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2009年4月 2日 (木)

日弁連はなぜ負けたのか(総会編 20)

平成91015日日弁連臨時総会(6

この臨時総会における議題は,修習期間1年半への短縮と,司法試験合格者数を将来1500人に増加することの承認であった。この二つの議題と法曹一元とは,論理的に無関係である。だから,法曹一元をもってくるのはまやかしである,という高山俊吉弁護士の指摘は正しい。

しかしこの総会における問題点は,執行部の態度が仮にまやかしであるとしてもなお,これをやむを得ないものとして承認するか否かであろう。

採決の結果,74553903で執行部案が承認され,臨時総会は終了した。3500票差,ダブルスコアに近い大差であり,それ以前の臨時総会に比べ,歴然とした差がある。日弁連総会は投票の9割が委任状によるものだから,事前に勝敗は完全に決していたことになる。

この臨時総会の顛末を鬼追明夫日弁連会長ら執行部について総括するならば,土屋公献前会長の任期中,分裂し迷走した日弁連を,「法曹一元」という錦の御旗によって再統合しようとした試みは,一応の成功を収めたと言えるだろう。この試みによって執行部は,「法曹人口増や修習期間の短縮には基本的に反対だが,法曹一元が実現するならOKとする相当数の弁護士」を執行部派に取り込むことに成功する。これによって,現在まで続く「司法改革路線」のレールが完成したともいえる。そして,この「法曹一元」崇拝者(=高山俊吉弁護士によって,『(執行部案に賛成すれば)もしかしたらわれわれの一歩前進が期待できるかもしれないというはかない期待をも含めて賛同してきた,本当に真剣に,あるいは善意に考えている多くの人たち』と表現された弁護士)たちは,その後日弁連が司法試験合格者年3000人を積極的に受け入れる一つの勢力になっていく。

一方反執行部派について総括するならば,鬼追明夫弁護士が日弁連会長候補に立つことはその前年,つまり平成7年(1995年)の夏には分かっていたことなのだから,本気で執行部案を阻止する気があるなら,有力な対立候補を立てるべきだったし,鬼追明夫日弁連会長当選後も,この臨時総会までの1年半のうちに,打てる手はあったはずである。臨時総会でいくら正論を述べても,委任状が投票の9割を占める以上,委任状集めで五分五分程度に持ち込まなければ勝ち目のあるはずもない。日弁連内部の多数を結集する力もないのに,国民運動を巻き起こすと言っても,一般会員がついてくるわけがない。結局のところ,反執行部派は口だけで,はじめから勝つ意思が全く無かったのである。

最後に一般会員について一言だけ述べるなら,連戦連敗で,あきらめムードが支配していたというのが,最も適切な評ではないかと思う。

とにもかくにも,鬼追明夫日弁連会長は,反執行部に勝つための戦略を練り,その戦略によって勝利した。しかし,この臨時総会には致命的な欠陥があった。それは平成91015日という,総会の日付にあった。(小林)

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