不正に転売しようとしている」点であり,もう1点は,「事故米穀の検査を偽装した」点である。

ところが,農水省は,事故米穀について「横流しがなされた疑いがある」と考え,売却した事故米穀が全量三笠フーズにあるか否かを確認すれば,「横流しがなされたか分かる」として,福岡農政事務所に,在庫確認を指示した。

これでは,告発の内容と検査の内容が合致していない不正転売「既遂」の告発なら,適切な在庫確認によって「既遂」の事実を確認できようが,告発は不正転売「未遂」であるから,在庫を確認しても無駄だ。。「夜中にマッチとガソリンをもってうろうろしている不審者がいる」という通報があったのに、「どこにも火事が起きていないから大丈夫」と判断したようなモノだ。この時農水省が行うべきは,三笠フーズが行っていたという売り込みの事実を確認することだった。また,厚生労働省の三笠フーズ宛検査成績書の写しがある以上,三笠フーズに対して,その原本の有無を確認するとともに,「工業用糊として買い受けた事故米穀について,なぜ食用の安全性を確認する検査を行うのか」「残留農薬0.05ppmの事故米穀を再検査したのに,なぜ農薬不検出という結果になるのか」を問い質すべきであった。

なぜここまでピントのずれた対応になったのか。怠慢では済まない,癒着があったのではないかと疑われても仕方がないほどの,農水省担当者の無能ぶりではある。

このほか,平成18年(2006年)9月には,東大阪市の米卸会社「日本ライス」が,ブランド米に別銘柄の古米や外国産米,「規格外のくず米」,「加工用米」を混ぜて偽装して販売し,JAS法違反で摘発された事件(この会社は農水省の幹部や大阪府職員に接待攻勢をかけていた事実も明らかになった),平成19年(2007年)9月には,岐阜県梅津氏の米穀卸販売業「伊藤謹」が,他業者から精米の委託を受けた加工用国産米を輸入米とすり替えて納品し,加工用国産米は主食用として外食産業に販売していた事件など,事故米事件を彷彿とさせる事件は,事故米不正転売発覚以前から度々起こっていた。これらの事件について,全国の農政事務所が情報を共有していれば,三笠フーズらの不正も,もっと早く摘発できたかもしれない。(小林)

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