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2009年5月26日 (火)

「基準違反」とにかく回収?

5月26日の毎日新聞朝刊は、標題の特集記事で、基準値に違反する食物を何でも捨ててしまう風潮に警鐘を鳴らした。この記事は、基準値を超える(とはいえ一生食べ続けても健康にはまず影響のない濃度の)農薬等が検出されたため捨てられたウナギや、禁止されたシジミ漁、製品には何の異常もないのに井戸水から基準値を超えるシアン化合物が検出されたため製品自主回収に追い込まれた伊藤ハムを紹介したうえ、基準値を超えたら何でもダメという思考停止状態を批判している。

記事の主旨自体に異論のある人は少ないだろう。しかし、この記事のような漠然とした書き方では、解決策を見いだせないと思う。大きく3つに場合分けをして考えてみたい。

第一は、食品が、国が定める基準値を単純に超えた場合である。この場合、科学的に健康に対する影響が僅少であっても、客観的に食品衛生法に違反する以上、事業者には廃棄したり、漁を中止したりするほか選択肢はない。日本の基準値だけが極端に高くて不当だというのなら、国の基準値を改訂するほか無い。

第二は、記事にはないが、賞味期限シールの張替偽装や、産地偽装等に見られるケースである。このケースでは、多くの場合、健康に対する悪影響は全くない。しかしこの場合、事業者は、賞味期限切れであればその製品を購入しなかった消費者を騙して購入させたことになるから、消費者は、売買契約を取り消したり、瑕疵のない商品との交換を請求できる。よって事業者が偽装等した商品を回収するのは当然である。もったいないが、悪いのは事業者だ。

第三は、食品自体には上記のような問題が全くないのに、その製造・採取過程に何らかの瑕疵があったと場合である。この場合には、企業が適切な説明責任を果たした上でなら、食品の販売を継続しても問題はないと考える。「適切な説明」とは、例えば、「当社○○工場にて、食品の洗浄に使用している井戸水から法定基準値を超える○○が検出されましたが、当該食品の○%についてサンプル調査を行ったところ、異状はありませんでしたので、販売を継続します」ということになる。

ところで、伊藤ハムの事例はどうだろうか。上記の第三にあたり、必ずしも自主回収の必要はなかった事例だろうか。

まず指摘すべきは、「問題がない」という客観的状態と、「問題がないことが確認された」という企業の認識とは違う、という点だ。食品製造企業には、適切な方法で安全であることが確認された食品を消費者に提供する義務があるというべきだから、安全を脅かす相当な事情が発生した場合には、新たに安全を確認してからでなければ、その商品を提供することは許されない。伊藤ハムの事例では、商品の安全性を脅かす井戸水の汚染という問題が発生した後約一ヶ月間、製品の安全性を確認せずに販売を継続したという問題があった。この問題を前提にする限り、既販売食品の自主回収という伊藤ハムの選択はやむを得ないと考える。

この記事には無いが、ダスキン肉まん事件というものがあった。これは、ダスキンが中国の工場につくらせていた肉まんに、日本では認可されていないTBHQという添加剤が使用されていた事件である。この添加剤は、認可する国も多く、健康に対する懸念は無いといわれている。そこで、添加物の使用を知った二人の取締役は、その安全性を確認した上で、日本国内での販売継続を指示した。その結果、300万個を超える無認可添加物を含む肉まんが販売され、消費された。健康被害は出ていない。

読者はこの事例をどう思われるだろうか。記事の論調に従えば、この取締役の行為は何ら咎めるに値しない、むしろ捨てる方がもったいないということになるのだろうか。(小林)

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