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2009年4月27日 (月)

日弁連はなぜ負けたのか(総会編 25)

平成12111日日弁連臨時総会(3

次に,執行部案に賛成の討論をいくつかご紹介する。

司法改革,法曹一元を前面に押し出して賛成した意見として,福原弘弁護士(東弁)は,「執行部案は第一に,大きな司法の実現を改革の中心課題とした点,その障害となっていた(少ない)法曹人口について,『国民が必要とする数を確保するように務める』と明言している点は,特に高く評価すべきであります。法曹人口を充実させることにより,社会の隅々にまで法の支配を及ぼす基礎ができます。そして,法曹一元や陪審の実現をより具体的に実現可能な制度として,力強い運動を進めることができるようになります。」などと述べた。

福原弘弁護士は,平成6年(1994年)の日弁連臨時総会においても,執行部案を支持する討論を行い,このときは,「(700人に固執すれば)マスコミの批判を浴び,国民の信頼を失う。そうなったら,司法試験改革から日弁連は外され,簡単に2000人,3000人という大量増員が進められることになる」と述べている。このとき予言した最悪の結果が実現するというときに,これを「高く評価する」というのはいかなる心境の変化によるものか,私には理解できない。

樋口俊二弁護士(東京)は,「先ほど,5万人という弁護士規模について,具体的な根拠がないようにおっしゃいましたけれども,これもちゃんとございます。これは法曹一元という立場からしますと,5万人規模の弁護士がないと法曹一元は実現不可能と。これは東京大学の田中教授もそう言うことをおっしゃっている。」と述べた。すでにのべたように、この総会の前日、司法制度改革審議会において、法曹一元論は葬り去られていた。樋口俊二弁護士の主張は、これを知ってのことなら愚かであるし、知らないでのことなら哀れである。なお、未だに東京弁護士会の意見書は,露と消えた法曹一元論を崇拝しているが,これは樋口俊二弁護士の流れをくむものなのだろうか。

四ノ宮啓弁護士(千葉)は陪審問題を取り上げ,「陪審問題というのは国民が司法の中に入っていくということです。その国民の側から司法の中に根を伸ばしていくということです。それだけでその土壌が十分でしょうか。やはり別の方向からも根を伸ばす必要があるんじゃないでしょうか。私は十分な数の弁護士が,十分な必要な教育を受けて,今度は法曹の方が国民の方に,司法が国民の方に根を伸ばして入っていく。二つの方向から根を伸ばし合って,そして強い土壌をつくっていく。私は地域の法化というものが,このようにして初めて実現できるのではないかと思います。」と述べた。「根」の例えはよく分からないが,四ノ宮弁護士は,現在も裁判員裁判の円滑な実現に向けて奮闘している。

弁護士過疎地域に関連して,相良博美弁護士(奈良)は,奈良弁護士会の歴史と,司法改革への取り組みを訴えたうえ,「常に私たちが抱えてきた(問題)は,会員の少なさでありました。地元に根ざし,地元の人々に真に頼られる弁護士と弁護士会を築いていこうと会一丸になって頑張ってきたその結果が,余りにも仲間が足りなすぎるという厳しい現実であります。私たち弁護士一人一人が文字通り社会生活上の医師として,意気高く国民の中に入っていこうではありませんか。」と述べた。奈良は過去4回の臨時総会ではいずれも,執行部案賛成,法曹増員賛成の立場で討論を行っている。

松原三朗弁護士(島根弁護士会もと会長)は,奈良と同様,弁護士過疎地域における弁護士の圧倒的不足を訴えた。

当時の若手弁護士も意見を述べている。宮岡孝之弁護士(東弁)は,弁護士激増による不安を率直に訴えつつ,「弁護士の質に関する国民の声を聞き,これをロースクールに伝えるべきです。自由競争に任せればよいという考え方は,同じ弁護士という肩書きを持つ弁護士に依頼しながら,不十分な法的サービスしか受けられない国民の出現,すなわち法曹の質の低下による新しい司法過疎が生じることになります。職域については,プロボノ活動を職域の一態様であるかのように説明するのは間違いです。我々が求めているのは,無償で提供する法的サービスや,お布施しかもらえないような仕事ではなく,正当な報酬を得ることができる職域です。執行部は,我々の必要とする情報を会員に提供し,特に若手会員の共感を得られるような存在になることを切望します」と述べた。現在に通じる問題点を的確に指摘していると思う。

池内稚利弁護士(一弁)は,一弁の若手弁護士の代表として,「弁護士のいない町がある。あるいは遅々として進まない訴訟がある。こういった意見がずっと出てきました。それに対して,我々は基盤整備がなってないとか,我々の収入はどうなるんだと,そういう理屈で国民の期待を裏切り続けて来たんじゃないかと。これが改革協で無視されて,弁護士会が参加できないような司法審になってしまった原因があるんではないかと。ここでもう一度我々は原点に立ち戻って,21世紀に向かう国民が望む司法改革を,自らあえて血を流しながら進んでいくべきであろうと思います」と述べた上,弁護士の質の維持やロースクールのあり方に注文を付けた。

正確な現状分析,冷静な意見であると思う。(小林)

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