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2009年7月 9日 (木)

日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (12)

宗教の持つ政治的な意義は、分裂した集団を統合することにある。

中坊公平日弁連会長は、「司法改革」(=裁判所・裁判制度改革)を掲げ、左右に分裂した日弁連を再統合し、一定の成果を挙げた。しかし中坊公平氏が先送りした法曹人口問題は、結局、日弁連の再度の分裂を招く。左派右派二人の日弁連会長候補はともに「司法改革路線の継承」を掲げ、「左」の土屋公献候補が当選し、法曹人口問題に取り組むことになる。当選直後である平成6年(1994年)31日の日弁連新聞で、土屋公献会長は喫緊の課題として司法改革問題と外弁問題を挙げ、「国際化時代の中で、弁護士の使命である社会正義・人権擁護を言って肩を怒らすのはどうか、と疑問を差し挟む人がいます。市民のための弁護士が必要であって、単なる利益追求・サービス産業化に満足し、公益的な任務を忘れては困ります。外弁問題も司法改革もこの姿勢を貫きます」と大見得を切った。

会の約半分からしか支持されなかったにもかかわらず、融和への配慮を欠いたこの発言によって、土屋公献日弁連会長の失敗は約束されたといえよう。「この姿勢を貫く」どころか、土屋公献会長は、執行部内では増員容認派へと舵を切るという「公約違反」を冒し、これに怒った増員反対派が招集した平成6年(1994年)1221日の臨時総会では、執行部案危うし、と見てあっさり増員反対派へと転向し、これが世論の非難を浴びると再度増員容認へ舵を切り直した(この経緯は「日弁連はなぜ負けたのか~総会編1、2~」に詳述した)。こうして、左右の小舟に片足ずつを乗せた愚かな水夫のように、土屋公献日弁連会長は、滑稽な踊りを踊った挙げ句に転落した。

民意の応援を背景に裁判所に改革を促すという中坊公平氏の取った路線も、土屋公献日弁連会長には裏目に出た。中坊公平氏の路線を支持していたマスコミは、頑なに法曹人口増員に抵抗する日弁連を、「司法改革の流れに逆行する」とこぞって非難したのだ。

しかもこの年(1995年)は、これまでにないほど弁護士の不祥事が多発した年だった。バブルに踊り、投機に手を出し、バブルが崩壊した後預かり金を着服する弁護士が続出していた。弁護士に対する懲戒請求はバブル経済が崩壊した平成3年(1991年)、初めて年300件を超え、平成5年(1993年)には439件に達した。そして、平成6年(1994年)には、1ヶ月に3人もの弁護士が東京地検特捜部に逮捕された。一人はゴルフ場経営会社の巨額脱税に荷担した共犯容疑、二人はそれぞれ預かり金を1億円以上横領した容疑である。これを受け、1012日には土屋公献日弁連会長と佐伯弘東京弁護士会長が記者会見して謝罪するという、異例の事態となった。この年の1129日には、衆議院法務委員会に日弁連の稲田寛事務局長が呼ばれて謝罪し、弁護士会の自浄能力が足りないと糾弾された。当時の新聞の見出しを列挙してみよう。「『あしき隣人』は願い下げだ」(毎日新聞社説)、「『金儲けの道具…弁護士業が崩壊』相次ぐ弁護士逮捕で日弁連会長おわび会見」(讀賣)、「相次ぐ弁護士の不祥事、不十分な綱紀粛正-法曹関係者に衝撃。」(日本経済新聞)、「弁護士むしばむカネ社会 不祥事相次ぐ 責任感の希薄化も」(讀賣)。

平成7年(1995年)516日、オウム真理教教祖松本智津夫が逮捕されると、その私選弁護人を買って出た老弁護士が、「やめてぇ~」「ばっかもん!」などのパフォーマンスで世間の嘲笑を浴びる。

こうして、平成7年(1995年)の日弁連は、「内に融和を欠き、外から侮蔑を受ける」(自由と正義473号 児玉公男弁護士(一弁))状態となった。このとき日弁連は、組織として存在すること自体が、危ぶまれていたと言えよう。

こうして、日弁連という組織と「司法改革」の理念は、発足・発生後最大の危機を迎えた。(小林)

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